学位論文要旨



No 125940
著者(漢字) 曽我,亮介
著者(英字)
著者(カナ) ソガ,リョウスケ
標題(和) 注意と視覚意識の神経メカニズム
標題(洋) Neural Mechanisms of Attention and Visual awareness
報告番号 125940
報告番号 甲25940
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3419号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 准教授 小西,清貴
内容要旨 要旨を表示する

我々が素朴に見て感じている視覚意識は、物理的世界を単純に写した鏡なのではなく、脳内におけるダイナミックなプロセスを経て生成され得る現象である。本研究ではそのような視覚意識を司る神経メカニズムとそれに付随する認知システムである注意との関係について心理物理学的パラダイム、事象関連電位を用いてアプローチしていく。

注意定位の神経基質 -事象関連電位を用いた復帰抑制についての研究-

我々の周囲に溢れる情報群から、最も重要な情報を取り出し、そこに焦点を合わせた知覚システムを保持することは、生存上極めて有利なものであると考えられる。この注意定位のシステムは、実際にヒトを含む霊長類において極めて発達している。

外因的な空間指示刺激が周辺視野に提示された場合、その場所に対する注意定位は一般的には促進される。例えば周辺視野に指示刺激が提示されたすぐ後に、ターゲット刺激を提示し、出来るだけ早くボタンを押せ、といった課題を施した場合、指示刺激を提示した同じ場所にターゲットが出現した試行(有効試行)の反応時間の方が、指示刺激の提示場所とターゲットの出現箇所が異なる試行(無効試行)の反応時間よりも有意に早くなる。このことより、指示刺激とターゲット刺激の期間が短い場合(short cue-target interval: CTI)、外因的な注意定位のメカニズムは促進されうることが明らかである。

しかしながら指示刺激提示とターゲット刺激提示の間の期間が長い場合(-e.g. 400ms以上: long CTI)、有効試行における反応時間の方が、無効試行における反応時間よりも有意に遅くなる。この現象は、復帰抑制(Inhibition of return: IOR)と呼ばれている。発見当初よりこの復帰抑制は注意定位の特別な一側面を顕すものであるとして認知神経科学分野において多大な注目を集めてきたが、如何なる神経メカニズムの中で実現されているのか、基本的な潜在的空間注意のメカニズムと如何に区別されるのかについての実験科学的な証拠の提出は未だ為されていない。

復帰抑制をめぐる研究を困難にさせている一つの原因は、その現象の有無を端的に指し示す指標の欠如にある。先行研究においては、反応時間(早いor遅い)が復帰抑制の指標として用いられてきたが、反応時間は不可避的に連続的数値であり、データを二値化(復帰抑制有りor無し)して分析するのを困難にする。よって本研究では、その欠点を克服するべく基本的な空間指示タスクの手続きにメタコントラスト・マスキングパラダイムを組み込み新たな方法の中で復帰抑制研究を試みた。メタコントラスト・マスキングパラダイムにおいては、ターゲット刺激の直後(-e.g. 32ms)にターゲット刺激を囲む様相でマスク刺激が提示される。この場合、物理的にターゲット刺激とマスク刺激は重複していないのにも関わらず、ターゲット刺激が知覚されないという現象が報告されている。このパラダイムでは、実験参加者の行動を"見た"、"見えなかった"という判然としたカテゴリーに分けられるため、データもその分類に沿った解析が可能となる。

行動分析の結果、先行研究においては、主に反応時間においてしか観察されていなかった復帰抑制が、メタコントラスト・マスキングパラダイムを組み込んだ本研究の方法でも観察され、復帰抑制は視覚意識のドメインについても有意に観察可能な現象であることが確認された。

行動分析の結果に従い、次に私はタスク施行中の事象関連電位を測定し、分析した。結果として、左視野に指示刺激が提示された条件と右視野に指示刺激が提示された条件を別々に分けて、データを解析した場合、潜在的空間注意によって視覚意識が媒介されたと考えられる試行と復帰抑制(IOR)によって視覚意識が媒介されたと考えられる試行間に異なる神経相関を見出すことに成功した。また、短いCTIにおいては事象関連電位の差は有効-無効/見えた-見えなかった試行間で有意に異ならなかったが、長いCTIにおいては、頭部前方の電極において有効-無効/見えた-見えなかった試行間の差が、判然とした形で区別されることが確認された。この結果から、短いCTIにおいては、一般的潜在空間注意が見えた-見えないという行動の両方を媒介しているが、長いCTIにおいては、有効-無効/見えた-見えなかった試行間において、復帰抑制がその一助を担っていることが推察される。

復帰抑制が視覚意識においても観察されること、事象関連電位において一般的な潜在的空間注意メカニズムと復帰抑制メカニズムが分離可能であることを示したのは、注意定位研究における一つの前進であると考えられる。また事象関連電位の差が頭部前方の電極において観察されたことは、復帰抑制は、視覚領野のみならず様々な高次領野(頭頂葉、前頭葉)を含む脳領域間における情報相互作用によって媒介されていることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、反応時間測定タスクにおいてしか報告されていなかった復帰抑制現象が、視覚意識の知覚ドメインにおいても観察されうるものかどうか、また観察された場合、潜在的空間注意と復帰抑制との間に如何なる神経相関上の差異があるかを、脳波を用いて検証したものである。

結果として、

(1). 一般的な空間指示タスクにメタコントラスト・マスキングパラダイムを組み合わせ、復帰抑制が、視覚意識の知覚ドメインにおいても観察され得ることを示した。

(2). 行動分析の結果に従い、タスク施行中の事象関連電位を測定し分析した結果、左視野に指示刺激が提示された条件と右視野に指示刺激が提示された条件を別々に分けて、データを解析した場合、潜在的空間注意によって視覚意識が媒介されたと考えられる試行と復帰抑制(IOR)によって視覚意識が媒介されたと考えられる試行間に異なる神経相関を見出すことに成功した。

(3). 短いCTIにおいては事象関連電位の差は有効-無効/見えた-見えなかった試行間で有意に異ならなかったが、長いCTIにおいては、頭部前方の電極において有効-無効/見えた-見えなかった試行間の差が、判然とした形で区別されることが確認された。この結果から、短いCTIにおいては、一般的潜在空間注意が見えた-見えないという行動の両方を媒介しているが、長いCTIにおいては、有効-無効/見えた-見えなかった試行間において、復帰抑制がその一助を担っていることが推察された。

以上、復帰抑制が視覚意識においても観察されること、事象関連電位において一般的な潜在的空間注意メカニズムと復帰抑制メカニズムが分離可能であることを示したのは、注意定位研究における一つの前進であると考えられる。また事象関連電位の差が頭部前方の電極において観察されたことは、復帰抑制は、視覚領野のみならず様々な高次領野(頭頂葉、前頭葉)を含む脳領域間における情報相互作用によって媒介されていることを示唆しており、これらの結果は学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク