No | 125975 | |
著者(漢字) | 金子,和真 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カネコ,カズマ | |
標題(和) | 膵β細胞におけるClass IA PI3キナーゼの役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125975 | |
報告番号 | 甲25975 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3454号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 現代社会が直面している最も大きな問題の一つは糖尿病であり、その患者数は近年著明に増加しており、社会問題としても大きく取り上げられている。 糖尿病は、インスリン作用の不足により生じる慢性の高血糖を主徴とする代謝疾患群と定義される。特に2型糖尿病は、末梢臓器のインスリン抵抗性と膵β細胞からのインスリン分泌低下という2つの病態によって特徴付けられる。2型糖尿病における膵β細胞の重要性は50年以上前から指摘されており、その病態の解明に重要な課題であると考えられていた。さらには、最近になりヒトの2型糖尿病患者の剖検結果から、膵β細胞の量の減少が2型糖尿病の病態の悪化に重要な要因であることが改めて示唆された。これらの報告を踏まえると、2型糖尿病の発症機転では、この末梢のインスリン抵抗性に対する膵β細胞の代償性肥大が破綻し、膵β細胞の量や機能が障害され、インスリン抵抗性を代償するに十分なインスリンの分泌ができない状況に陥り2型糖尿病を発症すると考えられている。 この膵β細胞の量や機能の制御には、様々なシグナルが関与していることが報告されている。この中で我々はインスリンシグナルに注目して研究を行ってきた。インスリンシグナルの伝達に極めて重要な役割を担っている分子である、インスリン受容体や、IGF(insulin like growth factor)-1受容体、IRS(insulin receptor substrate)-2、PDK1(3-phosphoinositide-dependent protein kinase 1)を膵β細胞特異的に欠損させたマウスでは、膵β細胞の量は減少するとともにその機能も障害されていることが報告されている。これらの解析結果より、膵β細胞の量や機能の維持にはインスリンシグナルが重要な役割を担っていることが示唆されていた。しかしながら、膵β細胞におけるインスリン/IGF-1シグナルの役割は未だに完全に解明されたとは言えず、まだ多くの課題が残されている。 そこで本研究では、まず遺伝子工学的手法を用いて明らかにされた膵β細胞におけるインスリン/IGF-1シグナルが膵β細胞の量を制御しているという結果が、実際の2型糖尿病の病態でも同様の役割を果たしているのか、肥満・2型糖尿病病態モデルマウスを用いて検証を行った。 肥満・2型糖尿病病態モデルマウスとしては摂食を制御するホルモンであるレプチンの受容体に変異があるために過食・肥満による糖尿病を呈するdb/dbマウスを用いて検討を行った。db/dbマウスの単離膵島より抽出したRNAを用い定量的RT-PCR法による遺伝子発現解析を行ったところ、db/dbマウスにおいてインスリン受容体、IGF-1受容体、IRS-2、p85α、p110α等のインスリンシグナル伝達分子の発現は対照群と比較し経時的に減少していることを見いだした。また、10週齢のdb/dbマウスは既にインスリン分泌が低下し始めており、またリン酸化Aktの免疫染色による検討でもその染色強度が膵β細胞で低下しており、膵β細胞におけるインスリン抵抗性の存在も示唆された。これらの所見は、db/dbマウスの血糖コントロールが著明に悪化し、膵β細胞の代償的肥大が破綻すると想定される時期と相関しており、db/dbマウスの膵β細胞の代償性肥大機構の破綻時にはインスリン/IGF-1受容体シグナルを伝達するClass IA PI3キナーゼの経路の作用が減弱しており、2型糖尿病の病態においても膵β細胞のインスリンシグナルが膵β細胞の量や機能の制御に重要な役割を担っていることが示唆された。 インスリンはインスリン受容体あるいはIGF-1受容体に結合するとIRSを介しその下流へとシグナルを伝達する。また、IRSの下流ではMAPキナーゼ経路とPI3キナーゼ/Akt経路に分離するが、インスリン作用の多くは、後者のPI3キナーゼ/Akt経路を介して伝達されていることが既に報告されている。そこで、膵β細胞においてPI3キナーゼのレベルでシグナルを遮断し膵β細胞におけるPI3キナーゼの役割を検討するために、私は膵β細胞特異的Class IA PI3キナーゼ欠損マウス(膵β細胞特異的pik3r1遺伝子欠損マウス、膵β細胞特異的pik3r1遺伝子欠損および全身のpik3r2遺伝子欠損マウス)を作成し、その解析を行った。 PI3キナーゼは、特にほ乳類においてその基質特異性や配列の相同性によりClass I, II, IIIに分類され、Class I PI3キナーゼはその共役する受容体によりIAおよびIBの2つのサブクラスに分類される。インスリンシグナルの伝達にはClass IA PI3キナーゼがその役割を担い、インスリン作用の多くを伝達している。Class IA PI3キナーゼは、調節サブユニットと触媒サブユニットの2量体で構成され、調節サブユニットはpik3r1、pik3r2、pik3r3の3つの遺伝子によってコードされる。調節サブユニットの中では、pik3r1遺伝子によってコードされるp85αが約70%、pik3r2遺伝子によってコードされるp85βが約20%とこの両者によってその大部分が占められている。本研究では、組織特異的pik3r1遺伝子欠損マウス、全身のpik3r2欠損マウス、Rat insulin promoter-Cre transgene発現マウスを交配し、膵β細胞特異的pik3r1遺伝子欠損(βPik3r1KO)マウス、膵β細胞特異的pik3r1欠損およびpik3r2欠損(βDKO)マウスを作成しその解析を行った。 このβPik3r1KOマウス、βDKOマウスはインスリン感受性に差を認めないものの、耐糖能障害を呈した。実際にこれらのマウスでは、対照群と比較しグルコース応答性インスリン分泌が低下しており、その原因検索として、まず膵β細胞の量について検討を行った。βPik3r1KOマウス、βDKOマウスでは8週齢では、膵β細胞量に変化を認めないものの、32週齢ではβDKOマウスがPik3r2KOマウスと比較し有意に膵β細胞量が低下していた。 8週齢においてアポトーシスについてTUNEL染色を用いて検討したところ、βPik3r1KOマウス・βDKOマウスともにその対照群と比較しアポトーシスが亢進していた。8週齢においては、各遺伝子型において膵β細胞量に差が無いにも関わらずアポトーシスが亢進していたために、細胞増殖が亢進していることを疑いBrdU染色を用いて検討を行った。実際、BrdU染色による検討ではβPik3r1KOマウス・βDKOマウスで細胞増殖能が亢進していた。この細胞増殖の亢進については、PI3キナーゼ/Aktシグナルが遮断されているために、MAPキナーゼシグナルが関与していることが考えられたため、MAPキナーゼシグナルの活性化状態についてErkのリン酸化レベルの検討を行った。Western blotによる検討では、リン酸化ErkがβDKOマウスの膵島で著明に亢進しており、PI3キナーゼ/Aktシグナルが障害されるために代償的にMAPキナーゼ経路が亢進していることが考えられた。これらの結果から、少なくとも8週齢の段階では膵β細胞の細胞増殖能が亢進しているためにアポトーシスによる減少代償しており、膵β細胞量に変化を認めなかったものと考えられた。また、あらためて膵β細胞のPI3キナーゼ/Aktシグナルは抗アポトーシス作用を介しその量を制御していることが示唆された。 次に、我々は膵β細胞の機能について検討を行った。2光子励起顕微鏡による観察でグルコース刺激によるCa2+流入のステップが障害、特に膵β細胞同士の同期機構が障害されていることが観察された。膵β細胞同士の同期は、Gap junctionを介して制御されていることが報告されているが、βPik3r1KOマウスおよびβDKOマウスの単離膵島を用いた定量的RT-PCR法による解析では、膵β細胞同士を結合するGap junctionを構成するConnexin36の発現が低下しており、少なくとも一部はこのために膵β細胞同士の同期障害を生じていることが考えられた。 また、βDKOマウスではグルコース応答性インスリン分泌の特に第一相分泌が障害されていたことから、インスリン顆粒の開口放出機構の障害が存在することが示唆されたが、実際にCaged Ca2+刺激によるインスリン開口放出イベントはβDKOマウスで有意に障害されていた。定量的RT-PCR法による観察においてもインスリン顆粒の開口放出機構を制御するSNAREタンパクであるSyntaxin1a、SNAP25、VAMP2、Rab27a等の発現が有意に減少しており、インスリン顆粒の開口放出機構が障害されていることが示唆された。 これらの障害が実際の2型糖尿病の発症メカニズムに関与しているかどうかを検討するために、再度肥満・糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスを用いて検討を行ったところ、膵β細胞の同期障害はdb/dbマウスの膵島でも認められ、開口放出機構を制御するSNAREタンパクの発現は、db/dbマウスの加齢に伴い発現が減少することが確認された。 以上のように、膵β細胞特異的Class IA PI3キナーゼ欠損マウスでは、膵β細胞の量および機能に障害が認められ、これらの制御にClass IA PI3キナーゼが関与していることが示唆された。また、膵β細胞の同期障害に関してはdb/dbマウスでも同様の所見が認められること、開口放出機構を制御するSNAREタンパクの発現は2型糖尿病患者で有意に低下している報告があることなどから、これらの障害は実際に2型糖尿病の発症メカニズムに関与していることが示唆された。 以上より、我々は2型糖尿病の病態においてもインスリンシグナルが膵β細胞の量や機能の制御に関与している可能性があること、また膵β細胞におけるClass IA PI3キナーゼが、膵β細胞の量や機能の制御に重要な役割を果たしていることを本研究では明らかにした。これらの結果から、膵β細胞におけるClass IA PI3キナーゼは2型糖尿病の治療あるいは発症予防の新規標的分子となる可能性があることが示唆された。今後、実際に膵β細胞のClass IA PI3キナーゼを標的とした薬物の開発が望まれる。 | |
審査要旨 | 本研究は2型糖尿病の病態におけるインスリンシグナル及び膵β細胞のClass IA PI3キナーゼの役割を明らかにするため、肥満・糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウス、および膵β細胞特異的Class IA PI3キナーゼ欠損マウスを用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.肥満糖尿病モデルマウスのdb/dbマウスより膵島を単離し、その遺伝子発現を検討した。db/dbマウスでは加齢に伴い膵β細胞量が減少し、インスリン分泌が低下することが知られているが、膵島におけるインスリンシグナル伝達分子の遺伝子発現も加齢に伴い減少しており、db/dbマウスにおける膵β細胞量の制御にインスリンシグナルが関与しうることが示された。 2.膵β細胞特異的Class IA PI3キナーゼ欠損マウスを作成し、このマウスは正常に発育し、インスリン感受性には差を認めないもののグルコース応答性インスリン分泌障害のために耐糖能障害を呈することを示した。 3.膵β細胞特異的Class IA PI3キナーゼ欠損マウスのグルコース応答性インスリン分泌障害のメカニズムについて検討を行い、このマウスではGap junctionを介した膵β細胞の同期及びSNAREタンパクを介したインスリン顆粒の開口放出機構に障害があることを示した。 4.Gap junctionを構成するConnexin36、およびSNAREタンパクの発現は、実際にPI3キナーゼ/Aktシグナルによって制御されていることを示し、これらの遺伝子の発現を回復させることでグルコース応答性インスリン分泌も回復することを示した。 5.db/dbマウスの膵β細胞においても、膵β細胞同士の同期障害が認められること、加齢に伴いSNAREタンパクの発現の低下が認められることを示し、2型糖尿病の病態形成においてもこれらの障害が関与しうることを示した。 以上、本論文は2型糖尿病の病態においても膵β細胞のインスリンシグナルが重要な役割を担っていること、および膵β細胞におけるClass IA PI3キナーゼが、膵β細胞同士の同期機構や開口放出機構を介して膵β細胞の機能を制御していることを明らかにした。本研究は、今後膵β細胞におけるインスリンシグナル、特にClass IA PI3キナーゼを標的分子とした2型糖尿病の発症予防・治療薬の開発にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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