学位論文要旨



No 125995
著者(漢字) 原田,壮平
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ソウヘイ
標題(和) Proteus mirabilis臨床分離株に認められたampC遺伝子を保有する可動性遺伝因子の解析
標題(洋)
報告番号 125995
報告番号 甲25995
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3474号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 連携教授 渡邉,治雄
 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 講師 藤井,毅
内容要旨 要旨を表示する

Integrating conjugative element (ICE) は宿主の染色体から自己を切り出し環状中間体を形成し、接合伝達により他の細胞へと移動し、新たな宿主細胞の染色体へと組み込まれる機能を有した可動性遺伝因子であるが、プラスミドとは異なり自律性に複製する機能は有さず、宿主の染色体に組み込まれることで維持される。SXTMO10はそれまで流行していた血清型O1に変わって1992年にインドで流行し始めたVibrio cholerae O139の分離株であるMO10に最初に見出されたICEであるが、現在ではアジアのほとんどのV. choleraeはO1株、O139株ともにSXTMO10あるいは類縁のICEを保有するに至り、他地域で分離されたV. choleraeや他のVibrio spp.でもその保有が報告されている。SXTMO10は宿主菌にクロラムフェニコール、サルファメトキサゾール、トリメトプリム、ストレプトマイシンに対する耐性を付与する。1967年に南アフリカで分離されたカナマイシン耐性、水銀耐性を示すProvidencia rettgeri臨床分離株から発見されたICEであるR391は、構造的、機能的にSXTMO10と高い関連性を有しており、これらは他の類縁のICEとともにSXT/R391-related ICEと総称されている。SXT/R391-related ICEは高度に保存された中核遺伝子群を共通に有しており、この中にはICEの組み込み、切り出し、接合伝達に関連する遺伝子であるint, xis, traなどが含まれている。さらに、それぞれのSXT/R391-related ICEはこれらの中核遺伝子群に加えて、抗菌薬耐性などそのICEを特徴付ける形質を付与する遺伝子を保有している。これらの各ICEに固有の遺伝子はほとんどの場合4箇所の''Hotspots''と呼ばれる部位およびICEのattLからtraI遺伝子の間の部位に存在する。これまでに25種類以上のSXT/R391-related ICEが報告されているが広域セファロスポリンに対する耐性を付与するSXT/R391-related ICEはこれまでには報告されていない。

今回、広域セファロスポリンに対して耐性を呈するProteus mirabilis臨床分離株TUM4660を分離したためこの耐性機序を解析した。PCRとその増幅産物の塩基配列決定によりP. mirabilis TUM4660が通常はP. mirabilisの染色体には存在しないAmpCベータラクタマーゼをコードする遺伝子であるblaCMY-2を保有していることを確認した。AmpCベータラクタマーゼはセフタジジム、セフォタキシムなどのオキシイミノセファロスポリン、セフォキシチン、セフォテタンなどのセファマイシンなど幅広いベータラクタム系抗菌薬に対する分解活性を有する酵素であり、これらの抗菌薬はグラム陰性桿菌感染症の治療における主要な薬剤であるため、その産生による耐性化の臨床的意義は大きい。P. mirabilis TUM4660のblaCMY-2を保有している遺伝因子はEscherichia coli, Klebsiella pneumoniae, Salmonella enterica serover Typhimurium, Citrobacter koseriへと実験的に接合伝達が可能であった。一般に、グラム陰性桿菌における外来性の抗菌薬耐性遺伝子の獲得は接合性プラスミドの伝達を介するが、P. mirabilis TUM4660および接合完了体E. coli TUM4670からのプラスミド抽出およびblaCMY-2特異的DNAプローブを用いたサザンハイブリダイゼーションの結果から、P. mirabilis TUM4660におけるblaCMY-2を含んだプラスミドの保有は否定的であった。さらにパルスフィールドゲル電気泳動で分離したP. mirabilis TUM4660およびE. coli TUM4670のゲノムDNAのI-CeuI切断断片とblaCMY-2特異的DNAプローブおよび23S rRNA遺伝子特異的DNAプローブのサザンハイブリダイゼーションの結果から、blaCMY-2はP. mirabilis TUM4660およびE. coli TUM4670の染色体上に存在していることが示された。

P. mirabilisおよびその近縁種がSXT/R391-related ICEを保有していた報告がみられたことから、P. mirabilis TUM4660においてSXT/R391-related ICEがblaCMY-2の遺伝子水平移動に関与している可能性を考え、これを検証した。SXT/R391-related ICEの両端に存在する相同配列であるattLとattR、SXT/R391-related ICEの環状中間体が存在すると形成されるattPを増幅するプライマーペアを用いたPCRにより、P. mirabilis TUM4660およびE. coli TUM4670にSXT/R391-related ICEが存在していることを確認し、これをICEPmiJpn1と命名した。細胞内におけるICEPmiJpn1の環状中間体の形成の頻度をReal-time quantitative PCRにより評価し、P. mirabilis TUM4660においてはE. coli TUM4670における頻度の4.63 × 10-2であり、両菌株を供与菌としたときの接合伝達の頻度と正の相関がみられた。

SXT/R391-related ICEの間で保存されている塩基配列を基に構築したプライマーを用いたPCRおよびその産物の塩基配列決定によりICEPmiJpn1の遺伝子構造を解析した。ICEPmiJpn1の塩基配列はSXT/R391-related ICEの原型的なICEであるR391の塩基配列と高い相同性を有していたが、IS10による混成トランスポゾンの転位を介してICE上にblaCMY-2を保有していた。この混成トランスポゾンの2コピーのIS10の間の塩基配列はこれまでの研究で米国のヒトや動物から分離された広域セファロスポリン耐性のE. coliやSalmonella entericaが保有している blaCMY-2を含んだプラスミドに多く認められてきた13-kb type I構造と高い相同性を有していた。また、ICEPmiJpn1において4箇所の"Hotspots" の塩基配列のうち、2箇所はR391と類似し、1箇所はSXTMO10と類似し、1箇所は他のSXT/R391-related ICEでは認められていないICEPmiJpn1に特有の塩基配列であり、P. mirabilisの全ゲノム塩基配列解析株であるATCC 29906に認められた2つのopen reading frameと相同性の高いopen reading frameを有していた。

P. mirabilisにおけるSXT/R391-related ICEの保有の頻度は不明である。これまでの報告は1970年代にインドで分離された株に存在したR997、2008年に全ゲノム解析が行なわれたHI4320株に偶然に発見されたICEの2例のみである。しかしながらある菌株がICEを保有していてもそのICEの存在が抗菌薬耐性などの特有の形質を付与しない限りはその存在は見落とされうる上に、例え抗菌薬耐性を付与するとしても接合伝達が可能であることにより詳細な耐性遺伝子の所在の検討が行われない限りはその遺伝子は接合性プラスミド上に存在していると誤認される恐れがある。SXT/R391-related ICEの宿主染色体上の組み込み配列であるattBはprfC遺伝子の5'端に存在しているが、この遺伝子は多くのγ-proteobacteriaの間で保存されている。実際に今回、ICEPmiJpn1はE. coli, K. pneumoniae, S. Typhimurium, C. koseriへの接合伝達が可能であり、過去の報告においてR391もE. coli, S. Typhimurium, Enterobacter cloacae, Serratia marcescensへの接合伝達が可能なことが示されている。このことからSXT/R391-related ICEはVibrio spp.においてすでに世界的にみられているのと同様に、臨床的意義の高い腸内細菌科の細菌における耐性遺伝子の伝播に重要な役割を果たす可能性があり、抗菌薬耐性菌におけるICEの存在頻度やその役割に関するさらなる研究が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は広域セファロスポリン耐性を呈するProteus mirabilis臨床分離株TUM4660がIntegrating conjugative element(ICE)を保有していたことを示し、同定された新規ICEであるICEPmiJpn1の性質を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

1. 微量液体希釈法による抗菌薬感受性試験によりP. mirabilis TUM4660がセフォタキシム、セフタジジム、セフォキシチンに対する感受性が低下していることを確認し、さらに3-aminophenylboronic acidの添加によりセフタジジムに対する感受性が改善することからAmpCベータラクタマーゼの産生を推測した。Citrobacter freundiiの染色体性ampC由来の獲得性ampCの全長を増幅するように設計されたプライマーペアを用いたPCRとその増幅産物の塩基配列決定によりTUM4660がblaCMY-2を保有していることを示した。

2. TUM4660を供与菌、リファンピシン耐性のEscherichia coli ML4903を受容菌とした接合伝達実験により、接合完了体E. coli TUM4670を得て、TUM4660のblaCMY-2が可動性遺伝因子上に存在していることを示した。TUM4660、ML4903、TUM4670の全ゲノムDNAを制限酵素I-CeuIで切断した断片を用いたサザンハイブリダイゼーションにより、TUM4660のblaCMY-2を含む遺伝因子は染色体上に存在し、接合伝達により受容菌の染色体へと組み込まれることを示した。

3. TUM4660およびTUM4670の全ゲノムDNAを鋳型とし、SXT/R391-related ICEの染色体への組込みがある時にのみ増幅が得られるように設計されたプラーマーペアを用いたPCRによりTUM4660、TUM4670の染色体上にSXT/R391-related ICEが存在していることを示した。また、SXT/R391-related ICEのint特異的DNAプローブを用いたサザンハイブリダイゼーションによりこのICEがblaCMY-2と関連していることを示し、これをICEPmiJpn1と命名した。

4. ICEPmiJpn1を染色体上に組み込んだE. coli TUM4670, E. coli TUM4672を供与菌とした接合伝達実験によりE. coliを供与菌とした場合にはP. mirabilis TUM4660を供与菌とした場合と比してより高い伝達頻度がみられることを確認した。また、Klebsiella pneumoniae, Salmonella enterica serovar Typhimurium, Citrobacter koseriを受容菌とした接合伝達実験によりこれらの菌種にもICEPmiJpn1の伝達が可能なことを示した。

5. Real-time quantitative PCRによりE. coliの細胞内でのICEPmiJpn1の染色体からの切り出しの頻度はP. mirabilisの細胞内と比較して高いことを確認した。

6. SXT/R391-related ICEの間で保存されている塩基配列を基に設計されたプライマーを用いたPCRおよびその増幅産物の塩基配列決定によりICEPmiJpn1の可変部位の塩基配列を決定した。ICEPmiJpn1の遺伝子構造は全体としてはR391のそれと高い相同性を有していた一方で、

(1)両端にIS10を有し内部にblaCMY-2を有する混成トランスポゾンの挿入を認めること

(2)4箇所のHotspotの塩基配列のうち1箇所はSXTMO10と相同性が高く、他の1箇所はこれまでに報告されたSXT/R391-related ICEには認められない独自の配列であること

といったR391との差異も認められた。

以上、本論文はP. mirabilis臨床分離株が保有していたblaCMY-2を含むICEであるICEPmiJpn1を同定し、その特徴を明らかにした。宿主菌に広域セファロスポリン耐性を付与するICEの報告はこれまでになく、本研究は腸内細菌科の耐性遺伝子伝播の機序の理解に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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