学位論文要旨



No 125980
著者(漢字) 木村,公一
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,コウイチ
標題(和) 高ホモシステイン血症が心血管系に及ぼす障害作用に関する検討
標題(洋) Investigation of The Cardiovascular Dysfunction Induced by Hyperhomocysteinemia
報告番号 125980
報告番号 甲25980
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3459号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 特任准教授 後藤田,貴也
 東京大学 講師 竹中,克
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
内容要旨 要旨を表示する

背景

ホモシステインは必須アミノ酸のひとつであるメチオニンの代謝過程において産生される含硫アミノ酸である(本文Figure 1)。1969年、先天性アミノ酸代謝異常のひとつである高ホモシスチン尿症が初めて報告された。その後の研究により、患者はシスタチオニンβシンターゼ遺伝子の欠損により高度(>100μmol/L)の高ホモシステイン血症(HHcy)をきたし、高度のHHcyは幼少時より動脈硬化を進行させ、高頻度に心筋梗塞や脳梗塞をおこすことが明らかとなった。一方で1995年以降の大規模試験において一般成人においても軽度~中等度のHHcyが多数存在し、それらは心血管疾患、血栓症、脳梗塞などの独立した危険因子であることが明らかとなった。しかし、ホモシステインが心血管疾患をきたす機序については現在においても十分に解明されていない。

目的

本研究はホモシステインがどのような機序で心血管障害をおこすのかを明らかにし、治療法につながる基礎データを得ることを目的とする。

方法

メチオニン添加餌を与えた高ホモシステイン血症(HHcy)モデルラットを用いて、HHcyが血管および心臓に及ぼす障害作用を検討した。

血管障害モデル(軽度HHcyモデル)

ラットを (1)コントロール群(通常餌) (2)メチオニン投与群(1.2%メチオニン含有餌) (3)プロブコール同時投与群(1.2%メチオニン+1.0%プロブコール含有餌) (4)プロブコール単独投与群(1.0%プロブコール含有餌) の4群に分けて飼育し4週間後に血管障害について検討した。

心障害モデル(中等度HHcyモデル)

ラットを (1)コントロール群(通常餌) (2)メチオニン投与群(2.4%メチオニン含有餌) (3)プロブコール同時投与群(2.4%メチオニン+1.0%プロブコール含有餌) (4)プロブコール投与群(1.0%プロブコール含有餌) の4群に分けて飼育し12週間後に心障害について検討した。

また心障害の分子生物学的機序に関して報告がほとんどないため、培養心線維芽細胞にホモシステインを直接添加するin vitroの実験系で作用機序の検討を行った。

結果

血管障害モデル(軽度HHcyモデル)

1.2%メチオニン餌の4週間負荷によって軽度(12-30μmol/L)高ホモシステイン血症(HHcy)モデルを作成することができ、プロブコールを加えてもホモシステイン濃度に影響を与えないことも確認した(Figure 2)。

血管における酸化ストレスをMDA+4HNE分析法を用いて評価したところメチオニン群において酸化ストレスが上昇しており、強力な抗酸化作用をもつプロブコール同時投与群では酸化ストレスの上昇は抑制された(Figure 3)。

血管内皮機能(アセチルコリン濃度依存性の動脈拡張)はメチオニン群で低下しており、プロブコール同時投与群では内皮機能は改善した(Figure 4)。

バルーンによる血管内腔傷害後における血管新生内膜増殖(経皮的冠動脈形成術(PCI)後再狭窄モデル)を評価したところ、メチオニン群において新生内膜増殖の亢進とそれに伴う血管内腔の高度狭窄を認めた。この変化はプロブコール同時投与群で抑制された(Figure 5)。またバルーンによる内皮剥離後の再内皮化を評価したところ、メチオニン群で再内皮化率が低下しており、プロブコール同時投与群で改善していた(Figure 6)。

これらの結果より、HHcyにおける血管障害(動脈硬化)は ホモシステイン→血管内酸化ストレス亢進→血管内皮機能障害→動脈硬化進展 と一連の過程により引き起こされると考えられる(Figure 15)。また高ホモシステイン血症があるとPCI後の再狭窄率が高いことが報告されているが、本研究で得られた結果から判断すると酸化ストレスによる新生内膜増殖および再内皮化反応の抑制がその一因であると考えられた。これらの反応は抗酸化剤であるプロブコールの同時投与によって抑制されることが、本研究によって初めて明らかとなり、高メチオニン血症を伴う血管疾患患者における新たな治療選択肢として、その有用性が期待される。

心障害モデル(中等度HHcyモデル)

2.4%メチオニン餌の12週間負荷によって中等度(30-100μmol/L)高ホモシステイン(HHcy)モデルを作成することができ、プロブコールを加えてもホモシステイン濃度に影響を与えないことを確認した(Figure 7)。

心臓における酸化ストレスをDHE染色法を用いて評価したところメチオニン群において酸化ストレスが上昇しており、強力な抗酸化作用をもつプロブコール同時投与群では酸化ストレスの上昇は抑制された(Figure 8)。

シリウスレッド染色による病理評価において、心筋間質へのコラーゲン沈着による心筋線維化はメチオニン群で亢進しており、プロブコール同時投与群では線維化は抑制された(Figure 9)。 Miller-tipカテーテルによる左室内圧測定において、メチオニン群で左室収縮能(+dP/dt)の軽度低下傾向、左室拡張能(-dP/dt)の低下傾向を認めた(Figure 10)。心エコー評価では左室壁の壁厚増加傾向、左室収縮能(%FS)の低下傾向を認め、プロブコール同時投与群においてこれらの変化は抑制される傾向にあった(Figure 11)。

病理所見において著しい心筋線維化を認めたことから、その分子生物学的機序においてサイトカイン形質転換増殖因子(TGFβ1) (線維化反応におけて最も重要な働きをすることが判明している調節因子)を中心とした細胞内カスケードが動いていると予想された。心筋内におけるTGFβ1のmRNA発現量を評価したところ、心室内におけるTGFβ1の発現はメチオニン群で上昇しており、プロブコール同時投与群にてその上昇は抑制されていた。またTGFβ1カスケードの下流にあるコラーゲン1およびフィブロネクチンの発現量もメチオニン群で上昇傾向であった(Figure 12)。

すでに血管障害モデルにおいてHHcyに伴う酸化ストレスが血管障害をきたすことを明らかにしているため、心障害モデルにおけるこれらの変化は冠動脈障害に伴う変化である可能性を否定できない。そこでラット新生仔心臓より線維芽細胞を抽出し初代培養し、ホモシステインを培地上清に直接添加することで血管の影響を排除した負荷モデルを作成し、同様にTGFβ1のカスケードが動くか検討した。

線維芽細胞に対してホモシステイン添加刺激を与えたところ2時間後をピークにTGFβ1のmRNA発現亢進を認めた。この上昇はホモシステインと同時に内因性抗酸化物質であるSODを加えることで抑制され、ホモシステイン刺激8時間後には蛋白発現レベルでも同様の変化が確認された(Figure 13)。次にTGFβ1の下流にあるCollagen1の発現について検討したところ、ホモシステイン添加刺激により24時間後をピークにmRNA発現亢進を認めた。この変化もSODによって抑制された(Figure 14)。

加えてTGFβ1カスケードの上流に位置すると報告されているEgr1(初期増殖応答因子)の発現を検討したところ、ホモシステイン刺激により30分後をピークにmRNA発現の亢進、1時間後をピークに蛋白発現の亢進を認めた。ホモシステイン刺激30分後におけるEgr1のmRNA発現亢進は抗酸化剤であるNACを加えることで濃度依存的に抑制された(Figure 17)。

以上の結果より、HHcyにおける心障害は ホモシステイン→酸化ストレス亢進→Egr1→TGFβ1カスケード→Collagen1→心筋線維化→左室拡張障害・収縮障害→心不全 と一連の過程により引き起こされると考えられた(Figure 16)。ホモシステインが心不全を惹起する一連の機序を本研究で初めて明らかにできた。これらの反応はプロブコールの同時投与により抑制されることも明らかとなった。高メチオニン血症を伴う心疾患患者における新たな治療選択肢として、その有用性が期待される。

結語

本研究により高ホモシステイン血症に伴う酸化ストレスが心血管障害をきたすことが明らかとなった。抗酸化剤であるプロブコールはこの心血管障害を抑制できることも判明し治療選択肢のひとつとして期待される。軽度~中等度の高ホモシステイン血症は一般人口の数パーセントにのぼるため、本研究の臨床的意義とその影響範囲は大きいと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、疫学研究にて強い関連が指摘されている高ホモシステイン血症と心血管疾患に関して、高ホモシステイン血症による直接的な血管および心臓への障害機序ならびにその治療法について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1)血管障害ラットモデルにおいて、高ホモシステイン血症は血管の酸化ストレスを亢進させ、血管内皮機能の障害をきたすことが示された。

2)血管のバルーン障害ラットモデルにおいて、高ホモシステイン血症は新生内膜形成を亢進させ、再内皮化の障害をきたすことが示された。

3)いずれの結果も強い抗酸化作用をもつプロブコールを内服させることで抑制されることが示された。高ホモシステイン血症による血管障害には酸化ストレスが関与しており、抗酸化作用をもつ薬が治療選択肢の一つとなることが示唆された。

4)一方で心臓障害ラットモデルにおいても、高ホモシステイン血症は心臓の酸化ストレスを亢進させ、心筋間質へのコラーゲン沈着、心筋線維化をきたすことが示された。

5)心筋線維化に伴い、左室内圧測定ならびに超音波検査によって左室拡張能および収縮能が低下し心肥大をきたす傾向が示された。

6)分子生物学的機序の解析によると、高ホモシステイン血症はラット心におけるサイトカイン形質転換増殖因子(TGFβ1)、ならびにその下流にあるCollagen1およびFibronectinのmRNA発現を亢進させた。

7)心筋線維芽細胞を用いたin vitroの検討によっても、培地へのホモシステイン添加刺激はTGFβ1とCollagen1の発現を亢進させた。これらの変化は抗酸化剤を同時添加することで抑制されることも合わせて示された。高ホモシステイン血症による心障害にも酸化ストレスが関与しており、それは血管障害と独立におこることが示された。

8)TGFβ1カスケードの上流に位置すると報告されているEgr1(初期増殖応答因子)の発現もホモシステイン刺激により亢進を認め、抗酸化剤で抑制された。

9)ホモシステインが心不全を惹起する一連の機序(高ホモシステイン血症→心臓酸化ストレス亢進→Egr1発現亢進→TGFβ1発現亢進→Collagen1発現亢進→コラーゲン沈着・心臓線維化→心機能障害)が本研究により明らかにされ、これらの反応は抗酸化薬の同時投与により抑制されることが示された。

以上、本論文は高メチオニン血症を伴う酸化ストレスが心血管障害をきたすことを明らかにし、心障害の分子生物学的機序ならびに、プロブコールがこれらの心血管障害を抑制する治療薬の一つになりうることを初めて示したものである。高ホモシステイン血症は一般人口の数%にのぼるため本研究の臨床的意義とその影響範囲は大きく、学位の授与に値するものと考えられる。

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