学位論文要旨



No 125945
著者(漢字) 松本,英之
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ヒデユキ
標題(和) 臨床応用に向けた新しい磁気刺激法の開発研究 : 二連発脳幹刺激法と腰仙部大型コイル刺激法
標題(洋)
報告番号 125945
報告番号 甲25945
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3424号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 講師 湯本,真人
 東京大学 准教授 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

要旨

磁気刺激法は、Bakerら(1985)により開発された、中枢神経および末梢神経を非侵襲的に刺激できる方法である。導線の巻かれたコイルに瞬間的に電流を流すことによりコイルを貫く磁場を発生させ、この磁場の時間的変化により生体内に渦電流を発生させ、ニューロンを興奮させるというのが磁気刺激法の原理である。また、磁気刺激と同様に生体内のニューロンを刺激する方法に、Merton と Morton(1980)らにより開発された高電圧電気刺激法が挙げられる。しかし、この高電圧電気刺激法は、皮膚に電流が流れ、強い痛みを伴うという点から、臨床応用には向いていない。一方で、磁気刺激法は、電気刺激法と異なり皮膚に電流が流れないため、痛みを伴わず体表から離れた神経組織を刺激できるという利点がある。それ故、磁気刺激法は、現在では中枢運動系を評価するための臨床検査法として普及している。一般に普及している臨床検査法としては、経頭蓋刺激法、脳幹刺激法、神経根刺激法が挙げられる。それぞれ大脳運動野、大後頭孔部、椎間孔部の運動神経を刺激することができ、それぞれの刺激に対する表面筋電図の反応の潜時を測定し、伝導時間を計算することにより、中枢運動下行路の障害部位を特定することができる。

しかしながら、従来の磁気刺激法には、臨床応用するにあたり改良すべきいくつかの問題点があった。その一つとして、脳幹刺激法が患者の検査としては、刺激強度が不十分な事があると言う点がある。この刺激は、ダブルコーンコイルを用いることにより延髄錐体交叉部を刺激して、筋電図の反応を導出する。しかし、皮質脊髄路に障害を有する患者では、しばしば反応を導出することができず、そのような場合には潜時を評価できない。もう一つの問題点として、神経根刺激法が、やはり患者の検査としては、時に刺激強度が不十分な事があると言うことがあげられる。この刺激では、円形コイルを用いることにより脊髄神経を刺激する。上肢では最大上刺激(末梢神経に含まれる神経線維すべてが脱分極する強度の刺激)が可能であり、従来の電気刺激による神経伝導検査のように潜時に加えて振幅や面積も評価できるため、末梢運動神経近位部の検査法としてしばしば用いられている。しかし、下肢では被刺激部位が皮膚から遠く最大上刺激が難しいため、末梢運動神経近位部の検査法としては用いにくかった。更に、従来の円形コイルでは、脊柱管内の馬尾を刺激することができず、馬尾などの最も近位部の伝導状態を評価することはできなかった。

我々は、これらの問題点を克服するため、以下に記載するように、二連発脳幹刺激法と腰仙部大型コイル刺激法を開発した。

1.二連発脳幹刺激法の開発

ダブルコーンコイルを後頭部に配置して磁気刺激を行うことにより、延髄錐体交叉部の運動下行路を刺激することができる。これを脳幹刺激法という。しかしながら、単発の脳幹刺激法では、皮質脊髄路に障害を持つ患者においてしばしば運動誘発電位(motor evoked potential: MEP)を導出することができない。そのようなMEPの運動閾値が異常に高い患者においてもMEPを導出するため、我々は二連発脳幹刺激法を開発した。健常人11名を対象とし、第一背側骨間筋から安静時記録で記録した。単発脳幹刺激法でのMEPの安静時運動閾値の刺激強度を用いて二連発脳幹刺激法を行った。1.5 ms、2 ms、3 ms、5 ms、10 msの5種類の刺激間隔を用いて検討した。結果、二連発脳幹刺激法を行うことにより、刺激間隔2 msでMEPが最も増大し、単発脳幹刺激法におけるMEP振幅の15倍にまで増大した。また1.5 ms、3 ms、5 msでもMEPの増大がみられたが、10 msではMEP増大はみられなかった。最もMEPが増大した刺激間隔2 msを用いた際のMEP潜時は、従来の単発脳幹刺激法の潜時とほぼ同一であった。

二連発脳幹刺激法は、脊髄運動ニューロンでの興奮性シナプス後電位を時間的に加重することによりMEPを増大していると考えられる。二連発脳幹刺激法は、単発脳幹刺激法でMEPを導出することができない場合でもMEPを導出することができ、中枢運動下行路の機能評価において、より多くの情報を与える有用な臨床検査法と考える。

2.腰仙部大型コイル刺激法の開発

神経根刺激法では、脊髄神経が脊柱の椎間孔を出る部位を刺激できる。上肢の場合には最大上刺激が可能であり、潜時に加えて振幅や面積も評価できるため、末梢運動神経近位部の検査法として用いることができる。しかし下肢の場合には被刺激部位が深いため、従来のコイルでは最大上刺激はしばしば困難であった。また障害頻度の高い脊柱管内の馬尾を刺激できず、下肢筋を支配する末梢神経の最も近位部の評価は難しかった。

そこで、我々は深部刺激が可能な、強力な腰仙部磁気刺激専用コイル(Magnetic Augmented Translumbosacral Stimulation coil: MATSコイル)を用いた刺激法を開発した。健常人42名を対象とし、母趾外転筋を記録筋とし、第1仙椎(S1)、第1腰椎(L1)の棘突起上に径20cmのMATSコイルの辺縁を置いて刺激し、複合筋活動電位(compound muscle action potential: CMAP)を記録した。椎間孔レベルで最大上刺激を得られるか(椎間孔レベル最大上刺激法)、及び馬尾の刺激が可能か(馬尾刺激法)を検討した。S1レベル(椎間孔部)では、ほとんどの被検者(42名中40名)で最大上刺激を達成できた。このCMAPの大きさが、高電圧電気刺激法で導出されたCMAPの大きさとほぼ同一であることから最大上刺激を確認した。またL1レベルでは、最大上刺激は得られなかったが、高電圧電気刺激法と同一潜時のCMAPが得られた。これより、L1レベルでは脊髄円錐からの馬尾起始部を刺激できると判明した。

腰仙部大型コイル刺激法により、下肢の被検筋でも椎間孔レベルで最大上刺激が可能となり、CMAPの潜時のみならず振幅、面積の評価が可能となった。また脊柱管内の馬尾も刺激可能で、馬尾伝導時間を評価できるようになった。腰仙部大型コイル刺激法は、下肢の末梢神経近位部の評価に応用可能な臨床検査法と考える。

上記のように、これらの新たな刺激法の開発により、臨床的に有用な磁気刺激法の応用範囲が、更に拡大した。今後これらの刺激法を様々な神経疾患患者に対して臨床応用することにより、診断、治療効果判定、病態解明などに役立つことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、臨床検査法として普及している磁気刺激法の問題点を克服することを目的に、新しい磁気刺激法の開発研究として、二連発脳幹刺激法と腰仙部大型コイル刺激法の開発を試み、下記の結果を得ている。

1.健常人での基礎的検討において、安静時運動閾値の刺激強度で脳幹刺激法を二連発で与えると、2 msの刺激間隔を用いた場合に筋電図反応を最も増大させ、その大きさは約15倍に達した。この二連発脳幹刺激法の潜時は、単発脳幹刺激法とほぼ同一であった。この手法により、単発脳幹刺激法で筋電図反応を導出できない患者に対しても、筋電図反応を導出できる可能性を示した。

2.11名の副腎白質ジストロフィーの患者において、単発脳幹刺激法を行い、5名で筋電図反応を導出した。一方、反応を導出できない残りの6名中3名で、二連発脳幹刺激法で反応を導出した。これにより、皮質脳幹伝導時間、脳幹脊髄伝導時間の解析を可能にし、脊髄病変主体の副腎ミエロニューロパチーの臨床型であってもしばしば皮質脳幹伝導時間の延長がみられ、頭蓋内の皮質脊髄路に障害があることを明らかにした。

3.健常人での基礎的検討において、新たな腰仙部大型コイルを用いることで、従来不可能であった椎間孔レベルでの磁気刺激法により、最大上刺激法を達成し、筋電図反応の潜時に加え、振幅や面積も解析可能にした。またこの腰仙部大型コイル刺激法により、従来不可能であった脊柱管内の馬尾起始部を刺激することを達成し、馬尾伝導時間を測定可能にした。この手法により、末梢神経障害患者に対しても、末梢神経近位部の機能を評価できる可能性を示した。

4.11名の慢性炎症性脱髄性多発神経根炎の患者において、末梢神経近位部の異常を検出するため、腰仙部大型コイル刺激法を用いて馬尾伝導時間を測定した。末梢神経遠位部の運動神経伝導速度は4名で遅延している一方、近位部の馬尾伝導時間は9名で遅延していた。本疾患では末梢神経の遠位部よりも近位部に障害が強いことを明らかにした。

以上、本論文は、健常人で検討して開発した新たな手法を、実際に患者に応用して解析に必要な筋電図反応を導出することに成功した。これらの手法は、従来の脳幹刺激法および神経根刺激法の際、解析に十分な筋電図反応を導出できないという臨床検査法の大きな問題点を克服するものであり、今後、運動神経障害を有する様々な神経疾患に応用することで、診断、治療効果判定、病態解明に貢献をなすことが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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