学位論文要旨



No 125943
著者(漢字) 橋本,明子
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,メイコ
標題(和) 筋炎自己抗体および抗ミトコンドリア抗体を有する炎症性筋疾患の臨床,病理学的特徴に関する検討
標題(洋)
報告番号 125943
報告番号 甲25943
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3422号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 佐藤,伸一
内容要旨 要旨を表示する

炎症性筋疾患は,筋線維を障害する一次的な炎症性機序が背景にあり,亜急性に四肢筋力低下を呈し,血清クレアチンキナーゼ(CK)の上昇を認める疾患である.近年,免疫組織染色や電子顕微鏡を用いた筋病理観察が行われるようになり,病態機序に関連すると考えられる病理所見の存在が明らかになってきた.一方,炎症性筋疾患における自己抗体陽性症例の一群内では,共通した臨床的特徴が存在することは古くから知られている.筋病理所見の観察によって,筋線維の破壊形態の特徴から病態機序を捉えられるようになっており,筋炎自己抗体の検討からは,症例の臨床および免疫学的特徴を捉えることができる.筋病理所見,筋炎自己抗体の検討は,いずれも,炎症性筋疾患の病態を捉える独立した重要な指標であり,筋炎自己抗体陽性症例の臨床像と病理像の関連を検討することは,自己抗体の臨床的意義や筋組織破壊における意義を明らかにする上で重要であると考えられるが,過去に,筋炎自己抗体陽性症例の筋病理所見に関する記載は非常に乏しい.

本検討では炎症性筋疾患211例における,抗体陽性症例を抽出し,筋炎自己抗体の出現頻度,特徴的病理像を有する症例の頻度を明らかにした上で,抗SRP(signal recognition particle)抗体,抗ミトコンドリア抗体陽性の炎症性筋疾患の臨床像と病理像の関連を調べることを目的とした.

本検討は,臨床的に炎症性筋疾患を疑われ,病理学的検索を行い,炎症性筋疾患と診断された211例を対象とした.臨床情報は,診察所見,カルテ記載より得た.筋炎自己抗体の検出には,抗Jo-1抗体,抗PL-7抗体,抗PL-12抗体,抗SRP抗体,抗Mi-2抗体,抗PM/Scl100抗体に関してはdot blot法,抗ミトコンドリア抗体の測定には,市販のELISA法測定系を用いた.病理学的検討には,生検筋凍結切片を用いて,ルーチン染色および免疫組織染色を行い,光学顕微鏡で観察し,筋線維変化,炎症所見に関して半定量化を行った.超微形態観察においては,筋内鞘の小血管内皮における,tubuloreticular profile,破壊血管の数を測定し,定量化した.全ての統計処理は,Graph Pad Prism5J(GraphPad software社,USA)を使用して行った.各種臨床所見,病理所見における,抗体陽性群と陰性群の2群間比較にはMann-Whitney U testまたはFisher's exactを用いた.

検討1では,過去に診断した炎症性筋疾患症例211例の血清自己抗体(抗Jo-1抗体,抗PL-7抗体,抗PL-12抗体,抗SRP抗体,抗Mi-2抗体,抗PM/Scl100抗体)のスクリーニングを行い,各々の抗体単独陽性率は,10.0,2.8,0.9,4.7,4.7,0.9%であり既報告と一致することを確認した.また,抗ミトコンドリア抗体単独陽性筋炎は炎症性筋疾患全体の10.0%を占めることを初めて明らかにした.また,筋病理像に関しては,perifascicular atrophyを有する症例は20例(9.5%),非壊死筋線維へのリンパ球侵入像を有する症例は9例(4.3%),いずれも認めなかった症例は182例(86.3%)であった.各々の筋炎自己抗体陽性症例における筋病理所見の内訳は,perifascicular atrophyは抗Jo-1抗体陽性症例3例,抗Mi-2抗体陽性症例5例に認め,非壊死筋線維へのリンパ球侵入像は抗ミトコンドリア抗体陽性症例1例に認めたが,その他の自己抗体陽性症例では,これらの特徴的な筋病理所見は認められなかった.

検討2その1では,筋炎自己抗体の1つである,抗SRP抗体を伴う症例10例の臨床的,病理学的特徴について検討した.

抗SRP抗体陽性症例の臨床像に関しては,男性3例,女性7例と女性が多く,発症年齢は37~73歳(61±12歳),血清CK値は3892~14973U/l(7073±3411 U/l)に分布し,高度なCK上昇を呈する症例が多いことを示した.症状発現から生検までの期間は1ヶ月~2年10ヶ月(5.0±9.7ヶ月)であり,1例を除いて亜急性の経過を呈した.抗体陰性群との統計学的比較では,四肢の高度筋力低下,嚥下障害を有する症例が高頻度に存在すること,間質性肺炎の合併は少なく,皮膚筋炎に典型的な皮疹を認めないことを明らかにした.その他に,呼吸機能障害を呈した例は6例(うち3例では補助人工呼吸),心嚢水を生じた例が2例存在し,重篤な経過をとる例も存在した.また,初診時に既に骨格筋萎縮を認めた症例や,初発症状として首下がりを呈した症例が存在したことも特徴的であった.治療に関しては,多くの例で急性期でのステロイド治療に対する反応性が不良であり,治療開始後も筋症状の悪化を認め,免疫抑制剤を併用する症例も多く存在した.また,免疫大量グロブリン大量投与療法の著効を認めた例が3例あり,本治療は増悪症例の治療選択の1つになりうると考えられた.予後に関しては,長期的には治療反応性が良い症例もある一方,再発例も存在したことから,経過に関しても多様性が存在する可能性が示された.

病理学的所見に関しては,高度な壊死再生変性線維を認める症例を多く認め,炎症性筋疾患の指標であるMHC classIの筋細胞膜への異所性発現が乏しいことが明らかとなった.皮膚筋炎に診断的な病理像(perifascicular atrophy),多発筋炎として特徴的な病理像(非壊死筋線維へのリンパ球侵入像)は認められなかった.これらの結果は,既報告の記載からも支持された.

一方,本検討で明らかになったこととして,個々の症例では炎症性単核球の集簇や,MHC classI抗原の異所性発現の程度は症例によって差があることが挙げられ,病理所見にも多様性が存在することが示された.また,本抗体陽性症例の病態機序としては,筋内鞘の小血管への補体複合体の沈着を認めた既報告の存在により,皮膚筋炎と同様の,補体複合体の関与した,血管内皮障害による虚血性機序である可能性を指摘するものがあるが,我々の検討では,筋内鞘の小血管に補体複合体を認めた症例は一例も存在しなかった.さらに,本検討では,筋内鞘の小血管の超微形態観察も行ったが,血管内皮障害の指標として知られているtubuloreticular profile,破壊血管は,その頻度,および全血管における割合ともに抗体陰性群と比較して有意差は無く,血管破壊機序は本抗体陽性症例に特異的な変化では無いと結論付けた.以上より,抗SRP抗体陽性筋炎症例は,臨床的にも病理学的にも,皮膚筋炎症例とは異なり,病態機序も異なると考えられた.本抗体陽性症例の筋線維の破壊機序は不明であり,今後の検討が必要であると考えられた.

検討2その2では,抗ミトコンドリア抗体を伴う症例28例を抽出し,その臨床的,病理学的特徴について検討した.

抗ミトコンドリア抗体陽性症例の臨床像に関しては,発症年齢は32~86歳(53±13歳)に分布し,症状発現から生検までの期間は1ヶ月から60ヶ月(21±20ヶ月)と幅があることが示され,膠原病の合併を9例,悪性腫瘍の合併を5例,間質性肺炎の合併を8例に認めた.抗体陰性群との統計学的比較では,経過が長く,不整脈・心伝導障害,心筋障害,骨格筋萎縮を合併する頻度が高いことが明らかとなった.不整脈・心伝導障害は9例(60.0%)存在し,うち3例でカテーテルアブレーションを施行したこと,呼吸筋障害は6例(26.1%)に認められ,うち2例で補助人工呼吸(NIPPV)を使用したことなど,重篤な合併症を有した症例が存在することが特徴と考えられた.また,骨格筋CTにおいて,頸部,胸部,腰部の傍脊柱筋の萎縮または脂肪変性を認めた症例が多く存在した点も,本疾患群の特徴と考えられた.一方,皮膚筋炎に典型的な皮疹を認めた症例の頻度は低かった.

病理学的所見に関しては,抗体陰性群との統計学的比較において,筋線維の大小不同,間質の増加,肉芽腫性炎症所見を高頻度に認めることを明らかにした.また,皮膚筋炎に特徴的な病理像(perifascicular atrophy,筋内鞘の小血管への補体複合体沈着,tubuloreticular profile,破壊血管像),多発筋炎として特徴的な病理像(非壊死筋線維へのリンパ球侵入像)には乏しかった.炎症性機序の指標である,MHC classIの筋細胞膜への異所性発現が一部の筋線維のみにしか認められない,または陰性であった症例が28例中12例存在し,炎症性筋疾患の診断の上で,ミオパチーとの鑑別が困難な場合があると考えられ,診断上注意すべきであると考えられた.以上の所見から,抗ミトコンドリア抗体陽性筋炎の病態機序は,既知の皮膚筋炎,多発筋炎の病態機序とは異なり,独立した一群である可能性が示唆された.抗ミトコンドリア抗体は,他の筋炎自己抗体と同様に,炎症性筋疾患における疾患マーカーとなる可能性があると考えられた.

以上から,臨床所見に関しては,抗SRP抗体陽性群においても,抗ミトコンドリア抗体陽性群においても,抗体陰性群と明らかに異なる臨床的特徴を有えうることを明らかにした.このことから,筋炎自己抗体陽性症例の臨床所見は,各抗体陽性群で異なることを確認した.

病理所見に関しては,抗SRP抗体陽性症例群では,豊富な壊死再生変性線維を,抗ミトコンドリア抗体陽性症例では肉芽腫性炎症所見を認め,皮膚筋炎や多発筋炎の典型的病理変化とは異なった.このことから,これらの疾患群において,炎症性筋疾患の既知の病態機序とは異なる病態が存在する可能性が示唆された.

抗SRP抗体陽性筋炎と抗ミトコンドリア抗体陽性筋炎の臨床像と病理像の特徴を,抗体陰性群との統計的比較を含めて検討した.本検討によって,抗SRP抗体陽性筋炎では,臨床像,病理像の幅が既報告よりも広いことを明らかにした.また,抗ミトコンドリア抗体陽性筋炎が1つの特徴的な臨床像および病理像を持つ疾患群であることを明らかにした.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,炎症性筋疾患211例における,抗体陽性症例を抽出し,筋炎自己抗体の出現頻度,特徴的病理像を有する症例の頻度を明らかにした上で,抗SRP(signal recognition particle)抗体,抗ミトコンドリア抗体陽性の炎症性筋疾患の臨床像と病理像の関連を調べたものであり,下記の結果を得ている.

1.症性筋疾患症例211例での血清自己抗体(抗Jo-1抗体,抗PL-7抗体,抗PL-12抗体,抗SRP抗体,抗Mi-2抗体,抗PM/Scl100抗体,抗ミトコンドリア抗体)の単独陽性率は,10.0,2.8,0.9,4.7,4.7,0.9,10.0%であった.病理所見に関しては,症性筋疾患症例211例で,perifascicular atrophyを有する症例は20例(9.5%),非壊死筋線維へのリンパ球侵入像を有する症例は9例(4.3%),いずれも認めなかった症例は182例(86.3%)であった.各々の筋炎自己抗体陽性症例における筋病理所見の内訳としては,perifascicular atrophyは抗Jo-1抗体陽性症例3例,抗Mi-2抗体陽性症例5例に認め,非壊死筋線維へのリンパ球侵入像は抗ミトコンドリア抗体陽性症例1例に認めたが,その他の自己抗体陽性症例では,これらの特徴的な筋病理所見は認められなかった.

2.抗SRP抗体を伴う症例10例での検討では,臨床的特徴として,間質性肺炎の併発,皮疹は有意に少なく,高度な四肢筋力低下,嚥下障害を呈し,CK値が高いことを抗体陰性群との比較から明らかにし,既報告と一致することを示した.さらに,本研究で初めて,慢性経過例,再発例,初発症状としての首下がりを呈す症例,心嚢水,体重減少を有する症例の存在を明らかにし,さらに免疫大量グロブリン療法の有効性を指摘した.病理学的所見としては,筋線維の高度な壊死再生変性所見,筋線維の大小不同,筋内構築の乱れ,間質の増加が高頻度であることであることを特徴とし,さらに,炎症細胞集簇像は乏しく,perifascicular atrophyや非壊死筋線維へのリンパ球侵入像は無く,MHC class1の筋細胞膜への異所性発現は乏しいことを明らかにし,これらの所見は既報告と一致することを確認した.さらに,筋内鞘小血管への補体複合体沈着は欠如し,超微形態所見での血管障害所見は存在するが,疾患特異性無いことを示し,本抗体陽性筋炎の病態機序は,血管内皮障害による虚血性機序のみでは説明不可能であると結論付けた.

3.抗ミトコンドリア抗体を伴う症例28例での検討では,臨床的特徴として,抗体陰性症例との比較から,慢性経過症例,不整脈・心伝導障害,左室収縮機能障害,骨格筋萎縮(特に傍脊柱筋)を合併する症例が多いことを明らかにし,本抗体は特徴的臨床所見を抽出するマーカーであることを示した.その他の特徴的所見としては,自覚症状に乏しく,高CK血症で受診した症例の存在,頸部優位筋力低下を呈する症例の存在,拘束性呼吸障害により補助人工呼吸を使用した症例が存在することを示した.また治療経過に関しては,大多数の症例では,ステロイド単剤で症状が改善したが,無治療経過中に,不整脈・心伝導障害が出現,悪化した症例が存在したことを指摘した.病理学的所見としては,本抗体陽性症例では,慢性筋原性変化,肉芽腫性炎症性変化が特徴であり,また肉芽腫性炎症細胞浸潤部位では,CD4優位リンパ球浸潤が認められることも特徴であることを明らかにした.さらに,肉芽腫性炎症所見を有した8例中,抗ミトコンドリア抗体高抗体価症例4例では,全例で慢性経過であり,不整脈・心伝導障害,左室収縮機能障害,骨格筋萎縮を認め,均一な臨床像を呈することを示した.また,抗ミトコンドリア抗体価が高いほど,慢性経過をとることを示した.以上の所見から,抗ミトコンドリア抗体陽性筋炎の一群では,特徴的な臨床像,病理像を呈し,抗ミトコンドリア抗体は,筋炎関連自己抗体の1つであることを指摘した.

以上,本論文は,症性筋疾患症例211例での解析から,筋炎自己抗体と筋病理像との対応を明らかにした.特に,抗SRP抗体陽性例の臨床像には多様性が存在し,病態に関しては,補体系の関与した血管障害機序は否定的であること,抗ミトコンドリア抗体は筋炎関連自己抗体であることを明らかにした.これらは今までに無い新しい知見であり,炎症性筋疾患における血清自己抗体と筋病理像との関連を明らかにすることで,今後の炎症性筋疾患における病態機序解明,治療法開発に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられた.

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