学位論文要旨



No 125966
著者(漢字) 安藝,直美
著者(英字)
著者(カナ) アキ,ナオミ
標題(和) 短鎖RNA結合タンパクであるPIWIL4の機能解析
標題(洋)
報告番号 125966
報告番号 甲25966
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3445号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 准教授 石井,聡
内容要旨 要旨を表示する

エピジェネティクスとは、ゲノムに書かれた遺伝情報を変更することなく、個体発生や細胞分化の過程において、遺伝子発現を制御する可逆的な現象をいう。具体的には、DNAのメチル化や、ヒストンのメチル化、アセチル化、リン酸化などの修飾が挙げられる。エピジェネティクスは、生涯を通じて保存され、配偶子形成の際に更新され、細胞の分化に伴って変化することが知られている。また、加齢や癌などの疾患に伴い異常を生じ、特に多段階の発癌のプロセスにおいて、エピジェネティクスの異常に伴う転写制御の破綻は重大な役割を果たしている。この中でもヒストン修飾の異常に始まるクロマチン構造の変化およびDNAメチル化の異常は既に癌組織や細胞株においてその転写抑制への寄与が明らかになっており、この二つのプロセスの関係の解明は、癌の治療や予防において今後きわめて重要になると考えられる。

また、最近になり、エピジェネティクスに関与する因子として、20-30塩基長の短鎖RNAが注目されてきている。これらは、核内で、mRNA内の特定の配列を認識し結合することで、mRNAの切断やタンパクへの翻訳の抑制、ヘテロクロマチンの修飾、トランスポゾンの制御等を行っている。短鎖RNAは、植物で初めて発見され、その生成機序や相互作用するタンパクの違いにより、いくつかの種類に分類することができ、これまでに動植物でmicroRNA (miRNA)、small-interfering RNA (siRNA)、trans-acting siRNA (tasiRNA)、small-scan RNA (scnRNA)、repeat-associated siRNA (rasiRNA)、Piwi-interacting RNA (piRNA) などの短鎖non-coding RNAが報告されている。エピジェネティクスの分野は、その経路における中心タンパクについては未だ不明の点が多いが、核内で短鎖RNAにより修飾される経路であることが判明してから、徐々にその機構が明らかにされつつあり、今回、我々はPIWIというタンパクに着目してその機能解析を行った。

PIWIとは、P-element induced wimpy testisの略であり、1997年、ショウジョウバエのmutagenesisスクリーニングの際に生殖幹細胞で発見された遺伝子である。その後、ショウジョウバエのPIWI変異体では、生殖幹細胞の再生に障害が見られたことが報告され、PIWIが生殖幹細胞の非対称性分化や維持に関与していることが示唆された。また、PIWIは精巣のみに特異的に発現しており、PIWI欠損株では不妊となることから、精子形成に関与していると考えられた。さらに、PIWIはArgonaute (Ago)のサブファミリーであり、ショウジョウバエのPIWI変異体では、精巣におけるrasiRNA (repeat-associated siRNA)およびトランスポゾンの増加が見られることが報告され、PIWIはAgoと同様、短鎖RNAと結合することでトランスポゾンの発現抑制に関与していることが示唆された。

PIWIは、多種にわたる生物で認められており、ヒトでは、4種類のPIWIホモログ (PIWIL1, PIWIL2, PIWIL3, PIWIL4) が、マウスでは3種類 (MIWI, MILI, MIWI2) が同定されている。MIWI (PIWIL1のマウスホモログ)とMILI (PIWIL2のマウスホモログ)は、30塩基長の短鎖RNAと複合体を作ることが報告され、この短鎖RNAはPIWI interacting RNA (piRNA)と命名された。PIWIはAgoに比較して、解明されていない点が多いが、piRNAの発見により、徐々にその機能が明らかにされつつある。

我々は、全てのヒトPIWIホモログが核移行シグナルをもち、かつ核に局在し、PIWIL4の強制発現により、DNAメチル化を伴わないヒストンH3K9のメチル化を介して、癌抑制遺伝子のp16INK4a遺伝子の発現が低下することを以前に報告した。また、これまではPIWIは生殖細胞のみに発現しているとされていたが、我々の報告により、ヒトPIWIホモログのうち、PIWIL4に関しては精巣以外の組織でも幅広く発現していることが明らかになった。そこで、今回、PIWIL4に焦点をあて、その機能解析をすべく実験を行った。

まず、yeast two hybrid法により、PIWIL4と相互作用するタンパクの同定を行い、そのタンパクの機能から逆にPIWIL4の機能を類推することにした。その結果、Krueppel-related zinc finger proteinやJAZF zinc finger 1などのDNA結合タンパクと、Na+/H+ exchanger domain containing 1やcalcium binding protein P22、IQ motif containing F1などのシグナル伝達に関わるタンパクが同定された。Na+/H+ exchanger domain containing 1とKrueppel-related zinc finger proteinに関しては、NCBIによる推定分子量よりも各々11kDaほど重かったため、今後、質量分析器にかける方針であるが、calcium binding protein P22, IQ motif containing F1, JAZF zinc finger 1に関しては、免疫共沈降法にてもPIWIL4との相互作用が確認できた。 Krueppel-related zinc finger proteinとJAZF zinc finger1は、ジンクフィンガーをもつDNA結合タンパクであり、転写因子としての作用をもつ。PIWIL4が核内に局在し、かつ核移行シグナルをもつことは我々が以前に報告しており、これらのことから、PIWIL4によるクロマチン修飾は、上記DNA結合タンパクを介して行われることが示唆された。また、Na+/H+ exchanger domain containing 1 (NHE1) は、細胞膜や細胞内小器官膜を通じてナトリウムイオンと水素イオンを対向輸送する電気的に中性な輸送体であり、細胞内pHの維持や細胞内容量のホメオスターシスの維持に関与している。NHE1は、同じくyeast two hybrid法にてPIWIL4との相互作用が認められたcalcium binding protein P22 (calcineurin B homologous protein ; CHP) のようなカルシウムシグナル伝達に関わるタンパクにより活性が制御されており、CHP結合部位が欠損しているNHE1では、ナトリウムイオンと水素イオンの対向輸送の活性が低下することから、この部位がNHE1のイオン交換に必須であると考えられている。このCHPは、カルシウムイオンやカルモジュリンに依存的なセリン・スレオニンリン酸化酵素の一種であり、小胞内輸送や、カルシニューリンリン酸化酵素の抑制や、微小管との相互作用などの働きがある。カルモジュリンは、カルシウムイオンのセンサーであり、カルシニューリンなどのタンパクホスファターゼを活性化するシグナル伝達物質の一種で、翻訳後の修飾に関与している。今回、yeast two hybrid法により同定されたIQ motif containing F1は、このカルモジュリンやカルモジュリン関連タンパクと結合することが報告されている。

以上から、PIWIL4によるヒストンH3K9のメチル化は、細胞内pHや容量の変化等のNHE1を介するシグナルや、CHPやIQ motif containing F1による細胞内カルシウムシグナル伝達を介して行われ、またDNA結合タンパクと相互作用することにより行われることが示唆された。

次に、我々は、PIWIL4によるp16INK4a locousのヒストンH3K9のメチル化に関与するメチル化酵素について調べた。残念ながらyeast two hybrid法では、PIWIL4と相互作用する酵素は検出できなかったが、免疫共沈降法の結果、SUV39H1, EHMT1, SETDB1がPIWIL4と相互作用していることが示唆され、少なくともこれら3種類の酵素が、PIWIL4によるp16INK4a locusのヒストンH3K9のメチル化に関与している可能性が考えられた。また、HEK293t細胞では、C1ORF59というpiRNAメチル化酵素のヒトホモログが見られなかったことから、体細胞においてPIWIL4がクロマチン修飾する際には、piRNAではなく、3'リボースの2位がメチル化されていない他の短鎖RNAを用いている可能性が示唆された。この短鎖RNAの同定については、現在、pull-down assayを試みているところであり、今後の結果が待たれる。

以上まとめると、PIWIL4は、DNAのメチル化に先駆けてp16INK4a locusのヒストンH3K9のメチル化を行っており、体細胞では核内へpiRNAとは異なる短鎖RNAを輸送することにより行われることが分かった。また、この修飾はNa+/H+ exchangerを介した細胞外シグナルや、カルシニューリンやカルモジュリンなどによる細胞内カルシウムシグナル伝達を通じて行われ、DNA結合タンパクを要することが示唆された。PIWIL4は、このような経路でクロマチン修飾をすることにより、転写制御を破綻させ、細胞の癌化における初期変化に関与している可能性があり、この機序の解明により、癌の治療や予防につながることが期待できると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、短鎖RNAと結合し、エピジェネティクスに関与していると考えられるタンパクであるPIWIL4の機能を解析するため、yeast two hybrid法や、ヒト胎児腎由来上皮細胞(HEK293t)を用いた強制発現系による免疫共沈降法等を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 全てのヒトPIWIホモログが核移行シグナルをもち、かつ核に局在し、PIWIL4の強制発現により、DNAメチル化を伴わないヒストンH3K9のメチル化を介して、癌抑制遺伝子のp16INK4a遺伝子の発現が低下することを明らかにした。また、Human Total RNA Survey Panelを用いてRT-PCRをした結果、これまではPIWIは生殖細胞のみに発現しているとされていたが、ヒトPIWIホモログのうち、PIWIL4に関しては精巣以外の組織でも幅広く発現していることが判明した。

2. yeast two hybrid法により、PIWIL4と相互作用するタンパクの同定を行い、そのタンパクの機能から逆にPIWIL4の機能を類推した。その結果、Krueppel-related zinc finger proteinやJAZF zinc finger 1などのDNA結合タンパクと、Na+/H+ exchanger domain containing 1やcalcium binding protein P22、IQ motif containing F1などのシグナル伝達に関わるタンパクが同定された。Na+/H+ exchanger domain containing 1とKrueppel-related zinc finger proteinに関しては、NCBIによる推定分子量よりも各々11kDaほど重かったため、今後、質量分析器にかける方針であるが、calcium binding protein P22, IQ motif containing F1, JAZF zinc finger 1に関しては、免疫共沈降法にてもPIWIL4との相互作用が確認できた。

3. PIWIL4によるp16INK4a locusのヒストンH3K9のメチル化に関与するメチル化酵素について調べた。PIWIL4をHEK293t細胞に強制発現した後に核抽出を行い、免疫共沈降法を施行した結果、SUV39H1, EHMT1, SETDB1がPIWIL4と相互作用していることが示唆され、これら3種類の酵素が、PIWIL4によるp16INK4a locusのヒストンH3K9のメチル化に関与している可能性が考えられた。

4. HEK293t細胞からRNA抽出を行い、RT-PCRをした結果、同細胞には、C1ORF59というpiRNAメチル化酵素のヒトホモログは認めなかった。このことから、体細胞においてPIWIL4がクロマチン修飾する際には、piRNAではなく、3'リボースの2位がメチル化されていない他の短鎖RNAを用いている可能性が示唆された。

以上、本論文は、PIWIL4の強制発現により、DNAメチル化を伴わないヒストンH3K9のメチル化を介して、癌抑制遺伝子のp16INK4a遺伝子の発現が低下することを示した。そして、この現象は、PIWIL4が、Na+/H+ exchangerを介した細胞外シグナルや細胞内カルシウムシグナル伝達を通じて、piRNAとは異なる短鎖RNAを核内へ輸送することに起因する可能性が考えられた。また、その過程で、DNA結合タンパクやSUV39H1, EHMT1, SETDB1などのヒストンH3K9メチル化酵素との結合を要することが示唆された。PIWIL4は、このような経路でクロマチン修飾をすることにより、転写制御を破綻させ、細胞の癌化における初期変化に関与している可能性があり、この機序の解明により、癌の治療や予防につながることが期待できると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク