学位論文要旨



No 125992
著者(漢字) 西本,菜穂子
著者(英字)
著者(カナ) ニシモト,ナホコ
標題(和) MLL-ENL白血病モデルマウスにおけるAML1遺伝子の意義
標題(洋)
報告番号 125992
報告番号 甲25992
学位授与日 2010.03.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3471号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 講師 滝田,順子
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 講師 井田,孔明
内容要旨 要旨を表示する

AML1(別名 RUNX1)は急性骨髄性白血病(AML)の症例に合併する染色体相互転座,t(8;21)(q22;q22)の第21番染色体上の切断点からクローニングされた転写因子で、CBFβとヘテロダイマーを形成し、RuntドメインでPEBP2部位とよばれる特定の塩基配列に結合する.AML1は正常造血にかかわる多くの遺伝子の発現制御に中心的な役割を果たしている.ノックアウトマウスの解析からAML1の機能は胎生期の成体型造血に必須であることが示されているが、出生後にはAML1の欠失は造血の欠失をひきおこさず、逆に造血幹細胞 (HSC:hematopoietic stem cell )、造血前駆細胞の数は増幅される.AML1は転座によるt(8;21)陽性AMLなどのキメラ遺伝子形成や点突然変異 (AML M0、骨髄異形成症候群、AMLへ移行しうる家族性血小板減少症) によって、様々な造血器腫瘍に関連している.t(8;21)染色体転座から発生するAML1/ETOを骨髄に発現させたマウスは骨髄増殖性の表現型を示す.AML1/ETOは正常のAML1の機能に対しドミナントネガティブに機能するため、骨髄増殖の表現型は、AML1の機能障害によりおこされるHSC分画の増幅によって起こることが説明されている.AML1の点突然変異においても転写因子としての機能が障害されている.よってAML1の機能不全がAML1関連白血病の共通する機構であるとされている.しかしAML1の機能不全のみでは白血病は直ちに誘導されないことより、白血化には付加的遺伝子変異、協調遺伝子の変異が必要であることが示されているが、AML1の機能不全による白血病発症の機構は不明な点が多い.その機構としては、私の研究室で以前に示したAML1欠失によるHSCの増幅が白血病発症へのポテンシャルを高くすることが考えられる.一方白血病幹細胞(leukemic stem cell:LSC)は自己複製能や多分化能をもち、正常HSCの主な機能を共有し、表現型も類似していることが示されている.よってAML1欠失による白血病発症機構として、白血病の標的となるHSCがAML1欠失により増幅され白血化のポテンシャルが高まる、HSCの増幅と同様にAML1欠失がLSCの増幅をひきおこす、またはAML1欠失による転写制御によりLSCの機能を変化させる可能性が考えられ、これにより白血病発症が促進されることが示唆された.

今回これを検証するため、白血病モデルマウスを用いてAML1欠失による白血病発症に及ぼす影響についての解析を行った.MLL-ENLの導入による白血病モデルマウスを使用した.MLL-ENLはt(11;19)の急性白血病で形成されるキメラ遺伝子で、マウス実験においてin vitroで不死化し、in vivoで白血病化をおこすことが示されている.AML1との関連は、近年de novo AMLのAML1変異のある症例でMLL-PTD(partial tandem duplication) の高頻度の合併が報告され、MLLとAML1が臨床においても関連している可能性がある.AML1欠失マウスとそのlittermate のAML1正常マウスの骨髄細胞にMLL-ENLをレトロウィルスにより導入後、コロニーアッセイを行った.MLL-ENL骨髄細胞は不死化され、AML1欠失細胞でそのコロニー形成能が増加することがわかり、AML1欠失によりMLL-ENL不死化細胞の自己複製能が増加することが示された.次にMLL-ENL不死化細胞をIL-3存在下の液体培養にうつしてその増殖能を解析したところAML1欠失細胞で亢進していた.よってAML1欠失によりMLL-ENL不死化細胞の増殖能が亢進されることが示された.次にフローサイトメトリーによる表面抗原、形態の解析を行った .両細胞とも骨髄系マーカー陽性であり (Gr-1 +,Mac-1 +,Sca1 -,c-Kit low) 、明らかな差はみられず、形態も両細胞ともに骨髄単芽球であり分化傾向のある細胞の割合など明らかな差はみられなかった.以上からAML1欠失によりMLL-ENL不死化細胞の分化に影響を与えることなく、自己複製能、増殖能が亢進されることが明らかとなった.AML1欠失によりin vitroでのMLL-ENL不死化細胞の自己複製能、増殖能が亢進されることから、in vivoにおいてもMLL-ENL白血病の発症が促進されることが推測された.そこで、MLL-ENLをレトロウィルスによりAML欠失マウスならびにAML1正常マウスの骨髄細胞に導入し、非致死量の放射線照射を行った同系マウスに骨髄移植を行い、白血病発症を観察した.どちらも白血病を発症したが、AML1欠失細胞を移植した系で白血病発症までの期間が有意に短縮された(49日対72日).次にMLL-ENL白血病細胞のフローサイトメトリーによる表面抗原、形態の解析を行ったが、不死化細胞と同様の結果で明らかな差はみられなかった.よって、AML1欠失による白血病発症の促進が分化を阻害することによるものではないと考えられ、in vitroの結果から白血病細胞の増殖能の亢進に起因することが推測された.次にAML1欠失により白血病を引き起こす細胞 (Leukemia-initiating cell:LIC) の増幅がみられるかどうかの検証を行った.白血病マウスの脾臓からMLL-ENL白血病細胞を分離し、非致死量の放射線照射を行った同系マウスに限界希釈法を用い移植を行った.LICの数の差はみられなかった.AML1欠失はMLL-ENL白血病でのLICの増幅を起こさないことが明らかとなった.AML1欠失による白血病発症の促進はMLL-ENLのLICの数の増幅によるものでなく、その機能の変化すなわち増殖能が亢進されることに起因することが考えられた.MLL-ENLを含むMLL融合遺伝子を導入した細胞は、以前の報告からHSC、前駆細胞(CMP:common myeloid progenitor、GMP:granulocyte/macrophage progenitor)のどちらからも白血化することが示され、HSC由来の細胞は、前駆細胞に比べ、transformationの効率が高いことが示されている.今回の実験は、全体の骨髄細胞を標的にMLL-ENLを導入している. AML1欠失により造血幹細胞が増幅されることから、今回MLL-ENLを導入した骨髄細胞中の造血幹細胞がAML1欠失により増幅されていることが推測され、これにより白血病発症が促進された可能性は否定できない.これを明らかにするため、導入する骨髄細胞中の造血幹細胞の数が同等となるように、pIpC 投与前のAML1が欠失されていないコンディショナルノックアウトマウスとそのlittermateのAML1正常マウスから骨髄細胞を回収し、レトロウィルスによりMLL-ENLを導入し、非致死量の放射線照射を行った同系マウスに移植を行った.移植後3-4週後に両系統ともにpIpCを投与し、コンディショナルノックアウトマウスの細胞を移植したマウスの造血細胞からAML1を欠失させた.その結果、両系統ともに白血病を発症したが、移植後にAML1を欠失させたコンディショナルノックアウトマウスの骨髄細胞を移植した系で白血病発症までの期間が有意に短縮された(51日対65日).AML1欠失によるMLL-ENL白血病発症の促進は、AML1による造血幹細胞の増幅に起因せず、白血化の標的となる造血幹細胞の増幅がなくとも、AML1欠失によりMLL-ENL白血病発症が促進されたことが明らかとなった.よってin vitroの結果より白血病細胞の増殖能によるものであると考えられた.そこでMLL-ENL白血病細胞での増殖能への影響を検証した.IL-3存在下での増殖能を解析した結果、AML1欠失細胞で増殖能が亢進していた.増殖能の亢進の機構を解明するため、細胞周期とアポトーシスの解析を行った.細胞周期の解析において、G2/S/M期にある細胞がAML1欠失細胞で増加し、AML1欠失細胞で細胞周期の回転が亢進されていると考えられた.アポトーシス細胞はAML1欠失細胞で減少していた.よって、AML1欠失による増殖能の亢進は細胞周期の回転の亢進とアポトーシスの低下によると考えられた.AML1欠失細胞の細胞周期の回転の亢進とアポトーシスの低下の機構を明らかにするため、細胞周期、アポトーシスに関連のある遺伝子の発現の解析を、定量リアルタイムPCRを用いて行った.アポトーシスにかかわるp19ARF、p53、Baxそして細胞周期にかかわるCDKインヒビターであるp21CIP1、p15INK4B、p27KIP1の発現がAML1欠失細胞で低下していた.またMLL関連白血病においてその発現が亢進されることが報告されているHOXA遺伝子群(HOXA5,HOXA7,HOXA9,HOXA10)、Meis1の発現には差がみられなかった.またp19ARFを負に制御し、造血幹細胞、白血病幹細胞制御に重要な役割を果たしているBmi1の発現を解析したが差はみられなかった.よってAML1欠失による白血病細胞の増殖は、アポトーシス、細胞周期関連の因子が関与していることが考えられた.p19ARF (ヒトではp14ARF) はMDM2と結合し、p53の分解を阻止しp53を介しアポトーシスをもたらし、p53からp21CIP1の正の転写制御により細胞周期を停止させる.加えてAML1によりp14ARFはその転写が制御されるAML1の標的遺伝子であって、AML1-ETO白血病患者においてその発現が負に制御されることが報告されている.以上からアポトーシス、細胞周期の経路にともにかかわりかつその上流に位置し、AML1の標的遺伝子であることが報告されていることからp19ARFの低下が、AML1欠失MLL-ENL白血病の増殖能の亢進に主に寄与していると推測した.そこでMLL-ENL白血病におけるAML1によるp19ARFの制御機構の検証を行った.AML1欠失とAML1正常MLL-ENL白血病細胞におけるp19の発現の差がAML1の制御によるものであることを証明するために、AML1欠失MLL-ENL白血病細胞にAML1の再活性化を起こし、p19ARFの発現の解析を行った.AML1欠失細胞でのp19ARF発現の低下が、AML1再活性化により、AML1正常細胞の発現レベルまで上昇することが明らかとなった.よってMLL-ENL白血病細胞におけるp19ARFの発現の差がAML1による制御によるものであることが明らかとなった.次に、MLL-ENL白血病においてAML1のp19ARFプロモーターへの直接の結合を検証するため、クロマチン免疫沈降を行った.p19ARFのプロモーター領域にあるPEBP2部位がAML1蛋白に結合していた.MLL-ENL白血病においてAML1がp19ARFプロモーターに直接結合し、その発現を制御することが示唆された.

今回の研究でAML1欠失によりMLL-ENL白血病の発症が促進され、その機構として腫瘍抑制因子であるp19ARFがAML1による制御によりその発現が低下することで、白血病細胞の増殖能が亢進されることが示唆された.AML1機能不全による白血病発症機構としては、AML1欠失によるHSC増幅や分化の阻害が考えられていたが、このように白血病細胞の増殖を亢進させるという報告はなく、MLL-ENL白血病におけるAML1欠失による白血病発症の新しい分子機構を明らかにすることができた.今後はMLLとAML1の関連性やAML1による正常造血幹細胞と白血病幹細胞への制御の違いにつき検証を行う必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は白血病発症に重要な役割を果たしているがその機序については不明な点が多いAML1遺伝子の機能不全が、白血病に与える影響とその機構について明らかにするために、MLL‐ENL白血病モデルマウスを用いて検証を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. AML1欠失マウスとAML1正常マウスの骨髄細胞にMLL‐ENLをレトロウィルスにより導入し、コロニーアッセイと液状培養での増殖能の解析を行った。その結果、どちらの細胞も不死化したが、AML1欠失細胞でそのコロニー形成能が増加し、増殖能が亢進されることが示された。

2. AML1欠失マウスとAML1正常マウスの骨髄細胞にMLL‐ENLをレトロウィルスにより導入し、非致死量の放射線照射を行った同系マウスに骨髄移植を行い、白血病発症を解析した。その結果どちらも白血病を発症したがAML1正常細胞を移植した系に比べAML1欠失細胞を移植した系で白血病発症までの期間が有意に短縮された(72日対49日)。AML1欠失によりMLL-ENL白血病の発症が促進されることが示された。

3. AML1欠失により白血病を引き起こす細胞(Leukemia-initiating cell:LSC)の増幅がみられるかどうかを明らかにするため、AML1正常ならびにAML1欠失MLL-ENL白血病マウスの骨髄細胞を用い、二次移植を行った。その結果LICの差はみられず、AML1欠失によりLICの増幅を起こさないことが示された。

4. MLL-ENL不死化細胞と同様に、AML1欠失によりMLL-ENL白血病細胞の増殖能が亢進された。増殖能の亢進の機構を明らかにするため、細胞周期とアポトーシスの解析を行った。その結果、AML1欠失細胞で細胞周期の回転が亢進し、アポトーシスが低下することが示された。また細胞周期、アポトーシスに関連のある遺伝子の発現を定量リアルタイムPCRにより解析を行った結果、アポトーシスにかかわるp19ARF、p53、Baxそして細胞周期にかかわるCDKインヒビターであるp21CIP1、p15INK4B、p27KIP1の発現がAML1欠失細胞で低下することが示された。

5. アポトーシス、細胞周期の経路にともにかかわりかつその上流に位置し、AML1の標的遺伝子であることが報告されているp19ARFの低下がMLL‐ENL白血病細胞の増殖能の亢進に主に寄与すると推測し、MLL-ENL白血病におけるAML1によるp19ARFの制御機構についての検証を行った。AML1欠失MLL-ENL白血病細胞にAML1を再活性化させるとp19ARFの発現がAML1正常細胞のレベルまで上昇する結果となり、MLL-ENL白血病におけるp19ARFの発現の差がAML1の制御によるものであることを示した。またクロマチン免疫沈降を行いMLL-ENL白血病細胞においてAML1蛋白がp19ARFプロモーターに結合することが示された。

以上、本論文は、MLL-ENL白血病モデルマウスを用いたAML1欠失による白血病発症に及ぼす影響の解析から、AML1欠失によりMLL-ENL白血病の発症が促進され、白血病細胞の増殖能が亢進することが明らかとなった。その機構としては腫瘍抑制因子であるp19ARFがAML1の制御によりその発現が低下することが示唆された。本研究は、AML1による白血病発症の機序の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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