学位論文要旨



No 125934
著者(漢字) 依田,潔
著者(英字)
著者(カナ) ヨダ,キヨシ
標題(和) 回転型強度変調放射線治療の医学物理に関する研究
標題(洋)
報告番号 125934
報告番号 甲25934
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3413号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 講師 増谷,佳孝
 東京大学 講師 磯山,隆
 東京大学 特任准教授 石川,晃
 東京大学 講師 西松,寛明
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、Elekta社のリニアックと治療計画装置 ERGO++による回転型強度変調放射線治療(Intensity Modulated Arc Therapy, 以後IMAT)の実現及びその線量検証法の確立である。

ERGO++を用いたIMATは打ち抜き原体照射と強度変調照射(Intensity Modulated Radiation Therapy, 以後IMRT)の長所を兼ね備えた治療技術と考えることができる。すなわち、ERGO++でIMATを治療計画する場合は、原体または打ち抜き原体の照射野を採用し、計画者が入力した線量処方に基づく逆方向計算(インバースプラン)により、回転照射中の線量率を最適化する。研究の初期段階で利用したElekta製リニアックSynergyの制御プログラムでは、ガントリ回転中にMulti Leaf Collimator (MLC)およびガントリ回転角度あたりの照射線量(MU/degree)を変化させることができなかった。このため、ERGO++でサポートされている機能の中から、ガントリ1回転を多数の部分アークに分割して、各部分アークビームの照射・休止を反復する方式を選択した。各部分アーク内でMLC座標は固定されている。

治療計画部位として前立腺を選び、検証モデルとして選ばれた前立腺腫瘍患者に対するCT画像を用いて、放射線腫瘍医が前立腺、膀胱、直腸、大腿骨頭の輪郭を抽出した。位置決め誤差を考慮し、Clinical Target Volume (CTV)に対するマージンを5mmとしてPlanning Target Volume (PTV)を決定した。さらにMLC先端部分の反影を考慮し、MLCマージンを6mmとして照射野を決定した。

ビームズアイビュー(Beam's eye view, BEV)にてPTVが上流に存在するアーク角では原体の考え方(PTV全体を照射)、直腸が上流に存在するアーク角では打ち抜き原体の考え方(PTVから直腸領域を遮蔽して照射)により照射野を定義した。X線の深部吸収線量は深さが増すに従い減衰するため、この方式を採用することによりガントリ1回転で効率的な計画を立案できる。

次に、処方線量をアイソセンタ(リニアックのガントリ回転中心)に対して与え、PTV、直腸、大腿骨頭に対する線量制約を設定した。各部分アークの照射線量を1MUとした場合の線量分布をそれぞれ計算し、インバースプランにより各部分アークに与えるべき照射線量(MU)を最適化計算した。予備的なIMAT計算の結果、部分アーク角を均等に20度とした場合、直腸線量が過大になることが判明した。部分アーク角20度内で、BEVで直腸が大きく移動する場合、MLCを固定した照射野定義では、直腸遮蔽が不完全になることが原因と考えられた。部分アーク角を均等に10度とすれば、この問題を回避できる可能性があったが、部分アーク数が36個になり、最適化計算時間の増大、実治療時に照射開始ボタンを36回押す必要があるなど操作が煩雑になる問題が予見できた。そこで、筆者は、直腸遮蔽が十分な角度を部分アークごとに対話的に決定することを提案した。検討モデルでは部分アーク数は22となった。

上記で得られたERGO++による計画を試作した円柱状のアクリル容器を用いた水ファントムに対して適用し、線量分布を再計算した。次に、上記計画を照合記録装置経由で、リニアックSynergyに転送した。上記水ファントムの中心軸にピンポイント線量計を挿入し、リニアックの寝台上に設置した。寝台位置を調整し、線量計の計測中心をリニアックの回転中心(アイソセンタ)に一致させた。アイソセンタ線量を測定し、治療計画で計算された線量と比較した。また、アイソセンタを含む直交3面にフィルムを逐次配置した固体ファントムを用いて線量分布を検証した。評価基準3 mm, 3%の下で、ガンマ指標を計算した。ガンマ指標とは線量分布の計算値と実測値の誤差を測定座標ごとに与える指標であり、距離誤差と線量誤差を対等に扱い、計算された線量分布がどれだけ実測した線量分布に近いかを1つのスカラー値で評価する。実測したアイソセンタ線量はERGO++の計算値と1.7%以内で一致した。3mm 3% 基準のガンマ値のパスレートはいずれの断面でも90%以上であった。検証結果は満足できるものであった。この検証成功により、東大病院では、2007年11月から個別に患者さんの同意を得た上で、IMATによる臨床が開始された。治療を受けた患者総数は10名である。本方式を導入することにより、従来の原体照射で問題視されていたPTV内部の線量のホットスポットを回避しながら、直腸を遮蔽した前立腺照射が可能になった。原体照射または打ち抜き原体照射の照射野を用いるため、ガントリ回転中のMLC座標の移動速度はきわめて緩慢で、品質保証上安全な治療方式であることを確認できた。治療計画も30~40分程度で完了し、効率的であった。多門IMRTでは照射方向を計画者が経験に基づいてあらかじめ決定する必要があったが、IMATは回転照射であるため、この手続きが不要になる。結果的に、治療計画の経験が比較的少なくても良好なプランを立案可能になることがわかった。

課題としては、22個の部分アークを操作者が個別に照射開始する必要があり煩雑であり、照射停止を繰り返すため、回転照射にもかかわらず、照射時間が10分と比較的長いことなどが挙げられる。また、ガントリ回転中にMLC座標が固定であるため、直腸の遮蔽が完全ではない。リニアックの制御プログラムをバージョンアップすることにより、これらの問題点を一挙に解決することが予見されていた。

前章で述べた研究を遂行中に、完全なダイナミック照射が可能なリニアック制御プログラムの研究評価版を入手できた。この制御プログラムを利用することにより、ガントリ回転中にMLC座標・線量率・ガントリ回転速度・コリメータ角を変化させることができるようになった。そこで、新しい制御プログラムを用いた回転型強度変調照射システムを構築し、原理実証を開始した。なお、ガントリ回転中にMLC座標・線量率・ガントリ回転速度・コリメータ角を変化させる照射技術は従来のIMAT技術を凌駕するものであり、新たに Volumetric Modulated Arc Therapy (以後、VMAT)という用語が提案された。

対象として前章と同様に前立腺モデルを選び、治療計画装置ERGO++ 1.6を用いて、360度1回転のアークを分割して73の固定ビームを定義し、BEVにてPTVが上流に存在すガントリ角度では原体、直腸が上流に存在するガントリ角では打ち抜き原体により照射野を定義した。次に、ERGO++に組み込まれた最適化エンジンを用いて、与えられた線量制約の下で定義された評価関数を最小化する各固定ビームの照射強度を計算した。今回の最適化計算では、直腸の線量が増大する照射方向において、直腸はMLCにより遮蔽されていることを考慮し、PTVの最小線量と最大線量を制約条件として用い、直腸の最大線量を制約しなかった。さらに、原体照射に近い同心円状の線量分布を与えることを目的とし、隣接する照射角に対する照射線量の変化を抑制する制約を追加した。結果的に、大腿骨頭に対する線量を抑制することになる。

これまでと同様に、アイソセンタ線量と直交3方向の線量分布を検証した。腫瘍形状に合致したコンフォーマルな線量分布を得ることができた。最適化の計算時間は15分で、VMATの照射時間は100秒であった。 水ファントムで測定されたアイソセンタ線量は212 cGyで、計算値 218 cGyとの誤差は2.8 % であった。施設基準の3%以下を満足した。3mm、3%基準のガンマ値のパスレートはいずれの断面でも90%以上であった。

その後、ERGO++を1.7にアップグレードした結果、線量計算アルゴリズムが改良され、ビームモデリング精度が大幅に向上した。この結果、VMATの治療計画による線量分布はさらに改善され、直腸に対する線量が低減した。ガントリ回転時間によらず、線量測定値は安定しており、計算値との誤差は0.3%であった。ERGO++ 1.7 は、より正確な線量計算結果を与えることがわかった。ERGO++1.7を用いた場合の3 mm, 3%のガンマ解析のパスレートは大幅に上昇し、それぞれ99.5%, 98%, 97%であった。これは、臨床医学物理の観点で十分満足できる結果であり、東大病院では、個別に患者さんの同意を得て、2008年8月にVMATの治療が開始された。その後、毎月6~8名程度の新規前立腺がん患者に対する治療が順調に推移しており、2009年10月末の時点で、症例数は前立腺57例、頭頚部2例、骨転移1例となった。

ERGO++では、打ち抜き原体または原体の照射野が採用され、ビーム強度のみが最適化される。歴史的にも、前立腺腫瘍に対しては、打ち抜き原体照射が臨床適用されてきた。ERGO++によるVMATは、打ち抜き原体照射では対応が困難だったPTV内の線量均一度を改善するために、最適なビーム強度を最適化するものであると言ってもよいであろう。

VMATを用いることにより、従来の固定多門IMRTと同様の線量分布を極めて短時間で患部に照射できることは大きなメリットである。10~15分を超える照射に関しては切断されたDNAの修復の可能性が示唆されているため、放射線生物学的には短時間照射が望ましい。VMATを臨床適用することにより、腫瘍の局所制御率の向上と正常組織に対する放射線障害の低減が図れ、臨床的に大きな意義があると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は回転型強度変調放射線治療の医学物理に関するものであり、主として回転型強度変調放射線治療の物理検証について述べた。筆者は2005年以来、回転型強度変調放射線治療の医学物理を研究してきた。この間、Elekta製リニアックSynergyと治療計画装置ERGO++を利用できる機会を得たため、これらの装置を用いた回転型強度変調放射線治療システムを世界で初めて構成し、その医学物理特性を評価してきた。研究中にリニアック制御ソフトウェアおよび治療計画装置が改良され、医学物理特性が大幅に改善され、臨床適用可能なレベルに到達した。患者さんの同意を得て治療が開始され、現在まで順調に推移している。強度変調照射の目的は、高い線量を均一な分布で腫瘍へ投与することであるが、回転型強度変調放射線治療は、極めて短時間に強度変調放射線治療を実現する治療オプションであり、今回商用機で実証されたので、今後、この恩恵を多くの患者が享受できるであろう。10~15分を超える照射に関しては切断されたDNAの修復の可能性が示唆されているため、放射線生物学的には短時間照射が望ましい。本研究成果を臨床適用することにより、腫瘍の局所制御率の向上と放射線障害の低減を図ることが可能になり、臨床的に大きな意義があると思われる。治療時間が短いため、照射中の患者位置決め精度を高く維持できると共に、今後益々増加するがん患者への対応が容易である点も重要と考えられる。商用装置を用いた世界で最初の回転型強度変調放射線治療システムを実現したことは放射線治療の発展に貢献したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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