学位論文要旨



No 125987
著者(漢字) 清水,英樹
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ヒデキ
標題(和) siRNAによる進行性腎疾患への特異的治療法の確立 : ポリマー由来ナノキャリアを用いた腎糸球体への新規デリバリー
標題(洋) Systemic delivery of siRNAs to glomeruli by polymer-based vehicles applicable to treatment for progressive glomerulonephritis
報告番号 125987
報告番号 甲25987
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3466号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 特任准教授 菱川,慶一
 東京大学 講師 花房,規男
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

糸球体腎炎は、Chornic Kidney Disease (CKD) の原因として重要だが、現状での治療手段は限られている。腎疾患特異的な因子が見出されていないことの他、腎臓選択的な治療介入が困難であることが要因としてあげられている。その解決には、選択的に腎臓(主に糸球体指向性)へ到達可能で、臨床応用可能な新規治療デバイスの開発が期待される。

しかしながら、糸球体をターゲットとしたデリバリー技術は、いまだ確立されていない。臨床応用には安全面や倫理的配慮も重要であり、そのためには、非ウイルス性のデリバリー輸送担体を使用することが望ましい。しかし、現在用いられているリポソームは、投与経路が腎動注であるため臨床応用にむかず、投与効率も十分でない。数100nmの大きな複合体を形成することも、糸球体の輸送担体としては適当でないと考える。

一方、臓器特異的な発現抑制を目的とする場合、投与内容物として何を用いるかが問題になる。siRNAは遺伝子抑制効果と特異性に優れており、研究ツールとして汎用されている。しかしながら、siRNAのin vivoでの使用は局所投与あるいは肝臓を対象としたものに限られている。この原因はsiRNAが生体内で速やかに消失し、目的臓器にたどり着かないためである。腎糸球体をターゲットとしたsiRNAのデリバリーもまだ確立されていない。

以上のような問題点を解決する手段として、片岡一則教授(東京大学工学系研究科マテリアル工学専攻教授)が開発した、両親媒性のブロック共重合体(コポリマー)に着目した。このポリマーは、親水性ポリマーと疎水性ポリマーからなり、前者にポリエチレングリコール(PEG)を、後者にポリリジン(PLL)を用いたものなどが代表的である。静電相互作用によってsiRNAとの複合体を作製したpolyion complex (PIC) nanocarrierは、サイズが従来より小さい利点を持ち、我々は、これをin vivoでの腎糸球体をターゲットとしたデリバリーに利用することとした。

【研究の概要】

1)PIC nanocarrierの物性評価

PEG-PLL コポリマーとsiRNAを混和することによりsiRNA結合PIC nanocarrier (siRNA / PIC nanocarrier)を作製した。そのサイズをDynamic light scattering measurement とfluorescence correlation spectroscopy analysis により評価したところ長径約10数nm と判明した。このサイズでは、糸球体基底膜は濾過されず、一方、70-100nmである血管内皮細胞の間隙は通過可能なため、受動輸送によるメサンギウム領域への到達が可能であると推測される。1)PIC nanocarrierの物性評価

2)in vitroにおけるメサンギウム細胞へのtransfectionの検討

FITC標識siRNA / PIC nanocarrierを作製し培養メサンギウム細胞へのtransfectionを行った。100nM (siRNA換算) のPIC nanocarrierがメサンギウム細胞に取り込まれることを蛍光顕微鏡で確認した。次に、メサンギウム細胞にMAPK1 siRNA/ PIC nanocarrierをtransfectionし、real time RT-PCR法によりMAPK1 / Rn18sを定量した。50nM以上で濃度依存的な抑制効果が確認された。

3)in vivoにおける血中安定性と腎臓への取り込みの検討

まず、Balb-CマウスにsiRNA単独又はsiRNA / PIC nanocarrierを腹腔投与した。血漿を採取しポリアクリルアミドゲル電気泳動を行ったところ、siRNA / PIC nanocarrierではsiRNA単独と比べて腹腔投与2時間後においても血中滞留性に優れていることを確認した。次に、IVIS(In vivo Imaging System)を用いてsiRNA単独又はsiRNA / PIC nanocarrierの体内動態を評価した。 siRNA / PIC nanocarrierはsiRNA単独と比べ、投与後少なくとも3時間にわたり持続的に腎臓への集積を認めた。投与3.5時間後に腎臓を摘出し共焦点顕微鏡を用いてその腎組織を評価したところ、siRNA / PIC nanocarrierでは、糸球体への有意な取り込みが確認された。一方、HVJを輸送担体として用いたときは、siRNA単独で投与したときと同様に、有意な取り込みは見られなかった。

4)MRL/lpr mouse (疾患モデルとして)に対するMAPK1 siRNA投与

メサンギウム病変をきたす疾患モデルとして自然発症ループス腎炎モデルであるMRL/lpr mouseを用いた。12週から16週までの間 2 nmol (siRNA換算)/週のMAPK1 siRNA / PIC nanocarrierを反復腹腔投与し、17週での腎糸球体のMAPK1発現および腎機能・腎組織を検討した。MAPK1の発現は、定量RT-PCR法とin situ hybridization法によりRNAレベルで評価、Western blotting法と免疫組織染色により蛋白レベルで評価した。MAPK1 siRNA / PIC nanocarrier 投与群においてMAPK1のmRNAおよび蛋白発現が有意に抑制されたが、HVJを輸送担体として用いても有意な抑制は見られなかった。腎障害の指標を、尿蛋白定量、BUN値、腎組織のPAS染色にて検討した。MAPK1 siRNA / PIC nanocarrierの反復投与マウスでは蛋白尿及びBUNが改善し、糸球体硬化が軽減したが、HVJを輸送担体として用いても改善しなかった。

5)in vivoにおけるMAPK1抑制とTGF-βシグナルへの関与

MAPK1抑制による糸球体硬化病変の改善に、TGF-βが関与するかどうかについて検討した。まず、TGF-βの発現を検討するために、糸球体分画における定量RT-PCR法と凍結切片を用いたin situ hybridization法を行った。MAPK1 siRNA / PIC nanocarrier投与群では、糸球体のTGF-β発現が抑制されていたが、HVJを輸送担体として用いても抑制は見られなかった。次に、 TGF-β下流のPAI-1およびフィブロネクチンの発現を免疫組織染色法で評価した。 MAPK1 siRNA / PIC nanocarrier投与群ではPAI-1とフィブロネクチンの発現が抑制されていたが、HVJを輸送担体として用いても抑制は見られなかった。

結果のまとめ:PEG-PLLをsiRNAのデリバリー手段として利用し、siRNA / PIC nanocarrierを作製した。これらを全身投与することにより、まずsiRNAの腎糸球体メサンギウム領域への集積を確認した。さらに、自然発症ループスモデルであるMRL/lpr mouseにMAPK1 siRNA / PIC nanocarrierを反復投与したところ、糸球体におけるMAPK1発現が有意に低下し、同時に糸球体硬化の軽減とTGF-βシグナルの抑制が認められた。

【結論】

腎糸球体をターゲットとしたsiRNAのデリバリーのために、コポリマーのPEG-PLLを利用した。その結果、siRNA / PEG-PLL複合体であるPIC nanocarrierは全身投与においても効率よく腎糸球体へ到達し、目的とする遺伝子の抑制をきたし、このシステムが腎糸球体のデリバリーシステムにとって有用であることが示された。このシステムは核酸医薬として腎炎治療の候補になるだけでなく、糸球体疾患を解明するためのツールとして利用できると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はsiRNAをin vivoで全身投与により糸球体腎炎治療手段とする新規の方法として、ポリマー由来(非ウイルス)デバイスを用いたものであり、下記の結果を得ている。

1.東大工学部マテリアル工学科片岡教授開発のポリマー由来ブロックコポリマーを用いた。siRNAの会合物をPIC nanocarriersと呼んでいたが、数10nmのナノサイズで、優れた血中滞留性を示し、全身投与で腎糸球体(主にメサンギウム細胞)に集積することを示した。

2.マウス由来メサンギウム細胞を用いたin vitroの検討を行い、PIC nanocarrierの細胞集積と遺伝子抑制性を示した。

3.SLEモデルマウス(MRL/lprマウス)を用いたin vivoの検討では、MAPK1 siRNA/ PIC nancarrierを反復して腹腔投与し、糸球体のMAPK1抑制をmRNAレベル、蛋白レベルで示した。

4.疾患モデルでの検討では、MAPK1の抑制によって、腎機能と腎硬化の軽減も示していたが、そのメカニズムとして、MAPK1を介したTGFシグナルへの関与であることをin vivoで直接的に証明した。

以上、本論文はブロックコポリマーをsiRNAのin vivoデリバリー手段として全身投与で用い、糸球体腎炎治療手段とする新規の方法を確立したものである。糸球体腎炎を目的とした臨床応用の可能性に期待されるだけでなく、機序解明にもつながる新規手段方法であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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