学位論文要旨



No 125962
著者(漢字) 後藤,修
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,オサム
標題(和) 早期胃癌に対する内視鏡的粘膜下層剥離術の長期予後と術後出血に関する遡及的検討
標題(洋)
報告番号 125962
報告番号 甲25962
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3441号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 准教授 野村,幸世
内容要旨 要旨を表示する

[背景・目的]

1990年代後半、早期胃癌に対する局所切除法として内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic Submucosal Dissection; ESD)という治療法が開発された。高周波ナイフを用いて病変周囲の粘膜を切開し粘膜下層を剥離しながら病変を切離するESDは、病変の大きさや部位にかかわらず任意に切除範囲を設定することおよび高い一括切除率を得ることを可能としたため、従来法である高周波スネアを用いて病変を切除する内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic Mucosal Resection; EMR)に比し高い根治性を得ることができると期待されている。ESDの開発により内視鏡治療の対象病変が統計学的にリンパ節転移陰性と考えられる早期胃癌へと拡大し、技術的な有効性が証明されつつある一方で、現時点では長期予後を含めた十分な有効性および安全性が十分に実証されていない。そこで、一括切除率、偶発症などを中心とした短期治療成績を解析すること、また早期胃癌に対するESDの長期予後を遡及的に解析することを目的として本研究を立案した。また、約5%前後の頻度で発生するとされている術後出血に対する検討も未だ十分でなく、予防策として慣習的に術後second-look内視鏡を施行しているのが現状である。そこで、術後出血に関する要因分析を行うとともに、second-look内視鏡を施行することが術後出血の頻度を低下させることができるか否かについて遡及的解析を行い、適切な術後管理の方法について検討を試みた。

[方法]

短期成績に関して、2000年1月から2007年3月までにESDを施行したリンパ節転移陰性と考えられる分化型早期胃癌276病変231症例における一括切除率、完全一括切除率、術後出血率、穿孔率を解析した。さらに、対象病変を(1)潰瘍所見を伴わない脈管侵襲陰性粘膜癌(M-UL[-]群)、(2)潰瘍所見を伴う3cm以下の脈管侵襲陰性粘膜癌(M-UL[+]群)、(3)潰瘍所見を伴わない粘膜筋板下500μmまでに留まる3cm以下の脈管侵襲陰性粘膜下層浸潤癌(SM1群)に分類し、3群間の比較を行った

長期成績に関して、術後1年以上を経て内視鏡によるフォローが最低1回行われたもしくは術後1年以内に遺残再発を指摘された212病変における遺残再発率を、また、術後1年以上生存が確認されたもしくは術後1年以内に死亡が確認された208症例における全生存率および疾患特異的生存率を解析し、さらに短期成績の解析で分類した3群間で比較検討を行った。

術後出血の検討に関して、2003年12月から2008年11月までにESDを施行した454病変(早期胃癌386病変、胃腺腫68病変)を対象とし、術後出血の因子分析を行うとともに、術後日数と術後出血率との関係を解析した。さらに、術後24時間以降に出血をきたした症例をsecond-look内視鏡以前に出血を認めた群(second-look前出血群)とそれ以降に出血を認めた群(second-look後出血群)に分類し、second-look内視鏡検査の必要性について検討した。

[結果]

短期成績に関して、一括切除率96.7%、完全一括切除率91.7%、術後出血率5.1%、穿孔率4.0%であった。検討項目の全てにおいて3群間で有意差を認めなかった。

長期成績において、観察期間中央値36か月(2-93か月)における遺残再発率は0.9%であった。また、観察期間中央値38か月(6-97か月)において3年/5年全生存率96.2%/96.2%、3年/5年疾患特異的生存率100%/100%であった。

術後出血は454病変中26病変に認めた(5.7%)。全て術後14日以内に発生し、中央値2日、平均値4.1日、最頻値0日であった。単変量解析において肉眼型(0-IIbもしくは0-IIc)のみが有意に術後出血に影響する因子であった。術後24時間以内の出血7病変を除く19病変のうち、second-look前出血群は8病変、second-look後出血群は11病変であった。累積最大出血率はそれぞれsecond-look前出血群で2.8%、second-look後出血群で2.5%であった。

[結論]

短期成績、予後ともに結果が良好であったことから、胃温存療法としてのESDはリンパ節転移陰性分化型早期胃癌に対する根治的治療法として外科手術にとってかわる画期的な治療法であると考えられた。また、術後出血の観点から見た術後管理の方法として、術後5日程度の入院加療、術後2週間の抗潰瘍治療の妥当性を示した。一方で、second-look内視鏡前後で術後出血率に明らかな差を認めなかったことから、術後出血予防としてのsecond-look内視鏡の意義について再考の余地があると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は早期胃癌に対する局所治療法としての内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection: ESD)の有用性を明らかにするため、リンパ節転移陰性と考えられる分化型早期胃癌に対するESDの短期治療成績および長期予後について遡及的解析を行った。また、主な偶発症の一つと考えられる術後出血に関する遡及的解析を行い、適切な術後管理について検討を試みた。下記の結果を得ている。

1. 短期成績に関して、一括切除率96.7%、完全一括切除率91.7%、術後出血率5.1%、穿孔率4.0%であった。

2. リンパ節転移陰性と考えられる分化型早期胃癌を(1)潰瘍所見を伴わない脈管侵襲陰性粘膜癌(M-UL[-]群)、(2)潰瘍所見を伴う3cm以下の脈管侵襲陰性粘膜癌(M-UL[+]群)、(3)潰瘍所見を伴わない粘膜筋板下500μmまでに留まる3cm以下の脈管侵襲陰性粘膜下層浸潤癌(SM1群)に分類したところ、短期成績の検討項目の全てにおいて3群間で有意差を認めなかった。

3. 長期成績において、観察期間中央値36か月(2-93か月)における遺残再発率は0.9%であった。また、観察期間中央値38か月(6-97か月)において3年/5年全生存率96.2%/96.2%、3年/5年疾患特異的生存率100%/100%であった。上記3群間で全生存率に有意差を認めなかった。

4. 術後出血は454病変中26病変に認めた(5.7%)。単変量解析において肉眼型(0-IIbもしくは0-IIc)のみが有意に術後出血に影響する因子であった。

5. 術後24時間以内の出血7病変を除く19病変のうち、second-look前出血群は8病変、second-look後出血群は11病変であった。累積最大出血率はそれぞれsecond-look前出血群で2.8%、second-look後出血群で2.5%であった。

以上、本論文は胃温存療法としてのESDがリンパ節転移陰性分化型早期胃癌に対する根治的治療法として外科手術にとってかわる画期的な治療法であることを明らかにした。また、術後出血の観点から見た適切な術後管理の方法、そしてsecond-look内視鏡の意義についての再考の余地を示した。本研究は早期胃癌に対するESDのさらなる発展に寄与すると考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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