No | 125979 | |
著者(漢字) | 木戸,亮 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キド,リョウ | |
標題(和) | 日本人生体腎移植ドナーの腎提供後腎機能 | |
標題(洋) | Postoperative kidney function in Japanese living kidney donors | |
報告番号 | 125979 | |
報告番号 | 甲25979 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3458号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 生体腎移植は1954年に初めて施行され、その後の免疫学の発展および免疫抑制剤やその使用法の進歩に伴い、著しい成績向上を遂げた。現在、世界的に増加する末期腎不全患者にとって、腎移植は唯一の根治的治療であり、重要な腎代替療法の選択肢の一つである。 生体腎移植においては、ドナーの安全性に対する最大限の注意が求められる。それは移植が行われる際の最優先事項であり、移植医療が正当な医療行為であるための前提である。ところが、ドナー自身の腎提供後の腎・生命予後を含めた安全性や、獲得し得る医学的リスクに関する詳細な検討・報告はこれまで乏しく、ドナーの安全性を保証するに足る論拠は不十分な状態であった。 そこで、ドナーの安全性の視点に基づいた適切なドナー選択基準、腎提供による医学的リスクの有無やその危険予測因子、腎提供後のドナー管理における臨床上の要点は何か、といった、依然として検討が乏しい問題について明らかにするため、日本人生体腎ドナーにおける診療録調査に基づいた臨床研究を行った。 最初に、日本人における生体腎ドナーの腎提供後腎機能の程度やその後の腎機能推移の実態について、それ自体報告が乏しいため、調査を行った。 研究その1:腎提供後生体腎ドナーの著しい低腎機能;慢性腎臓病(CKD)の概念は提供後の生体腎ドナーに適応されるか? (木戸,柴垣. 日本腎臓学会誌 2008; 50(7): 869-874) 【背景と目的】腎提供によって低腎機能となる生体腎ドナーの腎予後について検討は乏しい。そこで、腎提供によりドナーがCKD stage3相当の低腎機能となるその発症率と、その後の腎機能推移について詳細を検討した。 【方法】2001年2月から2005年12月までに、東京女子医大腎臓外科にて腎提供した237名の診療録を調査、術前から術後1年時まで(162名)、および3年時(77名)までの推定GFR値(eGFR)の推移を検討した。 【結果】腎提供前のeGFR中央値は70.6 ml/min/1.73m2だった。腎提供後1年時には、GFRは術前に比して平均約30%の減少を呈したが、ほとんど(90%以上)の日本人腎ドナーがCKD stage3相当の腎機能となり、eGFR中央値は47.7 ml/min/1.73m2であった。しかし術後1年から3年後にかけてのGFR推移は、平均で年間0.9 ml/min/1.73m2の増加を示し、一般には加齢によってGFRは経時的に低下すると報告されるCKDの概念とは明らかに異なった。この腎機能の改善傾向は術前および術後1年時の腎機能絶対値の高低に拠らず認められ、1年時eGFR40 ml/min/1.73m2未満の著しい低腎機能ドナーであっても同様の増加を示した。 【結論】多くの日本人ドナーは腎提供後にCKD stage3に進展するが、その後の腎機能の進展・増悪は認めなかった。CKDは一般に進行性腎機能障害を来すと考えられるが、元来わずかな進展危険因子しか保有しない生体腎ドナーにおいては、例え腎提供後に著しい低腎機能を呈しても、それだけでCKDの疾患概念を当てはめることは不適当であるのかもしれない。 このように、腎ドナーは低腎機能のみではその後の腎機能悪化リスクが高いとは見なされない可能性が示唆されたが、その一方で、実際に腎機能が悪化し、末期腎不全(ESRD)にまで進展するドナーが存在することもまた事実である。ドナーの安全性を向上させるためには、ドナーに対して何がそのような予後不良をもたらすのか、良く理解する必要がある。そこで次に、以下検討を行った。 研究その2:生体腎移植ドナーはいかにして腎提供後にESRDへ進展するのか? (Kido R et al. Am J Transplant 2009; 9: 2514-2519) 【背景と目的】生体腎ドナーが腎提供後にESRDへと進展する臨床経過や危険因子は明らかでなく、その詳細を検討した。 【方法】東京女子医大腎臓外科にて1971年6月から2007年12月までに腎提供した生体ドナーの診療録を調査、8名のESRDへ進展したドナー(症例群)を同定し、その詳細な腎機能推移と臨床経過を検討した。さらに、年齢、性別、術後観察期間を症例群とマッチさせた、24名の腎機能の安定したドナー(対照群)を抽出し、症例群と比較した。 【結果】交通事故でESRDへと進展した1名を除き、ESRDへと進展したドナーはいずれも、腎提供直後は進行性腎機能障害を呈さず、長期にわたって安定した腎機能を維持していた。しかし腎提供後の合併症、特にCKD進展危険因子として知られる尿蛋白、高血圧、心血管病や感染症などの獲得・発症を契機として、急激に腎機能低下が開始していた。対照群と比較して、ESRDへ進展した症例群は術後の持続尿蛋白、急性心血管イベント(急性心不全やショック)、入院を要する重症感染症(肺炎や腎盂腎炎)、そしてそれらCKD進展因子による入院、の発症率がそれぞれ有意に高かった。 【結論】生体腎ドナーは、腎提供後のCKD進展危険因子の獲得・発症に特に留意し、その予防や発症時の早期対応を行うために、例え腎機能が安定していたとしても、10年以上に渡る定期的な長期フォローアップが必要である。 最後に、ESRDに加えて腎提供後ドナーが避けるべき病態として、進行性腎機能障害を呈する腎臓病(持続尿蛋白やGFR進行性低下)が挙げられる。これは定期的な受診と加療を要し、術後も変わらない健康状態を保証すべき腎移植医療の原則に矛盾する状態である。これまでにその進展リスクや予測因子の検討はないため、以下の検討を行った。 研究その3: 持続性糸球体性血尿は腎提供後ドナーに進行性腎機能障害のリスクをもたらす (In submission) 【背景と目的】腎提供後ドナーが進行性腎機能障害を呈するリスクとその予測因子は不明である。特にドナーにおける顕微鏡的血尿が提供後腎機能に与える影響は明らかでなく、それらの関連性について詳細に検討した。 【方法】東京女子医大腎臓外科にて2001年4月から2007年10月に腎提供し、術後1年以降も同院を受診、術前後に尿検査を各2回以上施行した242名を検討した。尿蛋白は定性1+以上、血尿は尿沈渣で赤血球5個/HPF以上を陽性と判断、一度も陽性でなければ陰性、陽性・陰性の定義のいずれにも当てはまらない場合を間欠陽性と判断した。また3ヵ月以上の間隔の2回検査でいずれも陽性であれば持続陽性、変形赤血球(d-RBC)は一度の出現で陽性と判断した。 【結果】術前の持続血尿陽性は20名(8.3%)に認め、d-RBCの出現と有意に関連していた。術前の持続血尿はほとんどが術後にも持続し、術後の持続血尿陽性は37名(15.3%)に増加した。腎提供後の平均観察期間2.3年において、8.3%のドナーが持続尿蛋白陽性を呈したが、術前および術後にd-RBCを伴う持続血尿を、術前に間欠尿蛋白陽性または血圧130/85mmHg以上を呈するドナーにおいて、その発症率は有意に高かった。さらに、2年以上受診歴のある163名で提供1年以降の年間eGFR変動率(%)を検討、術後にd-RBCを伴う持続血尿を呈するドナーは有意に進行性腎機能低下と関連した。 【結論】d-RBCを伴う持続血尿は、腎提供前および提供後のドナーに進行性腎機能障害を呈する腎臓病への進展リスクをもたらす独立危険因子である。血尿を呈するドナー候補者の適格性評価には、例え単独血尿であっても、注意が必要である。 結語 日本人生体腎ドナーの多くは、現在のCKDの定義を用いると腎提供後にStage3の腎臓病と見なされるが、その後の腎機能推移は安定しており、単純に腎機能低値のみでドナーにCKDの概念を当てはめるべきではないのかもしれない。一方で、腎提供後の腎臓病やESRDへの進展を防ぐため、ドナー候補者の適格性評価には血尿所見を含めた慎重な精査を要し、腎提供後もCKD進展因子の獲得・発症に留意した長期経過観察が必要である。我々の結果より、持続糸球体血尿を呈するドナー候補者は除外されるべきであり、またドナーの血圧は術前に130/85mmHg以下にコントロールされるべきである。 | |
審査要旨 | 本研究は、生体腎移植ドナーの安全性の視点に基づいた適切なドナー選択基準、腎提供による医学的リスクの有無やその危険予測因子、腎提供後のドナー管理における臨床上の要点は何か、といった、依然として検討が乏しい問題について明らかにするため、診療録調査に基づいて行われた臨床研究である。3つの研究により、それぞれ以下のような結果が得られている。 1.日本人ドナーの術後腎機能を中心に実態調査が行われ、多くの日本人ドナーは腎提供後にCKD stage3に進展するが、その後の腎機能の進展・増悪は認めなかった。CKDは一般に進行性腎機能障害を来すと考えられるが、元来わずかな進展危険因子しか保有しない生体腎ドナーにおいては、例え腎提供後に著しい低腎機能を呈しても、それだけでCKDの疾患概念を当てはめることは不適当であるのかもしれないことが示唆された。 2.末期腎不全に進展した生体腎ドナーについて、その腎機能推移と進展危険因子が検討された。長期安定していたドナーと比較して調査したところ、腎提供直後から長期(10年以上)にわたって安定した腎機能を維持していたが、腎提供後に獲得した合併症、特にCKD進展危険因子(持続尿蛋白・高血圧・急性心血管イベント・重症感染症・入院イベント)の獲得・発症を契機として、急激に腎機能低下が開始していた。以上から、腎提供後のCKD進展危険因子の獲得・発症に特に留意し、その予防や発症時の早期対応を行うために、例え腎機能が安定していたとしても、ドナーは10年以上に渡る定期的な長期術後フォローアップが必要であることが示された。 3.腎提供前後の血尿所見と術後腎機能の関連性が調査された。その結果、腎提供前および後に持続糸球体性血尿を呈する生体ドナーは、有意に腎提供後の持続尿蛋白の出現や腎機能低下のリスクが高かった。以上から、血尿を呈するドナー候補者の適格性評価には、例え単独血尿であっても、注意が必要であり、持続糸球体性血尿を呈するドナー候補者は除外されるべきであることが示唆された。 上記の論文に対する審査の結果、その内容はいずれも実際の臨床医学において応用可能な新知見を多く含むものと評された。本研究の結果は、今後の腎移植医療の安全性向上に大きく寄与するものと考えられ、審査会の終了時において、上記題目の論文は博士学位論文として適当であり、学位授与に値するものと判断された。 | |
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