学位論文要旨



No 125960
著者(漢字) 太田,啓介
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ケイスケ
標題(和) 副腎における中性コレステロールエステル水解の生理的意義 : 新規同定リパーゼNceh1とホルモン感受性リパーゼ(Lipe)の役割
標題(洋)
報告番号 125960
報告番号 甲25960
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3439号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 特任准教授 後藤田,貴也
 東京大学 特任准教授 眞鍋,一郎
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

生体において副腎はステロイド産生臓器として重要な役割を担っている.ステロイドは遊離コレステロールを前駆体として各種酵素による代謝を経て合成されるが、マウスの副腎において遊離コレステロールの供給は主に3つの経路でなされる.

1)細胞外からのscavenger receptor class B type 1(SR-B1, gene symbol Scarb1)受容体を介したコレステロールエステルの選択的取り込みならびに細胞内代謝

2)細胞内de novo合成

3)細胞内に蓄積されたコレステロールエステルの水解による遊離コレステロールの供給

マウスの血液ではLDLよりもHDLが豊富であり、副腎におけるコレステロールエステルの大部分がSR-BI受容体を介してHDLより取り込まれる事が知られている.

Hormone-sensitive lipase(HSL, gene symbol Lipe)は細胞内に存在する中性リパーゼであり、脂肪細胞、精巣、肝臓、副腎など様々な組織で発現し、コレステロールエステルから遊離コレステロールを分離する酵素活性を持ち、副腎におけるステロイド合成に関与している事が示されている.

Lipe遺伝子欠損マウスを用いた副腎での解析において副腎内コレステロールエステルの著明な増加を認め、さらにコレステロールエステルの水解活性のほとんどをLipeが担っているとする報告がなされている.

最近我々の研究室においてバイオインフォマティクスの手法を用いて新規リパーゼであるneutral cholesterol ester hydrolase 1 (Nceh1)を同定し、Nceh1とLipeの遺伝子欠損マウスを作成する事により、マクロファージにおいてこれらが重要なコレステロールエステル水解酵素であることを示した.Nceh1は脳、腎臓、心臓ならびに副腎でも発現が認められる.

今回我々はNceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスを用いて副腎における中性コレステロールエステル水解酵素であるNceh1とLipeの生理的意義について検討した.

結果

まず副腎重量の測定ではNceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウス、Nceh1/Lipe遺伝子欠損マウスの順に重量の増加を認めた(Nceh1遺伝子欠損マウスで1.10倍、p<0.05、Lipe遺伝子欠損マウスで1.26倍、p<0.01、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスで1.62倍、p<0.01).

次に蛍光法にてコレステロールエステルを測定した.その結果Nceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe遺伝子欠損マウスにおいてコレステロールエステルの増加を認めた(Nceh1遺伝子欠損マウスで1.32倍、p<0.05、Lipe遺伝子欠損マウスで2.84倍、p<0.01、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスで3.63倍、p<0.01).続いてHoechst 33258によりDNA含量を蛍光法で測定した結果、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいてのみDNA含量の増加を認めた(1.26倍、p<0.05).

さらに中性コレステロールエステルの水解活性を測定した.

まず副腎の全細胞溶解液ではLipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて著明な水解活性の低下を認めた(Lipe遺伝子欠損マウスで0.11倍、p<0.01、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスで0.08倍、p<0.01).

またLipeとNceh1は細胞内における局在が異なることから、副腎の蛋白を細胞質分画とマイクロソーム分画に分け中性コレステロールエステルの水解活性を測定した.

細胞質分画においては全細胞溶解液と同様の傾向を認めた(Lipe遺伝子欠損マウスで0.16倍、p<0.01、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスで0.10倍、p<0.01).一方マイクロソーム分画ではLipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて更なる水解活性の低下を認め、後者でより顕著であった(Lipe遺伝子欠損マウスで0.13倍、p<0.01、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスで0.04倍、p<0.01).

さらにコルチコステロン分泌への影響をACTH負荷試験にて確認したが、コルチコステロンの基礎値、ACTH負荷後の値ならびに負荷後の値から基礎値を引いた差のいずれにおいても有意な差を認めなかった.

また細胞増殖への関与を調べるため、血清ACTHの測定を行ったが、いずれにおいても有意な差を認めなかった.

そしてヘマトキシリンーエオジン染色を行った.Lipe遺伝子欠損マウスでは束状層において脂肪滴の増加ならびに細胞の肥大を認め、X-zoneにおいてはsyncytial lipoid structure(SLS)と呼ばれる変性細胞も存在していた.更にNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスでは上記と同様の組織学的変化が更に顕著に認められた.

また抗Nceh1抗体を用いて免疫組織染色を行った結果、野生型マウスで主に皮質の束状層と思われる部位が染色された.さらに副腎の細胞増殖を確認する目的で抗Ki67抗体を用いて免疫組織染色を行ったが、いずれの群においても皮質、髄質ともに有意な陽性細胞の増加を認めなかった.

副腎におけるコレステロール代謝ならびにステロイド合成系に関与するとされる遺伝子を中心にノーザンブロットを行った.野生型マウスにくらべLipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいてAbca1の発現の低下(0.71倍、0.74倍)ならびにHmgcs1の発現の増加を認めた(2.96倍、3.26倍).そして組織学的検討にて皮質のX-zoneに変性細胞も認めた事から、マクロファージの浸潤を確認する目的にCd68の発現を確認した.その結果Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいてCd68の発現の著明な上昇(5.53倍、8.17倍)を認めた.

上記にて発現に変化を認めたHmgcs1、Abca1ならびにCd68に加えHmgcrの発現をQuantitative real-time PCRを用いて確認した.

その結果Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいてHmgcs1の発現の上昇(1.77倍、1.76倍)、Hmgcrの発現の上昇(1.92倍、1.59倍)、Abca1の発現の低下(0.72倍、0.61倍)ならびにCd68の発現の著明な上昇(5.00倍、7.23倍)を認めた.

考察

今回の研究ではNceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて重量の増加が認められ、特に後二者において著明であった.Lipeの副腎での寄与に関する既報において、組織学的な検討は散見されるが副腎の大きさについて記載されたものはなく、これが初めての報告であると考えられる.

またLipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて、副腎コレステロールエステルの蓄積の増加ならびに中性コレステロールエステル水解活性の著明な低下を認め、いずれも後者でより顕著な差を認めた.既報では副腎内コレステロールエステル水解に関してはLipeがほとんどその役割を担っているとする報告があるが、Nceh1もコレステロールエステルの水解に関し少なからず寄与している可能性が示された.

さらに副腎細胞内コレステロールエステル水解活性の低下によりステロイド合成に影響が出る可能性を考えACTH負荷試験を行ったが、コルチコステロン分泌に明らかな差を認めなかった.既報ではLipe遺伝子欠損マウスにてACTH負荷後にコルチコステロン分泌の低下を認めたとする報告と変わらないとする報告がある.副腎へのコレステロールの供給はSR-B1受容体を介した経路が最も重要である事から、ステロイド合成に対する細胞内コレステロールエステル水解の寄与の程度はそれほど大きくない可能性も考えられた.

そしてヘマトキシリンーエオジン染色による組織学的検討では皮質の束状層を中心に細胞内の脂肪滴の蓄積ならびに細胞肥大を認めた.抗Nceh1抗体を用いた免疫組織染色で皮質の束状層が染色されたが、既報ではLipeは主に皮質、それも束状層に存在しているとされており、Nceh1とLipeは協調して主に皮質の束状層にてコレステロールエステルの水解に寄与している可能性が示唆された.

Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて、de novoコレステロール合成酵素であるHmgcs1の発現上昇ならびにコレステロール細胞外排出に関与するAbca1の発現の低下がNorthern blotならびにRT-PCRにおいて示された.その他の細胞内コレステロールの取り込みやステロイド合成に関与する遺伝子の発現に差を認めなかった事から、細胞内コレステロールエステルの水解により供給されるコレステロールが、細胞内コレステロールホメオスターシス維持に重要である可能性が示唆された.

今回我々は副腎におけるコレステロールエステル水解酵素であるLipeならびにNceh1の副腎における役割を検討した.その結果副腎におけるコレステロールエステルの水解に関してはLipeが主要な役割を担っているが、Nceh1もLipeとともに作用する事で副腎内コレステロール代謝に重要な働きを有しているものと考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は以前より中性コレステロールエステル水解酵素であるLipeならびに最近新規に同定された中性コレステロールエステル水解酵素であるNceh1の副腎における役割を明らかにするため、Nceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスの副腎を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている.

1. まず副腎重量の測定ではNceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウス、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスの順に重量の増加を認めた.

次に副腎あたりのコレステロールエステルを測定した.その結果Nceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe遺伝子欠損マウスにおいてコレステロールエステルの増加を認め、特に後2者で顕著であった.続いてDNA含量を蛍光法で測定した結果、Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいてのみわずかにDNA含量の増加を認めた.

以上より副腎の腫大ならびに重量の増加には細胞内コレステロールエステルの増加の関与が大きく、Nceh1/Lipe遺伝子欠損マウスにおいてのみ細胞増殖の関与が示された.

2. 副腎の全細胞溶解液、細胞質分画ならびにマイクロソーム分画の蛋白を用いた中性コレステロールエステルの水解活性測定ではいずれもLipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて著明な水解活性の低下を認めた.その中でマイクロソーム分画ではLipe遺伝子欠損マウスにくらべNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて更なる水解活性の低下を認めた.この結果副腎のコレステロールエステル水解活性はLipeが最も重要な役割を担っているが、Nceh1の関与も少なくない事が示された.

3. コルチコステロン分泌への影響を確認する目的にてACTH負荷試験を施行したが、コルチコステロンの値に有意な差を認めず、機能的に明らかな関与は示されなかった.

4. ヘマトキシリンーエオジン染色ではLipe遺伝子欠損マウスにおいて束状層にて脂肪滴の増加ならびに細胞の肥大、X-zoneにおいてsyncytial lipoid structureと呼ばれる変性細胞も存在していた.その上Nceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスでは上記と同様の組織学的変化が更に顕著に認められた.また抗Nceh1抗体を用いた免疫組織染色では野生型マウスで主に皮質の束状層と思われる部位が染色された. Lipeは皮質の顆粒層と束状層に存在するとの報告があり、Nceh1と協調して主に束状層にてコレステロールエステルの水解に関与している可能性が示された.

5. Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて、de novoコレステロール合成酵素であるHmgcs1の発現上昇ならびにコレステロール細胞外排出に関与するAbca1の発現の低下がNorthern blotならびにRT-PCRにおいて示された.その他の細胞内コレステロールの取り込みやステロイド合成に関与する遺伝子の発現に差を認めなかった事から、細胞内コレステロールエステルの水解により供給されるコレステロールが、細胞内コレステロールホメオスターシス維持に重要である可能性が示唆された.

さらにLipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいてCd68の発現が著明に増加している事から、副腎へのマクロファージの浸潤が示唆された.

6.Nceh1が心臓にも発現しており心臓のヘマトキシリンーエオジン染色を行った.その結果Nceh1遺伝子欠損マウス、Lipe遺伝子欠損マウスならびにNceh1/Lipe二重遺伝子欠損マウスにおいて心筋細胞の白色調の変化があり今後の検討が必要であると考えられた.

以上、本論文は副腎における中性コレステロールエステル水解酵素であるNceh1ならびにLipeを欠損させたマウスを用いて、LipeならびにNceh1の副腎における役割を検討した.その結果副腎におけるコレステロールエステルの水解に関してはLipeが主要な役割を担っているが、Nceh1もLipeとともに作用する事で副腎内コレステロール代謝に重要な働きを果たしている事を明らかにした.本研究はこれまで未知であった副腎細胞におけるコレステロールエステル水解酵素の役割ならびにコレステロール代謝の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる.

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