学位論文要旨



No 125957
著者(漢字) 神崎,健仁
著者(英字)
著者(カナ) カンザキ,タケユキ
標題(和) リンパ球移入による全身性自己免疫疾患動物モデルの樹立と抗核抗体産生機序の解明
標題(洋)
報告番号 125957
報告番号 甲25957
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3436号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 佐藤,伸一
 東京大学 准教授 石川(山脇),昌
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 講師 高橋,強志
内容要旨 要旨を表示する

背景

全身性エリテマトーデスをはじめとする膠原病は、遺伝的素因に環境因子が加わることで自己へのトレランスが破綻して発症すると推測され、抗核抗体出現は膠原病における特徴的現象となっている。また抗核抗体は腎炎など病態形成への関与も指摘されているが、その出現機序には不明な点が多い。

この解析に当たり、MRL/lprマウスやBWF1マウス、BXSBマウスなど特殊な遺伝的背景をもつ自然発症ループスマウスモデルが用いられてきたが、発病まで長期間かかること、遺伝的背景を維持する必要があることなど、種々の介入を行うには時間やコストの点で制約があった。非自己物質であるプリスタンの投与で誘導する系もあるが、やはり発病まで時間がかかり、またこの系が模している生理的な現象についても不明である。そのため、早期に高率に高抗体価のIgGタイプの抗核抗体が誘導でき、かつ種々の条件を加えて検討可能な系の確立が望まれる。

近年の研究から、自己免疫性疾患発症に関わる遺伝外因子の一つとして、homeostatic proliferation が示唆されている。この現象は、末梢リンパ球減少下で末梢T細胞が分裂増殖して減少分を回復しようとする現象で、胸腺機能の低下、ウイルス感染後などのリンパ球減少状態で生理的に作動していると考えられている。自己免疫との関連については、糖尿病モデルマウスであるNODマウスや、制御性T細胞を除いたCD4+T細胞をヌードマウスに移入すると腸炎や甲状腺炎などの種々の臓器特異的自己免疫疾患が生じることなどから明らかにされてきた。

しかし、homeostatic proliferation に基づく全身性自己免疫応答についての報告は極めて少ない。Tregを除いたCD4+T細胞をヌードマウスに移入する系では、一論文の中で抗核抗体の産生について触れられているがその詳細は検討されていない。これとは別に、TCRβδノックアウトによるT細胞欠損マウスにT細胞を移入する系において一過性の弱い抗核抗体産生が報告されているが、移入細胞としてB細胞除去後の脾細胞を用いており、移入T細胞のサブセットによる変化は検討していない。これらのことから、移入細胞の条件等を調整することで、高率に早期に長期間持続する高抗体価のIgGタイプの抗核抗体を産生するマウスモデルを作成することができると考えた。

目的

リンパ球移入による抗核抗体産生マウスモデルを新たに作製して抗核抗体産生機序を解明することにより、全身性自己免疫性疾患の発症機序につながる知見を得る。

方法

BALB/cマウスの脾臓よりCD4+T細胞サブセットを分離し、7週齢のBALB/cヌードマウスに移入した。その後、経時的に採血して抗核抗体価を種々の方法で測定した。また、T細胞移入5日後に脾臓を採取し、Flow cytometry や免疫蛍光染色法により発現細胞を評価した。また脾臓のCD4+T細胞を表面分子PD-1の発現により分けた後、PCRまたはB細胞との共培養によりそれぞれの機能解析を行った。

移入細胞変更やレシピエント変更、または各種阻害抗体やオリゴヌクレオチドの投与により種々の条件を設定し、抗核抗体産生に必要な諸因子を同定した。

結果および考察

まずBALB/cマウスの脾臓よりCD4+CD25-T細胞(Tc)、CD4+CD25+ T細胞(Treg)を採取し、一方または両者をBALB/cヌードマウスに移入し、その後の経過で採取した血清を用いて抗核抗体産生を蛍光抗体法、免疫沈降法、ELISA法により評価した。結果、Tc移入群において移入後2-3週間から、全てのマウスに高抗体価のIgGタイプの抗核抗体が産生され、これは8週間を超えて長期に維持された。Tregを含む移入群では、その抗体価が明らかに低かった。以上よりヌードマウスにTcを移入する系は、全例に早期より長期間持続する高抗体価のIgGタイプの抗核抗体産生を誘導できるモデルで、誘導時の条件を変更することで抗核抗体産生機序を検討するのに適した系であると考えられた。

次にCD4+T細胞サブセット移入後の脾臓におけるB細胞やT細胞のフェノタイプや局在、その他の細胞の相違を移入後5日の早期に検討した。B細胞については、IgGタイプの抗核抗体が産生されることからgerminal center(GC)の形成について検討した。Flow cytometryにより特にTc群でGL-7+Fas+CD19+ GC B細胞の増加を認め、組織においてもTc群においてIgDで染色されるB細胞濾胞内にPNA(peanut agglutinin)で標識されるGCの形成が認められた。そしてGC内に多数のCD4+細胞が、T細胞領域に多数の形質細胞様樹状細胞(pDC)が存在することが確認された。

GC形成に関わるT細胞サブセットとしてfollicular helper T細胞(Tfh)が知られており、flow cytometryではCXCR5+CXCR4+ICOS+PD-1+CD4+T細胞として同定し得る。今回、GC形成が顕著であったTc移入群で、Tfhの存在についてflow cytometryで解析すると、CXCR5-CXCR4+ICOS+PD-1+CD4+細胞の存在が判明した。同細胞はCXCR5の発現以外はTfhと同様のフェノタイプであった。また組織の免疫蛍光染色においてPD-1+ CD4+細胞はGCに存在することが確認された。さらにCXCR5-CXCR4+ICOS+PD-1+CD4+細胞は、IL-21を産生することがPCRで判明し、またB細胞との共培養で、他のサブセットよりB細胞のIgG産生ヘルパー能が強いことが判明した。以上より、homeostatic proliferationを経たTcは一部がCXCR5-CXCR4+ICOS+PD-1+CD4+T細胞に分化し、GC内に局在してB細胞のIgG産生ヘルパー能を有していることからTfhと考えられた。

また、Tc移入後4週においてもGC B細胞とTfhは保たれており、これらの変化が移入早期の一過性の変化でないことが確認された。

次に、本系の抗核抗体産生において重要な諸因子を同定すべく検討を行った。

胸腺由来T細胞が存在しないヌードマウスのB細胞と胸腺非依存性T細胞に原因がある可能性を否定するため、これらの存在しないRAG2欠損マウスをレシピエントとして用い、まず野生型マウス由来marginal zone B細胞もしくはfollicular B細胞を移入し、1週間後にTcを移入し、さらに4週間してから抗核抗体価の測定と脾細胞表面マーカーを解析した。その結果、Tc移入1ヶ月後でも移入B細胞サブセットのパターンは保持され、同時にGL-7+Fas+CD19+ GC細胞やICOS+PD-1+CD4+細胞が存在し、IgGタイプの抗核抗体が産生されることが判明した。以上より、抗核抗体産生は野生型マウスの脾臓に存在するリンパ球により十分誘導されることが判明した。

次にhomeostatic proliferation に由来する抗核抗体産生にCD4+ Tc細胞が必須であるかを、homeostatic proliferationを起こすことが知られているCD8+ T細胞を移入し、検討した。その結果、GC B細胞の誘導も抗核抗体の産生もTcのようには促進されないことが明らかとなり、CD4+ Tc細胞の必要性が確認された。

また、homeostatic proliferationでは自己親和性の高いT細胞が増殖反応をきたして自己免疫性疾患を誘導する可能性が指摘されているため、T細胞の抗原特異性の関与を検討した。非自己抗原であるニワトリ卵白アルブミンに特異的なT細胞受容体(TCR)のみを発現するRAG2欠損DO11.10マウス(RagDOマウス)のCD4+ T 細胞を移入して抗核抗体の産生を検討した結果、高抗体価のIgGタイプの抗核抗体産生を認めたため、本系ではCD4+T細胞のTCR特異性は抗核抗体産生に関係しないと考えた。またTcを移入する本系は移入後2ヶ月で腸炎などの臓器特異的自己免疫疾患を発症するが、RagDOマウスのCD4+T細胞を移入した群では腸炎を発症しなかったため、全身性自己免疫応答である抗核抗体の産生と臓器特異的自己免疫疾患の発症においてTCR特異性の関与が異なると考えた。

次に、ループスモデルマウスにおける抗核抗体産生へのTLR7、TLR9 の関与が報告されているため、本系の抗核抗体産生にTLR7およびTLR9が及ぼす影響を検討した。ヌードマウスへのTc移入とともに、TLR阻害Phosphorothioate化オリゴヌクレオチドを投与し、その後の抗核抗体価を測定すると、TLR9阻害により有意な抗核抗体の産生低下を認めた。TLR7阻害でも、有意差は認めなかったが同様の低下傾向を認めた。よって、本系でもTLRが抗核抗体産生に対して促進的に関与することが確認された。

ここまででTcを移入した本系でTregの存在とTLR9の阻害により抗核抗体の産生低下が確認され、またTc移入群でのpDCの増加も確認された。pDCはTLR7、TLR9を豊富に発現し、全身性エリテマトーデスにおいて病態に対する深い関与が示唆されていることもふまえて、Tc移入に対してTregの存在、TLR9の阻害、pDCの除去が及ぼす影響を移入後5日の脾臓を用いて検討した。その結果、Tregの存在する群、TLR9阻害群、pDC除去群いずれにおいてもGL-7+Fas+B220+細胞の割合が減少したことから、Tc移入によるGC形成にはTLR9刺激やpDCが関与し、Tregによりこの過程が抑制されると考えられた。またTc移入群におけるTfhの出現は、Tregの存在とpDC除去においては明らかな減少を認めた。しかしTLR9阻害では有意な変化を認めず、Tfhの出現にTLR9以外のTLR7/8などが関与している可能性、オリゴヌクレオチドでは完全に阻害できなかった可能性、TLR刺激がGC形成には重要だがTfh様細胞分化には重要ではない可能性などが考えられた。

免疫蛍光染色でも同様で、Tc移入によるリンパ濾胞構造の拡大、B細胞濾胞内へのPD-1+CD4+T細胞領域の形成拡大、T細胞領域でのpDCの増加といった変化が、Tregの存在、TLR9阻害、pDC除去により抑制された。そしてその中でPD-1+細胞の減少に関してTLR9の阻害は効果が弱かった。以上より、GC形成やTfh分化にpDCが大きく関与し、Tregがこの過程を抑制していることが確認できた。

結語

本研究により、Tregを除いたCD4+T細胞のhomeostatic proliferationは、全例に移入後2週の早期から長期間、高抗体価のIgGタイプの抗核抗体を誘導し、全身性自己免疫寛容破綻の機序を検討するのに適した系であることが判明した。このhomeostatic proliferationはgerminal center形成とその内部に局在するCXCR5-CXCR4+ICOS+PD-1+Tfhの分化を誘導し、この過程はTLRシグナルの阻害やpDCの除去により抑制されることが判明した。すなわち、生理的に重要なCD4+T細胞のhomeostatic proliferationは、TcによるTfh様細胞の分化誘導とgerminal center形成とともに抗核抗体誘導という危険を内在しているが、そのリスクをTregが抑制し、リンパ球系の再構築という生理的機能を果たしていることが本研究により明らかになった。

今後も本系を用いて抗核抗体の産生機序を詳細に検討し、全身性自己免疫疾患発症に関連した遺伝外因子の詳細を解明することにより、新たな治療介入の道が開かれることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は全身性自己免疫疾患の病態において重要な役割を演じていると考えられる抗核抗体の産生機序を明らかにするため、抗核抗体を産生するマウスモデルを新たに確立して、この系を用いて抗核抗体産生機序の解析を実際に試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. homeostatic proliferationに基づき自己免疫性疾患を発症するlymphopenic mouse transfer modelのひとつで、これまで腸炎等の臓器特異的自己免疫疾患のマウスモデルとして用いられてきたBALB/cマウス由来CD4+CD25-T細胞(Tc)をBALB/cヌードマウスに移入するモデルがあるが、この系が従来のマウスモデルと比較してIgG型抗核抗体を早期に高率に高抗体価で産生することを確認した。そのため本系を用いて、従来の動物モデルの様に遺伝学的背景等の制約を受けることなく、抗核抗体産生機序の検討ができることが示された。

2. 本系でTc移入5日後の脾臓を解析したところ、Flow cytometryによりGL-7+Fas+CD19+ GC B細胞の増加やCXCR5-CXCR4+ICOS+PD-1+CD4+細胞の存在を認め、免疫蛍光染色によりPNA(peanut agglutinin)で標識されるGCの形成とGC内に多数のPD-1+CD4+細胞が存在すること、T細胞領域に多数の形質細胞様樹状細胞(pDC)が存在することが示された。そしてPD-1+CD4+T細胞について、PCRによりIL-21の産生が亢進することが、共培養でB細胞のIgG産生誘導能が高いことが示され、この細胞がfollicular helper T細胞と考えた。

3. RAGノックアウトマウスにBALB/cマウスのB細胞とCD4+T細胞を移入しても十分に抗核抗体産生がみられること、CD8+T細胞をヌードマウスに移入すると抗核抗体産生誘導もGCの形成も乏しいこと、RAG欠損DO11.10マウス由来の非自己認識単一TCRのTcをヌードマウスに移入しても十分に抗核抗体産生がみられるが腸炎は発症しないこと、オリゴヌクレオチドを用いてTLR9を阻害すると抗核抗体産生が抑制されること、が示された。そのため本系での抗核抗体産生誘導にはTcの存在が必要なこと、胸腺のないヌードマウス由来のリンパ球に特殊な原因があるわけでないこと、自己反応性のTリンパ球が本系の抗核抗体産生の原因ではないこと、抗核抗体産生機序と腸炎発症機序が異なること、TLR9には抗核抗体産生促進作用があることが示された。

4. 本系においてオリゴヌクレオチドでTLR9の阻害をするとGCの形成が抑制されること、抗体投与によりpDCを除去するとGCの形成とTfhの誘導がともに抑制されること、Tcとともに制御性T細胞(Treg)を移入するとGCの形成とTfhの誘導がともに抑制されることがflow cytometryと免疫蛍光染色により確認された。以上より、GC形成やTfh分化にpDCが大きく関与し、Tregがこの過程を抑制していることが示された。

以上、本論文は従来のマウスモデルと異なる抗核抗体産生モデルを新たに確立し、同マウスモデルがhomeostatic proliferationの結果としてTfhの誘導とgerminal centerの形成をきたし、それとともに抗核抗体を産生すること、さらにその過程がTLRシグナルの阻害やpDCの除去、Tregの存在により抑制されることを明らかにした。本研究は特殊な遺伝的背景を必要としない生理的反応のみに基づいた抗核抗体の産生機序を明らかにしており、また今回確立された動物モデルが今後の抗核抗体産生機序研究に有用な系となり得ることから、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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