学位論文要旨



No 125970
著者(漢字) 井上,博睦
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ヒロム
標題(和) 抗エピレギュリン (epiregulin) 抗体を標識プローブとした大腸癌担癌マウスのイメージング及び腫瘍集積性の評価
標題(洋)
報告番号 125970
報告番号 甲25970
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3449号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 准教授 西山,伸宏
内容要旨 要旨を表示する

エピレギュリン (epiregulin) は50個程度のアミノ酸からなる増殖因子で、EGF (epidermal growth factor) ファミリーの一員である。epiregulinは大腸癌、膵臓癌などの癌でその発現が亢進するものの、正常組織においては発現が抑制されていることが知られ、治療の標的として有用性が高い。国立国際医療センターにて作成されたepiregulinをノックアウトしたマウスを提供してもらい、これに抗原を免疫させ、得られた脾臓細胞とミエローマ細胞を融合させて作成したハイブリドーマを培養して得た抗体のうち、細胞膜に表出したepiregulinを認識する抗体 (9E5、6E2) を選別すると、発現が高い大腸癌細胞株であるDLD-1に対し、フローサイトメトリーにて解析した結果、濃度依存性に反応することが示された。またDLD-1を抗体で細胞染色すると、細胞表面が均一に染色されることが示された。このDLD-1を5週令程度の低免疫性マウス (BALB/cAJc1-nu/nu) に5×106個皮下移植すると数週後には肉眼的に確認できる腫瘍が形成された。この担癌マウスを使用し、作成された抗体が腫瘍内に集積するか、また投与後に集積が経時的に変化するのか、及びマウス体内の腫瘍以外の臓器への集積について調べることとした。この目的の評価のため抗体をラジオアイソトープにて標識し、その発する放射能を測定することにより行うこととした。抗体を使用する核種 (64Cu, 67Ga) にて標識するためにキレート剤であるDOTAを抗体に付加させる (DOTA化抗体) が、DOTA化抗体は付加前の抗体 (intact抗体) に比べて活性が低下するものの、適切なモル比でDOTAを導入すると、活性を保持できることが分かった。またこのDOTA化抗体を良好に標識でき、標識により抗体の活性には変化ないことが示された。67Ga標識抗体をマウス体内へと投与することで腫瘍集積性をみた実験では、集積は投与1日目、2日目、及び3日目とその集積は漸増してゆき、腫瘍組織には投与全体の放射能のうち、腫瘍組織重量 (g) あたり10数%の集積 (% injected dose/gram) が認められた。抗体の活性を低下させた場合、また抗原を発現していない細胞株 (Huh-7) で腫瘍を作った場合、いずれにおいてもその集積は1/2以下に低下した。また非標識抗体を標識抗体投与に先立ち投与すると、標識抗体の腫瘍への集積は阻害され、低い値となった。これらのことから集積には抗体と抗原の特異的な反応が関与していることが示された。本抗体をさらにPET(positron emission tomography)核種で標識し、投与したマウスを投与後1、2、及び3日後と撮像したところ、腫瘍は投与翌日から良好に描出されることが示された。同じように腫瘍を形成させたマウスを作り、活性が低下した抗体を標識して撮像を行った場合では、腫瘍の描出は不良であった。一方で腫瘍以外に肝臓が描出され、この傾向は観察期間内で著変は認めず、また血液貯留部位の集積も観察期間内で高度であり、これらの結果は抗体が血中に安定に存在することと、抗体が肝臓をはじめとした組織に非特異的に集積する現象を反映したものであると思われた。撮像終了後 (すなわち3日目) にマウスから腫瘍の他、脳、肺、心臓、肝臓、腎臓、脾臓、胃、膵臓、小腸、大腸、筋肉、骨と摘出し、その重量と放射能カウントを測定して得た摂取率 (%ID/g) は、腫瘍において最も高く、この得られた結果は前述した67Ga標識抗体投与により得た値と同じ程度の結果が得られた。またPET画像で確認できた肝臓や血液の値も腫瘍に次いで高く、画像から得た知見を反映したものと思われた。その一方でそのほかの臓器への集積は概して低く、血液/組織比をとると肝臓以外の臓器においては0.5以下となった。このことは、抗体を投与した場合、肝臓以外の臓器においては非特異的に集積することでその臓器障害が極めて懸念される状況にはない可能性が高いことを示唆する。PET画像より解析して得た血液、肝臓、及び腫瘍への%ID/gの推移を評価する実験を行った。結果、腫瘍においては投与翌日、2日目、3日目で漸増し、これは67Ga標識抗体による実験の結果と矛盾ないものであった。また3日目の腫瘍の組織重量あたりの%ID/gは、撮像終了後の解剖より得た結果と殆ど同じ値を示したことから、PET画像解析手法の有用性も確かめられた。抗体の活性を低下させた場合のPET画像解析では、腫瘍への取り込みは低いもので、腫瘍を描出できなかった画像の結果を裏付けることとなった。

PETが臨床において病変部位の検索、同定に有用であることは既に疑いないが、一方で現在使用されているPET probe (18FDG) は、腫瘍によっては取り込みの程度が不良であったり、炎症性病変に対する集積 (偽陽性) 、さらには癌の種別による特異性をみることはできないなどの欠点がある。さらに精度の高いprobeの作成は臨床においてさらに期待の高まるところであり、上記の弱点を克服する意味で抗原と特異的に反応する抗体の性質を利用したprobe開発は合理的であるといえる。実際既にいくつかの抗体や抗体改変物質をprobeとした新たなPET (immuno-PET) が応用され始めている。さらに別の観点からいえば、抗体は分子標的治療の先駆け的存在であり、その治療における立場は悪性リンパ腫などの血液疾患において揺るぎのないものである。そして固形腫瘍においても治療現場に登場してきている。今後この傾向に変わりなく、さらに有用性を高める挑戦は加速するであろう。その意味でも抗体の腫瘍への集積性を可視的に評価することのできるPETイメージングはその重要性は高まる一方である。上記の結果から本研究で用いた抗体が、将来PETプローブとして、また治療手段として有用性が高い可能性を示唆され、epiregulinを標識した抗体による類似の研究報告がなく、重要性が高いと思われ報告する。結論として、抗epiregulin抗体をPETプローブとして利用可能な標識抗体とすることに成功した。またPET核種である64Cuにて標識した抗体を投与した場合、DLD-1にて腫瘍を形成すると腫瘍は投与翌日から良好に描出され、集積は投与後3日の観察期間で漸増することが分かった。このことは本抗体が治療、検査両面において、今後開発を進めてゆく有用性が高いことを示している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はEGF (epidermal growth factor)ファミリーの一員であり、大腸癌、膵臓癌などで発現が亢進するエピレギュリン(epiregulin) をノックアウトマウスにepiregulin抗原を免疫して得られたマウスモノクローナル抗体を使用し、その性質を特徴づけた後、腫瘍への集積性を評価する手段としてイメージングを行った。またイメージングに用いるために抗体を標識するための適切な方法を開発した。

1本研究で使用したepiregulinに対する2種類の抗体 (9E5、6E2) はいずれもepiregulin内のEGFドメインに結合部位を有していた。また、FACSにてepiregulin強制発現株の他、内在性に発現が亢進している大腸癌細胞株DLD-1においてもFACSで陽性となることから、本抗体が細胞表面に表出したepiregulinに対して結合性が有していることが示された。この結果から膜型のepiregulinに対して結合性を有していることから以下に示すDLD-1を免疫不全マウスに移植して得た腫瘍組織への集積性が期待される結果となった。尚、epiregulinを発現していない肝細胞癌細胞株Huh-7では、FACSにおいて陰性であることが示された。

2抗体を標識プローブとして使用するため、キレート剤であるDOTAを導入した。抗体に対して導入するDOTAのモル比を高めてゆくと、DOTAを結合させた抗体の活性が低下することがわかり、DOTAを過剰に加えると有用な標識プローブとならない可能性が考えられた。9E5抗体においては、抗体1に対してDOTAを10で加えた場合、導入前に比べて抗体の活性が低下するものの、抗体の活性が維持されることから、標識プローブとして利用可能であることが示された。一方6E2抗体では、DOTAを導入すると活性が著しく低下することより、本抗体を標識プローブとして使用することは不適切と考えられた。

3上述の条件でDOTA化した抗体を67Gaにて標識して作成した標識抗体を腫瘍を移植したマウスに投与し、経時的に腫瘍を摘出して腫瘍組織内の線量を計測することで腫瘍集積性を評価した。その結果、67Ga標識9E5抗体を投与した場合、大腸癌細胞株DLD-1を移植したマウスにおいては、投与後翌日より腫瘍への抗体の集積性が認められ、これは経時的に3日までの観察において漸増した。一方、DOTA化により活性が著しく低下する6E2抗体を67Ga標識したところ、その集積性は低く、また経時的にも殆ど変化は認められなかった。またepiregulinの発現のないHuh-7を移植した場合はDLD-1を移植した場合に比べ、投与3日後の腫瘍集積は低い状態であった。加えて、非標識9E5抗体を前投与すると67Ga標識9E5抗体の集積は阻害されることがわかった。これらの結果より、腫瘍への集積には、抗体の活性と抗原の発現が関与していることが示された。

4動物用PET (positron emission tomography) を用いて、担癌マウスに標識抗体を投与してイメージングを行った。PET核種である64Cu標識9E5抗体をDLD-1を移植したマウスへ投与して、投与後1日目、2日目、及び3日目とPETにてイメージングしたところ、投与翌日より腫瘍は良好に描出された。一方肝臓も集積が認められ、肝臓への非特異的な集積や、血液中に長期間安定に存在する標識抗体の影響が考えられた。対して64Cu標識6E2抗体を投与した場合、腫瘍への集積は低かった。抗体の活性は腫瘍描出に影響していることが示された。

5イメージング終了後、マウスを安楽死して腫瘍の他、主要な臓器を摘出してその放射能カウントを測定することで、体内への標識抗体の分布を評価した。その結果腫瘍への集積が最も良好であった。また集積の程度は67Ga標識抗体で得られた結果と大きな相違はなかった。一方肝臓や血液における集積も高くより有効な標識プローブとするためにバックグラウンドを下げるための検討が今後の課題と思われた。

以上、本研究ではepiregulinに対するモノクローナル抗体でキレート剤DOTAを介して標識プローブを作成し、これを用いて腫瘍を良好にイメージングすることに成功した。このことは今後の大腸癌の検査、治療において本研究内で使用した抗体が高い有用性を持つことを証明しており、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク