学位論文要旨



No 125927
著者(漢字) 宮島,倫生
著者(英字)
著者(カナ) ミヤジマ,ミチオ
標題(和) III型インターフェロン(IFN-λ,IL-28)誘導機構の解析
標題(洋)
報告番号 125927
報告番号 甲25927
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3406号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 准教授 堀本,泰介
 東京大学 講師 吉田,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

インターフェロン(Interferon; IFN)は、細胞に抗ウイルス応答を誘導するサイトカインの総称である。IFNはI型とII型に大別され、それらの遺伝子発現誘導機構や受容体を介するシグナル伝達機構については長年に亘り詳細な解析が進められてきたが、近年、抗ウイルス作用を示す新たなサイトカインが発見され、III型IFNと命名された。III型IFNはI型IFNやII型IFNとは全く異なる構造を持ち、独自の受容体を介してシグナルを伝達することなどが判明している。III型IFN受容体は主に上皮組織や上皮細胞に発現しており、I型IFNと類似のシグナル伝達機構を介してIFN誘導遺伝子を誘導することで抗ウイルス応答などI型IFNと同様の役割を発揮することが報告されている。

このように、III型IFNシグナルを受容する細胞種やシグナル伝達機構、I型IFNと共通の役割などが明らかにされている一方で、III型IFNの遺伝子発現制御機構やIII型IFNに特異的な生理的役割については不明な点が多い。そこで本研究ではウイルス感染時や定常状態でのIII型IFN産生細胞の同定及びその遺伝子発現制御機構を解明し、新規機能についての知見を得るべく解析を行うこととした。

I型IFNはウイルス感染時に種々の細胞において産生される。そこでまず、種々の細胞に対してウイルス感染実験および核酸刺激実験を行ったところ、I型IFNはいずれの細胞からも産生されたのに対し、III型IFNは主に形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cells; pDC)から産生されること、すなわち細胞種特異的に産生されることが明らかになった。

I型IFNの遺伝子発現誘導にはIFN regulatory factor(IRF)ファミリー転写因子のうちIRF1、IRF3、IRF5、IRF7が重要な役割を果たすことが知られている。さらに、pDCによるI型IFNの産生にはIRF7やI型IFN受容体構成分子IFNAR1(IFN-α receptor 1)が必要であり、IRF3は必要でないことが明らかにされている。そこで次に、これらの遺伝子欠損マウス由来のpDCを用いてIII型IFN産生機構を解析したところ、IRF7、IFNAR1が必要でありIRF3は必要ではなかったことから、I型IFN発現機構と同様の機構であることが明らかになった。更に一連の解析から、その遺伝子発現誘導はIRF7によるプロモーターの直接的な活性化によって担われていることが示唆された。

一方で、ウイルス非感染時の定常状態におけるIII型IFNの遺伝子発現を脾臓、皮膚、心臓、腎臓、精巣、肝臓、脳、肺、胃、小腸、大腸、虫垂の各臓器で検討したところ、III型IFNが精巣で恒常的に発現していることが見いだされた。III型IFNは無刺激状態の精細管や精細胞の培養上清、精巣上体液から検出されたことから、精細胞によって恒常的に産生されて精液中に分泌されていることが示唆された。

さらにこのIII型IFNの恒常的な発現を、IRF1、IRF3、IRF5、IRF7およびIFNAR1の各種遺伝子欠損マウスにおいて検討したところ、これらの遺伝子欠損マウスでも正常な産生が認められたことから、精巣における恒常的な産生機構は、ウイルス感染時のpDCにおけるIII型IFN産生機構や既知のI型IFN産生機構とは異なった機構であることが示唆された。

以上の解析により、ウイルス感染時、非感染時におけるIII型IFN産生細胞および遺伝子誘導機構の一端が明らかとなった。I型IFNが様々な細胞から産生されて全身で作用するのに対し、III型IFNは特定の細胞群から産生されて局所で作用するサイトカインであることが示唆されたことから、本研究はIFNファミリーによる免疫系の協調的な制御機構という枠組みにおいて、「全身性免疫を司るI型IFNと局所免疫を司るIII型IFN」という新たな概念を提唱するものである。

一方でIII型IFNはC型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus; HCV)感染の治療薬として臨床試験が行われていることや、遺伝子の低発現性を示す一塩基変異多型(Single nucleotide polymorphisms; SNPs)と現行のHCV感染症の治療法であるポリエチレングリコールを付加したIFN-α(pegylated IFN-α; PEG-IFN-α)とリバビリンの併用療法の低効果性とに相関があるという相次ぐ報告により、III型IFNとHCV治療との関わりが注視されるようになってきた。本研究はこのようなIII型IFNが関与する疾患やIII型IFNの臨床応用に対する分子基盤をも供するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は生体の感染防御機構に重要な役割を担うサイトカインであるインターフェロン(IFN)の中で、近年新たに同定されたIII型IFN(IFN-λ)について産生細胞や遺伝子誘導機構を解析し、下記の結果を得ている。

1. ウイルス感染時のIFN-λ産生細胞の種類を解析した結果、形質細胞様樹状細胞(pDC)が主要な産生細胞であることが示された。

2. 感染時のpDCによるIFN-λ産生は、転写因子IRF7やI型IFN受容体構成分子であるIFNAR1遺伝子欠損マウス由来のpDCでは顕著に減弱していたことから、IRF7およびIFNAR1依存的な経路により産生されていることが示された。

3. IFN-λは非感染時にも精巣において恒常的に産生されていることを見出した。精巣におけるIFN-λ産生細胞の種類を解析した結果、精細胞が主要な産生細胞であることが見出された。また、精巣で産生されたIFN-λは精液中に恒常的に分泌されていることが示された。

4. 精巣における恒常的なIFN-λ産生はIRF7、IRF3やIFNAR1遺伝子欠損マウスでも産生が見られたことから、pDCによるIFN-λ産生機構以外の産生機構が存在し、精巣における恒常的なIFN-λの産生に寄与することが示唆された。

以上、本論文は感染時・非感染時における IFN-λの産生細胞を同定し、IFN-λの遺伝子発現誘導機構の一端を明らかにした。さらに、本研究はこれまで未知であったI型IFNとIII型IFNの違いを示したことから、生体における感染防御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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