学位論文要旨



No 125977
著者(漢字) 川上,美里
著者(英字)
著者(カナ) カワカミ,ミサト
標題(和) 制御性T細胞サブセットの分化減少を伴うマウス腸炎モデルの解析
標題(洋)
報告番号 125977
報告番号 甲25977
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3456号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 石川(山脇),昌
 東京大学 講師 高橋,強志
内容要旨 要旨を表示する

「免疫寛容」とは、ある特定の抗原に対して攻撃しないという免疫系の性質を意味する。中でも自己抗原に対する免疫寛容である「自己免疫寛容」は外来抗原への反応性を維持しつつ自らの生体を守る重要な機構であり、その破綻は自己免疫疾患の発症へ直結すると考えられている。「自己免疫寛容」の制御は臓器移植や自己免疫疾患治療における最も重要な課題である。

1995年に坂口らによりFoxp3をマスター遺伝子とするCD4陽性CD25陽性T細胞が、自己免疫疾患を抑制する制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)サブセットとして報告された。現在では、CD4陽性CD25陽性T細胞は主に胸腺より分化し、胸腺内で発現する自己抗原に対する免疫寛容を誘導する「内因性Treg: naturally occurring Treg (nTreg)」として知られている。一方、末梢(胸腺外)で分化し外来性抗原などに対する免疫寛容を誘導する「誘導性Treg: induced Treg (iTreg)」の存在も報告されている。iTregとして、Type I regulatory T cell (Tr1)細胞、Th3細胞などが知られており、Tr1細胞はIL-10、Th3はTGF-Bといった抑制性サイトカイン産生を特徴とするが、いずれも実験系で誘導されるサブセットであり、定常状態で存在するサブセットとしては同定されていない。また、特異的な細胞表面マーカーも明らかではない。しかしながら、2009年、当教室の岡村らによりIL-10を高産生し、lymphocyte activation gene-3 (LAG-3)を細胞表面マーカーとするCD4陽性CD25陰性 Tregが報告された。

LAG-3は4つの免疫グロブリン様ドメインを有するI型膜貫通型蛋白であり、CD4と構造的な相同性を認め、CD4よりも強くMHC class IIに結合するという特徴を有する。LAG-3は主に活性化されたT細胞、Natural Killer細胞などに発現することが知られていたが、近年、CD4陽性CD25陽性 Tregの抑制能の一部を担っていること、T細胞のhomeostatic expansionを制御していることなどが報告され、LAG-3による免疫抑制能が注目されてきている。しかしながら、LAG-3の90%以上はCD4陽性CD25陰性 T細胞に発現しており、CD4陽性CD25陰性 T細胞におけるLAG-3の機能は不明であった。

岡村らは、CD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregは転写因子early growth response gene-2 (Egr2)を特異的に発現すること、また、Egr2を強制発現させたCD4陽性T細胞は、CD4陽性CD25陽性LAG3陽性 Tregと同様の表現型を獲得し、抗原特異的な免疫抑制能を有することを報告している。Egr2はzinc-finger型の転写因子であり、菱脳の形成、神経の髄鞘化に関わる重要な因子として知られていたが、近年、T細胞のアナジーの誘導に重要な転写因子であることが報告され、免疫恒常性維持におけるEgr2の関与に関心がよせられてきている。

今回の検討では、2系統のT細胞レセプター(TCR)トランスジェニックマウス(TEaマウスおよび、OT-IIマウス)を使用して、(1) TEaマウスが腸炎を自然発症すること、(2) TEaマウスはCD4陽性CD25陽性 Tregのみならず、CD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregも欠乏すること、(3) CD4陽性CD25陰性LAG3陽性 TregはTEaマウスの腸炎を抑制すること、(4) TCR revisionによりCD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregが分化・誘導されることを示した。

TEaマウス(H-2b haplotype)は、マウスMHCクラスII I-Ea鎖の52-68フラグメント(Ea52-68ペプチド)に特異的なTCRを有し、CD4陽性CD25陽性 Tregを欠乏することが既に報告されている。OT-IIマウスはニワトリ卵白アルブミン(OVA)に特異的なTCRを有するトランスジェニックマウスである。

当教室で飼育しているTEaマウスは飼育過程において激しい下痢、体重減少を認めた。そこで、TEaマウス大腸組織を検討したところ、正常同腹仔と比して著しい腸管壁の肥厚、炎症細胞浸潤を認め、TEaマウスは腸炎を自然発症することが判明した。TEaマウスの脾臓および、パイエル板では、CD4陽性CD25陽性 Tregのみならず、CD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregも欠乏していた。一方、OT-IIマウスはCD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregの減少傾向および、腸炎の自然発症は認めなかった。そこで、C57BL/6マウス(H-2b haplotype)のCD4陽性CD25陰性LAG3陽性 TregをTEaマウスに養子移入したところ、腸炎に対する有意な治療効果を認めた。

次に、これら2系統のTCRトランスジェニックマウスにおけるTCR revisionにつき検討を加えた。その結果、OT-IIマウスと比してTEaマウスはTCR revisionが低頻度であることが判明した。さらに、TCR revisionとLAG-3発現につき検討したところ、TCRクロノタイプが低発現となったCD4陽性T細胞において、LAG-3発現が誘導されることが判明した。この結果は、TEaマウスではTCR revisionが低頻度であり、CD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregを欠乏することと矛盾しない。近年、TEaマウスとOT-IIマウスは、抗原に対するTCR交差反応性に差がある可能性が指摘されている。これらのことより、自己抗原・食餌抗原・共生微生物抗原などに対するTCR交差反応性の違いが、TCR revisionをおこす頻度および、CD4陽性CD25陽性 TregとCD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregの分化・誘導の差異に関与している可能性が推測された。

今回の報告では、末梢性免疫寛容の制御におけるCD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregの役割と、その分化・誘導機序の解析を通じて、炎症性腸疾患を含めた自己免疫性疾患の成立にTCR revisionが関与していることを明確にした。興味深いことに、代表的炎症性腸疾患であるクローン病に関して、chromosome 10q21のSNP(一塩基多型)との強い相関が近年報告されたが、この遺伝子間領域はEgr2遺伝子と近接している。このことは、Egr2遺伝子がヒトにおける炎症性腸疾患関連遺伝子の強力な候補遺伝子であることを示唆しており、炎症性腸疾患をはじめとする自己免疫性疾患の治療においてCD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregが有効である可能性が考えられる。近年、自己免疫性疾患の薬物治療は長足の進歩を遂げているものの、臨床現場においては抗原非特異的免疫抑制による感染症を含めた副作用が大きな問題となっている。IL-10の末梢性免疫寛容における重要性は論をまたないが、ヒトにおける治療では、IL-10の半減期が短く血中濃度が維持出来ないことなどから十分な効果が得られていない。今後の臨床応用には細胞療法も含めたIL-10供給経路の工夫が必要である。

今回の検討におけるCD4陽性CD25陰性LAG3陽性 Tregの分化・誘導機序解明は、炎症性腸疾患を含めた自己免疫疾患における抗原特異的免疫抑制療法の開発の一助となると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、末梢性免疫寛容の制御におけるCD4陽性CD25陰性LAG3陽性制御性T細胞の分化・誘導機序を明らかにするために、C57BL/6マウスをbackgroundとする2系統のT細胞レセプター(TCR)トランスジェニックマウス(TEaマウスおよび、OT-IIマウス)を解析し、下記の結果を得ている。

1 TEaマウスの飼育過程における観察、大腸組織の組織学的検討を行いTEaマウスは腸炎を自然発症することを示した。

2 TEaマウス、OT-IIマウス、C57BL/6マウス(TEaマウスの正常同腹仔)の脾臓、パイエル板をフローサイトメトリーにて解析し、TEaマウスはCD4陽性CD25陽性制御性T細胞、CD4陽性CD25陰性LAG3陽性制御性T細胞が欠乏することを示した。

3 TEaマウスにC57BL/6マウスのCD4陽性CD25陰性LAG3陽性制御性T細胞を養子移入する系を用いて体重減少の計測、組織学的検討を行った。CD4陽性CD25陰性LAG3陽性制御性T細胞はTEaマウスの自然発症腸炎を抑制することを示した。

4 C57BL/6マウス、TEaマウス、ネオマイシンを内服させたTEaマウス、の各群について飼育過程における体重減少の比較検討を行った。TEaマウスの自然発症腸炎に腸内細菌叢が関与している可能性につき言及した

5 TEaマウス、OT-IIマウスの脾臓、パイエル板におけるCD4陽性細胞につきフローサイトメトリーにてTCRクロノタイプの解析を行った。CD4陽性CD25陰性LAG3陽性制御性T細胞の分化と、CD4陽性T細胞のTCR revisionに関連があること、OT-IIマウスに比してTEaマウスではTCR revisionが著しく低頻度であることを示した

以上、本論文はCD4陽性CD25陰性LAG3陽性制御性T細胞の機能および分化誘導機序を明らかにした。本研究は自己免疫疾患における抗原特異的免疫抑制療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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