学位論文要旨



No 125923
著者(漢字) 野田,直宏
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,ナオヒロ
標題(和) 肝外胆管癌におけるリンパ管新生の臨床病理学的検討 : 腫瘍内および腫瘍周囲リンパ管密度、リンパ管断面積の測定意義
標題(洋)
報告番号 125923
報告番号 甲25923
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3402号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 准教授 清水,伸幸
内容要旨 要旨を表示する

担癌患者の予後を決する重要な因子として、癌の遠隔転移とリンパ転移が挙げられる。転移に至る過程では、腫瘍における血管新生やリンパ管新生が重要で、血管の新生においては、腫瘍細胞や腫瘍間質が産生する血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor等、以下VEGF)と称される一群の糖タンパクが重要な役割を果たすことが知られている。VEGF-Aは主に血管新生に関与し、血管新生から転移に至る機序の詳細も明らかにされ、VEGF-Aの過剰発現は腫瘍の血管増生や転移と関連し、また腫瘍の進行や予後不良とも相関することが、様々な癌で報告されている。血管内皮増殖因子(VEGF)およびその特異的リガンドであるVEGF受容体2(VEGFR2、KDR)を標的とする分子標的治療も試みられ、一定の成果をおさめている。

一方で、リンパ管新生の制御機序については治験が乏しかったが、近年リンパ管内皮に対する特異的マーカー(VEGF-R3、PROX-1、podoplanin、D6、LYVE-1など)が相次いで発見されて、腫瘍のリンパ管新生やリンパ節転移に関する研究は飛躍的に進歩した。一般的に癌組織中にはリンパ管は存在しないと考えられてきたが、リンパ管内皮マーカーの発見はこの仮説を覆し、2001年には、マウスの癌組織にはリンパ管新生が生じること、さらにリンパ管新生により所属のリンパ節への転移が促進されることが明らかとされた。リンパ節へはリンパ管を経由して転移すると考えられるため、腫瘍内の増生したリンパ管の密度が、リンパ節転移のリスクの指標となり得るとの仮説を検証すべく、免疫組織学的手法を用い、様々な腫瘍組織でリンパ管密度(lympho vessel density:以後LVD)と臨床病理学的因子の比較検討がなされた。結果は必ずしも単純な正の相関を示すものばかりではなく、腫瘍内のリンパ管密度と予後を含む臨床病理学的因子との相関は、概して腫瘍の発生部位と組織型により異なるものと理解されるに至っている。しかしながら、同一臓器あるいは、同一の組織型(例えば口腔内と子宮頚部の扁平上皮癌)の検討であっても、報告者により結果が異なることが示されている。

結果が一定しない原因としては、使用された抗体の種類や染色方法を含む検討手段の相異が挙げられるが、染色結果の解釈や評価方法の相違も大きな要因である。実際に免疫組織学染色にてリンパ管内皮を標識した組織標本を観察してみると、腫瘍内のリンパ管の中に、染色強度の差からリンパ管全周を認識しがたいものや、腫瘍の増殖により圧迫されて内腔が不明瞭なもの、あるいは壁の一部が破綻しているものなどが少なからず存在し、解釈を困難なものとしている。また腫瘍内に認められる内腔が不明瞭なリンパ管は、リンパ管としての機能を果たしていないとの見地から、腫瘍内での検討よりも、腫瘍の辺縁部あるいは腫瘍の近傍組織を評価領域とした検討の方が適切であるのと考え方もなされている。さらに、リンパ管の算出方法の問題もある。多くの報告では、hot spot methodを用いている。同方法では低倍率で腫瘍全体を観察し、リンパ管密度の高い領域を3ヶ所選択した上で、各領域を高倍率にて改めて観察し、視野中のリンパ管総数の平均値を単位面積で除してリンパ管密度としている。同方法を用いて得られたリンパ管密度の実測値は、腫瘍内外ともに概ね10個/mm2程度であるが、実際には上述の通りリンパ管の同定は時に困難であり、測定値が小さいこともあり、結果にばらつきが生じやすい。また各報告によって比較部位が腫瘍中央であったり、浸潤部であったりと一定しないという問題もある。

上記の問題点を認識した上で、本研究では肝外胆管癌の外科切除検体を対象とし、リンパ管新生の程度と予後を含む各臨床病理学的因子の相関の検討を行った。本研究で検討対象とした肝外胆管癌は、極めて予後不良な腫瘍であるが、比較的稀な腫瘍であることもあり、治療法の選択はもとより、予後因子について、エビデンスレベルの高いデータに基づいたコンセンサスは得られていない。本研究の如く、肝外胆管癌におけるリンパ管新生とリンパ節転移、あるいは予後との相関を詳細に検討した報告はない。本研究ではリンパ管新生の視標として、LVD値に加え、同時にリンパ管断面積(sectional area:以後SA)も測定した。その理由としては、増生した腫瘍内のリンパ管の密度と同様に、腫瘍内のリンパ管の内腔断面積の大きさも転移リスクの指標となり得ると考えられること、また、LVD値の評価において問題となる、内腔が押しつぶされたリンパ管について、これらの断面積が数値的にはほぼ無視し得るものとなることから、より客観性的な評価が可能となると考えられたことが挙げられる。実際の測定にあたっては、炎症などにより産生されるケモカイン等がリンパ管の増生に与える影響を考慮し、腫瘍内部、腫瘍近傍(腫瘍外)に加えて非腫瘍部である腫瘍周辺部の計3カ所で測定を行い、辺縁部の測定値を基準値とした。得られたLVD、SAと、リンパ節転移や予後を含めた臨床病理学的因子との相関を検討した。

また本研究では、さらに、免疫組織学的手法により、肝外胆管癌のVEGF-A、-Cおよび-Dの発現を検討し、これらのリンパ管増生因子の発現とLVD値、SA値および予後を含めた臨床病理学的事項との相関を検討した。VEGF-C、VEGF-DおよびそのリガンドであるVEGF受容体3(VEGFR3、Flt4)は主たるリンパ管増殖因子として知られており、その過剰発現は、腫瘍のおけるリンパ管増生や転移と関連し、腫瘍の進行に関与することが動物モデルで証明されている。その後の各種ヒト腫瘍組織を対象とした検討においては、必ずしもVEGF familyやその受容体の発現とリンパ節転移や予後との間に、一定の相関性を示す報告ばかりではないが、概してVEGFfamilyやその受容体の過剰発現は予後不良因子であると認識されるに至っている。

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科において、1998年1月より2007年12月の間に切除された、肝外胆管癌を検討対象とし、リンパ節郭清が行われなかった症例を除外した100例につき検討を行った。患者年齢や性別、予後などの臨床的因子は臨床記録を参照した。腫瘍の大きさや肉眼型、組織型、脈管侵襲の有無などの病理学的因子の評価に際しては、病理報告書の確認と全組織標本を再検討した。リンパ管の評価は、腫瘍の代表的部分の組織切片を用いた免疫組織学的染色により行った。リンパ管新生の指標として、LVD値に加え、SA値も測定した。測定箇所は、腫瘍内部(LVD-t, SA-t)、腫瘍近傍(LVD-p, SA-p)、腫瘍周辺組織(LVD-s, SA-s)の各3領域から行った。

LVD-s 7.0個/mm2、SA-s 7500μm2を基準とし、各領域のLVD値、SA値をそれぞれ基準値未満と以上の2群に分け、予後を含む臨床病理学的因子について検討を行った。また、VEGFfamilyの発現は、同じ組織切片にて免疫組織学的染色を用いて行った。評価方法は、VEGF-A, -Cは腫瘍細胞のうち、染色陽性細胞の60%以上を陽性と判断したが、VEGF-Dのみ正常細胞も染色されるため、染色陽性細胞の60%以上かつ神経細胞より強い染色強度も陽性の条件とした。

解析の結果、LVD-t値はリンパ節転移を規定する因子とはならなかったが、単変量解析、多変量解析のいずれにおいても統計学的に有意な予後規定因子と判断された。また、その他の臨床病理学的な予後不良因子(平坦型の肉眼形態、組織学的な深部侵襲、静脈侵襲、リンパ管侵襲)との相関も確認された。一方で、SA-t値は各種臨床病理学的因子との関係に乏しく、単変量解析では予後規定因子と判断されたが、多変量解析では予後規定因子とは判定されなかった。SA-t値の方が、測定誤差が少なく、より客観的で有効な指標となることが予想されたが、LVD-t値の方が予後の指標としては優れていることを示す結果となった。

LVD-p値あるいはSA-p値は、単変量解析および多変量解析のいずれにおいても予後既定因子とは判定されなかったが、臨床病理学的な予後規定因子とはLVD-t、SA-tの場合と逆の相関を示した。すなわち腫瘍近傍領域では、リンパ管密度の低下と、リンパ節転移の頻度が、またリンパ管断面積の低下と、静脈侵襲あるいはリンパ管侵襲の頻度が正の相関を示した。この領域のリンパ管は内腔が拡張しているため判定が比較的容易であり、施設や研究者によるバイアスが存在しづらい。本研究結果は、多くの既報告が示す、リンパ管密度と他の予後規定因子との正の相係とは大きく異なっており、今後、さらに詳細な検討の必要がある。

VEGFfamilyの発現とLVD値、SA値との検討では、有意な相関は認められなかったが、概してVEGFfamilyの過剰発現群は、非発現群に比べ予後良好となる傾向がみられた。他の臨床病理学的因子との比較でも、VEGF-Cの発現と、組織学的深達度との間には逆相関が認められた。VEGFfamilyの発現は予後不良因子と認識されており、本研究結果と異なっていた。この原因は、肝外胆管癌の中で予後良好な一群をなす、肉眼的に乳頭型を呈する肝外胆管癌が高率にVEGFfamilyを発現していたためであると考えられた。

そこで、今回の対象症例100例を乳頭型と非乳頭型に分類し、比較検討を行った。解析の結果、乳頭型は、非乳頭型に比較し、高分化型の組織型、組織学的には深達度が浅く、静脈侵襲やリンパ管侵襲、リンパ節転移がみられないものの頻度が有意に高いことが示された。LVD-t値、SA-t値とも検討を行ったところ、18例中12例でLVD-t低値、かつSA-t値は18例すべてが低値に分類された。一般的に、乳頭型胆管癌は予後不良な胆管腫瘍において比較的予後良好な一群をなすが、それらの理由については、管腔内に発育する特徴を持つため、早期には深部への浸潤傾向を欠く、あるいは閉塞性黄疸を来たすため早期に症状が出現しやすいと推測されている。本研究の結果は、乳頭型胆管癌の予後が良好である明確な一つの理由を示した。

また乳頭型は、他の肉眼型に比べて予後不良因子と認識されるVEGFfamilyの過剰発現が高率に認められた。LVD-t、SA-t値が低値である理由は明確ではないが、VEGFfamily以外の増殖因子の関与を示唆させる結果である。乳頭型胆管癌は形態像のみならず、発現形質も含めて独特な一群である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、肝外胆管癌におけるリンパ管新生の意義を明らかにするため、免疫組織学的手法を用いて、リンパ管新生の程度と予後を含む各臨床病理学的因子との検討を行った。

東京大学医学部附属病院で外科切除された100例の肝外胆管癌を対象とし、リンパ管新生の評価は測定誤差を軽減する目的で、リンパ管密度に加えてリンパ管断面積も測定した。炎症などにより産生されるケモカイン等がリンパ管の増生に与える影響を考慮し、測定部位を腫瘍内部、腫瘍近傍に加えて非腫瘍部である腫瘍周辺部の計3カ所で測定を行い、辺縁部の測定値を基準値とし、予後を含む臨床病理学的因子との解析を試み、下記の結果を得た。

腫瘍内リンパ管密度、および腫瘍内リンパ管断面積は、いずれも単変量解析では予後規定因子であったが、多変量解析では腫瘍内リンパ管密度のみが統計学的に有意な予後規定因子と判定された。腫瘍近傍のリンパ管密度、腫瘍近傍リンパ管断面積もリンパ節転移や、脈管侵襲などの臨床病理学的因子と相関しており、指標としての有用性が示唆されたが、統計学的に有意な予後規定因子とは判定されなかった。

肉眼的に乳頭型を示す胆管癌の腫瘍内リンパ管密度、および腫瘍内リンパ管断面積の平均値は、他の肉眼型と比較すると有意に低値であった。一方で、リンパ管増生因子であり、一般的に予後不良因子とされるVEGFfamilyの発現が高頻度に認められた。これらの結果は乳頭型の胆管癌が独特な一群である可能性を示唆するものであった。

以上、本研究では、肝外胆管癌の腫瘍内リンパ管密度は単変量解析、多変量解析において統計学的に有意な予後規定因子であることを明らかにした。また、乳頭型胆管癌の、リンパ管密度およびリンパ管断面積が他の肉眼型に比較し有意に小さいという、予後良好である直接的な理由を導いた。本研究で検討対象とした肝外胆管癌は、極めて予後不良な腫瘍であるが、比較的稀な腫瘍であることもあり、治療法の選択はもとより、予後因子について、エビデンスレベルの高いデータに基づいたコンセンサスは得られていない。肝外胆管癌を用いたリンパ管新生と予後との関係を検討した研究は過去に報告されておらず、新しい治療の開発や病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク