学位論文要旨



No 125933
著者(漢字) 花岡,昇平
著者(英字)
著者(カナ) ハナオカ,ショウヘイ
標題(和) CT画像における脊椎骨転移のコンピュータ支援検出に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 125933
報告番号 甲25933
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3412号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 講師 大西,五三男
 東京大学 講師 山本,希美子
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

骨転移を来した症例の生命予後は一般に悪いとされてきた。しかし、今日の全身治療の進歩により、特に乳癌や前立腺癌の場合は長期生存も稀ではなくなっている。このような長い期間にわたって患者のQOLを保持するためには、骨転移を早期に発見・治療することにより、病的骨折などの骨関連事象(skeletal-related event; SRE)を予防することが重要となる。

しかしながら、経過観察のルーチン体幹部CTでの骨転移診断能は必ずしも十分ではない。CTは全身MRIやPET-CTなどの最新の検査手法に比べて早期の骨転移の検出能が劣る。また、近年の多列CTでは膨大な数の画像が作成されることから、画像を読影する医師の負担も大きく、見落としを生じやすい。さらに、得られる全ての情報(画像にして数百~千枚)を最大限に活用することは、読影医による日々の診断では困難である。CTの能力を日々の診断に最大限に生かすため、コンピュータ処理による支援が望まれる。

骨転移のコンピュータ支援診断システムの確立のためには、解決せねばならない問題が複数存在する。その一つが、CT画像からの骨領域の抽出(セグメンテーション)アルゴリズムの精度の問題である。CADの前処理としてのセグメンテーションアルゴリズムは正常例を正しく処理できるのみならず、病的脊椎に対しても適用可能であることが求められる。もし正しくないセグメンテーション結果が出力された場合、それに引き続くCADプロセスが正しい解析結果を示すことはほとんど期待できない。

しかしながら、さまざまな病的状態を表現できる汎用性の高い可変形モデルを設計するのは簡単なことではない。セグメンテーションの安定性と病的構造への適応力とはトレードオフの関係にある。その最適なバランスを見つけ出すためには、実際にアルゴリズムを多数の臨床例に適用して調整を行う必要がある。このため、骨変形/骨破壊に対応したセグメンテーションアルゴリズムを作成し、さらにさまざまな臨床例においてその有効性・適用可能性を確認する必要がある。

2. 目的

本研究の目的は、病的変化を来した脊柱骨のCT画像から椎体領域を高い信頼度で抽出するアルゴリズムの作成、およびその性能評価である。特に側彎や骨破壊、圧迫骨折による変形のいずれも対応できることを確認する。

同時に、本アルゴリズムの応用として、脊柱仮想直線化処理および椎体骨転移強調表示アプリケーションを作成する。それらの臨床的有用性を評価し、本アルゴリズムの医用画像処理における有効性を確認する。

3. 手法

(椎体セグメンテーション)

本セグメンテーション(抽出)手法は、可変形モデルを基礎としている。使用したモデルは2つの楕円柱から構成される。片方の楕円柱Bは椎体および椎間板を近似しており、もう片方の楕円柱Cは脊柱管に対応している。これらの楕円柱は、有限個のパラメータを変化させることにより、与えられたCT画像に一致するように変形させることができる。

アルゴリズムは3つのステップからなる。(1) 前処理、(2) 楕円柱モデル当てはめ、(3) 椎間板検出、である。

(1)は主に可変形モデルの初期条件を決定するための処理である。隊幹部領域を抽出したのち、胸郭および脊柱の上下範囲の推測の推測を行い、最後にテンプレートマッチングを用いて椎体の水平位置を推測する。

(2)で実際に可変形モデルを当てはめ、すべての椎体を一つの楕円柱として抽出する。実際の楕円柱モデルの当てはめは、評価関数を最大にするパラメータの組をPowell法を用いて探索することにより行う。評価関数は各楕円柱B、Cに含まれるボクセルの濃度値をもとに演算される。

(3)で椎間板の位置と傾きを検出し、各椎体を分離する。まず,CT画像に対してボトムハットフィルタを適用し、椎間板を強調する。ボトムハットフィルタは高濃度構造に挟まれた溝状の低濃度構造を強調する性質をもつため、椎間板では高い値となり、その上下の椎体骨皮質(終板)では相対的に低い値となる。次に、椎間板の存在尤度関数Dを各位置、傾きごとに計算し、Dの極大点を検出することにより、各椎間板の位置と傾きを決定する。

(脊柱直線化)

まず、脊柱の曲線に沿った"解剖学的軸位断"断面を考える。これらの断面は脊柱を輪切りにするように並んでいるが、断面が近傍の椎間板にほぼ並行になるように傾きをつけられている。このような断面を、1椎体につき決まった数(本研究では32枚)だけ、等間隔に並べる。断面の中心は楕円柱モデルの2つの楕円柱の接点とする。また、楕円柱モデルの回転角θも適切に補償し、常に脊柱管が断面像の下、椎体が上になるようにする。このような断面ごとに断面像を再構成する。

このような"解剖学的軸位断"像を並べて、3次元画像としての仮想直線化画像を得る。この3次元画像から矢状断、冠状断の再構成像を作成する。

(局所濃度変化スコア画像)

脊柱仮想直線化結果をもとに、骨病変を含む濃度異常域の強調表示画像を作成する。椎体の個人間の形態の差、全体的な骨濃度の差をそれぞれ消去したのち、正常(コントロール)群と統計学的に比較し、最終的に局所濃度変化を抽出した画像(Local intensity alteration; LIAスコア画像)を作成する。

4. 結果

(椎体セグメンテーション)

正常例41例、骨転移例19例、側彎例4例で評価を行った。第3頸椎から第5腰椎までの22椎体のうち、撮像範囲内の椎体を評価対象として計数した。スライス厚は1.00から1.25mm、撮像範囲および経静脈性造影剤投与の有無は症例によりさまざまである。

正常例41例(男性26、女性15、年齢40-86(平均58.8)歳)では、34/41例で完全に成功した。4例でモデル当てはめ時にL5のみの欠損が生じた。椎間板の検出漏れは4例で生じ、いずれも頸椎であった。なお、4例で仙椎S1/2の椎間板が検出された。

骨転移例19例では、12/19例で完全に成功した。モデル当てはめは1例で完全に失敗(椎体外に逸脱)し、ほかの3例で1椎体から2椎体の欠損が生じた。椎間板の検出漏れは2例で生じ、やはりいずれも頸椎であった。

側彎例4例では、3/4例で完全に成功した。1例ではモデル当てはめで1つの椎体が欠損した。椎間板検出はいずれも成功した。

全体で4つの偽の椎間板の検出があり、いずれも頸椎であった。

(脊柱直線化)

正常例、側彎例において評価を行った。

正常例41例のいずれにおいても仮想的直線化に成功した。ただし、モデル当てはめにおける失敗を反映して、4例でL5が画像外となった。また、4例では椎間板検出アルゴリズムにおける失敗を反映して、頸椎で一部に画像の乱れが見られた。

側彎症例4例についても、全例において正しい処理結果が得られた。

(局所濃度変化スコア画像)

健診例36例(上記とは異なる症例)および骨転移例8例(上記の症例の一部)を用いて実験を行った。各症例の変形性変化の程度、LIAスコア画像の画質、骨病変の描出の質をそれぞれ3段階で評価した。

画質については、健診例で変形性変化が軽度(minimal)な症例では22例中21例で中程度(fair)以上の画質が得られた。一方、変形性変化が高度(severe)な症例では7例中6例で画質が不良(poor)であった。

病変の描出の質については、骨転移例では8例中4例で良好(good)な病変描出が見られ、2例で中程度(fair)な描出が得られた。2例では描出が得られなかったが、このいずれも溶骨性転移であった。その原因としては、一方は第5腰椎でのモデル当てはめの失敗によるものであった。もう一方は第7頸椎が画像の上端であるような症例での第7頸椎の病変であったため、本アルゴリズムの頚椎平均減算処理で病変が消えてしまったものであった。

健診例では8例中5例で良好(good)な描出が見られ、2例で中程度(fair)の描出が見られた。1例では描出が見られなかったが、これは小さな濃度低下病変(血管腫もしくは脂肪腫疑い)で、内部のzスコアが-2程度にとどまったのが原因であった。

5. 考察

本手法は、CT画像における全椎体(環軸椎を除く)かつ全自動のセグメンテーション手法である。これまで多くの椎骨のセグメンテーション手法が報告されてきたが、その多くは腰椎のみを対象とするものであった 。近年になって3つの全脊椎のセグメンテーション手法が報告されているが、うち骨転移例を用いて評価されたものは1つのみであり、側彎例で評価されたものはない。我々の手法はその双方に適用可能であることが示され、有疾患例に対する汎用性が確認された。

また、骨疾患のCADの前処理として使うためには、さまざまな撮像機器、撮像範囲、造影の有無、画素サイズに対応している必要がある。本研究では、このようなさまざまな条件について適用可能であることを確認した。

さらに、アルゴリズムの応用例として脊柱の仮想的直線化アプリケーション、および椎体骨転移の強調表示アプリケーションを作成し、臨床症例を用いて評価を行った。その結果、いずれのアプリケーションに対しても応用可能性が確認された。以上より、本アルゴリズムの骨病変コンピュータ支援検出/診断アプリケーション作成における有用性が確認された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、病的変化を来した脊柱骨のCT画像から椎体領域を高い信頼度で描出するアルゴリズムを作成し、その性能を評価したものであり、下記の結果が得られている。

1. 病的変化に対応した椎体の抽出アルゴリズム(以下、本アルゴリズム)を作成した。本アルゴリズムは以下の3過程からなる:(1) 画像の撮像範囲や頸・胸・腰椎境界の推定を行い、可変形モデルの初期形態を決定する。(2) 2つの楕円柱からなる可変形モデルを椎体/椎間板と脊柱管にそれぞれ当てはめ、抽出する。(3) 椎間板の位置と傾きを検出し、各椎体を分離する。

2. 本アルゴリズムを正常例41例、多発骨転移例19例、側彎例4例で評価した。正常例での完全成功率は83%、骨転移例及び側彎例ではそれぞれ63%、75%であった。様々な撮像プロトコルや病的変化に対応していること、先行研究と比較して妥当な性能であることが確認された。

3. 本アルゴリズムの応用として、脊柱の屈曲を除去した仮想直線化画像の表示アルゴリズムを作成した。椎体の個人間の形態の差、全体的な骨濃度の差をそれぞれ消去したのち、正常(コントロール)群と統計学的に比較し、最終的に局所濃度変化を抽出した画像(LIAスコア画像)を得た。LIAスコア画像の画質と病変描出能を評価したところ、病変の描出能は16例中13例でgoodもしくはfair(3段階評価中)との結果を得た。ただし、びまん性骨転移症例や変形性変化の強い症例に対しては適用困難であった。以上より、本アルゴリズムのCADの検出器への応用に対する有用性が示唆された。

4.本アルゴリズムをもとに、骨病変を含む濃度異常域の強調表示アルゴリズムを作成した。椎体の個人間の形態の差、全体的な骨濃度の差をそれぞれ消去したのち、正常(コントロール)群と統計学的に比較し、最終的に局所濃度変化を抽出した画像(以下、LIAスコア画像)を得た。LIAスコア画像の画質と病変描出能を評価したところ、病変の描出能は16例中13例でgoodもしくはfair(3段階評価中)との結果を得た。ただし、びまん性骨転移症例や変形性変化の強い症例に対しては適用困難であった。以上より、本アルゴリズムのCADの検出器への応用に関する有用性が示唆された。

以上、本論文は多様な病的変化に対応した椎体セグメンテーション手法を確立し、この医用画像処理における有用性を立証した。本研究は医用画像における人体骨格を対象としたコンピュータ支援画像診断技術の向上に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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