学位論文要旨



No 125983
著者(漢字) 後藤,絵理子
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,エリコ
標題(和) ペルフルブタン造影超音波検査(Kupffer相)の肝細胞癌結節検出能に関する研究
標題(洋)
報告番号 125983
報告番号 甲25983
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3462号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

序文

肝細胞癌の多くは肝線維化の進行した慢性肝疾患、とくに肝硬変を基盤として発生する。したがって高危険群の設定が可能であり、実際に、ウイルス性慢性肝炎患者等のマネージメントにおいては、肝細胞癌早期発見のための画像診断の定期的施行が不可欠となっている。一般に古典的肝細胞癌結節の血流は動脈血優位であり、門脈血優位の肝実質とは対照的である。このため、造影剤を用いて動脈相および遅延相のCTを撮影することにより肝細胞癌の診断が可能である。AASLDのガイドラインでも、造影CTにおいて動脈相で高吸収域、遅延相で低吸収域を呈することを肝細胞癌の診断基準としている。しかし、コストおよびX線被爆を考慮すると全ての肝細胞癌スクリーニングを造影CTで行うことは現実的ではなく、ガイドラインにおいてもBモード超音波検査によるスクリーニングが推奨されている。一般にはBモード超音波検査で結節性病変の存在が疑われた場合に、造影CT、造影MRI等による質的診断が行われている。しかし、これら2次の画像診断は特殊な装置を要し、超音波による1次スクリーニングに引続いて直ちに行うことは困難な場合が多い。このため、超音波検査で肝腫瘍の質的評価を行う試みがなされてきた。超音波ドプラ法を併用することで、腫瘍の動脈血流を調べることができる。腫瘤へ流入する動脈血流が観察された場合には肝細胞癌の診断が可能である。しかし、肝細胞癌において必ずしも栄養血管が観察されるとは限らず、また場所によりアーチファクトの影響をうけることもあり、その診断能には限界がある。

超音波造影剤を用いた質的評価も試みられた。通常、超音波造影剤は微小気泡を含んでおり、超音波照射を受けることによって気泡が共振し、さらに一定の音圧閾値以上で崩壊、消失する現象を利用している。2007年に第二世代造影剤として登場したソナゾイドはリン脂質の被膜をもつペルフルブタンが主成分で、気泡の崩壊をおこさない程度の音圧を用いて、共振現象を映像化することで超音波像を得られるため、リアルタイムで長時間の観察が可能となった。また、ソナゾイドは特に肝臓のKupffer細胞に貪食されるという特徴的な性質があり、Kupffer細胞を持たない肝細胞癌を含む悪性腫瘍と、周囲の肝実質の間にコントラストが生じることから腫瘍の良性悪性の鑑別に有用な薬剤として脚光をあびることとなった。

すでにソナゾイドによる腫瘍の質的診断や、ラジオ波焼灼療法などにおける治療支援としての有用性を示す論文がいくつか報告されている。しかし、これらの報告においては感度の判定基準が厳密に定められてはおらず、また、ソナゾイド造影超音波検査の特異度は十分に評価されていない。その特性を明らかにするためには感度および特異度に関する客観的エビデンスが必要であると思われる。本研究では肝細胞癌スクリーニングにおけるソナゾイド造影超音波検査の役割を検討するために、肝細胞癌結節検出に関する感度と特異度を、ダイナミックCTを標準検査として調べ、非造影超音波検査と比較した。

対象と方法

1)対象症例

2007年12月から2009年4月までの間に、腹部ダイナミックCTで肝細胞癌と診断され治療目的に東京大学医学部附属病院消化器内科に入院した、連続する初発未治療肝細胞癌患者100人を対象とした。この研究はヘルシンキ宣言(2004年)に遵守して行われ、東京大学医学部の倫理委員会にて承認された。(承認番号1894 H19年12月3日承認。)

2)CT

肝細胞癌の診断根拠となったダイナミックCTはToshiba製Aquilion(TM) 64、またはGE製LightSpeed VCTを用いて、非イオン性造影剤2.0ml/kgを、30秒で急速静注した後、動脈早期相(25秒)、動脈後期相(40秒)、遅延相(120秒)の3相を撮影した。画像再構成はスライス厚2.5mm、スライス幅1.5mmであった。動脈相で高吸収域、遅延相で周囲肝実質と比較して低吸収域となる結節を肝細胞癌と診断した。

3)超音波検査

患者が入院した後(CTから1ヶ月以内)Toshiba製 SSa-770Aを用いて、通常Bモードおよびソナゾイド造影モードで腹部超音波検査を行った。ソナゾイド造影モードは位相反転法、低音圧設定 (mechanical Index (MI) , 0.2-0.3)でゲインは75-90dB、ダイナミックレンジは45dB、フレーム数は15/秒で観察した。フォーカスポイントは8-10cmの深さに設定した。ソナゾイドは付属の注射用水2mlに混ぜ、1分間振盪したのち、0. 5ml/kgをボーラス静注した。ソナゾイド投与後15分以降をKupffer 相とした。

4)動画記録

はじめに、Bモード非造影超音波検査では左葉外側区、左葉内側区、右葉前区域、右葉後区域についてそれぞれ2方向から走査を行い、区域ごとに別個の動画として保存した。ソナゾイド投与後のKupffer 相でも同様の走査を区域ごとに行い、別個の動画として保存した。全ての動画は800×600ピクセル無圧縮15フレーム/秒のaviフォーマットで保存した。

5)診断方法

一患者あたり非造影、造影超音波検査それぞれ4区域ずつ、100人の患者で計800セットの動画ファイルを保存し、個人識別情報を削除した上でこれを乱数表により無作為に並べ替えた。腹部超音波検査に十分な経験をもつ2名の観察者(A,Bとする)が各動画ファイルを1番から順に読影し、それぞれの動画での肝細胞癌の有無および個数を記録した。

6) 肝細胞癌診断能の評価

非造影超音波および造影超音波の各区域における肝細胞癌検出能について、同部位のダイナミックCT上の肝細胞癌検出の有無を基準として感度および特異度を評価した。また、観察者間の評価の一致についてはκ係数を計算した。非造影超音波検査と造影超音波検査で同一観察者の評価が異なった区域についてはその背景について詳細に検討した。また、超音波検査による検出に影響を与えた因子について各肝細胞癌結節単位でも検討した。

結果

1) 患者背景

対象は、平均年齢67.5歳、男性が60人(60%)であった。HCV関連肝癌が77.0%を占めた。ダイナミックCT上、計138個の肝細胞癌結節が存在し、平均腫瘍径は23.1±7.7mmであった。1区域に複数の肝細胞癌結節が存在する場合もあるため、区域単位では123/400に肝細胞癌が存在した。

2)観察者間の判定の一致

非造影超音波検査において二人の観察者の判定のκ係数は0.732(95%信頼区間0.659-0.804)また、造影超音波検査におけるκ係数は0.718(95%信頼区間0.637-00.799)であり、観察者A,Bの判定の一致は良好であった。

3)肝細胞癌検出の特異度

ダイナミックCTを基準とした非造影超音波検査の肝細胞癌検出の特異度は観察者Aで0.902、観察者Bで0.949であった。ソナゾイド造影超音波検査の特異度はそれぞれ0.986、0.978であった。すなわち両観察者においてソナゾイド造影により肝細胞癌診断の特異度が上昇した。造影後偽陽性となった区域(観察者A、Bで各2区域)について、対応するCTおよび非造影超音波画像を調べるといずれも肝嚢胞が存在した。一方、非造影超音波で偽陽性となった25区域(観察者A)および10区域(観察者B)が造影超音波では肝細胞癌非存在と正しく判定された。

4)肝細胞癌検出の感度

区域単位の非造影超音波検査の肝細胞癌検出感度は観察者Aで0.837、観察者Bで0.846であった。また、ソナゾイド造影超音波検査の感度はそれぞれ0.732、で0.831であり、造影超音波検査では検出感度はむしろ若干低下した。尤度比を計算すると、ソナゾイド造影超音波検査で肝細胞癌結節が疑われた場合の陽性尤度比は43.4と極めて大きい。一方、結節を認めなかった場合の陰性尤度比は0.22であった。非造影超音波で肝細胞癌が検出され、造影後偽陰性となった区域は観察者Aで23、観察者Bで18あった。ソナゾイド造影後の検出感度低下の原因を調べるために肝細胞癌結節単位で非造影および造影超音波検査において非検出となった因子について検討した。非造影超音波検査でもソナゾイド造影超音波検査でも径の小さい結節が検出されにくい傾向が示されたが、非造影超音波検査で検出された結節がソナゾイド造影により偽陰性となる原因とは認められなかった。

考察

今回の研究により、ソナゾイド造影超音波検査の肝細胞癌検出に関する特異度は極めて高いことが確認された。ソナゾイド造影超音波検査で肝細胞癌と診断された場合は、ただちに治療方針の決定など次のステップに進むことが可能と思われる。少数例で肝嚢胞を肝細胞癌と誤診したが、これはKupffer相で嚢胞に特異的な後方陰影増強が確認しにくくなるためと思われる。実際の臨床では非造影超音波検査に引き続いてソナゾイド造影を行うため、このような誤診が生じる可能性はさらに少ない。一方で、ソナゾイド造影超音波検査の肝細胞癌検出に関する感度は必ずしも高くないことも示された。今回の検討では観察者に臨床情報が伏せられ、スキャンも均一であるなど感度は過小評価された可能性が高い。しかし、これらの条件は非造影、造影で同じであり、ソナゾイド造影は特異度を向上させるが、感度の点では十分でないと考えられた。造影超音波の肝細胞癌検出に関する陽性尤度比は43.4、陰性尤度比は0.22であり、確定診断に相応しいが除外診断には十分でない。臨床では非造影から造影までを一連の検査として行い、vascular相も併用して感度を向上させることが重要と考えられた。

結論

ソナゾイド造影超音波はBモード超音波で腫瘤性病変が疑われた時に引続き行う低侵襲の確認検査として有用である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は超音波造影剤ソナゾイドの結節検出能を明らかにするために新規未治療肝細胞癌患者を対象として、非造影超音波と造影超音波のKupffer相における結節検出の有無を区域ごとに評価したものであり、下記の結果を得ている。なお評価は、臨床情報を持たない、腹部超音波に十分な経験を持つ二人の観察者の動画読影結果に基づいて行った。

1. 2007年12月から2009年4月までの間に腹部ダイナミックCTで肝細胞 癌と診断された初発未治療肝細胞癌患者100人において、ダイナミックCT上の肝細胞癌描出を参照基準とした場合、肝の区域単位では123/400区域に肝細胞癌が存在した。

2.ダイナミックCTにおいて肝細胞癌が存在した区域について、対応する非造影、造影超音波検査動画における肝細胞癌結節検出の感度を計算した。非造影超音波検査の肝細胞癌検出感度は84%、ソナゾイド造影超音波検査における感度は78%であり、ソナゾイド造影超音波検査おいて肝細胞癌検出感度は低下した。

3.ダイナミックCTにおいて肝細胞癌が存在しない区域について、非造影超音波検査およびソナゾイド造影超音波検査の動画における肝細胞癌結節検出の特異度を計算したところ、非造影超音波検査の肝細胞癌検出特異度は93%、ソナゾイド造影超音波検査の特異度は98%であり、ソナゾイド造影超音波検査において特異度が上昇した。

4. ソナゾイド造影超音波検査で肝細胞癌結節が疑われた場合の陽性尤度比は43.4と大きく、一方、結節を認めなかった場合の陰性尤度比は0.22と低くなかった。

以上のことから本論文は、ソナゾイド造影超音波検査が肝細胞癌のスクリーニングにおいて非造影超音波検査に代わるものではなく、非造影超音波検査で腫瘤性病変が疑われた時に引き続き行える、低侵襲の確認検査として有用であることを示した。本研究は肝細胞癌患者の診断に関して重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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