学位論文要旨



No 125949
著者(漢字) 阿部,淳
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ジュン
標題(和) 液性免疫応答におけるリンパ節髄質の機能的意義の解析
標題(洋)
報告番号 125949
報告番号 甲25949
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3428号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 小山,博史
 東京大学 准教授 大迫,誠一郎
内容要旨 要旨を表示する

リンパ節は皮膚・粘膜組織に続いて生体防御の最前線を担うリンパ器官であり、自然免疫による抗原排除や獲得免疫誘導の場として中心的な役割を果たす。リンパ節の組織学的構築は濾胞 (B細胞)、傍皮質 (T細胞)、髄質の3領域に分類され、濾胞、傍皮質の2領域が獲得免疫応答の場になると考えられている。しかし、実際には単一の領域で応答が完結するわけではなく、効果的な応答の誘導には、リンパ球のリンパ節内移動を伴う他の免疫細胞との相互作用と、それを支持するリンパ節構造の動的制御が必要になる。

B細胞の抗原特異的応答は、濾胞領域における抗原獲得、活性化、初期増殖を経た後、形質細胞への分化に続く抗体産生と、液性免疫記憶を担うメモリーB細胞を産生する胚中心応答への参画、という2つの方向性に分岐すると考えられてきた。胚中心応答の場は濾胞領域であるが、リンパ節における抗体産生の場は髄質領域であり、応答極期には多数の形質細胞が髄質領域に集積することが知られている。従来、胚中心応答とそれに続くメモリー形成が精力的に研究されてきた一方で、リンパ節における抗体産生誘導機序には不明な点が多く残されている。正常状態のリンパ節には存在せず応答に伴ってのみ現れる形質細胞の生存やその抗体産生の支持には、応答に伴う髄質領域の微小環境変化が必要になると推察される。しかし、髄質領域の微小環境変化については、形質細胞の分化・生存に関わるインターロイキン-6やAPRIL (A Proliferation Inducing Ligand) といった増殖因子の発現増強が起こるなど、断片的な知見しか報告されていない。そこで本研究では、リンパ節における抗体産生の場とされる髄質領域の液性免疫応答における意義について、髄質領域の再構築による抗体産生の支持基盤形成という視点から解析を行った。

髄質領域の再構築については、炎症免疫応答に伴いリンパ球の集積が認められること以外に報告がなかったため、まずその実証を行った。アジュバントと共にハプテン結合タンパクを投与したところ、リンパ節髄質領域に実質領域の拡大とリンパ洞の縮小を伴う再構築が認められた (図1)。同様の現象がウイルスや細菌の感染によっても誘導されたことから、髄質領域の再構築が炎症免疫応答に伴って誘導される一般的現象であると考えられる。髄質領域の再構築を経時的に解析した結果、再構築像は免疫後3日目頃からB細胞の髄質領域への局在化とともに顕在化し免疫後21日目頃まで認められるという、B細胞応答の時系列と相関した動態を示すことが明らかとなった。また、再構築に伴い髄質領域に存在する免疫細胞群の多様化が見られた。

再構築に伴い髄質領域に存在する細胞群の変化や著しいB細胞集積が認められたことから、髄質領域におけるリンパ球遊走制御機構が再構築により変化したという可能性が考えられた。そこで、リンパ球遊走を制御するケモカイン・接着因子の発現を解析したところ、リンパ節間質系細胞に広く発現の見られるVCAM (Vascular Cell Adhesion Molecule) -1、線維芽細胞マーカーであるER-TR7の発現、リンパ球のリンパ節移入の場である高内皮細静脈の存在が、再構築前後で同程度に認められた。一方、再構築後の髄質領域ではコラーゲン繊維の局所的増加や、形質細胞、B細胞の遊走制御に関与するケモカインCXCL12、CXCL13の発現誘導が認められたことから、再構築に伴って他のリンパ節内領域とは異なる性質の遊走制御環境が髄質領域に形成されたと考えられる (図2)。

髄質領域の再構築に必要な細胞群を同定するために様々なリンパ球サブセットを欠失するマウスを用いて再構築誘導についての解析を行ったところ、T細胞の欠失したヌードマウスでは再構築の誘導が正常に認められたのに対し、CD4陽性ないしCD8陽性T細胞とB細胞が欠失するRag2欠損T細胞受容体トランスジェニックマウスや、全リンパ球が欠失するRag2欠損マウスでは再構築が阻害されたことから、髄質領域の再構築にはB細胞が必須であることが明らかとなった (図3)。

正常状態の髄質領域に存在するB細胞はわずかであることから、炎症免疫応答に伴い再構築を誘導するためには、再構築に先んじてB細胞が髄質領域に移行することが必要になると考えられた。そこで再構築の遊走関連因子依存性を検討したところ、リンパ球の正常状態における体内循環を制御するケモカイン受容体Ccr7ないしCxcr5の欠損マウスだけでなく、髄質領域へのリンパ球・形質細胞遊走を制御するとされるCXCR4に対する阻害剤を投与したマウスにおいても、再構築が正常に誘導された。一方、リンパ球のリンパ節への移入および移出を制御するCD62L (L-セレクチン) やスフィンゴシン-1-リン酸受容体 (S1PR) の阻害によって髄質領域の再構築が阻害されたことから、再構築の誘導におけるB細胞の髄質領域への移行は、HEVを介した血行性の移入ないしS1PRを介した移出に依存すると考えられる (図4)。また、CXCR4阻害剤処置マウスにおいてもB細胞、形質細胞の髄質領域への集積が認められたことから、B細胞の髄質領域への集積はCXCR4非依存的である可能性が示唆される。

再構築の誘導には、B細胞の髄質領域への遊走亢進により多くのB細胞を髄質領域へ動員する必要があると推測される。B細胞のホーミングアッセイによる検証を行った結果、炎症所属リンパ節においてB細胞 (とくにナイーブB細胞) の髄質領域への遊走亢進が認められた。したがって、炎症免疫応答に伴ってB細胞の髄質領域への遊走を促進させる機序が働いていることが示唆された。また、再構築後の髄質領域には抗原非特異的B細胞・形質細胞も多く存在していたことから、再構築の誘導にナイーブ (抗原非特異的) B細胞が寄与する可能性が提示された。

炎症免疫応答に伴って多数の形質細胞が髄質領域に集積することは古くから知られていたものの、活性化した抗原特異的B細胞がいつ髄質領域に移行するのか、また髄質領域への移行が活性化B細胞、形質芽細胞いずれの状態で起こるのか、といった点は厳密には明らかにはされていなかった。そこで、抗原特異的B細胞受容体ノックインマウスを用いて応答の初期過程を可視化することで、抗原特異的B細胞の髄質への移行時期を組織学的に解析した。免疫後24時間後までに早期活性化マーカーであるCD86の発現増強、B細胞受容体の発現低下が認められることから、抗原特異的B細胞は免疫後24時間までに活性化すると考えられる。さらに、活性化に伴いB細胞は濾胞間領域や濾胞-傍皮質境界部に集積するようになり、その局在が少なくとも免疫後48時間後まで持続することが明らかとなった。一方、髄質領域への抗原特異的B細胞の局在は免疫後24時間後までにはほとんど認められず、その後72時間後までT-B境界や濾胞間領域への集積とともに髄質領域に局在する抗原特異的B細胞が増加していったことから、髄質領域への移行は免疫後48時間から72時間の間に開始すると考えられた。髄質領域への移行が開始する段階では形質芽細胞への分化はまだ見られないことから、応答の初期過程では、髄質領域への移行後に活性化B細胞から形質芽細胞へと分化すると考えられた (図5)。また、活性化B細胞の髄質領域への移行と再構築の開始時期がともに免疫後72時間 (3日) 目頃であること、さらに過去の報告により髄質領域における形質細胞分化・生存に関連する増殖因子の応答に伴う発現増強が示されていることから、活性化B細胞の形質 (芽) 細胞への分化、形質芽細胞の増殖や形質細胞への分化、ならびに抗体産生を支持するための基盤が髄質領域の再構築によって形成されることが示唆された。

最後に、B細胞の主たる応答の場であるとされてきた濾胞領域と髄質領域の機能的差異について検討するために、濾胞領域が欠失するCxcr5欠損マウスにおける液性免疫応答の解析を行ったところ、免疫後60日後までの抗原特異的抗体価と形質細胞数には、野生型とCxcr5欠損マウスの間で顕著な差が認められなかった。一方、抗原特異的B細胞数は応答期間を通じて野生型マウスのおよそ1/3に低下しており、とくに胚中心B細胞数は免疫後21日目では約1/50、60日目では約1/20と大きく低下していた。組織学的解析においても、濾胞を欠失したCxcr5欠損マウスでは胚中心構造の形成が認められなかった。したがって、髄質領域は形質細胞の分化と抗体産生に特化した場であり、胚中心応答を介して液性免疫記憶の樹立を担う濾胞領域とは機能的に差別化されていると考えられる。

本研究の結果から、B細胞依存的に誘導される髄質領域の再構築によって抗体産生誘導のための基盤が形成されるという可能性が提示された。今後、再構築誘導を担う分子機序やB細胞の髄質領域への移行を制御する遊走因子の解明をもとに、リンパ節髄質領域の再構築が液性免疫応答に果たす意義を明らかにすることで、リンパ節における抗体産生誘導機序の解明へとつながることが期待される。

図1 髄質領域の再構築 正常状態および免疫後8日目の炎症所属リンパ節をLyve-1 (リンパ管内皮細胞)、CD169 (リンパ洞のマクロファージ)、IV型コラーゲンに対する抗体で染色した。免疫後のリンパ節では実質領域の拡大とLyve1陽性領域の縮小が認められる。点線はT-B境界、破線は皮質-髄質境界を表し、髄質領域が右側となるよう各図を示す。

図2 髄質領域の再構築に伴う微小環境変化 再構築後 (右) のリンパ節髄質領域における各種分子の増減をまとめた。

図3 リンパ節髄質領域の再構築機序 髄質領域の再構築に対する各種遺伝子欠損、薬剤処理による影響をまとめた。これらの結果から、髄質領域の再構築にはB細胞、およびその生体内循環が必須であることが明らかとなった。

図4 B細胞の髄質領域への移行 再構築の阻害実験から、B細胞の髄質領域への移行はCXCR4非依存的である可能性、さらにはHEVを介した血行性経路 (赤) と、S1PRの作用に依存するリンパ行性経路 (緑) という2つの経路が存在する可能性が示唆された。

図5 活性化B細胞の髄質領域への移行 B細胞は免疫後24時間目までに活性化し、濾胞-傍皮質境界部へと集積する ((1))。さらに免疫後48時間から72時間後までの間に髄質領域への移行を開始し ((2))、その後形質 (芽) 細胞へと分化すると考えられる ((3))。図中(2)と髄質領域の再構築の開始が時期を同じくすることから、再構築によって抗体産生のための微小環境形成が行われることが示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、生体防御の重要な拠点であるリンパ節における液性免疫応答、とくに抗体産生応答の誘導について、その支持基盤の確立にリンパ節髄質領域の再構築が重要な役割を果たすという仮説のもと、髄質領域の再構築という現象ならびにその誘導機序とともに、抗体産生応答における再構築の機能的意義の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. アジュバント投与、ウイルス・細菌感染などにより誘導される様々な炎症免疫応答に伴って、リンパ節髄質領域の再構築が誘導されることを明らかにした。さらに、髄質領域の再構築がリンパ洞領域の減少とともに実質領域の拡大を伴うものであることを見出し、リンパ管内皮細胞のマーカー分子として知られるLymphatic vessel endothelial receptor (Lyve)-1の髄質領域における陽性率をもとにした再構築の定量的評価法を提唱した。当該方法を用いることにより、再構築の経時的変化と所属リンパ節における抗原特異的形質細胞の数や髄質領域への局在時期の相関性が示された。

2. 髄質領域の再構築に伴い、B細胞をはじめT細胞、樹状細胞など多様な免疫細胞群が髄質領域に局在化するようになることを見出した。また、このような免疫細胞群の局在変化に呼応して、ケモカインや接着因子の発現にも一部変化が認められることを示した。

3. T細胞を欠失したヌードマウスでは髄質領域の再構築が阻害されないのに対し、全リンパ球を欠失したRag2欠損マウスやB細胞を欠失したRag2欠損卵白アルブミン特異的T細胞受容体トランスジェニックマウスでは阻害されたことから、髄質領域の再構築にはB細胞の存在が必須であることを明らかにした。一方、CD4陽性ヘルパーT細胞の抗体による除去により抗原特異的液性免疫応答を阻害したマウスにおいても、髄質領域の再構築は正常に認められたことから、髄質領域の再構築がB細胞の存在に依存するものの、その抗原特異的応答とは独立して誘導されることが示された。

4. B細胞が存在する環境であっても、リンパ球のリンパ節への出入りを制御するCD62Lやスフィンゴシン-1-リン酸受容体の阻害によって髄質領域の再構築が抑制されることを示した。さらに、これらの分子の阻害により再構築が抑制されたマウスでは、液性免疫応答も同様に抑制されることを見出し、髄質領域の再構築と液性免疫応答が、その経時的変化のみならず強度についても相関性を示すことを明らかにした。

5. モデル抗原に特異的なB細胞受容体のノックインマウスを用いることで、抗原特異的B細胞が爆発的増殖を示すよりも以前からその可視化を可能とし、免疫後に見られる抗原特異的B細胞の髄質領域への移行が、髄質領域の再構築が顕在化と時期を同じくして起こることを示した。

6. リンパ節における液性免疫応答の主たる場であると考えられてきた濾胞領域を欠失するCxcr5欠損骨髄キメラマウスを用いることで、髄質領域が液性免疫応答において担う機能的意義の解析を行った。その結果、濾胞領域が存在しなくとも髄質領域の再構築は誘導され、さらに抗体産生応答が野生型骨髄キメラマウスと同等に惹起されることを明らかにした。

以上、本論文はリンパ節における抗体産生応答について、従来解析が充分なされていなかった髄質領域に着目し、その再構築が抗体産生の場を形成する重要なプロセスである可能性を提示した。本研究は、これまで不明な点が多く残されていたリンパ節における抗体産生応答の支持基盤について、その解明に向けた重要な知見を与えたものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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