学位論文要旨



No 125961
著者(漢字) 小栗,淳
著者(英字)
著者(カナ) オグリ,アツシ
標題(和) マウス脂肪細胞における電位依存性カルシウムチャネルの役割に関する研究
標題(洋) Roles of Voltage-Gated Calcium Channels in Mouse Preadipocytes
報告番号 125961
報告番号 甲25961
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3440号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 准教授 岩崎,真一
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 特任准教授 山内,敏正
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
内容要旨 要旨を表示する

肥満形成のメカニズムを、脂肪細胞からとらえると、脂肪細胞が肥大することであり、その数を増すことである。脂肪前駆細胞が主に増殖し、脂肪細胞へ分化して、脂肪細胞の数が増加する。一方で、細胞増殖に対して、イオンチャネルが重要な役割を持つことがわかっている。電位依存性カルシウムチャネル (CaV) は、さまざまな細胞に遍在しており、細胞増殖を含めた様々な重要な役割を担っている。CaV はその薬理学的性質や電気生理学的性質により、T 型、L型、N 型、P/Q 型、R 型に分類される。CaV は α1, α2, β、δ、γ の 5つのサブユニットから成り、α1 サブユニットが中心機能を担うが、α1 サブユニットは、α1A-I および α1S の10種類が同定されている。最近、マウスにおいて、選択的 T 型 CaV ブロッカー投与により、高脂肪食による体重増加を抑制するという報告がなされ、CaV は肥満治療の標的となりうることが示唆された。しかし、脂肪細胞における CaV に関しては、これまでに詳細な報告がなされていない。本研究は、材料として脂肪前駆細胞のセルラインである 3T3-L1 細胞、生後2-4日のマウス皮下組織から単離した脂肪前駆細胞の初代培養細胞を用い、パッチクランプ法、リバース・トランスクリプターゼ-ポリメラーゼ・チェイン・リアクション (RT-PCR) 法、免疫染色法、細胞増殖アッセイ、フローサイトメトリー法などで、マウス脂肪前駆細胞における CaV の薬理学的および分子生物学的特徴を検討した。

パッチクランプを用いた検討では、3T3-L1 細胞において、細胞を-100mV に保持し、400msec で種々の脱分極パルスを与えると、速い内向き電流が観察された。細胞外液のNa+ を膜非透過性陽イオンのNMDG+ に置換したが、速い内向き電流は影響をうけなかった。また、ナトリウムチャネル (NaV) ブロッカーであるテトラドトキシン(TTX) 10μM、L型CaVブロッカーであるニカルジピン 1μMでは、抑制されなかったが、T型CaVブロッカーであるミベフラジル 30μM を外液に投与すると、ほぼ完全に抑制された。細胞外10mMカルシウムを 10mM バリウムに完全に置換すると、内向き電流はやや減少した。加えて、Bay K 8644 でこの電流は増強されなかった。これらのことから、この3T3-L1 に発現する内向き電流には、閾値の高いL型 CaV や、NaV は関与しておらず、非L型CaV の関与が示唆された。次に、膜電位固定法で 3T3-L1 の膜電流を測定した。同じ細胞で、-40mV と -100mV に固定し、100ms の脱分極パルスを与えた。-40mVの固定では、内向き電流は誘発されなかったが、-100mV に固定した時、-50mV より脱分極側で、一過性の内向き電流が誘発された。一過性内向き電流は約 -20mVでピークとなった。+50~+60mV で電流はゼロとなった。リーク電流をサブトラクトし内向き電流のピークを測定して得られた電流電圧関係をかくと、膜電位のステップ状変化に伴って、過渡的な電流(テール電流)が観察され、電位依存性チャネルであることが示唆された。この 3T3-L1 に発現する電位依存性 Ca2+ チャネル電流(ICa)の活性化ならびに不活性化曲線をボルツマン方程式でプロットしたところ、単一の指数でプロットされ、不活性化のVh= -51mV, k=8.4mV、 活性化のVh= -30mV, k=7.3 であった(n=5)。

次に、種々の CaVブロッカーが、3T3-L1 細胞における ICa に与える影響を調べた。3T3-L1細胞を -100mV に保持し、種々の脱分極パルスを 400msec 間隔で +0mV まで与え、T型 CaVブロッカーであるミベフラジルとニッケル(Ni2+)によるICa 電流に対する効果を検討した(n=5)。電流のピークの抑制効果を種々の濃度についてプロットした。データは平均±標準偏差(n=5) で示され、ミカエリスメンテン式 %抑制率=100/{1+(IC50 [mibefradil or Ni2+]-1)} でフィットした。IC50 (50% 抑制濃度) はミベフラジルで 3μM、Ni2+ で 200μM であった。他、各タイプ CaV ブロッカー、ミベフラジル 10μM、NNC55-0396 10μM(T型CaVブロッカー)、SNX-482 100nM (R型CaVブロッカー)、ω-agatoxin IVA 100nM(P型CaVブロッカー)、ω-conotoxin GVIA 500nM(N型CaVブロッカー)、ニカルジピン 10μM(L 型CaVブロッカー)による %抑制率を調べたところ、T型CaVブロッカーであるミベフラジルと NNC55-0396 の2つが有意に ICa を抑制した。これらのことから、脂肪前駆細胞には T型CaV が発現していることが示唆された。また、Ni2+ に対する感受性から、T型 CaV の中でもα1G サブユニットで構成される T型CaV が発現していることが推測された。

次に分子学的検討を行った。3T3-L1 細胞の total RNA を用いた RT-PCR 法で 3T3-L1 細胞に発現する CaV の種類を遺伝子分析した。α1A(CaV2.1)、α1B(CaV2.2)、α1C(CaV1.2)、α1E(CaV2.3)、α1G(CaV3.1)、α1H(CaV3.2) の発現が認められた。さらに、3T3-L1細胞とマウス単離脂肪前駆細胞に発現するCaV遺伝子量を、Real-time RT-PCR 法で定量した。両者において、CaVを主にコードしているのは α1G であった。さらに抗CaV3.1 抗体の免疫細胞染色により染色され、ウエスタンブロットにより CaV3.1 蛋白が確認された。これらはRT-PCR の結果を支持し、マウス脂肪前駆細胞において主に CaV3.1 が ICa を形成していると考えられた。

続いて、脂肪前駆細胞から脂肪細胞に分化すると、CaV はどのように変化するか検討した。3T3-L1細胞、マウス単離脂肪前駆細胞から分化を誘導すると、オイルレッドO染色で細胞内の脂肪滴を観察できる脂肪細胞が得られた。3T3-L1 細胞と、3T3-L1 を分化させた脂肪細胞、また、マウス単離脂肪前駆細胞と、そこから分化した脂肪細胞において、α1G、脂肪細胞のマーカー遺伝子である adipose protein 2 (aP2)、脂肪前駆細胞のマーカー遺伝子である Pref-1 の mRNA 発現量を Real-time RT-PCR 法で比較すると、aP2 mRNA の発現量は、いずれの分化した脂肪細胞において顕著に増加、Pref-1 mRNA の発現量は減少した。さらに、α1G mRNA の発現量は、分化後に有意に減少した。ウエスタンブロットにおいても、分化した脂肪細胞における CaV3.1 蛋白量は、脂肪前駆細胞のものに比べて、有意に減少していた。抗 CaV3.1 抗体の免疫細胞染色においても、分化した脂肪細胞においては、脂肪前駆細胞に比べて、弱い染色となった。以上より、分化によって、CaV3.1 の発現は少なくなり、CaV3.1は特に前駆細胞において、生理的機能を有していることが示唆された。

α1A(CaV2.1)、α1G(CaV3.1)、α1H(CaV3.2) について、様々なマウス白色脂肪組織における mRNA 発現量を調べた。チャールズリバー社の C57BL/6J マウス、肥満モデル ob/ob マウス、ヘテロ ob/+ マウスから単離した脂肪前駆細胞における α1G の発現を調べると、いずれの白色脂肪組織においても、3T3-L1 細胞に比べて、α1G の発現は有意に少なかった。脂肪細胞の種類にかかわらず、分化後は CaV3.1 の発現は減り、その役割が小さくなっていることが推測された。

siRNA で α1G を抑制した時の影響について調べた。α1G に対する siRNA を導入し、real time RT-PCR 法で α1G mRNA の発現を調べると著明に減少しており、ウエスタンブロットでは CaV3.1 蛋白量も減少していた。α1G に対する siRNA を導入した細胞を用い、ホールセルパッチクランプ法で ICa を調べたところ、コントロールに比べて、有意に ICa の減少がみられた。

細胞増殖アッセイにより、種々の CaV ブロッカーが、3T3-L1 細胞の増殖に与える影響を調べた。T型CaVブロッカーであるミベフラジルとNNC55-0396 は濃度依存的に細胞増殖を抑制した。一方で、L型CaVブロッカーであるジルチアゼム、ニカルジピンの抑制効果は少なかった。さらに、NNC55-0396 とジルチアゼムがセルサイクルに与える影響をフローサイトメトリーで調べた。NNC55-0936 10μM に暴露して培養した 3T3-L1 細胞は、S 期と G2/M 期の割合が小さく、G0/G1 から S, G2/M 期への移行が抑制されていることが示された。ジルチアゼムでは、コントロールの細胞と同様の細胞分裂が観察された。さらに、α1G に対する siRNA の処理が 3T3-L1 の細胞増殖に与える影響についての検討でも、α1G の抑制により、G2/M 期の割合が少なく、G0/G1 から S, G2/M 期への移行が抑制されていることが示された。

これらの実験結果から、(1) マウス脂肪前駆細胞 3T3-L1 セルラインにおいて、α1G でコードされる T型CaV (CaV3.1)が優位に発現していること、(2) マウス組織から単離した脂肪前駆細胞においても、CaV3.1 が優位に発現していること、(3) 脂肪前駆細胞から脂肪細胞に分化すると、CaV3.1 発現レベルは低下し、同様にマウス肥満モデルから単離した脂肪細胞においても、CaV3.1 発現レベルは低かったこと、(4) T型CaVブロッカーであるミベフラジル、NNC55-0396は脂肪前駆細胞の増殖を抑制し、α1G に対する siRNA の導入によっても同様に細胞増殖の抑制がみられたこと、が示された。以上より、マウス脂肪前駆細胞においては、α1G でコードされる T型CaV3.1 が、前駆細胞の増殖に重要な役割を演じていることが判明した。

本研究から、さまざまな生活習慣病の原因となる肥満形成の抑制に、T型CaVブロッカーが治療の新しい標的になりうることも示唆された。ただし、臨床的応用には、さらなる検討が必要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は培養マウス脂肪前駆細胞における電位依存性カルシウムチャネル (CaV) の電気生理学的および分子生物学的特徴を明らかにすることを目的として行われ、下記の結果を得ている。

1. パッチクランプを用いた検討で、マウス脂肪前駆細胞セルライン 3T3-L1 細胞において、細胞を-100mV に保持し種々の脱分極パルスを与えると、速い内向き電流が観察された。この電流の電気生理学的特徴や、各種カルシウムブロッカーに対する反応から、T型 CaVが発現していることが示唆された。

2. RT-PCR 法により CaV チャネル遺伝子の発現について検討を行い、T型 CaV の中でも、α1G でコードされる T型CaV (CaV3.1) が優位に発現していることを示した。免疫組織化学法でも同様の結果を示した。

3. マウス組織から単離した脂肪前駆細胞においても、CaV3.1 が優位に発現していることを示した。

4. 脂肪前駆細胞から脂肪細胞に分化すると、CaV3.1 発現レベルは低下し、同様にマウス肥満モデルから単離した脂肪細胞においても、CaV3.1 発現レベルが低いことを示した。

5. 細胞増殖の検討から、T型CaVブロッカーであるミベフラジル、NNC55-0396は、脂肪前駆細胞の増殖を抑制し、α1G に対する siRNA の導入によっても同様に細胞増殖の抑制がみられたことが示された。

6. セルサイクルの検討から、T型CaV ブロッカーや α1G に対する siRNA で処理された細胞は、細胞周期 G0/G1 期に留まっており、細胞増殖が抑制されていることが判明した。

以上、本論文は、マウス脂肪前駆細胞には、α1G でコードされる T型 CaV3.1 が存在することを RT-PCR 法および定量RT-PCR 法、免疫染色法によって明らかにし、培養マウス脂肪前駆細胞に存在する ICa は、これら CaV 3.1 によって構成されていることを電気生理学的・薬理学的分析によって明らかにしたものである。さらに、この CaV の生理学的役割は、脂肪前駆細胞の増殖に重要な役割を果たしていることが判明した。これまで脂肪前駆細胞における CaV に関しては、これまでに詳細な報告がなされておらず、本研究は、マウス脂肪前駆細胞における CaV3.1 の存在と細胞増殖に対する関与を始めて直接的に証明したものであるといえる。本研究から、さまざまな生活習慣病の原因となる肥満形成の抑制に、T型CaVブロッカーが治療の新しい標的になりうることも示唆される。肥満の病態の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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