学位論文要旨



No 125968
著者(漢字) 池田,洋一郎
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ヨウイチロウ
標題(和) 腎臓の老化の評価システムの確立とその調節
標題(洋) The establishment of assay system of renal senescence and its regulation
報告番号 125968
報告番号 甲25968
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3447号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 藤乗,嗣泰
 東京大学 講師 下澤,達雄
 東京大学 講師 花房,規男
内容要旨 要旨を表示する

生物は老化する。老化のメカニズムは,遺伝子異常,代謝産物としての活性酸素,異常タンパク蓄積などの説により説明されているが,どれも一元的に説明できるものではなく,またお互いに排他的でもない。この中で活性酸素による説は,活性酸素が多い状態で短命の生物が多いことから正しいと考えられている。逆に,活性酸素を除去することにより長寿になるかという命題については,未だ証明されたとはいえない。例えば,ビタミンCやビタミンEは強い抗酸化作用を示すが,それらで寿命が延びたという報告は皆無であり,またcatalaseを過剰発現させることでマウスの寿命が延長したという報告もあるが,追試は失敗している。これは活性酸素が細胞分裂や免疫反応に重要な働きを担っていることに起因すると説明されることもある。このように考えると,活性酸素が産生され,反応した後にできる副産物のうち,反応性の高いものを分解すれば長寿を導くことができる可能性があると考えられる。また,活性酸素の副産物は,最終的にタンパク質など生体構成成分を修飾し,さまざまな経路でその機能を低下させることが報告されているが,このような系では,反応経路の上流の,活性酸素により近い部位でその反応を阻害することで長寿を導くことができるとも考えられる。このような視点から私はAdvanced Glycation End products (AGEs)に着目し,特にAGEsが産生される経路の上流で,より反応性の高い活性酸素による代謝産物を分解する系に着目した。これがglyoxalase systemである。この系ではGSHを補酵素とするglyoxalase 1とglyoxalase 2が,極めて反応性の高いmethylglyoxalをlactateに分解する。これによりmethylglyoxalによる細胞障害,およびそれから派生するAGEsの蓄積を防ぐことができる。この系においてはglyoxalase 1が律速段階になっていることが知られている。glyoxalase 1は加齢により減少することが示されており,活性酸素による副産物の除去能は加齢により減弱していくと考えられる。ここで私はglyoxalase 1を過剰発現させることで,老化現象は減弱し,長寿を導くことができるという仮説を立てた。

ヒトでは加齢に伴い腎機能が低下することが分かっている。腎機能が低下する病態は慢性腎臓病CKDと称されるが,この中に進行性の腎疾患が含まれている一方,生涯にわたりそれ単独では末期腎不全にいたらない状態も含まれている。加齢はその中のひとつと考えられる。進行性の腎疾患における,原疾患によらない共通の腎臓の形態学的な変化は尿細管萎縮と間質線維化によって代表されるが,老化の形態学的な変化については,これまであまり研究がなされてこなかったため,腎臓の老化とはどういうものかはっきりしていない。

このような背景を含め,前述の仮説を証明するため,私は腎臓の細胞あるいは腎臓そのものにおける老化を評価する方法を確立し,glyoxalase 1の過剰発現あるいは発現減弱により,腎臓の老化がどのように調節を受けるか検討した。

【腎臓の老化の評価系確立~in vitro~】

まず腎臓を構成する主要な構成細胞である,ヒト近位尿細管上皮細胞(RPTECs)を用いて,継代培養しそのphenotypeを観察した。この細胞はprimary cultureであり,継代を繰り返すことにより分裂しにくくなっていく(replicative senescence)ため,継代回数が少ないときと多いときでその違いを見た。老化の評価はRPTECsにおいては形態学的な評価は困難であったので,senescence-associated βgalactosidase(SABG)染色および,cyclin-dependent kinase inhibitor(p53, p21, p16)の発現をmRNA,タンパクレベルにて評価した(タンパクはp53のみ)。replicative senescenceの状態では,抗carboxyethyl lysine(CEL)抗体を用いた免疫蛍光染色により,たしかにAGEsが蓄積していることが確認された。RPTECsのpassage 3とpassage 10を比較すると有意に後者で老化のphenotypeが増加していた。加齢の研究は細胞をつかった実験であっても動物をつかったものであっても長期の時間を要することが問題であった。私は過去の報告を検討することで, etoposideが尿細管上皮細胞を老化状態に至らしめることを確認した。

【ヒト腎生検標本を用いた腎臓の老化の組織学的解析】

モデル動物での老化の評価を行う前に,モデル動物の腎臓とヒトの腎臓では老化のパターンが異なる可能性があるため,ヒトの腎生検標本にて老化の組織学的な変化について検討した。健常人の腎組織は入手困難であるため,当科入院の患者で腎生検を行った症例のうち,腎障害の程度の軽度な症例に限定して(具体的にはeGFR>60mg/min/1.73m2 (CKD stage1~2)かつ尿タンパク≦1g/day),その組織における年齢とともに変化する形態学的変化を検討した。結果として加齢に伴い間質肥厚(interstitial thickening)が増加することがわかった。これは慢性腎不全時に認められる尿細管の萎縮・脱落を伴うびまん性の間質線維化とは異なり,尿細管が保たれていながら尿細管細胞の基底膜と尿細管周囲毛細血管(peritubular capillary)によって構成される間質のみが肥厚するというものである。この変化は加齢とともに増加し,強い相関があることがわかった。

【腎臓の老化の評価系の確立~in vivo~】

野生型ラットを用いて短期飼育した群と長期飼育した群で,加齢の変化を検討した。過去の報告および予備実験から,14ヶ月を長期飼育群として評価し,短期飼育群は10週齢とした。長期飼育群ではたしかにCELによるタンパク修飾を見る実験からAGEsが蓄積していることが確認された。前述のような腎臓における形態学的変化および,SABG染色,p53, p21, p16のmRNAおよびタンパクレベル(タンパクはp53とp16のみ)にて評価した。ラットの腎臓においてもヒト腎生検で認められた間質肥厚(interstitial thickening)が老化時に認められ,さらに腎皮質のSABG染色でも加齢により陽性領域が増加した。またp53,p21,p16のmRNAすべてが有意に増加し,またp53とp16タンパクも加齢により増加していた。

【glyoxalase 1の増減による加齢変化への影響~in vitro~】

前述のRPTECsおよびetoposideを用いた評価系にて,glyoxalase 1をoverexpressionあるいはknockdownすることで加齢のphenotypeに影響が出るかを検討した。GLO1のoverexpression によってetoposideによるRPTECsの老化のphenotypeを抑制することができ,またsiRNAによるknockdownによりその老化のphenotypeが増強した。

【glyoxalase 1の増減による加齢変化への影響~in vivo~】

glyoxalase 1のtransgenic rat(GLO1-Tg rat)を作成し,老化現象がglyoxalase 1のoverexpressionによりどのように変化するか検討した。GLO1-Tg ratは同齢の野生型の約6倍のGLO1活性を有しており,野生型では加齢により減少していたにもかかわらず,GLO1-Tg ratは加齢によりGLO1活性は減弱しなかった。また野生型では加齢により蓄積が確認されたCELによって検出されるAGEsは,GLO1-Tg ratでは同齢の野生型よりも著明に減少していた。加齢に影響を与えうる体重あたりの摂食量に有意差はなかった。血圧にも有意差は認められず,同齢の群間では体重にも有意差を認めなかった。腎機能の評価として血清クレアチニンを測定すると,野生型では,若年群に対して高齢群は約1.5倍で有意差が認められた。それに対して,GLO1-Tgでは若年群に対して高齢群に有意差は認めなかった。尿タンパクも同様の傾向があり,野生型では高齢群で有意に増加しているが,GLO1-Tgでは若年群と高齢群で有意差が認められなかった。GLO1活性はGSH量に依存するため,腎臓でのGSHも測定したが,加齢による有意な減少は認められなかった。また腎内SOD活性を測定すると,群間で有意差は認められなかった。GLO1-Tgでは加齢による間質肥厚が減弱し,SABG染色陽性面積が減少し,p53,p21,p16のmRNAレベル増加が抑制され,またp53,p16タンパク量増加も抑制されていた。

【結論】

我々は腎臓における老化を評価する系を確立し,極めて反応性の高いAGE前駆体の消去に重要なglyoxalase 1は尿細管細胞を用いたin vitroの実験でも,腎皮質を評価したin vivoの実験でも細胞あるいは臓器の老化現象を減少させる作用をもつことを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は腎臓の老化につき,主要構成細胞である尿細管上皮細胞,および抗癌剤であるエトポシドを用いることにより,細胞レベルで評価する方法を開発し,さらにこれまで明らかにされてこなかった尿細管間質を中心とした腎臓の組織学的変化を明らかにしつつ,機能的にp53などの老化関連分子の動きも同時に観察することにより,腎臓の老化について評価する系を考案したものである。さらにこの腎臓の老化の表現形に対して老化と関係の深いadvanced glycation end products(AGEs)を減少させるためにglyoxalase(GLO1)を強発現させることにより,その腎臓の表現形が改善することを示している。具体的には下記の結果を得ている。

1.ヒト近位尿細管上皮細胞(RPTECs)を用い,長期培養して細胞分裂がとまった状態(replicative senescence)の細胞および低濃度のエトポシドを添加した細胞において,細胞増殖がおこらないだけでなく,p53やp21, p16といった細胞周期調節因子および老化染色(senescence-associated βgalactosidase staining)あるいはAGEsのひとつであるCELが共に増加しており,それらが老化の指標となり,またエトポシドが老化誘導剤として使用できることが示された。

2.GLO1を含むvectorをRPTECsに導入し,GLO1を強発現させると,エトポシドによる老化のphenotypeが減少した。

3.GLO1に対するsiRNAをRPTECsに導入し,GLO1発現を減弱させると,エトポシドによる老化のphenotypeが増加した。

4.腎機能の障害がほとんどないヒト腎生検の検体を用いて,尿細管間質を中心とした老化の形態学的変化としては,尿細管脱落を伴わない間質肥厚があり,年齢と強い正の相関があることがわかった。

5.全身でGLO1を強発現しているGLO1トランスジェニックラットを用いることで腎臓の老化を比較すると,若年時には野生型と変化ないが,加齢時においてはトランスジェニックラットでは細胞周期調節因子,老化染色,間質肥厚すべての点で軽減されており老化が減弱していることが示された。

以上,本論文は動物モデルの形態学的な老化の変化をヒト腎生検検体も用いながら多角的に評価する方法を考案し,さらにこの評価系を用いてin vitroおよびin vivoにおいて,GLO1が老化に対して抑制的に作用することを示している。これはこれまで老化に深く関与するといわれていたAGEsの腎臓の老化に及ぼす影響を解明する研究の一端となっており,これまで皆無に等しかった腎臓の老化における研究に重要な貢献をなしていると考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク