学位論文要旨



No 125954
著者(漢字) 阪田,佳紀
著者(英字)
著者(カナ) サカタ,ヨシノリ
標題(和) ダイオキシンによるCYP1A1を介したアミノレブリン酸合成酵素(ALAS)の誘導と糖代謝系への影響
標題(洋)
報告番号 125954
報告番号 甲25954
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3433号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 准教授 伊藤,晃成
 東京大学 准教授 石川(山脇),昌
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

ダイオキシン類は主に廃棄物処理場の燃焼過程において非意図的産物として環境中に放出される環境汚染物質である。難分解性であるため環境残留性が高く、脂溶性であるため高い生物蓄積性を示す。さらにダイオキシン類は多様な生体影響や毒性を持つため、生態系やヒトの健康への影響が懸念されている物質である。実験動物におけるダイオキシン類の毒性には、高用量曝露による急性毒性として消耗性症候群、肝臓肥大、胸腺萎縮など、低用量による慢性毒性として癌、また母体への低用量曝露による次世代影響として胎児死亡、催奇形性、生殖器官への影響などが認められている。このようにダイオキシン類の持つ多様な毒性が解析され、そのほとんどがダイオキシン受容体(AhR)を介して生じることが解明されている。しかしながら、AhRよりも下流の分子メカニズムは、ほとんど解明されていない。本研究では、ダイオキシン類がAhRの活性化以降どのような分子メカニズムで毒性を発現させるのかを解明する一環として、ダイオキシン類の高用量曝露による急性毒性である消耗性症候群と関連する、肝臓内グリコーゲン量減少のメカニズム解明を目的とすることとした。

ダイオキシン(TCDD)による消耗性症候群に関する病態には、摂餌量や血中グルコース濃度の低下、肝臓中のグリコーゲン量が減少することなどが報告されている。またTCDDによる消耗性症候群の発症には、第一相薬物代謝酵素のCYP1A1が関与することが報告されている。CYP1A1はTCDDにより肝臓において顕著に誘導されることから、肝臓におけるCYP1A1の誘導がTCDDによるエネルギー代謝異常に関与していると考えられるが、CYP1A1誘導後の分子メカニズムは明らかにされていない。そこで、ヘムタンパク質であるCYP1A1の誘導以降の分子メカニズムとして、ヘム合成系の関与に着目した。

ヘムは補欠分子族の一つであり、様々な生体内反応を制御しており生命維持にとって必要不可欠である。ヘム合成系の異常により発症するポルフィリン症の患者を対象とした臨床検査の結果では高インスリン血症やインスリン抵抗性、糖尿病発症頻度が高いことが報告されており、ヘム合成系がエネルギー代謝を制御している可能性が考えられる。ヘム生合成過程における律速酵素であるアミノレブリン酸合成酵素(ALAS1)の発現制御には、ヘム分子によるネガティブフィードバック抑制機構が想定されており、本研究ではTCDD曝露時の肝臓ではCYP1A1の誘導によりヘムが消費され、ALAS1が誘導されていると考えた。ALAS1はクエン酸回路の中間体であるスクシニル-CoAを基質としてアミノレブリン酸を合成するため、TCDD曝露時の肝臓ではCYP1A1の誘導を介してALAS1が誘導され、クエン酸回路を介した作用によりグリコーゲンが分解されるという仮説を立てた(Figure 1)。そこで本研究では、TCDD曝露により起きる肝細胞内のグリコーゲン量の減少とCYP1A1、ALAS1の関与を明らかにすることを目的とし、マウスに対するTCDD投与実験及びヒト肝臓ガン細胞株HepG2を用いたsiRNAによるノックダウン及び強制発現により、TCDDによるグリコーゲン量の減少におけるCYP1A1、ALAS1の関与を検証した。

BALBc/AJcl(11週齢の雄)マウスにTCDDを50 μg / kg-b.w.の用量で経口単回投与したところ、肝臓中において、グリコーゲン量は、投与24時間後において対照群に比べて有意に減少していた(Figure 2A)。また、ALAS1 mRNAの発現量は、投与24時間後に、対照群に比べて有意に誘導されていた。これらの結果から、ALAS1の誘導及び肝臓中グリコーゲン量の減少が、共に24時間で観察され、両者の関連が示唆された。続いて、グリコーゲン量の減少がTCDDによる肝細胞への直接的な作用なのか、それとも個体全体への間接的な作用なのかを確認するため、ヒト肝臓ガン細胞株HepG2を用いたin vitro試験を行った。HepG2細胞をグルコース・牛胎仔血清不含培地で24時間馴化させ、その後1、10、100 nMの TCDDを24時間曝露したところ、細胞内のグリコーゲン量がTCDD用量依存的に減少していた(Figure 2B)。この結果より、TCDDは肝細胞に直接作用し、細胞内のグリコーゲン量を減少させると考えられた。

次にTCDDによるグリコーゲン減少に対するALAS1の関与を検討するため、HepG2に対しALAS1特異的なsiRNAを一過性導入し、10 nMの濃度で TCDDを24時間曝露した細胞内のグリコーゲン量を測定したところ、TCDDによる細胞内のグリコーゲン量は減少しなかった(Figure 3A)。さらに、ALAS1強制発現ベクターをHepG2細胞に安定導入し株化した細胞(HG2-ALAS♯3)をグルコース・血清不含培地で24時間馴化させ、さらに24時間培養したときの細胞内グリコーゲン量を測定したところ、24時間培養の間に細胞内グリコーゲン量が有意に減少していたが(Figure 3B)、コントロールベクターを導入した細胞(HG2-neo♯1)ではグリコーゲン量に変化はなかった。これらの結果より、ALAS1発現量が増加することで細胞内のグリコーゲン量が減少することが示唆された。

次に細胞内グリコーゲン量の減少ならびにALAS1の誘導がCYP1A1依存的であるかを検討した。HepG2に対しCYP1A1特異的siRNAを一過性導入し、10 nM TCDD曝露24時間後における細胞内のグリコーゲン量を測定したところ、TCDDによる細胞内グリコーゲン量の減少は認められなかった。またこの時ALAS1 mRNAの発現量を測定したところ、コントロールsiRNA導入細胞では10 nM TCDD 24時間曝露によりALAS1 mRNAの有意な誘導が確認されたが、siCYP1A1導入細胞ではTCDDによる誘導は認められなかった(Figure 4A)。またCYP1A1強制発現ベクターをHepG2細胞に安定導入し株化した細胞(HG2-CYP1A1♯4)をグルコース・血清不含培地に交換し24時間馴化させ、さらに24時間培養したときの細胞内グリコーゲン量を測定したところ、24時間培養の間に細胞内グリコーゲン量が有意に減少していたが、コントロールベクターを導入した細胞(HG2-bsd♯1)ではグリコーゲン量の減少に変化はなかった。この時HG2-bsd♯1及びHG2-CYP1A1細胞の定常状態におけるALAS1 mRNAの発現量を測定したところ、HG2-bsdに比べHG2-CYP1A1♯4では有意に高くなっていることが認められた(Figure 4B)。これらの結果より、TCDDによるALAS1の誘導は、CYP1A1の誘導を介していると考えられた。

TCDD曝露によるALAS1の誘導が、どのような分子を活性化して細胞内グリコーゲン量の減少を引き起こすかを検討するため、siALAS及びsiControl細胞におけるグリコーゲン合成酵素Glycogen Synthase(GS)のタンパク質量及びリン酸化状態をウエスタンブロッティングにより測定した(Figure 5)。HepG2に対してをsiControl もしくはsiALASを導入し、10 nM TCDDを24時間曝露したところ、siControl導入細胞ではTCDDによる不活性型GS(p-GS)の増加が認められ、その作用はインスリンにより消失したが、siALAS導入細胞ではTCDDによるp-GSの増加は認められなかった。またGS全体量はsiControl、siALAS導入細胞いずれにおいてもTCDD及びインスリンによる変化は無かった。この結果から、TCDD曝露細胞ではALAS1依存的に活性型GSが減少し、グリコーゲンの合成量が減少したと考えられた。

本研究の結果、ダイオキシンはCYP1A1を介してALAS1を誘導することによりGSを不活性化させ、肝細胞内のグリコーゲン量を減少させると考えられた(Figure 6)。本研究で明らかとなったCYP1A1の誘導によるALAS1の誘導は、今後TCDD毒性の分子メカニズムの解明に繋がることが期待できる。さらにALAS1の発現量がグリコーゲン代謝や糖新生などのエネルギー代謝の調節に関与することを示す知見も得た。今後、本研究によって得られたヘム合成系とエネルギー代謝が関連するという結果は、ダイオキシン毒性のみならずメタボリックシンドロームの基礎的研究にも寄与することが期待される。

Figure 1. TCDDによるグリコーゲン減少仮説

ダイオキシン曝露により細胞内では(1)~(6)の順に変化が起き、結果としてグリコーゲンが減少するという仮説を立てた。

Figure 2. (A)TCDDによるBALBc/AJclマウスにおける肝臓中グリコーゲン量の減少(B)TCDDによるHepG2細胞における細胞内グリコーゲン量の減少

Figure 3. (A)ALAS1ノックダウン細胞におけるTCDDによる細胞内グリコーゲン量変化(B)ALAS1強制発現細胞における細胞内グリコーゲン量変化

Figure 4. (A)CYP1A1ノックダウン細胞におけるTCDDによるALAS1 mRNAの誘導(B)CYP1A1強制発現細胞におけるALAS1 mRNA発現量

Figure 5. siControl及びsiALAS細胞におけるTCDDによるGSリン酸化への影響

Figure 6. 本研究の結論

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、環境汚染物質であるダイオキシン類がダイオキシン受容体(AhR)の活性化以降どのような分子メカニズムで毒性を発現させるのかを解明する一環として、ダイオキシン類の高用量曝露による急性毒性の消耗性症候群と関連する肝臓内グリコーゲン量減少のメカニズム解明を目的として行い、下記の結果を得ている。

1. BALBc/AJcl(11週齢の雄)マウスにダイオキシン(TCDD)を50 μg / kg bwの用量で経口単回投与したところ、投与24時間後に肝臓中のグリコーゲン量が減少した。また、投与24時間後にアミノレブリン酸合成酵素(ALAS)1 mRNAが誘導されていたため、両者の関連が示唆された。

2. ヒト肝臓ガン細胞株HepG2をグルコース・牛胎仔血清不含培地で24時間馴化させ、その後TCDDを24時間曝露したところ、細胞内のグリコーゲン量が用量依存的に減少した。この結果より、TCDDは肝細胞に直接作用し、細胞内のグリコーゲン量を減少させることが示された。

3. HepG2に対しALAS1特異的なsiRNAを一過性導入し、10 nMの濃度で TCDDを24時間曝露したところ、細胞内のグリコーゲン量に変化はなかった。さらに、ALAS1強制発現ベクターをHepG2細胞に安定導入し株化した細胞をグルコース・血清不含培地で24時間馴化させ、さらに24時間培養したとき、細胞内のグリコーゲン量が減少した。これらの結果より、ALAS1発現量が増加することで細胞内のグリコーゲン量が減少することが示された。

4. HepG2に対しCYP1A1特異的siRNAを一過性導入し、10 nMの濃度でTCDDを24時間曝露したところ、細胞内のグリコーゲン量に変化はなかった。またこの時、コントロールsiRNA導入細胞ではTCDDによりALAS1 mRNAが誘導されたが、siCYP1A1導入細胞では誘導されなかった。またCYP1A1強制発現ベクターをHepG2細胞に安定導入し株化した細胞をグルコース・血清不含培地に交換し24時間馴化させ、さらに24時間培養したとき、細胞内グリコーゲン量が減少した。この時CYP1A1強制発現細胞の定常状態におけるALAS1 mRNAの発現量は、対照群に比べ有意に高くなっていた。これらの結果より、TCDDによるALAS1の誘導は、CYP1A1の誘導を介していると考えられた。

5. siALAS及びsiControl細胞におけるグリコーゲン合成酵素Glycogen Synthase(GS)のタンパク質量及びリン酸化状態を測定したところ、10 nM TCDD 24時間曝露により、siControl導入細胞ではTCDDによる不活性型GS(p-GS)が増加したが、siALAS導入細胞では増加しなかった。この結果から、TCDD曝露細胞ではALAS1依存的に活性型GSが減少し、グリコーゲンの合成量が減少したと考えられた。

本研究の結果、ダイオキシンはCYP1A1を介してALAS1を誘導することによりGSを不活性化させ、肝細胞内のグリコーゲン量を減少させると考えられた。本研究で明らかとなったCYP1A1の誘導によるALAS1の誘導は、今後TCDD毒性の分子メカニズムの解明に繋がることが期待でき、学位の授与に値するものと考えられる。

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