学位論文要旨



No 125984
著者(漢字) 後藤,悌
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ヤスシ
標題(和) 進行非小細胞肺がんの一次化学療法が,二次化学療法の効果に及ぼす影響について
標題(洋) Influence of first line chemotherapy on the efficacy of second line chemotherapy in advanced non-small cell lung cancer.
報告番号 125984
報告番号 甲25984
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3463号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 講師 土肥,眞
 東京大学 准教授 中島,淳
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的

本研究の目的は,非小細胞肺がんにおいて,一次治療の薬剤,治療効果が,ドセタキセルによる二次治療に寄与するかどうかを調べ,二次治療の効果予測因子を探索することである.

一次治療として頻用されているパクリタキセルは,ドセタキセルと同じタキサン系の抗がん剤に属する.したがって,一次治療でパクリタキセルを使用すると,腫瘍はタキサン系の薬剤に耐性となり,二次治療のドセタキセルの効果が薄まる可能性が考えられた.一次治療としてのパクリタキセル,二次治療としてのドセタキセルは,お互いに独立に有効性が検証されてきたので,この組み合わせ,順序が本当に正しいのかという日常臨床の疑問は,前向き臨床試験では検討されていない.また,二次化学療法の効果は限定的である一方で,ドセタキセル以外のペメトレキセート,EGFR-TKI(上皮増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬)などの複数の薬剤が選択肢となるために,各薬剤による治療の効果予測因子を同定することが望まれる.

方法

国立がんセンター中央病院のデータベースより,組織学的ないしは細胞学的に非小細胞肺がんと診断され,ドセタキセルによる化学療法を受けた症例を対象とした.一次治療として,切除不能局所進行ないしは遠隔転移であったために白金製剤(シスプラチン,カルボプラチン)を含む化学療法を受けたのちに再発した症例に絞った.

白金製剤を含む治療は,臨床的に有効である限りは続けていることを原則とした.一次化学療法がカルボプラチン+パクリタキセルであったP(paclitaxel)群と白金製剤とパクリタキセル以外の薬剤の併用療法であったNP(non-paclitaxel)群に分類して解析をした.

本研究は,国立がんセンターが,取得している包括同意のもとで行われた.すべての治療は,医師による説明と,患者の紙面による同意の上で行われた.

抗腫瘍効果は, WHOが提唱した基準で評価した.全生存期間は,ドセタキセル治療開始日より死亡または観察期間の最終日までと定義した.ドセタキセルの治療の効果に関係する可能性のある因子の探索は,抗腫瘍効果を効果あり(CR: Complete Response, PR: partial response)・なし(SD: Stable disease, PD: progressive disease)の二つに分類した場合はロジスティック回帰分析,生存をアウトカムとした場合はコックス比例ハザード解析を使用した.すべての統計解析において,有意水準は5%とした.

結果

2001年の1月から2006年の4月までの間に,白金製剤を含む化学療法の後に,ドセタキセルによる治療を受けた227症例ついて解析を行った.127例が一次治療(ドセタキセルの前化学療法)としてパクリタキセルが使用されておりP群,100例が一次治療としてパクリタキセル以外の薬剤が使用されておりNP群に分類された.各治療において評価する病変がない場合があったために,各解析での対象は図1のようにした.

2007年10月の解析時には,227例中187例が死亡していた.観察期間中央値は,全症例においては10.2ヶ月(範囲:0.3-66.9ヶ月),追跡不能ないしは解析時に生存していた症例においては18.9ヶ月(範囲:0.8-66.9ヶ月)であった.

放射線療法は,局所進行III期に対してシスプラチンとビノレルビンを併用して行われていたために,NP群のみに行われていた.

P群とNP群における,ドセタキセルの奏効割合はそれぞれ14.2%と16.0%,疾患制御割合(CR+PR+SD)は78.0%と70.0%,生存期間中央値は10.9ヶ月と11.1ヶ月であった.一次化学療法の効果がCR / PRまたはSD / PDであった症例のドセタキセル治療の効果は,P群で21.8%と9.4%(p=0.074),NP群で25.0%と12.0%(p=0.164)であった.全生存期間は,一次化学療法の効果(CR / PR対SD / PD)で有意差を認めなかった.

一次化学療法のレジメンが,シスプラチンとビノレルビン併用のV群(38例),カルボプラチンとパクリタキセル併用のP群(127例),その他のO群(62例)の生存期間中央値はそれぞれ,10.0ヶ月,10.8ヶ月,10.1ヶ月であり,有意な差を認めなかった.

一次化学療法のレジメンを微小管阻害作用のあるビノレルビンとパクリタキセル(T群)と,その他(NT群)に分類したときも,2群の生存期間に明らかな差は認めなかった.

ドセタキセル治療に影響を及ぼす因子の探索的検討

多変数解析においては,性別,年齢,ドセタキセル治療開始時のPSを調節因子とすると,一次化学療法の腫瘍縮小効果は,ドセタキセル治療の腫瘍縮小効果に有意な影響を及ぼしていた(オッズ比2.93,95%信頼区間1.28-6.72).一次化学療法の腫瘍縮小効果が,ドセタキセル治療の腫瘍縮小効果に及ぼす影響は,P群(オッズ比2.13,95%信頼区間0.67-6.70),NP群(オッズ比3.82,95%信頼区間1.09-13.5)の両群において同様の傾向が見られた.

ドセタキセル治療の全生存期間への,一次化学療法のレジメンや腫瘍縮小効果の影響は明らかではなかった.ドセタキセル治療開始日から一次化学療法最終日の間隔は,単変数,多変数解析において,生存期間の延長に寄与していた.

考察

本研究では,一次化学療法のレジメンで分類することにより,パクリタキセルによる治療を受けていることは,後続するドセタキセル治療の効果に影響を及ぼさないことを示した.また,一次化学療法の治療効果は,ドセタキセル治療の生存期間には寄与していなかったが,奏効割合で評価したドセタキセル治療の抗腫瘍効果には関係があった.

ドセタキセル治療前のパクリタキセル治療歴

ドセタキセルを二次化学療法で評価した試験では,パクリタキセルによる前治療は除外基準とするか,交差耐性について詳細な報告をしていないものしかない.本研究は,パクリタキセル治療歴の有無によって2群に分類し,パクリタキセルによる治療歴が後続するドセタキセルの治療効果に影響を及ぼさないことを明らかにした.

二次化学療法の効果予測因子としての一次化学療法

本研究では,一次化学療法の腫瘍縮小効果が二次治療の腫瘍縮小の予測因子である可能性を示した.一方で,一次化学療法の腫瘍縮小効果は,二次化学療法の生存期間の効果予測因子ではなかった.このことは,抗がん剤に対する腫瘍縮小効果は高くても,リバウンドも大きい腫瘍がある可能性を示唆している.

抗がん剤の作用機序と効果

前臨床においては,ドセタキセルの殺細胞効果がパクリタキセルより高いとされているが,臨床においては,この優位性は示されていない.本研究は,肺がんにおいて,パクリタキセルとドセタキセルは部分交差耐性の関係にある可能性を示唆している.

ビンカアルカロイドも,タキサンと同様に,微小管阻害作用を有する抗がん剤である.前化学療法で,ビノレルビンとパクリタキセルを合わせた微小管阻害薬を使用した群と,その他の治療では,全生存期間は変わらず,前化学療法で,ビノレルビンを使用した群,パクリタキセルを使用した群,その他の抗がん剤を使用した群で分類しても,生存期間に有意差がなかった.ドセタキセル治療後の生存は,パクリタキセルや,ビノレルビンの治療歴に影響を受けないと考えられる.

抗がん剤治療の効果を判定する方法について

ドセタキセル治療の効果は,ドセタキセル治療開始からの全生存期間と腫瘍縮小効果で評価した.他にも,「原病による死亡までの時間(time to death due to disease)」や無増悪生存期間(progression-free survival)」などがあるが,バイアスが少なく,評価の客観性が高いと考え,腫瘍縮小効果を利用した.

2群間の患者背景のばらつきについて

NP群に放射線化学療法による治療をするIII期が集中したために,手術療法や放射線療法を受けている症例の割合は, 2群間で大きく異なった.本研究では,P群とNP群で一次化学療法の奏効割合に有意差がなく,実際にドセタキセルによる治療を開始するときにも,化学療法と放射線療法の効果を別個に判断することができないので,III期を含めた集団を解析対象とすることを妥当と考えた.

その他の化学療法について

一次・二次以外の化学療法が行われている症例は,P群で多い傾向にあった.後治療の効果は評価できておれず,両群間の使用頻度の差は,初回治療の効果がドセタキセルの腫瘍縮小効果には影響があるが,生存には差がなかったことの原因になっているかも知れない.

毒性の評価について

本研究でも毒性について考慮したが,診療録の記載が不十分なために,評価に耐えうるものが得られなかった.解析に当たって,毒性が明らかに過小評価されている印象があった.

結語

本研究によって,非小細胞肺がんに対するドセタキセルの二次治療は,一次化学療法がパクリタキセルであっても,他の薬剤であったときと同等の効果が得られること,一次化学療法で効果があったことは,ドセタキセル治療の腫瘍縮小の効果予測因子となる可能性が示唆された.今後は,各患者に,どの薬剤が有効であるかという,治療の個別化がより重要となってくる.本研究の結果は,ドセタキセル治療を選択する指標となり,後ろ向きではあるが,日常臨床の疑問に対する解答の一つを提示できた.

図1 解析対象のフローチャート

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,非小細胞肺がんにおいて,一次治療の薬剤,治療効果が,ドセタキセルによる二次治療に寄与するかどうかを調べ,二次治療の効果予測因子を探索した.なかでも,一次化学療法のレジメン,とくに同じタキサン系であるパクリタキセル使用の有無が,ドセタキセル治療に影響を及ぼすかどうかを解析するため,一次化学療法のレジメンをパクリタキセル治療歴の有無で分類することにより,下記の結果を得ている.

1.パクリタキセル治療歴の有無によって,二次治療としてのドセタキセルの効果は,腫瘍縮小効果,疾患制御割合,生存期間において,有意差がなかった.ドセタキセルと作用機序を同じくするパクリタキセルを使用していても,ドセタキセル治療は有効である.

2.ドセタキセルと同様に,微小管阻害作用のあるビンカアルカロイドとパクリタキセルの使用歴の有無で分類しても,ドセタキセル治療の効果には有意差がなかった.ビンカアルカロイド,パクリタキセル,その他の治療群で比較した際も,同じであった.ビンカアルカロイド,パクリタキセルとドセタキセルは部分交差耐性であると考えられる.

3.一次化学療法にかかわる因子の中で,後続するドセタキセル治療の腫瘍縮小の効果予測因子であったのは,腫瘍縮小効果だけであり,レジメンは効果予測因子ではなかった.ドセタキセル開始後の全生存時間は,一次化学療法のレジメンや効果の影響を受けなかった.

以上から,非小細胞肺がんに対するドセタキセルの二次治療は,一次化学療法がパクリタキセルであっても,他の薬剤であったときと同等の効果が得られること,一次化学療法で腫瘍縮小の効果があったことは,ドセタキセル治療の腫瘍縮小の効果予測因子となる可能性が示唆された.今後は,各患者に,どの薬剤が有効であるかという,治療の個別化がより重要となってくる.本研究の結果は,ドセタキセル治療を選択する指標となり,後ろ向きではあるが,日常臨床の疑問に対する解答の一つを提示できた

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