学位論文要旨



No 125993
著者(漢字) 荷見,映理子
著者(英字)
著者(カナ) ハスミ,エリコ
標題(和) S100A8・S100A9はメタボリックシンドロームにおける新しい炎症性メディエーターである
標題(洋)
報告番号 125993
報告番号 甲25993
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3472号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 特任准教授 小川,誠司
 東京大学 講師 江頭,正人
内容要旨 要旨を表示する

肥満とメタボリックシンドロームは動脈硬化性心疾患の主なリスク因子である。肥満により、内臓脂肪から分泌されるアディポネクチンの低下と炎症性サイトカインの増加、遊離脂肪酸放出の増加が、全身のインスリン抵抗性や易炎症状態を誘導すると考えられている。一方、肥満した脂肪組織自体にも活発な炎症状態が惹起されることが明らかとなっており、炎症が肥満に伴う脂肪組織の機能異常に密接に寄与していると考えられる。内臓脂肪の肥満は、マクロファージやTリンパ球を中心とした免疫細胞が集積し、炎症プロセスに中心的な役割を果たすことが報告されているが、これら免疫細胞がどのように脂肪組織にリクルートされ、また活性化されるかは十分に分かっていない。

S100A8及びS100A9蛋白は、2個のEF-handを持つS100カルシウム結合蛋白ファミリーに含まれ、ヘテロダイマーを形成する。これまでに好中球やマクロファージから分泌されること、悪性腫瘍や自己免疫性疾患などの炎症状態で上昇することが報告されている。また、S100A8蛋白がTLR4の内因性リガンドとして機能し、悪性腫瘍の転移部位へマクロファージを誘導することが報告されている。そこで、私は内臓脂肪組織の肥満に伴う炎症にS100A8、S100A9が寄与するという仮説を立て、その病態機能的意義を検討した。

S100A8、S100A9は肥満によって内臓脂肪で発現が上昇し、間質細胞と血管細胞を含む間質血管画分に加えて、脂肪細胞画分でも発現が上昇することを見いだした。また、3T3-L1脂肪細胞でも発現が認められたことから、S100A8、S100A9は脂肪細胞から分泌される新たなメディエーターであることが示唆された。

S100A8/S100A9蛋白は、RAW264マクロファージの細胞遊走を活性化した。また、マトリゲルへの炎症細胞浸潤と血管新生を著明に促進した。さらに、脂肪細胞特異的にヒトS100A8、S100A9両遺伝子を過剰発現するトランスジェニックマウスの精巣上体脂肪組織でマクロファージ数の増加が認められたことから、肥満脂肪組織から分泌されるS100A8、S100A9がマクロファージの集積を促進すると考えられた。

一方、3T3-L1脂肪細胞とRAW264マクロファージを共培養すると炎症性サイトカインに加えてS100A8、S100A9の遺伝子発現が増加する。また、共培養系を長鎖遊離脂肪酸であるパルミチン酸で刺激すると、炎症性サイトカイン、S100遺伝子ともにさらに発現が増加することから、脂肪細胞とマクロファージの炎症性相互作用を仲介することが示唆された。パルミチン酸により活性化される脂肪細胞―マクロファージの炎症性相互作用にS100A8、S100A9が重要であると考えられた。

マウスにパルミチン酸エチルを持続的に静脈投与し、血中遊離パルミチン酸レベルを上昇させると、投与4時間で精巣上体脂肪組織でのS100A8、S100A9発現が増加し、これに遅れて12時間でマクロファージの集積が認められ、パルミチン酸による脂肪組織へのマクロファージ誘導にS100A8、S100A9が寄与していることが示唆された。

本研究の結果は、S100A8、S100A9は肥満に伴って内臓脂肪で発現が増加する新規の炎症性メディエーターであることを示す。S100A8、S100A9は脂肪細胞から分泌され、マクロファージの遊走を促す。一方、マクロファージで炎症性サイトカインの発現を増加させることから、遊離脂肪酸などの刺激で活性化される脂肪細胞とマクロファージの炎症性相互作用のメディエーターとしても重要なことが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

内臓脂肪の肥満は、マクロファージやTリンパ球を中心とした免疫細胞が集積し、炎症プロセスに中心的な役割を果たすことが報告されているが、これらの細胞がどのように脂肪組織にリクルートされ、活性化されるかは十分に分かっていない。本研究は内臓脂肪組織の肥満に伴う炎症にS100A8、S100A9が寄与するという仮説を立て、その病態機能的意義の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.S100A8、S100A9はマウスの肥満した内臓脂肪で発現が増加すること、マクロファージ等を含む間質血管画分だけでなく、脂肪細胞画分に発現が認められること、特にS100A8は脂肪細胞画分で発現が高いことが明らかとなった。3T3-L1脂肪細胞でもS100A8、S100A9の発現が認められており、S100A8とS100A9は肥満脂肪組織から産出される新たな生理活性分子であることが示された。

2.マクロファージを用いた遊走試験においてS100A8/S100A9蛋白がマクロファージの細胞遊走を活性化すること、マウスに投与したマトリゲルへの炎症細胞浸潤を増加させること、脂肪細胞での過剰発現により精巣上体脂肪組織へのマクロファージ集積が誘導されることにより、S100A8、S100A9はマクロファージを内臓脂肪へ遊走させる機能を持つことが強く示唆された。

3.肥満の際に見られる血中遊離脂肪酸の上昇を促進する、長鎖飽和脂肪酸であるパルミチン酸を用いた、マウスへのパルミチン酸エチル投与モデルで、内臓脂肪へのマクロファージ集積に先立ってS100A8、S100A9の発現が増加することも、パルミチン酸による脂肪組織へのマクロファージ誘導にS100A8、S100A9が寄与していることが示唆された。

4.3T3-L1脂肪細胞とRAW264マクロファージを共培養すると炎症性サイトカインに加えてS100A8、S100A9の遺伝子発現が増加する。3T3-L1とRAW264細胞の共培養をパルミチン酸で刺激すると更にS100A8、S100A9遺伝子発現が増加する。しかし、それぞれの細胞種だけの状態ではS100遺伝子発現に変化が見られない。この結果は、共培養系で確立された相互作用がパルミチン酸によるS100遺伝子誘導に必須であることを示している。このことから、長鎖飽和脂肪酸の病態惹起機構に炎症プロセスの活性化が重要であり、この際にS100A8、S100A9がメディエーターとして機能することを示唆するものである。

5.脂肪細胞特異的にヒトS100A8、S100A9両遺伝子を過剰発現するトランスジェニックマウスでは、通常食下で、脂肪組織へのマクロファージの浸潤が野生型と比して上昇していた。これにより、肥満脂肪組織から分泌されるS100A8、S100A9がマクロファージの集積を促進すると考えられた。

以上、本論文は、S100A8、S100A9蛋白が肥満内蔵脂肪の慢性炎症に寄与し、肥満内臓脂肪へのマクロファージ遊走と、脂肪細胞―マクロファージの炎症相互作用を活性化することにより、新規メディエーターとして脂肪組織の炎症惹起と維持に働いていることが示された。本論文は肥満内臓脂肪における炎症プロセスの制御機構の解明の端緒となるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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