No | 125928 | |
著者(漢字) | 吉松,康裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシマツ,ヤスヒロ | |
標題(和) | リンパ管形成を司る転写調節因子の同定 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125928 | |
報告番号 | 甲25928 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3407号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | リンパ管は血管とともに全身にはりめぐらされた脈管系を構成し、血管と同様に組織液の恒常性の維持において必要不可欠であり、リンパ管およびリンパ節の先天的発育不全や悪性腫瘍の浸潤、外科手術後のリンパ浮腫など病態とも強く関連していることから、リンパ管の形成機構の解明は以前から重要な課題であった。しかし、リンパ管を同定する適切なマーカーの発見が遅れたことからリンパ管形成を司る分子機構は血管のそれと比較すると未解明の部分が非常に多い。リンパ管の発生は静脈の一部にリンパ管マーカーであるLYVE-1を発現する細胞が出現することから始まる。そのリンパ管内皮細胞への分化能を持った細胞の一部にホメオボックス転写因子Prox1が発現するようになると、下流遺伝子の血管内皮増殖因子受容体(vascular endothelial growth factor receptor: VEGFR) 3の発現が亢進しVEGF-C(VEGFR3のリガンド)への走化性を獲得して初期リンパ嚢が形成される。Prox1遺伝子を欠損したマウスにおいてはVEGF-C発現細胞への遊走が起こらずにリンパ管が形成されないことから、Prox1はリンパ管発生のマスター因子と考えられており、VEGFR3以外にも線維芽細胞増殖因子受容体(fibroblast growth factor receptor) 3などのリンパ管新生に関与する下流遺伝子群の発現を介してリンパ管の形成に重要な役割を果たすことが報告されている。しかしリンパ管新生シグナルには他に血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor: PDGF)-BBおよびその受容体PDGFRBを介するものなどがあり、それらのシグナルとProx1との関係については未解明である。 さらにProx1はリンパ管内皮細胞以外にレンズや肝臓などにも発現しているにも関わらず、Prox1によるVEGFR3の発現誘導はリンパ管内皮細胞以外には見出されない。私はProx1のリンパ管内皮特異的な転写調節機構を解明することを通じてリンパ管の形成メカニズムに迫ることを試みた。そのためにまず、私はProx1をリンパ管内皮特異的に機能させている転写調節因子が存在することを想定し、そのような因子を同定することを目指した。そこで、血管とリンパ管の両方で発現していること、哺乳細胞内でProx1と結合できること、Prox1の下流遺伝子発現を調節できること、以上の3つの条件をクリアできるProx1結合因子をyeast two-hybrid スクリーニングを用いて探索することにした。 複数のProx1結合候補因子が取得されたが、核に局在するもの、特に転写因子に注目して選択し解析を行い、Ets ファミリー転写因子であるEts-2に注目した。Ets ファミリー転写因子のプロトタイプであるEts-2は血管新生に関わることが知られているが、これまでリンパ管新生におけるEts-2の役割は明らかにされていなかったため、本研究においてはEts-2のリンパ管内皮細胞における機能を検討した。 まずEts-2の血管およびリンパ管内皮細胞における発現を検討するためにHUVEC(ヒト臍帯静脈血管内皮細胞)およびHDLEC(ヒト皮膚リンパ管内皮細胞)を用いたところ両方の細胞において発現していることが見出された。また、マウス胎生期14.5日目の血管・リンパ管内皮細胞においてもその発現が観察された。Yeast two-hybrid スクリーニングの結果を反映して、HDLECにおいて内因性とEts-2とProx1が結合していることが免疫沈降法とin situ proximity ligation assayによって明らかとなった。 そこで私は無菌性の慢性腹膜炎モデルを用いてリンパ管新生におけるEts-2 の効果を検討した。このモデルでは炎症を惹起するチオグリコレートを腹腔内注射すると、横隔膜にリンパ管新生が誘導される。これに対してEts-2を発現するアデノウィルスを腹腔内注射するとリンパ管新生が亢進した。一方、Etsファミリーの転写活性を阻害するドミナントネガティブ変異体TM-Ets-1ではリンパ管新生が著しく抑制された。 私はEts-2によるリンパ管新生亢進のメカニズムを探るため、in vitroの実験系を用いて解析を行った。HUVECにおいてProx1を発現させると、Prox1の下流遺伝子として知られるVEGFR3およびangiopoietin (Ang)-2、integrin-a9の発現が誘導されることが報告されている。私はまずリンパ管新生で最も重要と考えられるVEGFR3の発現への効果を検討した。HUVECにEts-2を発現させると同様にVEGFR3の発現が誘導され、Prox1と共発現させた時にはさらに発現が亢進した。この発現誘導はHDLECにおいても確認されたので、これが細胞機能に与える効果をchamber migration assayによりVEGF-Cへの走化性を検討した。遺伝子発現を反映するようにHUVECにおけるVEGF-Cへの走化性はProx1およびEts-2によって誘導され、共発現させるとさらに走化性が亢進した。また、HDLECにおいてもEts-2により走化性が亢進した。さらにProx1によって誘導されるAng-2やintegrin a9の発現についてもEts-2の効果を検討したところ、Ets-2によっても発現が誘導され、Prox1と共発現させた時にはさらにそれぞれの遺伝子の発現が亢進した。しかし、HDLECにおけるVEGFR3の発現はEts-2に対するsiRNAによるノックダウンでは抑制されなかった。私はEtsファミリーの他の因子により代償されている可能性を考え、それらの活性を抑制するためにTM-Ets-1を用いた。驚くべきことにこれらの3遺伝子のすべてにおいてProx1による発現誘導が抑制され、この3遺伝子はEts ファミリーによる発現制御を受けていることが示唆された。 当研究室において三嶋らはProx1が内皮細胞においてPDGFRbの発現を誘導することを見出している。私はこれに対するEts-2の効果をHDLECにおいて検討したところ、Ets-2によってもPDGFRbの発現が誘導された。これが細胞機能に与える効果をchamber migration assayによりPDGF-BB(PDGFRbのリガンド)への走化性を検討した。遺伝子発現を反映するようにEts-2により走化性が亢進した。HDLECにおけるPDGFRbの発現はEts-2に対するsiRNAによるノックダウンで抑制され、PDGF-BBへの走化性も低下した。このことからPDGFRbの発現にはEts-2が必須であることが示唆された。 次にProx1とEts-2が転写因子として直接同じプロモーター上でDNAに結合しているかを検討した。両者を発現させたHUVECを用いて抗Prox1抗体および抗Ets-2抗体を用いてそれぞれクロマチン免疫沈降を行ったところ、VEGFR3転写開始点近傍のプロモーター領域が濃縮されており、Prox1、Ets-2それぞれがVEGFR3プロモーター上の近傍で機能していることが示唆された。 以上の結果から、Ets-2はProx1の下流遺伝子に対してProx1と協調して機能し、Prox1によって誘導されるリンパ管新生を亢進させる転写共役因子であることが示唆された。またPDGFRbの発現がEts-2に対するsiRNAにより抑制されたことおよびVEGFR3やAng-2、integrin a9の発現がTM-Ets-1によって抑制されたことにより、4つものProx1下流遺伝子がEtsファミリー転写因子によって発現調節を受けていることが明らかになった。これらの結果はドミナントネガティブ変異体TM-Ets-1で横隔膜リンパ管新生が著しく抑制されたことを裏付けるものであると考えられる。本研究を通じて、血管新生において重要な役割を果たすことが知られているEtsファミリー転写因子がリンパ管新生においても同様に重要な機能を果たしていることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究はリンパ管形成を司る転写因子と考えられているProx1の転写調節機構を解明するため、リンパ管内皮におけるProx1の機能調節因子としてProx1結合因子を探索し、その候補因子が与えるProx1の転写調節機能に対する効果について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. Yeast two-hybrid screeningを行い、Prox1結合候補因子として10種の核内局在因子を同定し、哺乳細胞内での結合を確認した。また、これらの因子が血管内皮細胞(BEC)およびリンパ管内皮細胞(LEC)で発現していることをRT-PCRにより確認した。これらのうち血管新生における関与が報告されているEtsファミリー転写因子Ets-2に着目してBECおよびLECにおける詳細な解析を試みた。 2.Ets-2はヒトのBECおよびLECにおいてウェスタンブロットにより発現が確認され、また初期リンパ嚢が形成されている時期のマウス胎児由来のBECおよびLECにおいても発現していることがRT-PCRにより明らかになった。 3.Yeast two-hybrid screening の結果を反映して、Ets-2がLECにおいてProx1と結合していることが免疫沈降法およびin situ PLA法によって明らかになった。また、BECにおける過剰発現によりEts-2と相同性の高いEts-1もProx1と結合することが示され、Prox1とEts-1の結合ドメイン解析を行って、それぞれが結合する領域を同定した。 4.Ets-2の生体内のリンパ管における機能を個体レベルで解析するため、横隔膜リンパ管新生モデルを用いたところ、Ets-2がリンパ管新生を亢進させ、一方でEts-2のドミナントネガティブ変異体として機能するTM-Ets-1がリンパ管新生を抑制することが明らかになった。 5.Ets-2がリンパ管新生を亢進させているメカニズムを探るため、培養可能なBECおよびLECを用いてin vitro の解析を行った。BECにおいてProx1を発現させると下流遺伝子の血管内皮増殖因子受容体3 (VEGFR3)の発現を亢進させるが、これと同様にEts-2単独でも発現が亢進していること、Prox1との共発現によりさらに発現が亢進していることがRT-PCRおよびウェスタンブロット、VEGFR3のリガンドであるVEGF-Cに対する走化性実験により示され、Ets-2がProx1と協調してVEGFR3の発現誘導を行っていることが示唆された。Ets-2によるVEGFR3の発現誘導はLECにおいても見られることが、同様の方法で示された。これらのVEGFR3の発現誘導はEts-1によっても見られたが、LECにおいてEts-2およびEts-1の発現をノックダウンしてRT-PCRにより解析したところ、どちらによってもVEGFR3の発現の低下は見られなかった。 6.VEGFR3の発現がEts-1およびEts-2以外のEtsファミリー転写因子の代償作用により維持されている可能性を検討するため、幾つかのEtsファミリー因子についてProx1と結合するものを探索し、Netを同定した。しかし、Net単独もしくはEts-2およびEts-1との同時ノックダウンを行いRT-PCRにより解析したところ、VEGFR3の発現は低下しなかった。そこで、他のEtsファミリー転写因子の機能を阻害する可能性のあるTM-Ets-1を用いて解析を行ったところ、BECにおいてProx1およびEts-2によって亢進するVEGFR3の発現が抑制された。これによりEts-2、Ets-1、Net以外のEtsファミリー因子の転写活性がVEGFR3の発現に必要であることが示唆された。 7.Prox1の下流遺伝子angiopoietin-2およびintegrin a9の発現はBECにおいてEts-2によっても誘導され、Prox1との共発現によりさらに亢進することがRT-PCRにより示された。この効果はLECにおけるEts-2のノックダウンでは確認されなかったが、BECにおけるこれらの遺伝子の発現亢進はTM-Ets-1により抑制され、VEGFR3の発現誘導と同様にangiopoietin-2およびintegrin a9の発現にEtsファミリー因子の転写活性が必要であることが示唆された。 8.血小板由来成長因子(PDGF-BB)はリンパ管新生因子として知られるが、当研究室の先行研究によってProx1がその受容体であるPDGFRbの発現を誘導することが示されている。LECにおいてEts-2がPDGFRbの発現を亢進させていることがRT-PCRおよびPDGF-BBに対する走化性実験により明らかになった。また、同様にEts-1もPDGFRbの発現を亢進していることが示された。さらにLECにおいてEts-2の発現をノックダウンするとPDGFRbの発現が低下し、PDGFRbの発現にEts-2が必要であることが示された。 9.Prox1とEts-2が同じプロモーター上でDNAに結合しているかを検討するため、BECにProx1およびEts-2を発現させ、それぞれの抗体でクロマチン免疫沈降を行ったところ、VEGFR3転写開始点近傍のプロモーター領域が濃縮されており、Prox1、Ets-2それぞれがVEGFR3プロモーター上の近傍で機能していることが示唆された。 以上、本論文は転写因子Ets-2がLEC内でProx1と結合すること、炎症性リンパ管新生を亢進することを明らかにし、そのメカニズムに迫りProx1と協調してProx1下流遺伝子を発現誘導すること、またEts-2以外のEtsファミリー転写因子が複数のProx1下流遺伝子の発現誘導に必要であること、さらにProx1とEts-2が同じプロモーター近傍で機能することを明らかにした。リンパ管形成に重要な役割を果たしているProx1の機能を正に調節する転写因子はこれまでに同定されておらず、本研究はリンパ管形成における転写因子のネットワークの解明に貢献したと考えられ、学位の授与に値するものである。 | |
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