学位論文要旨



No 125946
著者(漢字) 住友(松本),ルミネ
著者(英字)
著者(カナ) スミトモ(マツモト),ルミネ
標題(和) α-シヌクレイン遺伝子メチル化の制御機構とシヌクレイノパチーの病態に関する研究
標題(洋)
報告番号 125946
報告番号 甲25946
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3425号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 深山,正久
内容要旨 要旨を表示する

要旨

パーキンソン病は、主に初老期以降に発症する神経変性疾患であり、65歳以上の人口の1%をしめる比較的高頻度の疾患である。約1割の遺伝性パーキンソン病を除いて、ほとんどが孤発性症例である。遺伝性パーキンソン病については分子生物学の進歩に伴い様々な細胞内経路に携わる遺伝子異常が発見されるようになり、孤発性パーキンソン病においても発症の原因として同様のメカニズムの関連が想定されているものの、未だ確定はしていない。孤発性パーキンソン病の発症の危険因子としては遺伝的素因のほか、環境要因の関与も考えられており、病態の中核である中脳黒質神経細胞死の原因仮説としては、ミトコンドリア障害、酸化ストレス、サイトカイン、ユビキチン・プロテアソームシステムの異常などが提案されているがどれも明らかな原因とするには根拠に乏しい部分が多い。

パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)では神経細胞内にレビー小体(LB)とよばれる封入体が形成されることが特徴であり、多系統萎縮症(MSA)におけるグリア細胞封入体(GCI)とともにα-シヌクレインが主要構成成分であることから、これらの疾患はシヌクレイノパチーと総称されている。α-シヌクレインはその点変異によって家族性パーキンソン病の原因となることが報告されていること、またLBがα-シヌクレインから構成されること、α-シヌクレインの発現増加と関連するプロモーター領域の特定のSNPは疾患感受性に関与することが報告されている上、一部の遺伝性PDにおいてはα-シヌクレイン遺伝子の重複が原因となっていることから、シヌクレイノパチーの発症にはα-シヌクレイン遺伝子の発現増加が関与していることが示唆されている。しかしながら、剖検脳や末梢血でのα‐シヌクレイン発現量に関して孤発性PD群とコントロール群を比較した先行研究においては、増加・不変・減少いずれの報告もあり見解は一致していない。これは死後脳におけるmRNAは保存状態により変性をおこしやすく、これを用いて定量を行う方法論に問題がある可能性を示唆している。

遺伝子の塩基配列を変えることなくDNAのメチル化やヒストンのアセチル化・メチル化などの修飾により遺伝子発現を調節する機構はエピジェネティックメカニズムと呼ばれており、主に腫瘍性病変の発症と関連した知見が蓄積されつつある。剖検脳を用いた解析でもDNAメチル化状態は死後の影響を受けにくいことが示されており、mRNAを用いた疾患研究よりも疾患の本体に迫れる可能性がある。最近では精神疾患やアルツハイマー病などの神経変性疾患についても、遺伝子CpGアイランドのメチル化と病態への関与が示唆されるようになった。しかしながら、パーキンソン病とα‐シヌクレイン遺伝子メチル化との関連を述べた報告は過去にはない。

そこで本研究では、シヌクレイノパチーの発症にエピジェネティックメカニズム、なかでもα-シヌクレイン遺伝子CpGアイランドのDNAメチル化による発現増加が関与している可能性を考え、まず培養細胞において、α-シヌクレインの発現を増加させる因子を検討し、次にその因子がDNAメチル化に対して与える影響を検討した。そして、α‐シヌクレイン遺伝子発現調節との関与が考えられた部位について、剖検脳の解析を行い、疾患との関連を検討した。DNAメチル化の解析にはbisulfite sequencing 法およびMIRA (Methylated-CpG Island Recovery Assay)法を用いた。α‐シヌクレイン遺伝子のCpGアイランドはエクソン1の上流からイントロン1内にかけて存在する。近年、α‐シヌクレイン遺伝子イントロン1部分に、転写因子結合部位が次々と明らかになり、同部位が転写調節に関与している可能性が示唆されている。このため、本研究においてはエクソン1上流(CpG1)に加え、イントロン1部分のCpGアイランド(CpG2)に注目し、DNAメチル化解析を行った。

先行研究でα-シヌクレインの発現を増加させるとされている薬剤(Interleukin-β、basic fibroblast growth factor (bFGF)、Lipopolysaccharide(LPS)、nerve growth factor (NGF)、ドパミン)を投与した培地中で293 細胞を48時間培養した後細胞を回収し、定量的RT-PCR法によるmRNAの測定を行ったところ、ドパミン投与によりα‐シヌクレイン遺伝子mRNA発現量が増加した。Bisulfite sequencing法によるDNAメチル化解析では、CpG1は低メチル化状態であり、ドパミン投与によっても状態は変化しないが、CpG2については、293細胞では通常高メチル化状態であるが、ドパミン50~100μM投与下で濃度依存性に低メチル化状態となることが観察され、MIRA法でも同様の結果を得た。また、mRNAに関してもドパミンが高濃度になるにつれ発現が上昇することが確認され、ドパミン100~200μM投与下では3倍に増加した。このことから、CpG2領域のメチル化状態が、α‐シヌクレイン遺伝子発現調節に関与している可能性が示唆された。

このようなドパミンによる脱メチル化作用が、二次的な変化ではないことを確認するため、次にドパミンによる細胞障害性についてMTSアッセイ法により検討した。十分に脱メチル化を生じるドパミン100μMでは細胞活性の低下はみられず、脱メチル化は細胞障害による二次的な変化ではなく、直接的な作用であると考えられた。

次に、これが受容体を介した作用であるか否かを検討するため、ドパミン受容体の発現を、ドパミン作動性といわれるSH-SY5Y細胞を陽性コントロールとして用い、定量的RT-PCR法により解析した。293細胞ではドパミン受容体D1、D2ともに発現しており、特にD1受容体の発現はSH-SY5Y細胞よりも強く認められた。以上より、受容体を介したメカニズムは重要な検討課題と考え、D2受容体阻害薬であるhaloperidol0.1~10μMをドパミンとともに投与し、上述と同様に48時間後のDNAメチル化状態をMIRA法により観察したところ、ドパミンによる脱メチル化作用は阻害された。一方、D2受容体作動薬であるpergolide mesylate salt 0.01~100μMを投与してもドパミンと同様の脱メチル化作用はみとめられなかった。以上より、ドパミンの脱メチル化機序にはドパミン受容体の関与が考えられたが、D2受容体単独刺激では同様の作用は認められず、D1、D2受容体の同時刺激が重要である可能性がある。

次に、シヌクレイノパチーの発症とα‐シヌクレイン遺伝子DNAメチル化の関与を検討するため、東京大学神経内科、筑波大学神経内科、国立病院機構東京病院神経内科から得られたヒト凍結保存脳(コントロール症例:7例、シヌクレイノパチー症例:PD 11例、DLB1例)の各部位(前部帯状回・被殻・黒質)について、前述の培養細胞の実験結果から発現調節への関与が示唆されたα‐シヌクレイン遺伝子CpG2領域について、bisulfite sequencing法を用いてメチル化状態の解析を行った。各群の平均(±SD)年齢はコントロール群:73.4(±9.3)歳、シヌクレイノパチー群:76.4(±6.1)歳であり、差はみとめられなかった。各部位のメチル化(%)(平均±SD)は、コントロール群:前部帯状回89.3±14.5, 被殻87.8±16.4、黒質98.9±1.6、シヌクレイノパチー群:前部帯状回91.7±15.1, 被殻92.3±7.5、黒質24.4±46.9であった。コントロール症例においても、DNAメチル化の程度にはばらつきが認められた。前部帯状回の検体において、コントロール群、シヌクレイノパチー群ともに死亡時年齢とDNAメチル化に関連はみとめられなかった。部位ごとに検討すると、前部帯状回、被殻についてはコントロール群・シヌクレイノパチー群間に差は認められなかったが、黒質ではPD3症例でコントロール群と比較して有意に低メチル化状態であった。シヌクレイノパチーのなかでも罹病期間が長いPD 2例では低メチル化状態であったが、罹病期間が短いDLBにおいては高メチル化状態であった。このため、シヌクレイノパチーにおいてCpG2領域の脱メチル化が特異的である可能性が示唆された。今後症例を増やした検討を重ねていく必要があると考えた。

本研究の限界としては、すりつぶし脳を用いているために、細胞脱落の顕著な部位では神経細胞の状態を反映できていない可能性がある。より詳細な検討のためには、単一神経細胞でのDNAメチル化解析が必要である。また、本研究では検体数が少なく、十分な検討が不可能であった。少数の検体数の結果では疾患群とコントロール群でのDNAメチル化状態の差が示唆されたが、シヌクレイノパチー群では全例ドパミン補充療法を行われており、疾患としての変化であるのか、または薬剤による影響を受けているかまでは検討が行えなかった。今後、薬剤投与を受けていないシヌクレイノパチー症例やincidental Lewy body disease などを含めた、より多数の検体での解析が行えれば、興味深い結果が得られるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はシヌクレイノパチーの発症におけるエピジェネティックメカニズムの関与 を明らかにするために α-シヌクレイン遺伝子のDNAメチル化状態の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.293細胞において、ドパミン存在下でα-シヌクレイン遺伝子mRNAの発現は増加し、それとともにα-シヌクレイン遺伝子の一部のCpG領域のDNAメチル化状態が低下することから、同領域のDNAメチル化状態がα-シヌクレイン遺伝子発現調節に関与している可能性が示唆された。

2.ドパミンによるα-シヌクレイン遺伝子の脱メチル化は、細胞障害をきたさない濃度で生じ、またドパミン受容体阻害薬存在下ではこの作用が阻害されたことから、ドパミンの細胞毒性による二次的な変化ではなく、受容体を介したメカニズムが推察された。

2.シヌクレイノパチー症例とコントロール症例の剖検脳でのα-シヌクレイン遺伝子CpG領域のメチル化状態比較では、各群内でも個体差があることが明らかとなった。また、部位毎に比較をすると、前部帯状回・被殻では各群に差は認められなかったが、黒質ではパーキンソン病3症例で有意に低メチル化状態であったことから、疾患との関連が示唆された。

以上、本論文は培養細胞においてα-シヌクレイン遺伝子メチル化状態を解析し、mRNA発現量の変化と同期してDNAメチル化状態の変化する部位が存在することを示し、また剖検脳においてα-シヌクレイン遺伝子DNAメチル化状態の解析を行い、疾患群における変化を明らかにした。本研究はシヌクレイノパチーの発症解明において、DNAメチル化異常という観点から重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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