学位論文要旨



No 125922
著者(漢字) 長竹,貴広
著者(英字)
著者(カナ) ナガタケ,タカヒロ
標題(和) 粘膜関連リンパ組織形成機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 125922
報告番号 甲25922
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3401号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 講師 近藤,健二
内容要旨 要旨を表示する

二次リンパ組織の初期形成は血球系CD3-CD4+CD45+リンパ組織誘導細胞(Lymphoid tissue inducer cells: LTi)がリンパ組織原基に遊走することで開始される。消化器関連リンパ組織の1つ、パイエル板(Peyer's patch: PP)の形成にはたらくLTiはCXCR5-CXCL13ケモカイン依存的にPP原基に遊走し、ここでIL-7Rαを介した刺激により活性化すると膜型リンフォトキシン(Lymphotoxin β1α2: LTβ1α2)を発現するようになる。LTiが産生するLTβ1α2によってPP原基のVCAM-1+ PPストローマ細胞(PP organizer cells: PPo)がLTβR-NF-kB inducing kinase(NIK)依存的なシグナルにより活性化するとリンフォイドケモカイン(CXCL13、CCL19、CCL21)や接着分子(VCAM-1、ICAM-1)の発現が誘導される。こうしてさらに多くのLTiが集積するとともにT細胞、B細胞、樹状細胞などの免疫担当細胞がPP原基へ遊走することで組織形成プログラムが進行する。

転写制御因子Inhibitor of DNA binding/differentiation 2(Id2)、Retinoic acid receptor-related orphan receptorγt(RORγt)、Core binding factorβ2(Cbfβ2)はLTiの分化に重要な因子であり、それぞれの遺伝子ノックアウトマウスではPPや鼡径部リンパ節など二次リンパ組織が発達しない。しかしながら、上気道鼻粘膜に発達する鼻咽頭関連リンパ組織(Nasopharynx-associated lymphoid tissue: NALT)の発生はRORγtに依存しないことが知られていた。さらに、NALT形成にはLTα1β2やNIKが必須でないことから、PPをはじめ多くの二次リンパ組織とは組織形成機構が異なることが示唆されていた。しかしながら興味深いことに、Id2はNALT形成にも必須の役割を果たし、Id2(-/-)マウスはNALT原基でのCD3-CD4+CD45+細胞の消失とともにNALTが発達しない。また、重要なことに、野生型マウスから単離したCD3-CD4+CD45+細胞をId2(-/-)マウスに移入することでNALTが再生することが報告されている。これらの事実は、NALT形成にPPと同様CD3-CD4+CD45+細胞が重要な役割をもつこと、しかし、組織形成に用いられるサイトカインシグナルはPPと異なることを示唆している。さらに、NALT形成ではたらくCD3-CD4+CD45+細胞はRORγtに依存しないことが考えられる。しかしながら、これまでにRORγt非依存的なLTiの同定に関する報告や、NALT形成に用いられるユニークな分子の同定には至っていなかった。

本論文第一章ではPP形成を誘導するPP誘導細胞(PP inducer cells: PPi)とNALT形成を誘導するNALT誘導細胞(NALT inducer cells: NALTi)がRORγtへの依存性とCD4発現レベルによって異なった細胞群であることを示し、NALT形成に特異的な新規分子を報告する。まず、RORγt に依存的に分化するCD3-CD4HighCD45+細胞をPPi候補細胞として同定し、一方、RORγt に非依存的に分化するCD3-CD4LowCD45+細胞をNALTi候補細胞として同定した。PPi候補細胞で高い発現が確認されたCxcr5やIl-7rα、Ltα、LtβはNALTi候補細胞では発現していなかった。NALTi候補細胞はRORγtを発現しないが、Id2とCbfβ2を発現することが確認された。Cbfβ2(-/-)マウスにおけるNALT形成を解析すると、NALTが発達しないことが明らかとなった。したがって、Cbfβ2はPPだけでなくNALTの形成にも共通に用いられる分子であることが示された。

次に、NALT形成に特異的にはたらく分子を同定するためNALTi候補細胞とPPi候補細胞との間でcDNAサブトラクション解析を行った。その結果、NALTi候補細胞にInterferon regulatory factor 1(Irf1)が高発現することが見いだされた。Irf1(-/-)マウスのNALT原基にはNALTi候補細胞が検出されず、NALTが発達しなかった。興味深いことに、Irf1(-/-)マウスはNALT原基から離れた鼻粘膜部位にNALTi候補細胞を保持していた。また、Irf1(-/-)マウスのPP、腸間膜リンパ節、鼡径部リンパ節、頚部リンパ節など他の二次リンパ組織は野生型マウスと同様に発達していた。この知見は、二次リンパ組織の中でNALT形成を特異的に制御する初めての分子としてIRF1を同定したことを示している。

本論文第二章では消化器や呼吸器に比べ解析が遅れていた眼球粘膜免疫機構について報告する。これまで、ヒトの結膜に結膜関連リンパ組織(Conjunctive-associated lymphoid tissue: CALT)が、涙嚢に涙道関連リンパ組織(Tear duct-associated lymphoid tissue: TALT)が発達することが知られていたが、これらの組織が眼球粘膜免疫にどのように寄与するかは不明であった。眼球粘膜免疫機構の理解が他の粘膜組織に比べ遅れた原因として、マウスなどのげっ歯類でCALTが形成されないという事実があり、実験的な解析が困難であったことが挙げられる。また、TALTについての実験動物を用いた報告はこれまでなかった。私は眼球粘膜免疫機構の理解を目的としてマウスの涙器を詳細に解析したところ、マウスの涙嚢にTALTが発達することを初めて同定し、NALTと同様に生後、微生物刺激に依存しない形で形成されてくることを見いだした。興味深いことに、TALT原基に遊走するLTi[TALT誘導細胞(TALT inducer cells: TALTi)]候補細胞はNALTi候補細胞と同様のCD3-CD4LowCD45+で規定された。また、TALTi候補細胞はサイトカイン/ケモカイン関連分子の発現パターンがNALTi候補細胞と一致しておりCXCR5、IL-7Rα、LTα1β2を発現しなかった。一方、転写制御因子の発現パターンを検討するとTALTi候補細胞はNALTi候補細胞やPPi候補細胞と異なった性質を示すことが明らかとなった。すなわち、二次リンパ組織形成を司るCD3-CD4+CD45+ LTiは転写制御因子Id2、RORγt、Cbfβ2、IRF1への依存性と、CD4発現レベルにより3つの異なった粘膜関連LTi候補細胞サブセットに分類された(PPi候補細胞: CD4High、 Id2, RORγt, Cbfβ2依存的かつIRF1非依存的、NALTi候補細胞: CD4Low、Id2, Cbfβ2, IRF1依存的かつRORγt非依存的、TALTi候補細胞: CD4Low、Cbfβ2依存的かつId2, RORγt, IRF1非依存的)。このように、各々のLTi候補細胞はそれぞれ異なった遺伝子発現パターンを示したが、一方でCbfγ2はPP、NALT、TALTの組織形成に共通に用いられる必須の因子であることが見いだされた。興味深いことに、Cbfγ2と会合し転写因子複合体としてはたらくPromotor 1-Runx1(P1-Runx1)はPP形成に必要なものの、NALTやTALT形成には必須でないことが明らかとなった。したがって、P1-Runx1ではない別のRunxタンパク質がNALT、TALT形成を制御する可能性が示唆された。

次に、眼球粘膜免疫機構におけるTALTの役割を検討するため組織学的な解析により濾胞関連上皮層を観察した。光学顕微鏡にてTALTを覆う濾胞関連上皮層を観察すると、単層扁平上皮の形態を示すことが見いだされた。これは、TALT周辺の涙嚢上皮が重層扁平上皮の形態をとることと異なっていた。また、共焦点レーザー顕微鏡解析によってTALT濾胞関連上皮層を観察するとNKM16-2-4+UEA-1+WGA-で規定されるM細胞が同定された。電子顕微鏡を用いてさらに解析を進めると、ポケット白血球を保持するM細胞の存在が確認された。眼球粘膜からの抗原に対しTALTがどのように応答するかを検討するため眼球表面よりSalmonellaやPseudomonasを点眼投与した。すると、M細胞を介した抗原の取り込みや胚中心反応、抗体クラススイッチに重要なActivation-induced cytidine deaminase(AID)の発現が観察された。さらに、コレラトキシンを点眼投与した場合にTALTにおいて胚中心反応や抗原特異的T細胞応答が確認され、涙道で抗原特異的IgA抗体産生が検出された。これらの事実は、TALTが眼球粘膜免疫機構の誘導組織として機能することを示している。

以上のように、TALT、NALT、PPはそれぞれ眼球、鼻腔、腸管粘膜免疫系の誘導組織として類似した機能を果たすが、その組織形成はそれぞれ異なったLTi候補細胞サブセットによるユニークな分子機序により行われることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

免疫応答の場となる二次リンパ組織の形成過程は末梢リンパ組織(Peripheral lymph node: pLNs)や腸管のパイエル板(Peyer's patch: PP)を対象に解析が進んできた。これまで、pLNsやPPがともに類似した分子機序により発達することが知られていたが、呼吸器粘膜の鼻咽頭関連リンパ組織(Nasopharynx-associated lymphoid tissue: NALT)はpLNsやPPで用いられる分子に依存せず、その組織形成機構は不明であった。また、涙器粘膜に発達する涙道関連リンパ組織(Tear duct-associated lymphoid tissue: TALT)の組織形成機構、免疫学的機能についてはこれまでほとんど知見がなかった。本研究はこれら粘膜関連リンパ組織(PP、NALT、TALT)の組織形成機構について様々な遺伝子改変マウスを用いて分子・細胞メカニズムの解明を試みたものである。また、眼免疫系におけるTALTの免疫学的役割について検討した研究論文である。おもに下記の結果を得ている。

1. これまでヒトの涙道にその存在が報告されていたTALTをマウスにおいて初めて同定した。PPを含む多くの二次リンパ組織形成が胎生期に行われるのに対し、TALTはNALTと同じく生後7日ころより組織形成が開始された。この時期、TALT原基やNALT原基には二次リンパ組織の形成初期段階ではたらくことが知られるCD3-CD4+CD45+リンパ組織誘導細胞が集積することが示された

2. これまで単一の細胞群と考えられてきたCD3-CD4+CD45+リンパ組織誘導細胞を転写制御因子Id2とRORγtへの依存性と、CD4発現レベルにより3つの異なった粘膜関連リンパ組織誘導細胞サブセットに分画できうることを示した。PP誘導候補細胞(PPi候補細胞)はId2、RORγt依存的なCD3-CD4(High)CD45+細胞で規定できる可能性を示したのに対し、NALT誘導候補細胞(NALTi候補細胞)はId2依存的、RORγt非依存的CD3-CD4LowCD45+細胞となることを示唆した。TALT誘導候補細胞(TALTi候補細胞)はId2、RORγt非依存的なCD3-CD4LowCD45+細胞で規定できる可能性を提唱した

3. NALTi候補細胞とTALTi候補細胞には、PPi候補細胞に発現が認められる二次リンパ組織形成分子(例: LTα、LTβ、IL-7Rα、RANK、CXCR5、CCR7)の発現が認められなかった。この事実と一致して、TALT組織形成がPP形成因子に非依存的に起こることが示された。これは、TALT、NALTの組織形成がPPやpLNsとは異なった分子機構によって形成されることを示している。

4. NALTi候補細胞とPPi候補細胞との間でcDNAサブトラクション解析を行い、NALTi候補細胞にIRF1が高発現することを見いだした。Irf1(-/-)マウスのNALT原基にはNALTi候補細胞が観察されず、NALTが形成されなかった。一方、Irf1(-/-)マウスのPPやpLNs、TALTの組織形成は野生型マウスと同じように認められた。したがって、IRF1は二次リンパ組織形成においてNALT特異的な転写因子と考えられた。

5. PPi候補細胞、NALTi候補細胞、TALTi候補細胞には転写制御因子Cbfβ2が発現することを見いだした。Cbfβ2(-/-)マウスはPPが欠損することが報告されていたが、あらたにNALTやTALTも欠損することを明らかとした。したがって、Cbfβ2は粘膜関連リンパ組織形成において共通に用いられる必須の因子であると考えられた。

6. TALTの免疫学的構造を検討すると、B細胞、T細胞領域が明瞭にわかれ、濾胞関連上皮層の直下には多くの樹状細胞が見いだされた。また、TALTの濾胞関連上皮層にはM細胞が同定された。これらの免疫学的構造の特徴はNALTやPPなど他の粘膜関連リンパ組織とよく似ていた。

7. 緑膿菌やサルモネラ菌を点眼投与すると、数多くの細菌がTALTに取り込まれていた。その中には、M細胞と接着している細菌、濾胞関連上皮層直下の樹状細胞に捕捉された細菌なども観察され、TALTが抗原取り込みに続いて免疫応答の惹起に重要な場として機能する可能性が示唆された。

8. コレラトキシンを点眼投与すると、TALTで胚中心反応が観察された。さらに、抗体クラススイッチ反応に重要なAIDの発現が誘導された。抗原特異的T細胞、B細胞応答がFACS解析、ELISPOT解析によって示された。コレラトキシン特異的T細胞がTALTにおいて高頻度で観察され、また、コレラトキシン特異的IgA産生細胞が涙道粘膜に出現した。これらの結果は、TALTが眼免疫応答において免疫誘導組織として機能することを示唆している。

以上、本論文は実験動物(マウス)を用いてTALTの免疫学的解析を行った初めての研究であり、TALTが眼免疫系の免疫誘導組織として機能することを明らかとした。本研究はさらに、粘膜関連リンパ組織形成における分子・細胞メカニズムを詳細に解析し、腸管のPP、呼吸器のNALT、涙器のTALTがそれぞれ異なった組織形成プラグラムによって形成されることを示した。これらの結果は、各粘膜関連リンパ組織が類似した構造、機能をもつこととは対照的に、その組織形成はユニークな分子・細胞機構によって行われることを示唆している。本研究成果は粘膜免疫系を対象にした炎症・免疫反応の理解、制御に向けて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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