学位論文要旨



No 125967
著者(漢字) 荒井,俊也
著者(英字)
著者(カナ) アライ,シュンヤ
標題(和) Evi-1は造血幹細胞におけるMLL白血病タンパクの転写標的である
標題(洋) Evi-1 is a transcriptional target of MLL oncoproteins in hematopoietic stem cells.
報告番号 125967
報告番号 甲25967
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3446号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 講師 太田,聡
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

転写因子Ecotropic viral integration site-1(Evi-1)は正常造血機能に不可欠であるほか、骨髄性白血病や骨髄異形成症候群などで高頻度に活性化されていることが知られており、特に急性骨髄性白血病においては予後不良因子の一つであることが知られている。白血病細胞においてEvi-1が活性化されるメカニズムとしてEvi-1が存在する箇所の染色体(3q26)の転座が最もポピュラーであるが、同転座が無くてもEvi-1を高発現している症例が多数あり、そのような場合にEvi-1が活性化される機構は不明であった。ただし、最近の白血病検体を用いた遺伝子発現プロファイル解析の報告によると、Evi-1高発現症例には高頻度に11q23転座を有するMLL関連白血病が見られ、両者の分子生物学的に関係している可能性が示唆されていた。また、私の研究室で以前行われた実験で、MLL関連白血病における白血病キメラ遺伝子の一つMLL/ENLで不死化した骨髄細胞では、Evi-1欠失を誘導するとその増殖能が著明に低下することが判っていた。これらの事実に基づき、MLLキメラ遺伝子がEvi-1を活性化しているという仮説を立て両者の関係を解析した。

まず、幼若なマウス骨髄細胞にMLL/ENL遺伝子を導入し、半固形培地上で不死化させた後にEvi-1の発現を調べたところ、正常な骨髄の幼若細胞と比べてEvi-1の発現が亢進していることが判った。他の白血病キメラ遺伝子(E2A/HLF)を用いた実験ではこのような現象は見られなかった。また、MLLキメラ遺伝子の重要な転写標的としてHoxA9, Meis1が知られており両者の共発現によりMLLキメラ遺伝子のphenotypeをおおよそ再現することが可能であるが、この両者の共発現で不死化した骨髄においてもEvi-1の発現亢進は見られなかった。同様の解析をタモキシフェンで発現誘導可能なMLL/ENLコンストラクトを用いて行い、不死化してEvi-1の発現が亢進した細胞でMLL/ENLの効果をシャットオフすると短時間でEvi-1の発現が低下することを確認した。

次に移植の系を用いてin vivoにおけるMLLキメラ遺伝子とEvi-1の関係を解析した。in vitroと同様に白血病遺伝子を導入した骨髄細胞をsublethallyに照射したマウスに移植し、白血病発症を誘導した。MLL/ENL, MLL/AF9のMLLキメラ遺伝子で誘導された白血病の細胞でEvi-1の発現を解析したところ、高頻度にEvi-1の発現亢進を認めた。一方対照のc-myc/bcl2共発現により誘導された白血病細胞では、Evi-1の発現亢進は見られなかった。また、Evi-1の発現が亢進していた例では、ヒト白血病症例と同じように、Evi-1のisoformであるEvi-1aとMds1/Evi-1の双方の発現が亢進していた。

これらの結果からMLLキメラ遺伝子が直接Evi-1の転写を活性化していると考え、プロモーターの活性化を解析した。Evi-1a転写開始点近傍で動物種間の相同性の高い約7kbのゲノム領域についてMLL/ENLをイフェクターとしたレポーターアッセイを行い、Evi-1a転写開始点より2 kb上流にMLL/ENLによる活性化領域があることを見出した。Mds1/Evi-1プロモーターについても同様の解析を行い、Mds1/Evi-1転写開始点上流1kb以内にMLL/ENLによる活性化領域があることを見出した。さらに、Evi-1を高発現している白血病細胞を用いてクロマチン免疫沈降を行い、MLL/ENLがレポーターアッセイで見出されたEvi-1のプロモーター領域に結合することを確認した。レポーターアッセイについてはMLL/AF9をイフェクターとした場合でも同様の結果が得られた一方で、HoxA9, Meis1の共発現ではプロモーターの活性化を認めなかった。MLL/ENLのdeletion mutantを用いたレポーターアッセイでCXXC domain(DNA結合ドメインであることが知られている)を欠くmutantではプロモーターの活性化能が激減することが判り、MLL/ENLが同ドメインを介してプロモーターに結合しているものと考えられた。

白血病マウスの系において、MLL/ENLが導入されても全例でEvi-1の発現が亢進するのではないことが判った。Evi-1の活性化の有無はMLLキメラ遺伝子の導入された細胞の違いに影響されると仮説を立て以下の実験を行なった。MLL/ENLはマウスの幼若な細胞分画であるKSLのみならず、myeloid方向に分化したCMPやGMPをも不死化させることができ、不死化した細胞の形態は表面抗原のプロファイルには差がないことが既に報告されている。このKSL, CMP, GMPの3分画をMLL/ENLで不死化させEvi-1の発現を解析した。その結果、Evi-1の発現亢進はMLL/ENLで不死化したKSL由来細胞でのみ認められた。HoxA9など既知の転写標的の発現には差が見られなかった。さらに、Evi-1null/floxマウスの骨髄細胞を用いて同じ実験を行ないKSL, CMP, GMP由来の不死化細胞にCre-GFPウイルスを感染させてEvi-1をノックアウトしたところ、KSL由来の不死化細胞でより強い半固形培地上でのコロニー形成能の低下を認めた。このことからMLLキメラタンパクによるEvi-1の活性化は幼若な骨髄細胞分画で起こり、活性化されたEvi-1は不死化細胞の増殖能に寄与していることが判った。

最後に公開されているマイクロアレイデータを解析して本研究と矛盾しないデータを得た。2004年のNEJMに300例近い急性骨髄性白血病患者の遺伝子発現プロファイルを解析した報告があるが、その中で13例のMLLキメラ遺伝子を有する11q23転座白血病症例に着目すると、うち5例でEvi-1の発現が亢進していた。5例と残り8例の遺伝子発現パターンをGSEA(Gene Set Enrichment Analysis)というツールを用いて解析した結果、5例のEvi-1発現の亢進しているサンプルで高発現傾向にある遺伝子は造血幹細胞で発現の高い傾向にある遺伝子であり、逆に8例のEvi-1発現の低いサンプルで高発現傾向にある遺伝子は分化した前駆細胞で比較的発現の高い遺伝子であることが判った。また、マウスKSLでGMPに比べて高発現を示す遺伝子群の発現が、Evi-1高発現のMLL白血病でより高い傾向にあることも判った。

本研究により、急性骨髄性白血病細胞においてEvi-1が活性化される機構の一つにMLLキメラタンパクによる転写制御があることが明らかになった。Evi-1の発現は白血病細胞の増殖能やself-renewal活性に大きく寄与していることから、この機構が臨床例におけるMLL関連白血病の難治性に影響している可能性は十分に考えられる。また、MLLキメラタンパクによるEvi-1の活性化が幼若な骨髄細胞分画でのみ起こることは、Evi-1の活性化に必要な共因子が存在する可能性を示唆している。そのようなものがわかれば、MLL関連白血病を離れたよりuniversalな条件でのEvi-1の活性化機構を理解する手掛かりになるかも知れない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は急性骨髄性白血病細胞においてしばしば高発現している転写因子Ecotropic viral integration site-1(Evi-1)のMLLキメラタンパクによる転写活性化機構の存在を明らかにするため、マウス骨髄細胞に白血病キメラ遺伝子を導入して遺伝子発現の変化を解析しまたEvi-1プロモーターのレポーターアッセイおよびクロマチン免疫沈降を施行したものであり、下記の結果を得ている。

1.幼若なマウス骨髄細胞に代表的なMLLキメラ遺伝子であるMLL/ENLおよびMLL/AF9をレトロウイルスで導入し、半固形培地上で不死化させた後にEvi-1の発現変化を解析した。その結果、正常な骨髄幼若細胞と比べてEvi-1の発現が亢進していることが示された。他の白血病キメラ遺伝子(E2A/HLF)、およびMLLキメラ遺伝子の重要な転写標的であるHoxA9, Meis1の共発現によって不死化された細胞ではこのようなEvi-1の発現亢進を認めなかった。Tamoxifenで発現誘導可能なMLL/ENL-ERコンストラクトを用いた同様の実験によりMLL/ENLのシャットオフによりEvi-1の発現は短時間で低下することが示されたことから、Evi-1はMLLキメラ遺伝子によって転写活性化されていると考えられた。

2.白血病遺伝子を導入した骨髄細胞をsublethallyに照射したマウスに移植し、白血病発症を誘導した。その結果、MLLキメラ遺伝子で誘導された白血病細胞では高頻度にEvi-1が発現亢進することが示された。

3.Evi-1の2つのisoformであるEvi-1aとMds1/Evi-1のプロモーター活性化をレポーターアッセイで解析した。その結果、Evi-1a転写開始点より2 kb上流, Mds1/Evi-1転写開始点上流1kb以内にMLL/ENL, MLL/AF9による活性化領域があることが示された。クロマチン免疫沈降により、MLL/ENLタンパクがこのEvi-1活性化領域に結合することが示された。

4.MLL/ENLのdeletion mutantを用いたレポーターアッセイでDNA結合ドメインであるCXXC domainを欠くmutantでプロモーターの活性化能が激減しており、MLL/ENLが同ドメインを介して活性化領域に結合していると考えられた。

5.マウス骨髄のKSL, CMP, GMP分画をMLL/ENLで不死化させてEvi-1の発現を解析した結果、最も幼若なKSLを起源とする不死化細胞でのみEvi-1の発現が亢進することが示された。

6.Evi-1null/floxマウスのKSLをMLL/ENLで不死化しCre-GFPウイルスでEvi-1をノックアウトしたところ半固形培地上でのコロニー形成能の著明な低下を認めた。このことから、活性化されたEvi-1が不死化細胞の増殖能に寄与していることが示された。

7.公開されている急性骨髄性白血病患者のマイクロアレイデータを解析し、その結果Evi-1高発現と低発現のMLLキメラ白血病における遺伝子発現傾向が、それぞれ未分化な造血幹細胞と分化した前駆細胞に似る傾向があることが示された。

以上、本論文は幼若な骨髄細胞においてMLLキメラタンパクが直接にEvi-1の発現制御に寄与していることを明らかにした。本研究はMLL関連白血病の難治性機構の解明や、正常造血細胞におけるEvi-1の転写制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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