学位論文要旨



No 125947
著者(漢字) 三井,純
著者(英字)
著者(カナ) ミツイ,ジュン
標題(和) パーキンソン病の分子遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 125947
報告番号 甲25947
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3426号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 特任准教授 小川,誠司
内容要旨 要旨を表示する

パーキンソン病(Parkinson disease,PD)は,臨床的に振戦,筋強剛,寡動,姿勢反射障害などの運動障害を主な特徴とする神経変性疾患である.神経変性疾患としてはアルツハイマー病に次いで頻度が高く,60歳以上の高齢者において1%程度の頻度である.PD患者の90%以上は家族歴が明らかでない孤発性で,5~10%は血縁者に発症者がみられる家族性である.家族性PDについては連鎖解析などポジショナルクローニングによっていくつかの原因遺伝子が報告され,その機能解析により,α-synuclein蛋白の病的蓄積,ミトコンドリア機能障害,ユビキチン・プロテアソーム系の障害,酸化ストレスなどが孤発性PDとも共通する発症メカニズムとして推測され,病態理解・治療法開発に向けた研究が行われている.しかし単一遺伝子性PDの頻度は稀で,大多数を占める孤発性PDや多くの家族性PDの発症機序は十分に理解されていない.疫学的研究から推定される同胞の発症率と一般人口の発症率の比は4.4倍と有意に高く,孤発性PDにおいても遺伝因子の関与が大きいことが予想されている.孤発性PDの感受性遺伝子研究については多型を用いた関連解析が広く行われているが,同定されている疾患感受性遺伝子は十分でない.本研究は新たな孤発性PDの遺伝因子を明らかにし,病態理解を目指すために,従来の多型を用いた関連解析では検出が難しいと考えられる遺伝因子に注目して検討を行った.

1.PDと関連する稀で多様な変異の検討

候補遺伝子であるGBAにresequencing解析を行い,塩基置換変異を網羅的に同定して,患者・対照関連解析を行った.GBAは常染色体劣性遺伝性であるGaucher病の原因遺伝子であり,変異キャリアとPD発症との関連が家系報告などから示唆され,先行して関連を示唆する関連解析の報告があったが,結論が一定していなかった.その原因としてサンプル規模が小さい,特定の変異しかスクリーニングしていない,人種によって変異が多様で分布が異なるなどの理由が考えられた.本研究では,日本人PD患者534例,対照者544例に対してGBAの全エクソンおよびエクソン・イントロン境界域のresequencing解析を行った.その結果,GBAの病原性変異はPD患者群534例中50例(9.4%),正常対照群544例中2例(0.4%)にヘテロ接合性に認めた.オッズ比は28.0倍(95%信頼区間7.3~238.3),p値は6.9×10-14と有意だった.GBA病原性変異キャリアは非キャリアと比べて発症年齢が有意に若かった(52.5歳 vs. 58.8歳,p<0.001).また,GBA病原性変異キャリア50例中,11例は家族歴があり,うち3例は家族内発症者の解析が可能で,発症者の共分離が確認された.独立したサンプルのPD多発家系に対してGBAの変異解析を追加して行ったところ,34家系中5家系でGBA病原性変異キャリアが確認され,全例で発症者・非発症者の共分離が確認され,GBA病原性変異がPDの家族内集積性に関与することを示した.さらに国際多施設共同研究にデータを提供し,GBA病原性変異が人種に関わらず見出される強い遺伝因子であることを確認した.これまでのゲノムワイド関連解析ではGBAのlocusは検出されておらず,resequencingを基盤とする関連解析によって,疾患と関連する稀で多様な変異を検出する方法の有用性が示された.

2.PDと関連する欠失・重複変異の検討

候補遺伝子PARK2にオリゴヌクレオチドアレイを用いた競合的ゲノムハイブリダイゼーション(アレイCGH)解析を行い,欠失・重複変異を網羅的に同定して,患者・対照関連解析を行った.PARK2は常染色体劣性遺伝性若年性パーキンソニズム(AR-JP)の原因遺伝子であり,日本人で同定される病原性変異のほとんどがエクソンの欠失・重複変異である.常染色体劣性遺伝形式をとるが,PD患者の中に1つのアレルの変異しか確認されない例がしばしば観察されていた.そのため変異キャリアがPD発症の危険因子である仮説があったが,先行する関連解析では結論が一定していなかった.本研究では,日本人PD患者144例,対照者148例に対してPARK2の欠失・重複変異をアレイCGHにて解析した.その結果,PD患者144例中10例(ホモ接合性変異4例,複合ヘテロ接合性変異6例)にPARK2の欠失・重複変異を2つのアレルに認めた.しかし欠失・重複変異キャリアはPD患者群・対照群に全く認めなかった.以上より,PARK2の欠失・重複変異キャリアの頻度は1%以下である可能性があり,関連を調べるためには少なくとも1,000例以上のサンプル規模が必要であると考えられた.なお,同定されたAR-JP患者10例について検討したところ,血族婚は2例,同胞発症は5例,血族婚も同胞発症もない例は3例だった.AR-JP患者は,若年発症(発症年齢40歳以下)の29.6%を占め,孤発性の若年発症PD患者の中にAR-JPは一定頻度存在すると考えられた.4例はホモ接合性変異(血族婚2例を含む)で,6例は複合ヘテロ接合性変異だった.塩基レベルで検討すると,同定された欠失・重複変異は12種類で,2種類は複数のサンプルで観察された.欠失・重複変異は既報告の通り,エクソン2-4に集中していた.同定された変異の種類が多様であることから,独立して起こる欠失・重複変異の頻度が高いのではないかと予測された.

3.PARK2において独立した多様な欠失・重複変異が起こる機序についての検討

関連解析をデザインする上で,集団において創始者効果により頻度の高い変異が多いのか,稀で多様な変異が多いのかを検討することは必要である.先述した関連解析の過程において,PARK2に独立した多様な欠失・重複変異が多数起こっていることが疑われたため,その詳細を調べた.本研究ではPARK2がCommon fragile sites(CFSs)の一つ,FRA6Eに含まれることに注目した.CFSsは複製ストレスによって染色体上にgapやbreakが起こる領域であり,癌細胞において高頻度に欠失・重複変異が生じることが知られていたため,生殖細胞系列においてもPARK2の欠失・重複変異と関連があるのではないかと仮説を立てた.CFSsに含まれる遺伝子でヒトの遺伝性疾患と関連する遺伝子はPARK2の他,DMD(デュシャンヌ型・ベッカー型筋ジストロフィー,DMD/BMDの原因遺伝子)がある.多数の欠失・重複変異を同定するため,生殖細胞系列および体細胞系列にPARK2およびDMD欠失・重複変異を有する大規模なサンプル(AR-JP患者206例,DMD/BMD患者207例,癌細胞系列125種類)を収集して,塩基レベルで欠失・重複変異の同定が可能な高密度アレイCGHによる解析を行った.その結果,AR-JP患者206例から252アレル・162種類のPARK2変異,癌細胞系列125例から41アレル・32種類のPARK2変異,DMD/BMD患者207例から197アレル・197種類のDMD変異を塩基レベルで同定し,以下の知見を得た.

・AR-JP患者において同定された162種類中140種類の変異,DMD/BMD患者において同定された197種類中全ての変異が個別のサンプルでのみ認めた.創始者効果は限定的で,独立した多様な変異の頻度が高いことが示唆された.

・Breakpointの分布の検討では,PARK2,DMDのbreakpointはCFSs内の特定の領域に集中し,生殖細胞系列・癌細胞系列で類似していた.特にPARK2では既報告にあるCFSsの最も脆弱な領域と一致した.

・Breakpoint junctionの検討では,大多数は1~8塩基のmicrohomologyを持っており,相同配列を有する頻度は低かった.Non-homologous end joiningやmicrohomology-mediated end joiningの機序が想定された.またFork staling and template switchingによると考えられる複雑な変異が1例で観察された.

・Breakpointが集中する領域の検討では,複製タイミングが遅いこと,核マトリックス領域に含まれること,また非常に高いflexibility peak,R/Gバンド境界が隣接していることが観察された.Flexibility peakやR/Gバンド境界は,DNA複製の障害になることが示唆されており,これらの因子が複製ストレスへの脆弱性をもたらし,体細胞系列だけではなく生殖細胞系列においても,多様な欠失・重複変異と関連することが示唆された.

疾患の遺伝因子のうち,単一遺伝子性疾患を引き起こす浸透率の高い変異については家系に基づく連鎖解析が有効であり,影響度の小さい頻度の高い変異については多型を用いた関連解析が有効である.しかしこれまで,その中間に位置すると考えられる影響度の大きい稀な変異については,あまり解明されていなかった.また,欠失・重複変異は検出方法の技術的困難から疾患との関連についてあまり検討されていなかった.本研究で示したようにresequencingやアレイCGH解析などに基づく大規模サンプルの患者・対照関連解析は,通常のGWASでは検出が難しい遺伝因子の同定に有効である可能性のある方法である.今後,シーケンス技術の進展により解析できるサンプル規模の拡大,範囲の拡大がもたらされることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本研究はパーキンソン病(PD)の新たな遺伝因子を明らかにし,病態理解を目指すために,従来の多型を用いた関連解析では検出が難しいと考えられる遺伝因子に注目して検討を行ったものであり,下記の結果を得ている.

1.候補遺伝子であるGBAにresequencing解析を行い,塩基置換変異を網羅的に同定して,患者・対照関連解析を行った.GBAは常染色体劣性遺伝性であるGaucher病の原因遺伝子であり,変異キャリアとPD発症との関連が家系報告などから示唆され,先行して関連を示唆する関連解析の報告があったが,結論が一定していなかった.その原因としてサンプル規模が小さい,特定の変異しかスクリーニングしていない,人種によって変異が多様で分布が異なるなどの理由が考えられた.本研究では,日本人PD患者534例,対照者544例に対してGBAの全エクソンおよびエクソン・イントロン境界域のresequencing解析を行った.その結果,GBAの病原性変異はPD患者群534例中50例(9.4%),正常対照群544例中2例(0.4%)にヘテロ接合性に認めた.オッズ比は28.0倍(95%信頼区間7.3~238.3),p値は6.9×10-14と有意だった.GBA病原性変異キャリアは非キャリアと比べて発症年齢が有意に若かった(52.5歳 vs. 58.8歳,p<0.001).また,GBA病原性変異キャリア50例中,11例は家族歴があり,うち3例は家族内発症者の解析が可能で,発症者の共分離が確認された.独立したサンプルのPD多発家系に対してGBAの変異解析を追加して行ったところ,34家系中5家系でGBA病原性変異キャリアが確認され,全例で発症者・非発症者の共分離が確認され,GBA病原性変異がPDの家族内集積性に関与することを示した.さらに国際多施設共同研究にデータを提供し,GBA病原性変異が人種に関わらず見出される強い遺伝因子であることを確認した.これまでのゲノムワイド関連解析ではGBAのlocusは検出されておらず,resequencingを基盤とする関連解析によって,疾患と関連する稀で多様な変異を検出する方法の有用性が示された.

2.候補遺伝子PARK2にオリゴヌクレオチドアレイを用いた競合的ゲノムハイブリダイゼーション(アレイCGH)解析を行い,欠失・重複変異を網羅的に同定して,患者・対照関連解析を行った.PARK2は常染色体劣性遺伝性若年性パーキンソニズム(AR-JP)の原因遺伝子であり,日本人で同定される病原性変異のほとんどがエクソンの欠失・重複変異である.常染色体劣性遺伝形式をとるが,PD患者の中に1つのアレルの変異しか確認されない例がしばしば観察されていた.そのため変異キャリアがPD発症の危険因子である仮説があったが,先行する関連解析では結論が一定していなかった.本研究では,日本人PD患者144例,対照者148例に対してPARK2の欠失・重複変異をアレイCGHにて解析した.その結果,PD患者144例中10例(ホモ接合性変異4例,複合ヘテロ接合性変異6例)にPARK2の欠失・重複変異を2つのアレルに認めた.しかし欠失・重複変異キャリアはPD患者群・対照群に全く認めなかった.以上より,PARK2の欠失・重複変異キャリアの頻度は1%以下である可能性があり,関連を調べるためには少なくとも1,000例以上のサンプル規模が必要であると考えられた.なお,同定されたAR-JP患者10例について検討したところ,血族婚は2例,同胞発症は5例,血族婚も同胞発症もない例は3例だった.AR-JP患者は,若年発症(発症年齢40歳以下)の29.6%を占め,孤発性の若年発症PD患者の中にAR-JPは一定頻度存在すると考えられた.4例はホモ接合性変異(血族婚2例を含む)で,6例は複合ヘテロ接合性変異だった.塩基レベルで検討すると,同定された欠失・重複変異は12種類で,2種類は複数のサンプルで観察された.欠失・重複変異は既報告の通り,エクソン2-4に集中していた.同定された変異の種類が多様であることから,独立して起こる欠失・重複変異の頻度が高いのではないかと予測された.

3.関連解析をデザインする上で,集団において創始者効果により頻度の高い変異が多いのか,稀で多様な変異が多いのかを検討することは必要である.先述した関連解析の過程において,PARK2に独立した多様な欠失・重複変異が多数起こっていることが疑われたため,その詳細を調べた.本研究ではPARK2がCommon fragile sites(CFSs)の一つ,FRA6Eに含まれることに注目した.CFSsは複製ストレスによって染色体上にgapやbreakが起こる領域であり,癌細胞において高頻度に欠失・重複変異が生じることが知られていたため,生殖細胞系列においてもPARK2の欠失・重複変異と関連があるのではないかと仮説を立てた.CFSsに含まれる遺伝子でヒトの遺伝性疾患と関連する遺伝子はPARK2の他,DMD(デュシャンヌ型・ベッカー型筋ジストロフィー,DMD/BMDの原因遺伝子)がある.多数の欠失・重複変異を同定するため,生殖細胞系列および体細胞系列にPARK2およびDMD欠失・重複変異を有する大規模なサンプル(AR-JP患者206例,DMD/BMD患者207例,癌細胞系列125種類)を収集して,塩基レベルで欠失・重複変異の同定が可能な高密度アレイCGHによる解析を行った.その結果,AR-JP患者206例から252アレル・162種類のPARK2変異,癌細胞系列125例から41アレル・32種類のPARK2変異,DMD/BMD患者207例から197アレル・197種類のDMD変異を塩基レベルで同定し,以下の知見を得た.

・AR-JP患者において同定された162種類中140種類の変異,DMD/BMD患者において同定された197種類中全ての変異が個別のサンプルでのみ認めた.創始者効果は限定的で,独立した多様な変異の頻度が高いことが示唆された.

・Breakpointの分布の検討では,PARK2,DMDのbreakpointはCFSs内の特定の領域に集中し,生殖細胞系列・癌細胞系列で類似していた.特にPARK2では既報告にあるCFSsの最も脆弱な領域と一致した.

・Breakpoint junctionの検討では,大多数は1~8塩基のmicrohomologyを持っており,相同配列を有する頻度は低かった.Non-homologous end joiningやmicrohomology-mediated end joiningの機序が想定された.またFork staling and template switchingによると考えられる複雑な変異が1例で観察された.

・Breakpointが集中する領域の検討では,複製タイミングが遅いこと,核マトリックス領域に含まれること,また非常に高いflexibility peak,R/Gバンド境界が隣接していることが観察された.Flexibility peakやR/Gバンド境界は,DNA複製の障害になることが示唆されており,これらの因子が複製ストレスへの脆弱性をもたらし,体細胞系列だけではなく生殖細胞系列においても,多様な欠失・重複変異と関連することが示唆された.

以上,本論文は孤発性PDにおいて,影響度の大きい稀な変異に注目した解析から,新たな関連遺伝子GBAを確立した.さらにPARK2のアレイCGH解析に基づき,この領域における変異がcommon fragile siteと関連する可能性があることを示した.本研究はこれまであまり分かっていなかった稀で多様な疾患関連遺伝因子およびcommon fragile siteと関連した変異の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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