学位論文要旨



No 125930
著者(漢字) 呂,言
著者(英字) Lu,Yan
著者(カナ) ロ,ゲン
標題(和) 細胞質内核酸認識受容体とToll様受容体シグナル経路の相互干渉機構
標題(洋)
報告番号 125930
報告番号 甲25930
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3409号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 伊藤,晃成
 東京大学 准教授 秋山,泰身
 東京大学 教授 北村,俊雄
内容要旨 要旨を表示する

要旨:

パターン認識受容体(pattern recognition receptors; PRRs)は、病原体を感知するセンサーであり、自然免疫応答の惹起から適応免疫応答への連携に至る様々な局面で非常に重要な役割を果たしている。PRRsは、それぞれに特異的な病原体関連分子パターン (pathogen-associated molecular patterns; PAMPs) を認識するが、その局在様式から大きく分けて膜貫通型と細胞質型の二つのグループに分類される。前者に分類されるPRRsとして、Toll様受容体 (Toll-like receptors; TLRs) があり、ウイルス、細菌、真菌、寄生虫など多様な病原体に由来するきわめて広範なPAMPsの認識に重要な役割を果たしている。後者に分類される典型的な受容体としてRIG-I (retinoic acid-inducible gene-I)やMDA5 (melanoma differentiation associated protein-5) などをはじめとする細胞質内核酸認識受容体が知られており、ウイルス感染などにより細胞質に放出された核酸を認識するのに重要であると考えられている; 一方、細胞質内核酸認識受容体以外にもNOD様受容体 (nucleotide-binding oligomerization domain-like receptors; NOD-like receptors; NLRs) が知られており、細菌由来成分を認識し感染防御に重要であると報告されている。

TLRsおよび細胞質内核酸認識受容体下流シグナル経路は、いくつかの共通する機構を有しており、いずれの経路の下流においてもNFκB (nuclear factor kappa-light-chain-enhancer of activated B cells) およびMAPK (mitogen-activated protein kinase) が活性化され、炎症性サイトカインが誘導される。また、細胞質内核酸認識受容体やTLR3、4、7、8、9 の下流ではIRF (interferon regulatory factor) ファミリー転写因子が活性化されI 型IFN (type I interferon; type I IFN) が誘導されることが知られている。このように、TLRs及び細胞質内核酸認識受容体の両経路は、共通の転写因子を活性化することにより、多様な病原体に対して同様に免疫応答を行うことができると考えられてきた。

しかしながら一方で、両経路は受容体の細胞内局在部位が異なることに加え、下流のシグナル経路についても相違点を持つことが知られているが、免疫応答における役割にどういった差異があるかはよく分かられていない。また、病原体は複数のPAMPsを含有しており、感染時には多種のPRRs経路が同時に働くと予想されるが、これまでの研究はPRRs個々のシグナル経路の解析が主であり、PRRsの多様かつ複雑なシグナルがお互いにどのように影響しあっているのかについては不明な点が多い。

そこで、本研究ではTLR経路及び細胞質内核酸認識受容体経路に着目し、様々なPAMPsの混合である病原体に対する免疫応答の機構を理解するため、両経路の相互の関係について解析を行った。まず、TLR経路と細胞質内核酸認識受容体経路の下流で誘導される遺伝子に差異があるか否かを明らかにするため、両経路の下流で誘導される代表的な遺伝子の誘導レベルを比較した結果、マクロファージ (macrophages) 及び樹状細胞 (dendritic cells; DCs) において、TLR経路はIL-12p40の誘導に、細胞質内核酸認識受容体経路はI型IFNの誘導に強く関与し、一方でIL-6やTNFαはどちらの経路からも同程度に誘導されることが明らかとなった。次に、両経路が共通の転写因子を活性化するにもかかわらず下流で誘導される遺伝子パターンに大きな違いが存在する理由を調べた結果、この二つの受容体群によって下流シグナルが同時に活性化される際、TLR下流シグナルにより細胞質内核酸認識受容体を介したI型IFNの誘導が選択的に抑制され、一方で細胞質内核酸認識受容体を介して誘導されるI型IFNはTLRsを介したIL-12p40の誘導を選択的に抑制することが明らかとなり、細胞質内核酸認識受容体とTLRsが相互にそれぞれ下流の遺伝子発現を標的遺伝子特異的に負に制御することが示された。また、IRF3欠損マクロファージでは細胞質内核酸認識受容体下流で誘導されるIL-12p40が顕著に増強されたことから、IL-12p40の誘導抑制にIRF3が関与しており、このIRF3による抑制機構がTLR経路と細胞質内核酸認識受容体経路下流のIL-12p40誘導のレベルを制御する一因であることが示唆された。

本研究により、TLR経路と細胞質内核酸認識受容体経路が異なる遺伝子の誘導に重要であり、相互に干渉しあう機構を有する、という今までに知られていない新しい「自然免疫受容体シグナルの相互干渉」ともいえるメカニズムが明らかとなった。本研究で得られた一連の新知見は、細胞質内核酸認識受容体及びTLRsの両経路が同時に活性化される際の、免疫応答制御機構の一端を解明しただけでなく、抗ウイルス薬をはじめ、免疫応答のバランスが崩れることによって生じるアレルギー、自己免疫疾患などの治療薬の開発に分子基盤を提供し得るものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究ではTLR経路及び細胞質内核酸認識受容体経路に着目し、様々なPAMPsの混合である病原体に対する免疫応答の機構を理解するため、両経路の相互の関係について解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1. TLR経路と細胞質内核酸認識受容体経路の下流で誘導される遺伝子に差異があるか否かを明らかにするため、両経路の下流で誘導される代表的な遺伝子の誘導レベルを比較した結果、マクロファージ及び樹状細胞において、TLR経路はIL-12p40の誘導に、細胞質内核酸認識受容体経路はI型IFNの誘導に強く関与し、一方でIL-6やTNFαはどちらの経路からも同程度に誘導されることが明らかとなった。

2. 両経路が共通の転写因子を活性化するにもかかわらず下流で誘導される遺伝子パターンに大きな違いが存在する理由を調べた結果、この二つの受容体群によって下流シグナルが同時に活性化される際、TLR下流シグナルにより細胞質内核酸認識受容体を介したI型IFNの誘導が選択的に抑制され、一方で細胞質内核酸認識受容体を介して誘導されるI型IFNはTLRsを介したIL-12p40の誘導を選択的に抑制することが明らかとなり、細胞質内核酸認識受容体とTLRsが相互にそれぞれ下流の遺伝子発現を標的遺伝子特異的に負に制御することが示された。

3. IRF3欠損マクロファージでは細胞質内核酸認識受容体下流で誘導されるIL-12p40が顕著に増強されたことから、IL-12p40の誘導抑制にIRF3が関与しており、このIRF3による抑制機構がTLR経路と細胞質内核酸認識受容体経路下流のIL-12p40誘導のレベルを制御する一因であることが示唆された。

以上、本論文はTLR経路と細胞質内核酸認識受容体経路が異なる遺伝子の誘導に重要であり、相互に干渉しあう機構を有する、という今までに知られていない新しい「自然免疫受容体シグナルの相互干渉」ともいえるメカニズムが明らかとなった。本研究で得られた一連の新知見は、細胞質内核酸認識受容体及びTLRsの両経路が同時に活性化される際の、免疫応答制御機構の一端を解明しただけでなく、抗ウイルス薬をはじめ、免疫応答のバランスが崩れることによって生じるアレルギー、自己免疫疾患などの治療薬の開発に分子基盤を提供し得るものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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