学位論文要旨



No 125964
著者(漢字) 高良,洋平
著者(英字)
著者(カナ) タカラ,ヨウヘイ
標題(和) ポドサイト障害におけるアルドステロン-TRPC6-カルシウムシグナルの関与
標題(洋)
報告番号 125964
報告番号 甲25964
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3443号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 花房,規男
 東京大学 講師 西松,寛明
内容要旨 要旨を表示する

近年,糖尿病や高齢化人口の増加を背景に透析人口が増加しており,医療費を含めて社会問題になっている。さらに,腎機能障害は透析療法にいたる前の段階から心血管疾患の高リスクとなることがわかり,その早期発見・治療の重要性が唱えられるようになっている。腎機能障害進行の共通機転として,糸球体高血圧に続いて起こるポドサイト障害と,それに伴う蛋白尿が重要であると認識されるようになってきた。ポドサイト障害を生じる因子として,機械的刺激(stretch,flow),レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系(RAAS)の亢進,酸化ストレス増大などが挙げられているが,その機序は明らかではない。近年,アンギオテンシンII阻害薬を含めた従来治療に対する,抗アルドステロン薬の相加的な抗蛋白尿効果がメタ解析で示され,腎保護効果が期待されるとともに,アルドステロンのポドサイト障害作用が注目されている。また,最近,家族性ネフローゼ症候群の原因遺伝子として,カルシウムチャネルの一つである,TRPC6が同定され,Ca2+シグナル変化がポドサイト障害に重要な役割を果たしている可能性が推測されるようになってきている。これまでアルドステロンによるポドサイト障害とTRPC6を介したCa2+シグナルとの関連を検討した報告は無いため,本研究では「アルドステロンがTRPC6からのCa2+シグナルを増強して,ポドサイト障害を引き起こし,早期から腎障害に関わっている」という仮説を立てて動物実験(ラット)と細胞実験(培養ポドサイト)で検証した。

動物実験では,3週齢のオスSprague-Dawley(SD)ラットに片腎摘を施し高食塩を負荷して,糸球体高血圧から糸球体硬化へいたるモデルを作成し,ポドサイト障害の有無とTRPC6,血圧・蛋白尿の変化を検討した。また抗アルドステロン薬であるeplerenone,血管拡張薬のhydralazine投与の効果を比較検討した。偽手術をして普通食を与えたオスSDラットを対照とした。ポドサイト障害を,組織所見とdesmin染色で評価し,ポドサイト関連分子の発現変化を糸球体分画でreal-time reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)法とウェスタンブロット法を用いて評価した。さらに,尿中酸化ストレスマーカー測定により酸化ストレス産生の変化を評価した。細胞実験では,TRPC6からのCa2+流入を刺激する1-oleoyl-2-acetyl-sn-glycerol (OAG)を用いて,アルドステロンによるCa2+シグナルの変化と,TRPC6蛋白発現・局在変化を検討した。また酸化ストレスの関与を調べるために,過酸化水素投与によるCa2+シグナルの変化と,局在変化を検討した。さらにTRPC6蛋白発現増加の影響をTRPC6-GFPを過剰発現させた細胞で検討した。そしてジヒドロエチジウム染色でアルドステロンによる酸化ストレス産生の有無を検討した。

片腎摘高食塩負荷ラットの血圧は負荷2週目より対照ラットに比較して有意に高値を示し(108.8±3.4mmHg vs. 130.6±4.1mmHg,P<0.001),4週目には高食塩負荷ラットが208.4±8.0mmHg,対照ラットが117.3±3.4mmHgであった(P<0.001)。蛋白尿は,まだ血圧の上昇していない負荷1週目よりすでに,対照ラットに比較して有意に増加しており(0.35±0.10mg/day vs. 2.90±0.44mg/day,P<0.001),4週目まで有意に高値であった(11.96±0.63mg/day vs. 173.5±58.3mg/day,P<0.001)。Eplerenone投与ラットは,4週目の血圧は高食塩負荷ラットより有意に低く,対照ラットより有意に高かったが(150.2±2.3mmHg,P<0.05),蛋白尿は終始抑制され,対照ラットと差を認めなった。Hydralazine投与ラットの血圧は高食塩負荷ラットに比較してeplerenone投与ラットと同等に抑制されたが(144.8±4.3mmHg,P<0.05),4週を通して蛋白尿の抑制は認めず,eplerenoneの降圧効果と独立した抗蛋白尿効果が示唆された。

片腎摘高食塩負荷ラットの腎組織は負荷1週目に最も強く細胞増殖性変化,ポドサイト足突起の融合,内皮細胞のfenestrationの消失を認め,4週目には巣状分節性の糸球体硬化(FSGS)所見を呈した。Desmin染色の程度は高食塩負荷ラットで対照ラットに比べ有意に強く(P<0.001),ポドサイト関連分子であるpodocin,VEGF-Aの発現は有意に低下していた(P<0.05)。高食塩負荷ラットのTRPC6は対照ラットに比べ有意に亢進していた(P<0.05)。Eplerenone投与ラットでは,これらの変化は全て抑制されていた。

尿中酸化ストレスマーカーである,8-iso-PGF2αは高食塩負荷ラットで対照ラットに比べ有意に高く(1507±118.2pg/day vs. 3055±292.7pg/day,P<0.01),8-OHdGは対照ラットとは有意差を認めなかったがeplerenone投与ラットに比較して有意に高値であった(151.0±9.54pg/day vs. 440.8±69.6pg/day,P<0.01)。

培養ポドサイトでは,アルドステロンの投与により,OAGによるCa2+流入が用量依存性に有意に増強し(P<0.05, 0.01),eplerenoneと抗酸化薬であるtempolの投与により各々コントロールレベルに復した。TRPC6の蛋白発現は,アルドステロン投与により有意に亢進し(P<0.05),eplerenoneにより抑制された。また,過酸化水素の投与で用量依存性にOAGによるCa2+流入の有意な増強を認めた(P<0.05, 0.01)。

TRPC6を過剰発現させた細胞ではOAGによるCa2+流入の増強は認めなかったが,過酸化水素を投与した場合の増強反応に関しては,TRPC6の過剰発現により更に有意な上昇を認め(P<0.05),TRPC6の発現増加がOAGによるCa2+流入の増強に結びつくためには酸化ストレスが必要であることが示唆された。

TRPC6-GFPを遺伝子導入した細胞のイメージングでは,過酸化水素投与によりTRPC6の細胞内局在がダイナミックに変化する様子が観察された。アルドステロン投与および過酸化水素の投与により膜画分のTRPC6の発現が亢進し,アルドステロンによる膜画分TRPC6の増加はeplerenoneとtempolにより抑制された。

アルドステロン投与により用量依存性に酸化ストレスの産生が有意に上昇し(P<0.01),eplerenoneまたはtempolにより抑制された。

以上の結果より,アルドステロンは腎障害早期からTRPC6の発現を亢進させるとともに,酸化ストレス産生を介したTRPC6の膜移行を促進することで,相加的にポドサイトへのCa2+流入を増強して細胞障害を引き起こし,糸球体硬化形成に関与している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

TRPC6は家族性巣状分節性糸球体硬化症の原因遺伝子として同定されたCa2+チャネルである。Ca2+シグナルが増強する機能亢進異常が糸球体上皮細胞(ポドサイト)障害を惹起すると考えられている。また近年,抗アルドステロン薬による蛋白尿抑制効果からアルドステロンによるポドサイト障害が推測されているがその機序は明らかではない。

本研究は原疾患に関わらず腎機能障害進展に重要な役割を演じていると考えられるポドサイト障害にアルドステロンが与える影響を,TRPC6を介したCa2+シグナル変化の観点から検討したものであり,下記の結果を得ている。

1. 腎摘高食塩負荷ラットにおいて,血圧上昇と蛋白尿の増加を認め,hydralazineによる降圧は蛋白尿を抑制しなかったが,抗アルドステロン薬eplerenoneによる同等の降圧は蛋白尿を抑制した。

2. 食塩負荷後早期からポドサイト障害が存在し,TRPC6の発現が亢進していること,尿中酸化ストレスマーカーが増加していることを明らかにした。これらはいずれもeplerenoneの投与により改善した。

3. 培養ポドサイトにおいて,Ca2+蛍光指示薬を用いて細胞内Ca2+濃度変化を検討した。TRPC6刺激薬OAGによりCa2+流入が誘発されることを確認した。アルドステロンおよびH2O2投与により,OAG誘発Ca2+流入が増強し,eplerenoneもしくは抗酸化薬tempolで抑制された。

4.アルドステロン投与によりTRPC6発現の亢進を認めた。しかしTRPC6の過剰発現は単独ではCa2+流入の増強を認めず,H2O2を投与した場合においてTRPC6の過剰発現は相加的にCa2+流入を増強することが示された。

5. イメージングによりTRPC6-GFPの細胞内局在変化を観察したところ,H2O2投与により細胞内局在がダイナミックに変化し一部辺縁に集積することが示された。

6. アルドステロン,H2O2投与により膜画分のTRPC6発現の亢進を認め,アルドステロンによる増加はeplerenone,tempolで抑制された。

7. アルドステロンにより酸化ストレスが産生されることを確認した。

以上、本論文は2次性糸球体硬化を呈するラットと培養ポドサイトを用いて,アルドステロンが腎障害早期より酸化ストレスを介してTRPC6-Ca2+シグナルを増強することを明らかにした。2次性糸球体硬化-ポドサイト障害におけるアルドステロンとTRPC6-Ca2+シグナルの関与を示した報告はこれまでにない。2次性糸球体硬化は腎障害に広く共通する病理変化であり,Ca2+シグナルは普遍的な細胞内シグナル伝達機構であることから,本研究は国民病と言えるCKDの進行機転の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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