学位論文要旨



No 125931
著者(漢字) 鈴木,洋
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロシ
標題(和) p53によるマイクロRNAプロセッシングの制御
標題(洋)
報告番号 125931
報告番号 甲25931
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3410号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,祐輔
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 連携教授 中釜,斉
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 特認准教授 小川,誠司
内容要旨 要旨を表示する

DNAからRNAが転写され、RNAからタンパク質が翻訳される。このセントラルドグマにおいてRNAは、従来、情報伝達役でありタンパク質合成のための鋳型となるmessenger RNA (mRNA)と、transfer RNA (tRNA)、そしてribosomal RNA (rRNA) の三種類であった。しかし、現在、翻訳されないRNA (non-coding RNA) はtRNA、rRNA以外にも大量に存在することが明らかになっている。これらの数多くのnon-cording RNAはタンパク質の発現の調節など様々な機能を持つことが分かってきており、セントラルドグマにおいてRNAの役割は拡大し変貌をとげつつある。

マイクロRNA (miRNA) は21~25塩基程度からなる短いnon-coding RNAであり、細胞の増殖,分化,アポトーシスなどの制御において重要な役割を果たしている。miRNAは、主に、標的mRNAの3'非翻訳領域にある相補的配列と結合し翻訳を抑制することで、その遺伝子発現調節作用を発揮すると想定されている。miRNAの発現異常が悪性腫瘍を含む多くの病態に関与する可能性が近年の研究により示され始めている。

miRNAは、悪性腫瘍の進行過程で癌抑制因子、癌促進因子の両方の働きをしうる。代表的な例として、癌抑制因子として機能するものとしては、慢性リンパ性白血病および肺癌において発現低下が認められるmiR-16、let-7など、癌促進因子として機能するものとしては、様々な癌種で発現亢進が認められるmiR-21などが挙げられる。これらのmiRNAは、それぞれ、標的となる癌促進因子および癌抑制因子の遺伝子発現を抑制することにより、悪性腫瘍の病態形成に寄与していると考えられている。

一方で、ヒトの悪性腫瘍ではしばしばmiRNAの広範な発現量減少がみられることが報告されており、これに呼応するように、実験的にmiRNAの生成機能を低下させた場合に、細胞の形質転換とin vivoでの腫瘍形成が促進されることが報告されている。これらのことは、miRNAなどの低分子RNAが全体として細胞の腫瘍化抑制において重要な役割を果たしていることと、miRNAによる標的遺伝子の発現抑制の緩和が腫瘍の増殖や転移に正に働きうることを示唆している。

では、miRNAの細胞内における生成は、どのように制御されているのであろうか?miRNAは、細胞核において、pri-miRNAと呼ばれる一次転写産物として転写された後、RNaseIIIであるDroshaによって中間産物であるpre-miRNAへと切り出される。pre-miRNAは細胞質に輸送され、別のRNaseIIIであるDicerによって切断され、成熟したmiRNAとなる。このmiRNA生成過程はプロセッシングと総称されるが、前述の癌細胞におけるmiRNAの低下の一因として、染色体欠失やエピジェネティクな機序に加えて、miRNAのプロセッシングの異常が関与していることが示されている。しかし、miRNAプロセッシングの構成分子が分かりつつある一方で、このプロセッシング過程が細胞内でどのように調節されているのか、個々のmiRNAが一様な制御の過程を経るのか否か、プロセッシング過程が細胞内外の環境変化によって修飾を受けうるのかについては不明な点が極めて多い。

本研究では、miRNAプロセッシング過程の制御機構をより詳細に明らかにするとともに、癌抑制機構における内在性miRNAの生物学的意義を明らかにすべく解析を行なった。

miR-143, -145の2つのmiRNAは大腸癌などの癌種で発現低下が認められ、癌抑制因子として機能することが想定されている。また、前述の腫瘍細胞で成熟型miRNAが低下する原因として、プロセッシング過程の異常が示唆されているmiRNAの1つでもある。miR-143/145の発現が細胞外の環境変化によって変動する可能性を検討する過程で、miR-143/145がDNA 傷害性抗癌剤であるdoxorubicinによって誘導されることが見出された。このmiR-143/145の上昇において、pri-miRNA、成熟型miRNAの発現パターンを比較した結果、pri-miRNAの発現レベルが変化しないにも関わらず成熟型miRNAが上昇することが見出された。悪性腫瘍で指摘されているプロセッシング過程の異常は、成熟型miRNA/pri-miRNAの比が低下する方向に、pri-miRNAと成熟型miRNAの発現パターンの正の相関が失われるということで観察される。DNA損傷に伴うmiR-143/145の上昇は、逆の方向性の変化であり、miRNAプロセッシング過程と癌抑制遺伝子群の潜在的なクロストークを検証した。

pri-miRNAからpre-miRNAへのプロセッシングは、Drosha複合体によって媒介されるが、Drosha複合体はp68/p72と呼ばれるDEAD-box型RNA helicaseなどの補助因子を伴う。これらの補助因子のmiRNAプロセッシングにおける役割は十分解明されていないが、p68/p72については、miR-143/145を含む一部のmiRNAのプロセッシングに必要とされることが最近の研究で示されている。上記のDNA損傷に伴うmiR-143/145の上昇を検討することと平行して、公開されているDNA損傷に伴うmiRNAの発現変動のプロファイリングとp72欠損マウスにおけるmiRNAの発現プロファイリングをin silicoの解析で比較した結果、プロセッシングにp72を要するmiRNA(p68/p72依存性miRNA)ほどDNA損傷に伴って強く誘導されることが見出された。in silicoの解析結果を参考に、DNA損傷に伴うmiRNAの発現レベルの変化をさらに検討したところ、miR-143/145に加えて、全てではないが一部のmiRNA(miR-15a/-16-1/-23a/-26a/-103/-203/-206)が同様に誘導されることが示された。これらの成熟型miRNAの発現上昇は、pri-miRNAの上昇を伴わない一方で、pre-miRNAの上昇を伴い、Droshaによるプロセッシング亢進に付随するものである可能性が示唆された。

DNA損傷に伴うmiRNAの発現上昇のメカニズムを探るべく検討を進めた。p68/p72は以前の研究によりDNA損傷応答の主要なメディエーターであるp53が結合することが示されており、p53およびp68/p72の関与を検討したところ、DNA損傷に伴う成熟型miRNAの発現上昇がp53の欠損あるいは、p53/p68/p72の発現低下によって抑制されることが判明した。これらより、DNA損傷に応答して、p53/p68/p72依存性のメカニズムにより一部のmiRNAのプロセッシングが亢進することが示唆された。DNA損傷によって誘導されるmiRNAは、悪性腫瘍で発現低下がしばしば報告されているmiRNAを含み、実際に細胞増殖を負に制御することが見出された。さらに、これらのmiRNAの新規の標的遺伝子としてCDK6やK-Rasといった重要な細胞増殖調節因子を同定し、DNA損傷に伴う成熟型miRNAの発現上昇がp53の癌抑制機能に寄与している可能性が示唆された。

続いて、p53がDrosha複合体のプロセッシング活性に与える影響を検討した。検討の結果、p53がp68/p72依存的あるいはRNA依存的にDrosha複合体と会合することが判明し、また、この相互作用は、p53の癌抑制遺伝子としての主要な機能を担うDNA結合ドメインを介することが見出された。さらに、Drosha複合体のプロセッシング活性をin vitroで評価する実験系において、DNA損傷に応答してp53と会合したDrosha複合体がmiR-16/143に対してより強い切断活性を有することが見出された。このプロセッシング活性の上昇は、Drosha複合体とp53のin vitroでの混合によっても再構築可能であった。加えて、プロセッシング活性をin vivoで評価する実験系でもp53依存性のプロセッシング活性の亢進が確認された。これらの結果より、DNA損傷に応答して、p53がDrosha複合体と相互作用し、Drosha複合体のプロセッシング機能を促進することが示された。

p53は主要な癌抑制遺伝子であり、多くの悪性腫瘍でその遺伝子変異が認められる。この結果によって生じる変異型p53の一部は、野生型p53の機能喪失を招くだけでなく、付随して癌促進因子としての機能を有することが示されている。これらの背景を踏まえて、変異型p53のmiRNAプロセッシングに与える影響を検討したところ、変異型p53が野生型p53とは逆に、miR-16/143などのmiRNAのプロセッシングを減弱させることが見出された。そのメカニズムとして、Drosha複合体とp68の結合を検討したところ、変異型p53はDrosha複合体とp68の結合に干渉し減弱させることが認められた。これらの結果から、DNA結合ドメインの変異によって、p53のmiRNAプロセッシング修飾因子としての性質が変化し、変異型p53の一部が野生型p53とは逆にmiRNAのプロセッシングを阻害する可能性が示唆された。

以上の結果から、DNA損傷反応とマイクロRNAの生成過程は緊密に相互作用しており、p53が制御する癌抑制機構に、p53の転写調節機能とは独立したmiRNA生合成調節作用が組み込まれていることを示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は悪性腫瘍を含む多くの病態で重要な役割を演じていると考えられるマイクロRNA (miRNA)の発現調節メカニズムを明らかにするため,miRNAの生合成機構と癌抑制遺伝子群の関連を探索したものであり,下記の結果を得ている.

1.大腸癌などの癌種で発現低下が認められるmiR-143/145の発現が細胞外の環境変化によって変動する可能性を検討した結果,これらのmiRNAがDNA 傷害性抗癌剤であるdoxorubicinによって発現誘導されることが示された.このmiR-143/145の上昇において,miRNA一次転写産物(pri-miRNA),成熟型miRNAの発現パターンを比較した結果,pri-miRNAの発現レベルが変化しないにも関わらず成熟型miRNAが上昇することが示された.

2.DNA損傷に伴うmiRNAの発現変動のプロファイリングとp72欠損マウスにおけるmiRNAの発現プロファイリングのin silicoでの比較解析をもとに,miR-143/145に加えて,全てではないが一部のmiRNA(miR-15a/-16-1/-23a/-26a/-103/-203/-206)が同様に誘導されることが示された.これらの成熟型miRNAの発現上昇は,pri-miRNAの上昇を伴わない一方で,miRNA前駆体(pre-miRNA)の上昇を伴い,pri-miRNAからpre-miRNAへののプロセッシングを担うDroshaによるプロセッシング亢進に付随するものである可能性が示唆された.

3.DNA損傷に伴うmiRNAの発現上昇において,DNA損傷応答の主要なメディエーターであるp53およびDEAD-box型RNA helicaseであるp68/p72の関与を解析した結果,DNA損傷に伴う成熟型miRNAの発現上昇がp53の欠損あるいは,p53/p68/p72の発現低下(siRNAによるノックダウン)によって抑制されることが示された.

4.DNA損傷によって誘導されるmiRNAが細胞増殖を負に制御することがWST-8アッセイおよび細胞周期解析によって示された.また,in silicoでの解析をもとに,CDK6やK-Rasといった重要な細胞増殖調節因子がこれらのmiRNAの新規の標的遺伝子であることがルシフェラーゼアッセイおよびウエスタンブロットアッセイにより示された.

5.p53およびmiRNAの生合成を担うDrosha複合体との相互作用を免疫沈降法により解析した結果,p53がp68/p72依存的あるいはRNA依存的にDrosha複合体と相互作用することが示され,また,この相互作用は,p53の癌抑制遺伝子としての主要な機能を担うDNA結合ドメインを介することが示された.Drosha複合体のプロセッシング活性をin vitroで評価する実験系において(in vitro processing assay),DNA損傷に応答してp53と相互作用したDrosha複合体がmiR-16/143に対してより強い切断活性を有することが示された.このプロセッシング活性の上昇は,Drosha複合体とp53のin vitroでの混合によっても再構築可能であることが示された.プロセッシング活性をin vivoで評価する実験系でもp53依存性のプロセッシング活性の亢進が示された.

6.悪性腫瘍で認められる変異型p53のmiRNAプロセッシングに与える影響を検討した結果,変異型p53が野生型p53とは逆に,miR-16/143などのmiRNAのプロセッシングを減弱させることが示された.免疫沈降法によるDrosha複合体とp68の結合の解析の結果により,変異型p53はDrosha複合体とp68の結合に干渉し減弱させることが示された.

以上,本論文はmiRNA生合成機構とDNA損傷応答および癌抑制遺伝子p53の関連を探索した結果,p53がmiRNA生合成を担うDrosha複合体と相互作用しmiRNA生合成機構を制御することを明らかにした.本研究は代表的な癌抑制遺伝子であるp53のこれまで知られていなかった新たなる機能を明らかにし,発癌および癌抑制機構におけるmiRNAの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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