学位論文要旨



No 125986
著者(漢字) 篠原,明仁
著者(英字)
著者(カナ) シノハラ,アキヒト
標題(和) 活性酸素による血球分化の制御
標題(洋)
報告番号 125986
報告番号 甲25986
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3465号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 宮川,清
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

活性酸素(ROS : reactive oxygen species)に関しては、酸化ストレスによる生体分子の酸化的損傷といった負の側面が歴史的に長く論じられてきた。しかし近年はROSが重要なシグナル伝達物質の一つであることが認知され血液領域においてもその正常の生理的機能に関する研究が多く発表されるようになった。造血幹細胞から血球前駆細胞レベルではROSは低く保たれていえると考えられ、造血幹細胞での細胞内ROSの上昇は造血幹細胞の枯渇を招くとされている。しかし、細胞内における活性酸素の発生源として重要なNOX遺伝子は造血幹細胞・前駆細胞にも発現しており造血前駆細胞の維持・分化においてもROSが生理学的に重要な役割を担っていると推察された。そこで本論文では血球分化におけるROSの役割を検証することとした。

【方法】

C57/BL6マウスの骨髄細胞を用いた。各種細胞を液体培地培養しFACSを用いて解析、もしくは各種サイトカインを添加したメチルセルロース半固形培地でcolony assayを行いCMPからMEPへの分化を解析した。また培養細胞もしくはprimaryのマウス骨髄細胞をFACSで細胞分離しRNAを回収してqRT-PCRを行った。

【結果】

はじめに造血幹細胞(KSL細胞:c-kit/Sca-1陽性、lineage抗原陰性細胞)およびcommon myeloid progenitor / CMP、granulocyte-monocyte progenitor / GMP、megakaryocyte-erythrocyte progenitor / MEPの各造血前駆細胞の細胞内ROSをH2-DCFDAを用いてFACSにより測定した。KSLからCMP、GMPへと細胞内ROSが高くなる点は既報と同様に示され、MEPではKSL細胞以上に細胞内ROSが低く保たれている点が新たな知見として示された。

次に各造血幹細胞・前駆細胞をFACSでsortしtotal RNAを回収して細胞内ROSの制御に関わる遺伝子の発現をqRT-PCR法で解析した。MEPではNOX2/NOXA2が最も低く且つNrf2が高く制御されていた。またGMPではNOX2/NOXA2が最も高い発現を示していた。この結果から遺伝子の発現パターンからもMEPが最も細胞内ROSが低く制御されていることが示唆された。

マウスの骨髄細胞からc-kit陽性細胞を分離しTPO/EPO/SCF存在下で24時間培養し、そこに過酸化水素もしくはcatalaseを添加してCMPからGMP/MEPへの分化傾向の差をFACSで解析した。過酸化水素を負荷した群ではMEPの割合が濃度依存性に減少し、catalaseを添加した群ではMEPが増加した。GMPの割合については、増加する場合も減少する場合も観察され傾向は一定しなかった。同様の実験をCMPもしくはKSL細胞の培養で行い同様の傾向を確認した。この際にMEPのapotosisisを起こしている細胞はGMP/CMPに比して少なく、比較的強い過酸化水素を負荷した場合にのみapoptosisi細胞の増加が見られたことから、ROSによるMEPの減少はおもにCMPからMEPの分化の抑制によると考えられた。

ROSによるCMPからMEP分化への影響を別系で確認するため半固形培地colony assayを行った。FACSでCMPをsortし半固形培地に過酸化水素もしくはcatalaseの添加を行ってcolony assayを行った。過酸化水素を負荷した群ではBFU-E/CFU-Meg/E-Megの数が減少し、catalaseを添加した群ではこれらが増加した。CFU-G/M/GMの数はあまり増減が見られなかった。次に、内因性の細胞内ROSによるCMPからMEPへの分化の影響を検証するために、H2-DCFDA染色を用いてFACSにより細胞内ROSの濃度別にCMPをsortしcolony assayを行った。細胞内ROSの低いCMPはBFU-E/CFU-Meg/E-Megの数が多くCFU-G/M/GMの数は少なかった。細胞内ROSの高いCMPでは全く逆の傾向を示し、細胞内ROSが中程度のCMPではこれらの中間の傾向を示した。そして細胞内ROSの低いCMPには過酸化水素を負荷し、細胞内ROSの高いCMPにはcatalseでROSを除去してcolony assayを行ったところ、細胞内ROSの低いCMPに過酸化水素を負荷し培養したものではBFU-E/CFU-Meg/E-Megの数が減少し、CFU-G/M/GMの数は増加した。逆に細胞内ROSの高いCMPにcatalaseを添加して培養したものではBFU-E/CFU-Meg/E-Megの数が増加した。これらの結果から細胞内ROSはCMPからMEP分画への分化を調節していると考えられた。

細胞内ROSがMEPへの分化を制御する際に何らかの遺伝子の発現の変化が起こっていると推測した。そこでc-kit陽性細胞をTPO/EPO/SCF下で過酸化水素を負荷して培養、分化したMEPをFACSでsortした。SortしたMEPで細胞周期に関わる遺伝子群に関してqRT-PCRを行ったところROSの濃度依存性にPU.1の発現が上昇しGATA1の発現が低下していた。

【考察】

始めに造血幹細胞・前駆細胞の中でMEPの細胞内ROSが最も低いことを示した。血液細胞においてROS生成に強く関わる遺伝子である、NOX2/NOXA2の発現が低いだけでなくストレス反応性に細胞内のROSを低下させるNrf2の発現が上昇していることから、MEPはROSが低く制御されるようにprogramされていることが推測された。H2-DCFDAを用いたFACSによる細胞内ROS測定は骨髄内環境による細胞内ROSの変化は検出が困難であるため、分化の進行とともに相対的に酸素濃度の高い骨髄血管周囲に移動する血球の性質を考慮すると、実際の骨髄内のKSL細胞とMEPの細胞内ROSの差はそれほど大きくない可能性も考えられた。

c-kit陽性細胞、CMP、KSL細胞などを用いて液体培地による培養系で外因性に細胞内ROSを上昇させるとMEPへの分化が阻害され、catalaseにより細胞内ROSを低下させるとMEPの割合が増加した。液体培地での実験系は細胞増殖の変化の影響を受けやすく、この結果でROSがMEP分化を制御すると結論づけることは困難と考えられ、CMPからMEPへの分化経路を解析するために半固形培地colony assayを行った。

Colony assayではCMPのROSを外因性に低下させることによりBFU-E/CFU-Meg/E-Megが増加し、逆にROS増加させることでBFU-E/CFU-Meg/E-Megが低下することを示した。またマウス骨髄から採取した直後のCMPを細胞内ROS濃度に応じて分離し同様の実験を行っても、同様にBFU-E/CFU-Meg/E-Megが増減したことから細胞内ROSの変化に応じてCMPからMEPの分化が調節されていると推測された。

細胞内ROSの高低によりMEPの分化が調節されることは疾患と造血障害の観点からも重要である。細胞内ROSの上昇が観察され且つ造血障害が見られる疾患として、慢性炎症性疾患、MDS、Fanconi anemiaなどが知られている。これらは全て症状として貧血を呈し、一部の疾患に血小板減少がみられる。赤血球と血小板はMEPを経て生成されることを考えると、これらの疾患で細胞内ROSの上昇によるMEPの分化障害が起こっている可能性は高い。例えばNAC(N-Acetyl-Cysteine)を投与し細胞内ROSを低下させることで貧血や血小板減少を改善させることが可能かもしれない。

Catalaseなどを用いて細胞内ROS を低下させ、培養条件によってはMEPを効果的に増幅できる可能性もある。例えばiPSを用いて血小板と赤血球を作成する培養系にcatalaseを加え細胞内ROS低下させることにより、効率よくiPS細胞からMEPを分化させ、赤血球/血小板を大量に作製することも考えられる。

また、細胞内ROSによるMEP分化の制御のkey factorとしてqRT-PCRによりPU.1/GATA-1の変化を同定した。PU.1とGATA-1は造血幹細胞から前駆細胞への分化段階においてreciprocalに発現が変化し分化を制御することが知られ、PU.1を高く発現する造血前駆細胞前駆細胞(MPP)は巨核球/赤芽球系への分化能を失っていることが報告されている。この報告は今回の実験結果を支持するものであるが、逆にPU.1はNOX2やNOXA2を標的遺伝子として発現を上昇させ好中球分化において細胞内ROSを上昇させることも知られている。したがって、ROSとPU.1は互いに細胞内濃度・発現を上昇させるpositive feedback経路を持っていると推測される。CMPからGMPの分化の過程で細胞内ROSとPU.1がpositive feedback経路を使って互いに上昇しMEPへの分化能、造血前駆細胞としての可塑性を急激に失うのかもしれない。

まとめるとMEPの細胞内ROSが低く制御されていることを示し、細胞内ROSを増減させることによりCMPからMEPへの分化能が変化することを示した。同時に細胞内ROS増加によりPU.1の上昇とGATA-1の低下というreciprocalな発現変化が起こっていることを示した。この知見は細胞内ROSが造血系において生体内シグナルとして機能し、MEPの分化を制御する可能性を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、造血細胞分化への活性酸素の関与をついて明らかにすることを目的とした。マウス骨髄細胞の各造血前駆細胞での細胞内活性酸素の濃度を測定すると同時に、液体培地及び半固形培地で活性酸素を増減させ血球の分化傾向の変化を観察し、以下の結果を得た。

1. マウス骨髄細胞の造血幹細胞(KSL細胞)及び各造血前駆細胞(CMP、GMP、MEP)の細胞内活性酸素濃度を、H2-DCFDA染色/flow cytometry法にて解析し巨核球及・赤血球の前駆細胞であるMEPの細胞内活性酸素濃度が低く制御されていることを示し、逆に顆粒球・単球の前駆細胞であるGMPでは細胞内活性酸素濃度が高く制御されていることを示した.またその原因としてMEPにおいて活性酸素を上昇させるNOX2の発現が低下していることをqRT-PCR法により示した。

2. マウス造血細胞の液体培地による培養・分化系で活性酸素の負荷によりMEPへの分化が阻害されることを示し.逆に活性酸素の除去によりMEPへの分化が促進されることを示した.

3. マウス造血細胞の半固形培地による培養・分化系で活性酸素の負荷によりMEPへの分化を反映する巨核球・赤芽球系コロニーの形成が阻害されることを示し.逆に活性酸素の除去によりこれらのコロニーの形成が促進されることを示した.

4. マウス造血細胞の液体培地による培養・分化系、細胞内活性酸素濃度の低いCMPは巨核球・赤芽球系コロニーの形成能が高く、逆に細胞内活性酸素濃度の高いCMPは巨核球・赤芽球系コロニーの形成能を失いつつあることを示した.

5. 活性酸素を負荷して培養したMEPではPU.1の発現が上昇しGATA1の発現が低下していることをqRT-PCR法にて示し、造血前駆細胞の分化を活性酸素とこれらの遺伝子が制御している可能性を示した.

以上、本論文はマウス造血システムにおける造血前駆細胞の分化に活性酸素が重要な役割を果たすことを明らかにした.造血前駆細胞の分化への活性酸素の関与はこれまでに報告がなく、造血細胞分化制御システムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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