学位論文要旨



No 125989
著者(漢字) 高野,範之
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,ノリユキ
標題(和) 大腸内視鏡検査における挿入性及び診断能の向上に関する検討
標題(洋)
報告番号 125989
報告番号 甲25989
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3468号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 野村,幸世
 東京大学 講師 高井,大哉
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

大腸癌は欧米において癌による死亡の第2位である。本邦においても近年食生活の欧米化により大腸癌発生は増加傾向にあり、2008年においては42,998人の大腸癌による死亡が報告されており、癌による死亡の原因として男性では第3位、女性では最も多い原因となっている。

急速に高まった大腸内視鏡の需要により、大腸内視鏡検査を施行する検査医が必ずしも熟練した検査医ではない場合も増えており、初級の検査医では全大腸観察が不能な症例が存在する。その結果、深部大腸での診断能の低下が懸念され、また穿孔等の合併症の可能性も高い事が報告されている。

当施設においても上級検査医による監督下のもと初級の検査医による大腸内視鏡が施行されているが、初級の検査医であっても安全に挿入し、盲腸到達を行うことのできる挿入性及び病変を確実に発見し、診断するための条件、方法の検討が必要と考えられる。以上のことを踏まえ、本研究では大腸内視鏡検査における挿入性及び診断能の向上に関して検討することを目的とした。

2.大腸内視鏡検査における挿入性の検討

対象と方法

2004月7月より2009年7月までの大腸内視鏡検査6770症例から、患者背景として、炎症性腸疾患の201症例、感染性腸炎の45症例、その他の大腸炎の287症例、大腸癌による大腸狭窄の24症例、大腸切除後の150症例、既知の大腸腫瘍性病変の143症例、急性消化管出血や全身状態不良の133症例を除外した5591症例を解析の対象とした。検討項目として、盲腸到達率、盲腸達時間を評価項目とした。また、上級者により検査を開始された777症例を除外して、初級者にて検査を開始された4814症例における初級者単独での盲腸到達率についても検討した。挿入性との関連が考えられた項目のうち、患者背景(性別、年齢、BMI、腹部手術歴)、検査条件(腸管洗浄度の良不良、鎮痙剤の種類及びその有無、大腸内視鏡先端フード種類及びその有無)についても検討を行った。統計学的手法として、カイ二乗検定、Mann-WhitneyのU検定を行い、P<0.05を統計学的有意と判定した。

結果

本研究の対象患者における盲腸到達率は全体で96.5%であり、平均の盲腸到達時間は13.6±10.0分であった。一方、初心者単独での盲腸到達率は78.4%であった。

各背景因子と盲腸到達率の比較では、性別、年齢(64歳未満、64歳以上)、BMI(23未満、23以上)、腹部手術歴有無、鎮痙剤の種類(臭化ブチルスコポラミン、グルカゴン)及びその有無、大腸内視鏡先端フード、腸管洗浄度(良0~2、不良3~4)のそれぞれのカテゴリー分けて検討した結果、単変量解析では男性、64歳未満、鎮痙剤の使用(臭化ブチルスコポラミンまたはグルカゴン)、大腸内視鏡先端透明フードの使用、良好な腸管洗浄の群において、盲腸到達率が高かった。一方、初級者では男性、64歳未満、BMI 23未満、大腸内視鏡先端フードの使用、良好な腸管洗浄の群において、盲腸到達率が高かった。

多変量解析にて、盲腸到達に関与する因子の影響を確認したところ、検査全体では、男性、鎮痙剤の使用、大腸内視鏡先端フードの使用、良好な腸管洗浄が盲腸到達向上に関連する因子であり、オッズ比はそれぞれ1.58、2.04、1.70、3.23であった。また、初級者では男性、64歳未満、BMI 23未満、大腸内視鏡先端フードの使用、良好な腸管洗浄が盲腸到達に関連する因子であり、オッズ比はそれぞれ1.34、0.75、1.33、2.07、1.47であった。

3.大腸内視鏡検査における大腸ポリープ発見率の検討対象と方法

解析の対象は、大腸内視鏡検査における挿入性の検討と同様の5591症例とした。検討項目として、全体の大腸ポリープ発見率、10mm以上の大腸ポリープ発見率、部位別に右側結腸(盲腸、上行結腸、横行結腸)、左側結腸(下行結腸、S状結腸、直腸)における大腸ポリープ発見率について、患者背景(性別、年齢、BMI)、検査条件[大腸内視鏡先端フードの有無(有りの場合はその種類)、腸管洗浄度の良不良]の影響を調べた。統計学的手法として、カイ二乗検定を用い、P<0.05を統計学的有意と判定した。

結果

大腸ポリープの発見率は、全体で45.4%、10mm以上のものが9.5%であった。各背景因子における全体の大腸ポリープ発見率は、男性、64 歳以上、BMI 23以上、大腸内視鏡先端透明フードの利用、良好な腸管洗浄において高かった。しかし、10mm以上の大腸ポリープ発見率では、男性、64歳以上においてのみ発見率が高く、BMIおよび大腸内視鏡先端フードの関連が認められなかった。

多変量解析でこの傾向を確認したところ、全体の大腸ポリープ発見率の向上に関して、男性、64歳以上、BMI 23以上、良好な腸管洗浄の項目の関連が示され、オッズ比はそれぞれ2.04、1.54、1.29、1.28であったが、大腸内視鏡先端透明フードの使用の関連はなかった。また、10mm以上の大腸ポリープ発見率の向上に関しては、男性のみが関連していることが示され、オッズ比は1.89であった。

4.考察

大腸内視鏡検査における盲腸到達は初級検査医にとって難易度の高い手技であり、盲腸到達が困難な因子として、女性、若年層や高齢層、痩身、腹部手術の既往、大腸憩室症、鎮痙剤を使用しない事、不良な腸管洗浄が挙げられている。本研究では、多変量解析の結果、盲腸到達率の向上に関連する因子として男性、鎮痙剤の使用、大腸内視鏡先端フードの使用、良好な腸管洗浄が示された。また、初級者においては、BMI 23以上においても盲腸到達の改善が認められた。本研究では、患者背景の因子だけでなく、検査条件として鎮痙剤の使用、大腸内視鏡先端フード、腸管洗浄度を併せて比較検討したところが、新たな知見となる可能性がある。

男女別、BMI別の盲腸到達率の差は、既報論文より、女性の結腸は男性と比較して長く、女性や痩身の症例の腸管は屈曲が強調されるために挿入困難となっていることが推測される。鎮痙剤の使用に関しては、盲腸到達時間を短縮する効果が報告されている。大腸内視鏡先端フードの利用に関しては、初級者でも上級者でも盲腸到達時間の短縮効果が報告されている。フードは、その装着により内視鏡のレンズが粘膜面と接近しすぎずに一定の距離を隔てることで屈曲した腸管でのオリエンテーションが容易になり、適切な方向へのアプローチが可能となることで、挿入性の改善を示したと考えられる。この結果から、盲腸到達が困難とされる女性、高齢、痩身の症例においては、あらかじめ十分な腸管洗浄を行うことや、内視鏡先端透明フードを用いることにより挿入性が改善することが示唆された。

大腸ポリープ発見率の検討では、多変量解析で男性、64歳以上、BMI 23以上、良好な腸管洗浄の項目が大腸ポリープ発見率の向上に関連していることが示された。一方、10mm以上の大腸ポリープでは、男性、64歳以上の項目においてのみ関連が認められた。大腸部位別の検討では、右側結腸と左側結腸とも患者背景として、男性、64歳以上、BMI 23以上の項目が大腸ポリープ発見率の向上に関連していることが示されたが、検査条件では左側結腸においてのみ大腸内視鏡先端フードの利用及び良好な腸管洗浄の関連が示された。この理由として、男性、高齢、肥満の症例は疫学的に大腸腫瘍性病変の有病率が高いこととの関連性が考えられる。検査条件として、良好な腸管洗浄は全体の大腸ポリープ発見の向上に関連したが、10mm以上の大腸ポリープでは関連性が認められなかった事は、既報にて大腸10mm以上の大腸ポリープの病変は腸管洗浄度に左右されず、もともと通常内視鏡でも見逃されにくいと報告されていることからも妥当と考えられた。また、左側結腸において、大腸内視鏡先端フードが大腸ポリープ発見率の向上に関連していることが示されたが、この効果は既報でCTコロノグラフィと通常大腸内視鏡の比較研究で大腸襞裏に隠れたポリープが見逃されすいと報告された、より屈曲の強い左側結腸の襞裏の観察が改善することによると考えられる。

大腸内視鏡検査は診療に欠かせない検査の一つであり、より一般的になってきた現在、質の面で十分にコントロールされた検査が重要視されてきている。また、十分に熟達した大腸内視鏡検査医であっても病変を見逃す可能性はあり、特に大腸癌や大腸ポリープ切除後に大腸腫瘍性病変のなくなった症例には医療経済面と身体的負担の問題から大腸内視鏡の検査間隔の延長を推奨する趨勢となっており、病変の見逃しが重大な結果に結びつく可能性が今後増えてくると考えられ、大腸内視鏡検査における挿入性及び診断能を向上させることについての検討は今後も重要と考えられる課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は大腸内視鏡検査における盲腸到達率および盲腸到達時間、並びに大腸ポリープ発見率に関わる因子の検討を行うため、5591症例の大腸内視鏡検査の解析を行っており、下記の結果を得ている。

1.検査全体での盲腸到達率は96.5%であり、各背景因子毎の盲腸到達率は、多変量解析にて患者背景因子のうち、男性で有意に高く、検査条件のうち、鎮痙剤(臭化ブチルスコポラミン,グルカゴン)の使用、大腸内視鏡先端フード(透明フード,黒フード)の使用、良好な腸管洗浄の群で有意に高いことが示された。

2.大腸内視鏡検査件数が3000件未満の初級者における盲腸到達率は、多変量解析で患者背景因子のうち、男性、若年、高BMIの群で有意に高く、また、検査条件のうち、大腸内視鏡先端フードの使用、良好な腸管洗浄の群で有意に高いことが示され、初級者においては若年、高BMIにより影響を受けることが示された。

3.大腸ポリープの発見率は単変量解析で患者背景因子のうち、男性、高齢、高BMIの群で有意に高く、検査条件として、大腸内視鏡先端フードの使用、良好な腸管洗浄の群において有意に高かった。また、多変量解析では、男性、高齢、高BMI、良好な腸管が大腸ポリープ発見に関連していることが示された。

4.部位別の大腸ポリープ発見率の向上に関する各背景因子の検討では、左側結腸では右側結腸と比較して、大腸内視鏡先端フードの使用及び良好な腸管洗浄との関連が認められた。

以上、本論文は大腸内視鏡検査における盲腸到達に関する各背景因子及び大腸ポリープの発見に関する各背景因子を示した。本研究は大腸内視鏡検査における盲腸到達及びに大腸ポリープ発見の向上に関して、重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク