学位論文要旨



No 125959
著者(漢字) 磯村,好洋
著者(英字)
著者(カナ) イソムラ,ヨシヒロ
標題(和) CYP2C19遺伝子多型と胆道癌
標題(洋)
報告番号 125959
報告番号 甲25959
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3438号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 特任准教授 小川,誠司
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 塚本,和久
内容要旨 要旨を表示する

CYPは主に肝臓で産生される酵素で、脂溶性の高い基質を水酸化することによって、種々の異質・異物から生体を守る重要な役目を担っている。CYPには基質特異性の異なる30種以上の分子種があり、化学物質(医薬品を含む)、環境物質、有機溶媒、内因性ステロイドなどきわめて多くの物質の代謝反応に関与する。そのなかには、メチルオイゲノールや芳香族アミン、ヘテロサイクリックアミンなどの化学発癌物質の代謝も含まれており、それらの代謝能力と関係するCYPの遺伝子多型がいくつかの癌腫において発病率と関連することが報告されている。

CYP2Cl9は、プロトンポンプ阻害剤、ジアゼパム、クロピドグレルなどの多くの重要な薬物代謝に関与し、代謝能に大きな影響を及ぼす遺伝子多型が存在する。いわゆるオーダーメイド治療としての臨床応用において最も注目されているもののひとつで、とくに日本人においてその多型頻度が高いことが知られている。CYPの基質特異性は低く、一つの酵素が数多くの化学物質を代謝するという多種・多基質酵素であることから、CYP2Cl9も潜在的に発癌作用のある物質の代謝や前発癌物質の生体内活性化に重要な役割を演じていると考えられ、CYP2Cl9遺伝子多型がある種の癌において発癌要因の1つになっている可能性が考えられた。

今回の研究ではCYP2C19遺伝子多型と潜在的関与をもつ癌種を探るべく、以下の手順で解析をすすめた。はじめに様々な消化器癌の細胞株を用いてCYP2C19遺伝子多型と関与する可能性のある癌種のスクリーニングを行った。その結果から候補としてあげられた癌種について臨床検体を用いた確認解析を行った。臨床解析では化学発癌や他の癌種において関連が多く指摘されているCYPIAIとCYP2E1の遺伝子多型についても解析を行った。また他癌種の代表として肝細胞癌の臨床検体を用いて同様の解析を行い比較対照した。

はじめに、5種類の消化器癌細胞株、計115株を用いてCYP2C19遺伝子多型の解析を行った。CYP2C19のPMの割合に注目すると、胃癌では27.3%(9/33)、大腸癌では0%(0/32)、肝癌では6.7%(1/15)、膵癌では12.0%(3/25)、胆道癌では60.0%(6/10)であった。胃癌においてPMの割合が大きいのは既報の報告と合致していた。さらに胆道癌では60.0%とより高い頻度でPMの割合が大きいことが判明した。CYP2C19遺伝子多型には著明な人種差が存在し、日本人でのPMの頻度は約15%と他人種に対して高いことが知られている。胆道癌株についてはすべてが日本人由来であるが、それを考慮しても胆道癌株におけるPMの頻度は注目に値すると考えられた。以上よりCYP2C19遺伝子多型との関係が示唆されるものとして胆道癌が候補としてあげられた。

続いて臨床解析を行った。胆道癌症例に関しては、2002年3月から2007年12月にかけて東京大学附属病院消化器内科にて診断された患者65名を対象とした。肝細胞癌症例に関しては、2001年8月から2003年6月にかけて東京大学附属病院消化器内科にて診断された患者64名を対象とした。対照群に関しては、2002年3月から2007年12月にかけて東京大学附属病院消化器内科に入院もしくは外来通院中であった非担癌患者566名を対象とした。対象者の末梢血よりゲノムDNAを抽出し、各種遺伝子多型を解析した。

対照群との比較では、胆道癌群においてCYP2C19遺伝子多型の構成比率に有意差を認めた(p=0.025)。胆道癌群に注目して年齢と性別で補正して多変量解析をおこなうと、胆道癌群におけるEMに対するPMのオッズ比は2.74(1.29-5.87)、EMに対するIMのオッズ比は1.51(0.79-2.96)であった。この結果よりCYP2C19の代謝能が低下するにつれて胆道癌のリスクが増加する傾向があることが示唆された。アレル解析では*2と*3のいずれの変異型でも野生型と比べてそれぞれ1.57(1.05-2.35)、1.73(1.03-2.90)と高いオッズ比を示した。胆道癌を胆管癌と胆嚢癌に細分類したところ、統計学的有意差は認めなかったが胆嚢癌におけるEM+IMに対するPMのオッズ比は2.72であった。これは胆管癌や胆道癌全体におけるオッズ比よりも大きいものであった。

化学発癌や他の癌種において関連が多く指摘されているCYP1A1とCYP2E1についても解析を行った。胆道癌群と対照群、肝細胞癌群と対照群との二群間でそれぞれの遺伝子多型の構成比率に差があるかをX2検定により解析したところ、いずれも有意差を認めなかった。

切除検体を用いた癌部・非癌部の比較では、解析できたすべての症例で同一のCYP2C19遺伝子型を示した。またこの結果は末梢血から抽出したゲノム解析の結果とも一致するものであった。

今回の研究によって、CYP2C19遺伝子多型との関連を示すものとして新たに胆道癌があげられた。わが国における胆道癌の年間死亡数は約16600人で全悪性新生物死亡数の約5.2%を占める。解剖学的問題より症状が出現しにくく、また小病変を検出する特異的な検査法もないことから早期発見は難しい。また外科的切除以外に根治治療が期待できる治療法がないことから、その予後は不良である。リスクファクターとしては、膵・胆管合流異常や総胆管拡張症などの先天性疾患や原発性硬化性胆管炎などが上げられているが、そのほかに明らかなものはない。今回の研究によって、CYP2C19遺伝子多型と胆道癌との関連が示唆され、CYP2C19のPMは胆道癌のリスクファクターであると考えられた。その原因として、CYP2C19が胆道癌の原因となる発癌物質の代謝に関与していることが推測される。肝臓で代謝された様々な物質が胆管を通して消化管へ流れる。よって胆管は胆汁中に含まれる潜在的発癌物質の影響を強く受けるのかもしれない。もしそのような潜在的発癌物質がCYP2C19により代謝・解毒されて胆汁に放出されているとすると、胆管におけるそれらの濃度はEMよりもPMで高くなると考えられ、胆道癌発症のリスクとなることが予想される。また、症例数が少ないこともあり統計学的有意差は認めなかったが、胆嚢癌におけるEM+IMに対するPMのオッズ比は2.72であり、胆管癌や胆道癌全体におけるオッズ比よりも大きいものであった。この原因として胆嚢においてそれらの潜在的発癌物質が濃縮されることと関係があるのかもしれない。

胆道癌には特徴的な地域集積性が指摘されており、世界的には日本をはじめとした東アジアに多いといわれ、日本における胆道癌死亡率は欧米に比べ10倍以上と圧倒的に高い。一方、CYP2C19の遺伝子多型についても人種差・地域差があることが知られており、アジア人におけるEM/IM/PMの頻度はそれぞれ30・40%/40・50%/14・22%であるのに対して、欧米人ではそれぞれ70・75%/20・25%/2・5%である。PMが胆道癌のリスクファクターであるならば、日本人においてCYP2C19のPMの割合が多いことが、胆道癌死亡率が欧米より高いことの原因に寄与しているのかもしれない。

CYPには基質特異性の異なる30種以上の分子種があるが、その基質特異性は他の酵素と比べるとはるかに低く、一つの酵素が数多くの化学物質を代謝するという多種・多基質酵素である。CYPは化学発癌物質の生体内活性化において重要な役割を果たしており、CYP1A1やCYP2E1、CYP2D6などの分子種において発癌との関連が多く報告されている。このなかで特に日本人において遺伝子多型が多く報告されているCYP1A1とCYP2E1についても解析したが、いずれも対照群と比較して有意差を認めなかった。また他癌種の代表として肝細胞癌の臨床検体を用いて同様の解析を行ったが、CYP2C19/CYP1A1/CYP2E1いずれも対照群と比較して有意差を認めなかった。よって、CYP2C19遺伝子多型は胆道癌において独立した危険因子であることが示唆され、また他癌種と比較して特徴的な因子であると考えられた。

癌細胞は様々な体細胞変異を含んでいる。そのため解析対象であるSNPサイトに体細胞変異があった場合には、解析結果が目的とする一塩基変異を示さず、CYP2C19遺伝子型の誤判定の可能性も考えられた。しかし切除検体を用いた癌部と非癌部の比較では、解析できた14症例全てにおいて遺伝子型は同一であった。またこの結果は末梢血から抽出したゲノムDNAの解析結果とも一致するものであった。したがって、CYP2C19のSNPサイトにおける体細胞変異はほとんどなく、目的とした一塩基変異を正しく判定しているものと考えられた。

今回の研究によってCYP2C19のPMが胆道癌の危険因子であることが示された。胆道癌は未だ予後不良な悪性腫瘍であるため、その危険因子を同定することは、予防・早期発見のうえでも重要である。今後、発癌に関与する環境因子と遺伝因子の両面からの機序解明がすすむことが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、CYP2C19遺伝子多型と胆道癌発癌との関連を示したものであり、下記の結果を得ている。

1.消化器癌の各種細胞株を用いたスクリーニング解析により、CYP2C19遺伝子多型との関連が示唆されるものとして胆道癌が候補としてあげられた。

2.胆道癌65人の臨床検体を用いた解析を行ったところ、対照群566人との比較でCYP2C19遺伝子多型の構成比率に有意差を認めた。多変量解析を行うと、胆道癌群におけるEMに対するPMのオッズ比は2.74(1.29-5.87)、EMに対するIMのオッズ比は1.51(0.79-2.96)であった。この結果よりCYP2C19の代謝能が低下するにつれて胆道癌のリスクが増加することが示唆された。

3.化学発癌や他の癌種において関連が多く指摘されているCYP1A1とCYP2E1の遺伝子多型についても解析を行ったが、対照群と比較して有意差を認めなかった。

4.他癌種の代表として肝細胞癌の臨床検体を用いて同様の解析を行い比較対照したが、いずれも有意差を認めなかった。

5.手術切除検体を用いて癌部と非癌部のCYP2C19遺伝子型の比較を行ったがいずれも同一であった。また末梢血から抽出したゲノム解析の結果とも一致していた。解析対象の変異部は癌特有の体細胞変異ではなく、目的とした一塩基変異を正しく判定しているものと考えられた。

以上、本研究によってCYP2C19遺伝子多型が胆道癌発癌と関連していることが判明し、PMが胆道癌の危険因子であることが示された。胆道癌は予後不良な悪性腫瘍である。その危険因子を同定することは、予防・早期発見のうえで重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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