学位論文要旨



No 125965
著者(漢字) 岡畑,純江
著者(英字)
著者(カナ) オカハタ,スミエ
標題(和) カンデサルタン、アムロジピンのインスリン感受性・血中アディポネクチン値に対する影響を探索する非盲検ランダム化比較試験
標題(洋)
報告番号 125965
報告番号 甲25965
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3444号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 准教授 吉内,一浩
 東京大学 准教授 荒川,義弘
 東京大学 准教授 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

背景

近年、栄養過剰や運動不足など食生活やライフスタイルが大きく変化したことにより、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった動脈硬化の原因となる疾患の発症及び進展が問題となっている。これらメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)と呼ばれる疾患群の原因病態は肥満、すなわち内臓脂肪の蓄積である。肥満は脂肪組織が過剰に蓄積した状態と定義され、過剰蓄積した脂肪細胞由来の種々の生理活性物質(アディポカイン)の分泌異常が、肥満に伴う生活習慣病の発症に重要な役割を担っていることが明らかにされてきた。その中でも、特にアディポネクチンは脂肪細胞特異的分泌蛋白として最も重要視されている。肥大化した脂肪細胞からは抗動脈硬化・抗インスリン抵抗性の作用を有するアディポネクチンの分泌が低下し、その結果インスリン抵抗性がおよび動脈硬化を惹起することが問題となっている。近年、さらにアディポネクチンの中でも高分子量アディポネクチン(HMW)およびHMWと総アディポネクチンの比であるHMW比(HMWR)がインスリン抵抗性の改善、抗動脈硬化作用にとって重要であることが知られるようになってきた。今回は動脈硬化性疾患の発症・進展のハイリスク者である糖尿病を合併した高血圧症患者の病態に応じた治療の科学的根拠の探索のためにHMWおよびHMWRの改善効果に着目した降圧薬の薬剤選択をARBとCCBの2剤を用いたランダム化比較試験で検討した。

対象と方法

1)対象者:東京大学医学部附属病院の糖尿病・代謝内科に定期通院中の年齢が20歳以上75歳未満の2型糖尿病あるいは空腹時血糖値110mg/dl以上の耐糖能異常を有し、外来受診時の血圧測定で収縮期血圧が140mmHg以上または拡張期血圧が90mmHg以上あり、書面で研究参加の同意を取得することが出来た24症例を対象とした。

2)試験実施期間

平成18年8月1日~平成21年6月30日

3)試験の種類・デザイン

カンデサルタンとアムロジピンを比較した非盲検・ランダム化探索的臨床試験

4)試験薬の用法・用量・投与期間

カンデサルタン群はカンデサルタン8mg、アムロジピン群はアムロジピン5mgをそれぞれ朝食後1回内服による投与を12週間行なう。

5)評価項目

(1)主要評価項目:(ア)試験終了時の(1)総アディポネクチン、(2)高分子量アディポネクチン絶対量(HMW)ならびに(3)高分子量アディポネクチンの総アディポネクチンに対する比率(HMWR)(イ)上記(1)~(3)の試験期間中の変化量を

(2)主要な解析:上記の(ア)(イ)についてカンデサルタン群とアムロジピン群とで両側t検定を行い、両群で差があるかどうか検討する。

6)統計解析

統計解析にはJMP software, version8(SAS,Cary,NC,USA)を用いた、両側t検定を行った。全ての統計解析において、P<0.05を有意差有りと判断した。

結果

24名の患者背景の内訳は男性が15名(62.5%)、平均年齢59.4±9.5才、平均身長162.6±10.0cm、平均体重69.6±18.4kg、平均BMI26.0±4.9、平均腹囲90.8±2.6(cm)、喫煙者は25%(6名)であった。平均収縮期血圧は147.8±7.6mmHgおよび平均拡張期血圧は92.4±8.7mmHg、平均心拍数は72.3±2.2回/分であった。糖代謝関連としては空腹時HbA1c6.56±0.94%、空腹時血糖値145.8±28.1mg/dL、であった。その他、脂質代謝、肝機能および腎機能関連およびアディポカン関連の総アディポでは総アディポネクチン4.20±1.36μg/mL、HMW 1.75±1.02μg/mL、MMW 1.02±0.52μg/mL、LMW 1.43±0.36μg/mL, HMWR 0.39±0.04、レプチン7.37±3.73ng/mL、レジスチン3.92±2.04ng/mLであった、HMW/resistin0.61±0.46であった。両群で差異はなかった。全患者で試験開始から終了まで重篤な副作用の発現もなく試験は支障なく終了した。

主要評価項目に関する結果

1)総アディポネクチンは両群間で統計学的有意差を認めなかった(図1)

総アディポネクチンは投与後の値がカンデサルタン群で低く(アムロジピン群:4.91±0.87μg/mL、カンデサルタン群4.35±0.80μg/mL,P=0.64)、投与前後での変化量もカンデサルタン群が小さかった(アムロジピン群:0.39±0.29μg/mL、カンデサルタン群:0.15±0.27μg/mL,P=0.54)が、いずれも両群間で統計学的有意差を認めなかった。

2)HMWの変化量はカンデサルタン群で上昇したが両群間で統計学的有意差を認めなかった((図2)

HMWは投与後の値がカンデサルタン群で高かったが統計学的有意差は認めなかった(アムロジピン群:1.82±0.57μg/dL 、カンデサルタン群:1.94±0.30μg/dL,P=0.85)。投与前後の変化量ではアムロジピン群で低下しカンデサルタン群では上昇したが(アムロジピン群:-0.17±0.24μg/mL、カンデサルタン群:+0.19±0.22μg/mL,P=0.29 )、両群比較で統計学的に有意ではなかった。

3) HMWRの変化量はカンデサルタン群で上昇したが、両群間で統計学的有意差を認めなかった(図3)

HMWRは投与後の値がカンデサルタン群で高かったが統計学的有意差は認めなかった(アムロジピン群:0.33±0.04 、 カンデサルタン群:0.41±0.04,P=0.19)。投与前後の変化量ではアムロジピン群で低下しカンデサルタン群では上昇(アムロジピン群:0.025±0.029、カンデサルタン群:0.020±0.027, P=0.27)したが、両群比較で統計学的に有意ではなかった。

4)HOMA-IRは投与後の値がカンデサルタン群で低かったが、両群間で統計学的有意差は認めなかった(図4)

HOMA-IRは投与後の値がカンデサルタン群で低かったが統計学的有意差は認めなかった(アムロジピン群:5.18±0.82 、カンデサルタン群:3.92±0.75,P=0.27)。投与前後の変化量ではアムロジピン群で上昇し、カンデサルタン群では変化がなかった(アムロジピン群:0.57±0.43 、カンデサルタン群:0.02±0.40,P=0.356)が両群比較で統計学的に有意ではなかった。

考察

1)薬剤のHMWおよびHMWRへの影響は血圧・BMI・腹囲と独立

本研究ではカンデサルタン群、アムロジピン群の両群で、薬剤投与後に収縮期・拡張期いずれも有意かつ十分な降圧効果が得られ、降圧効果について両群での差違は認めなった。また、両群で薬剤投与後にBMI、腹囲のいずれにも有意な差を認めず、薬剤の種類によるBMI,腹囲に関する有意な差異は認めなかった。

よって、本研究において血圧・BMI・腹囲のHMWおよびHMWRへの影響は独立と考えられた。

2)カンデサルタン群でHMW、HMWRは上昇しHOMA-IRは改善する傾向が見られた

カンデサルタン投与後にHMWの変化量、HMWRの変化量および投与後値で上昇する傾向がみられ、かつインスリン抵抗性の指標であるHOMA-IRの投与後値が減少する傾向が見られた。このことより、カンデサルタンはHMWおよびHMWRの改善を通じてインスリン抵抗性の改善に寄与している可能性が示唆された。

しかし、このようなカンデサルタンの効果も統計解析的な有意差をもって現れることはなく、傾向を示すにとどまった。今回の結果で統計学的有意差を検出しえなかった原因を考察すると、まず(1)登録者が当初の予定数を下回った事による、検出力のパワー不足が考えられる。今回、登録予定者数を50名と設定していたが実際に参加登録したのは約50%の24名であった。本研究が開始された当初に最近発表された「糖尿病治療ガイド(平成18年度版)」によると血圧のコントロールに際して、どの降圧薬を第一選択とすべきかについては規定されていなかったが、研究経過中に発表された「高血圧治療ガイドライン2009(JSH2009)」によると「糖尿病患者の降圧治療はACE-I,ARBを第一選択にすべき」と明記され、本研究では割付群によっては糖尿病患者にCCBを第一剤目として投与しうる点も配慮し、登録者数増加のための試験期間延長は行わなかった。その結果、先行研究よりカンデサルタンは血中総アディポネクチン値を約30%程度上昇させるとされている、血中総アディポネクチンを5μg/mL、カンデサルタン治療群の血中総アディポネクチンを6.5μg/mL、標準偏差を2 μg/mLと仮定したとき、両側t検定によって80%の確率で差を検出することができるサンプルサイズは対照群、治療群ともに約25名、計50名と算出されていたパワーに不足したことも今回、有意差をもって傾向が示されなかった原因の一つと考えられる。

また、ARBがアディポネクチンを上昇させると報告している先行研究では投与期間が3ヶ月以上のものが多く、本研究の2ヶ月よりも長く、投与期間がより長期に渡った方がアディポネクチンの上昇効果が見られているものもあった。これらのことより、本研究でカンデサルタンがアディポネクチンおよびHMW,HMWRが有意差を持って上昇し得なかった原因には投与期間が影響したことも考慮された。

また参考にした先行研究は本研究と患者背景およびデザインに相違があった。先行研究は、非糖尿病あるいは空腹時血糖が良好にコントロールされている症例が対象であった。よって、慢性の高血糖状態はARBのアディポネクチンに対する作用に影響を及ぼす可能性も示唆された。

7.結論

本研究は日本人の高血圧症を有する2型糖尿病患者を対象にした、ARBであるカンデサルタンとCCBであるアムロジピンを投与し、HMWおよびHMWRをエンドポイントに検討した初のRCT研究である。

今回、カンデサルタンがアムロジピンに比してHMWおよびHMWRが増加したが統計学的に有意差を検出するには至らなかった。

本研究における結果をもとに、2型糖尿病患者に対するより適切な降圧薬は何かという点の生物学的根拠を得るために、大規模臨床研究を策定・実施することの有用性が示唆された。

図1 総アディポネクチン投与後値および変化量の両群間の差のt検定

図2 HMW:投与後値および変化量の両群間の差のt検定

図3 HMWR:投与後値および変化量の両群間の差のt検定

図4 HOMA-IR:投与後値および変化量の両群間の差のt検定

審査要旨 要旨を表示する

本研究はインスリン抵抗性・2型糖尿病の発症及び動脈硬化の進展において重要な役割を演じていると考えられるアディポネクチン、特に高分子量アディポネクチン(HMW)、高アディポネクチン総アディポネクチン比(HMWR)に対する作用を有するとされる降圧薬であるカンデサルタンの影響を探索するために、アムロジピンを対照群として初の非盲検ランダム化比較試験を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.日本人の高血圧症を有する2型糖尿病患者24名を降圧薬であるカンデサルタン(レニンーアンギオテンシン系阻害薬)あるいはアムロジピン(カルシウムチャンネルブロッカー)の何れかにランダムに割り付けた後に、8週間投与し、抗インスリン抵抗性、抗動脈硬化作用を有するアディポネクチン、特にHMW、HMWRへの影響ならびにインスリン抵抗性の指標であるHOMA-IRへの影響をみた。

2.総アディポネクチンは投与後の値がカンデサルタン群で低かった。

投与前後の変化ではカンデサルタン群が小さかったが、いずれも両群間で統計学的有意差を認めなかった。

3.HMWは投与後の値がカンデサルタン群で高かった。

投与前後の変化ではアムロジピン群で低下しカンデサルタン群では上昇したが、いずれも両群間で統計学的有意差を認めなかった。

4.HMWRは投与後の値がカンデサルタン群で高かった。

投与前後の変化ではアムロジピン群で低下しカンデサルタン群では上昇したが、いずれも両群間で統計学的有意差を認めなかった。

5.HOMA-IRは投与後の値がカンデサルタン群で低かった。

投与前後の変化量ではアムロジピン群で上昇し、カンデサルタン群では変化がなかったが、いずれも両群間で統計学的有意差を認めなかった。

以上、本論文は、日本人の高血圧症を有する2型糖尿病患者に対して、カンデサルタンはアムロジピンと比較してHMWおよびHMWRならびにHOMA-IRに与える影響という観点から、降圧治療として有利であるという最近の知見と矛盾しないことを明らかにした。本研究における結果から、2型糖尿病患者に対するより適切な降圧薬は何かという点における生物学的根拠を得るために、医師主導型の大規模臨床研究を策定・実施することの有用性が示唆された。本研究は高血圧症を有する2型糖尿病患者の降圧治療戦略の探索という点において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと判定された。

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