学位論文要旨



No 125944
著者(漢字) 田,駿
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,シュン
標題(和) NMDA受容体による発生初期におけるAMPA受容体のシナプス移行の制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 125944
報告番号 甲25944
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3423号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,謙造
 東京大学 教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
内容要旨 要旨を表示する

NMDA受容体 (NMDAR) は中枢神経系の主要な神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体であり、シナプス可塑性、記憶・学習、神経回路形成、精神疾患など、中枢神経系の機能に深く関わっていることが知られている。NMDARはその構成されるサブユニットの組み合わせによってイオンチャネルとしての性質や活性化されるシグナル伝達経路が異なり、NMDARの機能の多様性がもたらされている。主要なNMDARのサブユニットは2つのGluN1 (GluRζ1、NR1) サブユニットと2つのGluN2 (GluRε、NR2) サブユニットから構成されており、GluN2サブユニットには発現時期や領域、さらにイオンチャネルの性質が大きく異なる4つのサブユニットGluN2A, 2B, 2C, 2Dが存在する。GluN2CやGluN2Dは発現時期や領域が限定的であるため、GluN2AとGluN2Bが主要なGluN2サブユニットとして機能している。GluN2Bは発生初期では脳のほとんどの領域で発現しているが、成長に伴って発現領域が前脳に限定される。一方GluN2Aは出生直後では発現がほとんど見られないが、次第に発現量が増加していき、脳内のほとんどの領域で発現するようになる。また、シナプス上においても、初めはGluN2B含有型のNMDARしか存在しないが、GluN2Aの発現が増加するにつれてGluN2A含有型NMDARに置き換わっていくと考えられている。このサブユニットごとの局在領域の違いには結合分子の違いが深く関わっている。GluN2BにはPSD (postsynaptic density) 足場タンパク質であるSAP102が、GluN2AにはPSD-95が強く結合することが生化学的解析によって明らかになっている。また、SAP102は出生時にはすでに発現しているのに対し、PSD-95はGluN2Aの発現の増加する時期とほぼ同時期に発現量が増加していくことが知られている。こういった局在部位の違いや結合分子の違いがGluN2AとGluN2Bの高次脳機能における役割の違いと深く関わっていると考えられている。

過去の研究において、GluN2A KOマウスでは成体の海馬CA3領域-CA1領域間のシナプスにおけるテタヌス刺激による長期増強 (long-term potentiation, LTP) や、モリス水迷路による空間学習の効率が悪化することから、GluN2AはLTP誘導の閾値や学習効率を制御している可能性が示唆されている。一方GluN2B KOマウスは哺乳反射に異常が起こり、ミルクを飲まずに生後24時間以内に死亡してしまうため、高次脳機能に関する研究はこれまで進んでいなかった。近年コンディショナルGluN2B KOマウスの研究により、成体海馬CA1におけるシナプス可塑性の閾値の変化や、空間学習の悪化などが見られたり、初期発生における神経細胞の形態に変化が起こるなど、GluN2Bがシナプス可塑性や記憶・学習だけでなく、神経細胞の発達にも重要であることが示唆されている。初期発生においてはGluN2Bが主要なGluN2サブユニットであるため、GluN2BをKOしてしまうとNMDAR自体が機能しなくなるため神経細胞の発達においてNMDARが重要なのかGluN2Bが重要なのかはこれまで明確に区別されていなかった。

そこで、我々はGluN2B遺伝子の上流にGluN2A遺伝子を挿入することで、GluN2Bの発現をGluN2Aに置き換えたGluN2B-GluN2A発現置換マウス (KIマウス) を作製した。KIマウスはGluN2B KOマウスと同様にミルクを飲まずに生後24時間以内に死亡してしまっていた。P0のマウスの脳内ではGluN2Bの発現は無くなり、代わりにGluN2Aの発現が上昇していたが、GluN1の量が減少していたことからNMDARの総量が減少していることが示唆された。そして、細胞外電位記録法により、NMDAR fEPSP (field excitatory postsynaptic potentiation) を調べたところ、KIマウスではわずかなNMDAR依存性のfEPSPが確認された。また、HTマウスではNMDARが減少していたにもかかわらず、NMDAR fEPSPが増大していた。通常のシナプスの成熟過程では初めにGluN2Bがシナプス上には存在し、その後GluN2Aの発現上昇に伴ってNMDARの活動依存的にシナプス中心部のNMDARはGluN2B含有型からGluN2A含有型へ移行することが知られているが、KIマウスでは最初にあるべきGluN2Bが全く存在しないため、KIマウスでは本当にNMDARがシナプスにあるのかどうかを確認するため、生化学的にPSD画分を精製したところ、KIマウスでは量が減少するものの、NMDARが存在することが確認された。また、このときAMPARのサブユニットの一つGluA1がPSDにおいて増加していた。ホールセルパッチクランプ法により、1神経細胞レベルでのAMPARやNMDARのシナプス応答を調べたところ、NMDA EPSC (excitatory postsynaptic current) はHTマウスでは大きく、KIマウスでは小さくなっていた。また、AMPA EPSCは変異型アレルが増えるにつれて大きくなる傾向が見られた。さらに自発性シナプス応答 (spontaneous EPSC) の振幅の大きさや頻度も変異型マウスでは増加する傾向が見られ、変異型マウスでAMPARがシナプス上で増加していることが電気生理学的にも示された。

今回の研究の結果により、GluN2Aは発生初期においてはタンパク質レベルで制限を受けており、mRNA量を増やすだけではNMDARの機能を十分に補えないこと、少なくとも海馬CA1錐体細胞ではGluN2Aのみでシナプスでイオンチャネルとして機能できること、NMDARの量の変化もしくはGluN2A/2B比の変化はAMPARのシナプス移行の制御に重要であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は発生初期におけるNMDA受容体 (NMDAR) のサブユニットであるGluN2Bの遺伝子欠損による生後致死を回避し、これまで知られていなかった発生初期におけるGluN2Bの役割を明らかにするために、GluN2Bの発現をもう一つのNMDA受容体サブユニットであるGluN2Aに置き換えたGluN2B-GluN2A発現置換マウスを作製し、生化学、電気生理学的手法によって解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.GluN2B-GluN2A発現置換マウス (KIマウス) は生後致死であった。KIマウスの腹部にはミルクを飲んだ形跡が見られなかった。

2.KIマウスではGluN2Bタンパク質の発現が消失しており、代わりにGluN2Aタンパク質の発現量が増加していたが、GluN2A/2Bの総量やGluN1の量は減少していたことからNMDARは減少していることが示唆された。

3.KIマウスの脳からPSD (post-synaptic dencity) を精製したところGluN2A含有型のNMDAはPSDに存在し、また、急性海馬スライスを用いたホールセルレコーディングにおいてNMDA EPSC (excitatory postsynaptic current) が見られたことから、これまでGluN2Aはシナプス上のGluN2Bの活性化によってシナプス移行が誘導されると考えられていたが、GluN2Bが存在しなくてもGluN2Aはシナプスへ移行し、イオンチャネルとして機能できることが示された。

4.KIマウスのPSD画分において、AMPA受容体 (AMPAR) のサブユニットの一つGluA1が増加しており、ホールセルレコーディングの結果、刺激によるシナプス応答 (AMPA eEPSC)も自発的なシナプス応答 (AMPA sEPSC) もどちらも増加した。

以上、本論分は生直後のマウスの脳を用いた生化学的、電気生理学的解析から、in vivoにおけるGluN2B非依存性のGluN2Aシナプス移行機構の存在、また、GluN2Bの減少、GluN2Aの増加がAMPARのシナプス移行の促進することを明らかにした。これらの結果はこれまでin vitroで見られていたNMDARによるAMPARのシナプス移行の抑制が実際にマウスの脳内で起こっていることを示しており、発生過程におけるシナプスの成熟過程におけるGluN2Bの機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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