学位論文要旨



No 125998
著者(漢字) ,亮太
著者(英字)
著者(カナ) マスザキ,リョウタ
標題(和) 慢性C型肝炎患者における超音波エラストグラフィーを用いた発癌リスク算定に関する研究
標題(洋) Prospective Risk Assessment for Hepatocellular Carcinoma Development in Chronic Hepatitis C Patients by Transient Elastography
報告番号 125998
報告番号 甲25998
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3477号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

序文

C型慢性肝炎・肝硬変患者からの肝発癌リスク因子については多くの研究がなされており、肝生検検体を用いて診断される肝線維化進行度(ステージ)が肝発癌リスクを推定する最も有用な指標とされている。肝線維化ステージの評価のためには肝生検が必要であるが、これは侵襲的な検査であり、出血などのリスクを伴い、稀ながら致命的な合併症が生じる可能性も否定できない。

近年、超音波エラストグラフィーが開発され、非侵襲的に肝臓の弾性を測定することが可能となった。得られた弾性値は、肝生検によって調べた線維化ステージと良好に相関することが報告されてきた。ただし、超音波エラストグラフィーの発癌予測における有用性を検討した報告はない。我々は、以前に横断研究にて有肝細胞癌症例を含むC型慢性肝炎・肝硬変患者265例において、超音波エラストグラフィーで得られた肝の弾性値が肝細胞癌の存在と強く関係することを報告した。また、この研究の中で、階層別尤度比を用いて、肝硬変とされる患者の中でも線維化の進行度によって肝発癌リスクに差が存在し、肝弾性値によってさらに層別化しうる可能性が示唆された。超音波エラストグラフィーでは連続変数である弾性値として肝線維化進行度を評価できるため、ステージ分類よりも正確に肝発癌リスクの評価が行える可能性がある。さらに、肝硬変にあっても、肝弾性値は12.5 kPaから75 kPa(現行機種における測定上限)までの広い範囲も持つため、肝硬変の中でもさらに肝発癌リスクを細分化し、発癌の超高危険群を囲い込める可能性が考えられる。本研究では、肝細胞癌未発癌のC型慢性肝炎・肝硬変患者の肝弾性値を超音波エラストグラフィーで測定し、肝細胞癌の発生を前向きに調査することによって、超音波エラストグラフィーによる肝発癌リスク評価の有用性を検討した。

対象と方法

1) 対象症例

2004年12月から2005年6月までの間に、東京大学医学部附属病院消化器内科外来を受診したHCV-RNA陽性の慢性C型肝炎患者を対象とした。この研究はヘルシンキ宣言(2004年)に遵守して行われ、東京大学医学部の倫理委員会にて承認された(承認番号:960)。

2) 患者のフォローアップと肝細胞癌の診断

すべての患者は外来受診時に腹部超音波検査が行われており、肝細胞癌を診断された患者はこの研究から除外された。超音波エラストグラフィー施行後も、3ヶ月から6ヶ月ごとに腹部超音波検査が施行された。腫瘍マーカー上昇時あるいは腹部超音波検査にて肝細胞癌が疑われた場合に造影CT検査が行われた。造影CTまたは腫瘍生検にて肝細胞癌が診断された日を肝細胞癌発生日とした。本研究における最終観察日は、2008年5月31日である。

3) 超音波エラストグラフィー

超音波エラストグラフィーはファイブロスキャン(エコセンス社、フランス)を用いた。測定者は少なくとも50例程の測定練習を行い参加した。弾性値の測定は8回以上の測定が得られ、成功率60%以上の症例を解析対象とした。

結果

1) 患者背景

2004年12月から2005年6月までの期間に当科で876例の超音波エラストグラフィーを行った。弾性値が測定困難であった10例の患者は除外し、866例を今回の解析対象とした。男性398例、女性468例であり、平均年齢は62.2歳であった。

2) 肝細胞癌の発生

平均観察期間は3.0年(2627人年)であった。観察期間の間に35例(4.0%)が外来フォローアップを離脱し、最終外来受診日で打ち切りとなった。6例が観察期間中に肝細胞癌発癌前に死亡し、死亡日で打ち切りとなった。残りの未発癌患者は2008年5月31日で打ち切りとなった。最終観察日までに77例に肝細胞癌発癌を認めた(1人年で2.9%)。肝弾性値測定後1年、2年、および3年における累積肝発癌率は、それぞれ2.4%、6.0%、8.9%であった。

3) 弾性値別の発癌率

図1に弾性値別の発癌率を示す。肝弾性値の上昇とともに単調増加的に肝発癌率の上昇を認め、各群間の差はLog-rank検定でも有意であった。

4) 肝発癌に寄与する因子

肝発癌に寄与するリスク因子について検討するため、Cox比例ハザードモデルを用いて単変量解析および多変量解析を行った。単変量解析では弾性値 が10 kPa以下の場合を基準としたハザード比は10.1-15 kPaのレンジでは28.8、15.1-20 kPaのレンジで54.7、20.1-25 kPaのレンジで76.3、25 kPaを超えると135.6と著しく高値となった。多変量解析においても肝弾性値は有意因子として残り、10 kPa以下を基準とした場合、10.1-15 kPaのレンジのハザード比は20.2(95%信頼区間[CI]:4.55-89.5、P<0.001)、15.1-20 kPaのレンジでは29.6(95%CI:6.50-134.6、P<0.001)、20.1-25 kPaのレンジでは42.2(95%CI:9.10-195.7、P<0.001)であり、肝弾性値が25 kPaをこえるとハザード比は76.6(95%CI:17.9-336.6、P<0.001)となった。このように、肝硬変の範疇内においても、肝発癌リスクは弾性値によってさらに層別化されることが確認された。多変量解析の最終モデルには他に、高齢、男性、アルブミン低値が有意な因子として残った。

5)サブグループ解析

弾性値測定の臨床的有用性を評価するために症例を臨床背景因子によってサブグループに分け、弾性値の肝発癌リスク識別能を検討した。具体的には、単変量で肝発癌の有無と関連した背景因子によって症例を低危険群と高危険群に2分し、それぞれの群内で、弾性値が高値であった場合の、低値であった場合に対する肝発癌ハザード比を計算した。15 kPaを超えた場合を高弾性値とした場合のハザード比を算出した。ほとんど全てのサブグループにおいて、肝弾性値>15 kPaが有意な肝発癌リスク予測因子であったが、特に血小板数については、100×109/Lを超えるサブグループ内部での高弾性値のハザード比は25.0であり、100×109/L以下のサブグループ内部でのハザード比は2.73と大きく異なり、血小板数が保たれている症例では一般的には肝発癌リスクが低いと考えられているが、そのような症例でも肝弾性値が高い場合には肝発癌について特に注意が必要であることを示している。他にも、アルブミン高値、AFP(alpha-fetoprotein)低値、比較的若年といった、一般に肝発癌リスクが低いと考えられるサブグループにおいて、対照となる高危険群と比べて、肝弾性値が高い場合の低い場合に対するハザード比は大きくなった。これらの結果は、他の背景因子からは肝発癌リスクが高くないと判断される患者群において、肝弾性値の測定によって実際には高危険群である患者を拾い出せる可能性を示している。

考察

超音波エラストグラフィーによって得られた弾性値は、線維化進行度を反映していると考えられる。C型慢性肝炎では特に、肝線維化と肝発癌との関係が強い。その詳しい機序は不明であるが、臨床的には長期間続く炎症と再生によって蓄積したDNAダメージの代替指標と考えてよいであろう。したがって、病理学的には同じ肝硬変であっても、肝発癌リスクは症例によって異なると思われる。肝弾性値が線維化ステージに優る点は、客観的な定量的評価であり、肝硬変の範疇においても広いレンジを持つことである。

日常臨床では、肝癌のサーベイランスは高発癌リスク症例に重点的に行われる。本研究において、一般検査などから低発癌リスクと思われる患者においても、肝弾性値が高い場合は発癌リスクが高いことが判明した。これまでの評価に、弾性値の評価を加えることで、発癌高リスク群をさらに囲い込みことができる可能性がある。

この研究の限界として、単一施設のコホート研究である点があり、今後外的妥当性を検討する必要があると思われた。また、患者の20%が観察期間内にインターフェロン治療を受けており、線維化の進行や発癌に影響した可能性があるインターフェロン治療後、特に持続性ウイルス学的著効後の弾性値の変化も今後検討すべき課題である。また、平均観察期間が3年と比較的短いため、より長い観察期間での再検討も重要である。また、今回の検討はC型肝炎患者を対象とした検討であり、B型肝炎、非B非C肝炎においても同様のことがいえるかどうか検討する必要がある。

超音波エラストグラフィーでは、肥満、有腹水、肋間が狭い症例、肝萎縮が高度に進んだ症例では弾性値の測定が困難である。本研究でも、肥満のため10例が測定困難であった。また、急性肝炎、B型肝炎の急性増悪、うっ血肝、閉塞性黄疸によって弾性値の上昇を認めることが報告されている。本研究のコホートは、外来フォロー中の慢性C型肝炎患者であり、それらの影響は少ないと思われたが、得られた弾性値の結果の解釈については注意が必要と思われた。

結論

超音波エラストグラフィーによる肝弾性値の評価は、線維化ステージの代替指標標にとどまらず、肝発癌リスク算定を広いレンジで評価することができ有用であった。また、臨床上発癌リスクが「低いと思われる患者においても、弾@/値が高値の患者においては、発癌の可能性を考え慎重にフォローする必要があると思われた。

図1 弾性値別の累積発癌率

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、慢性C型肝炎患者において、超音波エラストグラフィーによる弾性値測定が発癌のリスク評価として有用であることを検証するために前向きに検討したもので下記の結果を得ている。

1.2004年12月から2005年6月までの期間に弾性値が得られたC型肝炎患者866例を対象とし、平均観察期間3.0年の間に77人が発癌した(1人年あたり2.9%)。弾性値測定後の1年、2年、および3年における累積肝発癌率は、それぞれ2.4%、6.0%、8.9%であった。

2.弾性値を≦10 kPa、10.1-15 kPa、15.1-20 kPa、20.1-25 kPa、>25kPaでわけると3年累積発癌率は、0.4%、11.7%、19.2%、25.2%、38.5%(人年法では0.11%、2.9%、5.0%、8.3%、14.4%/人年)と単調増加的に発癌率の上昇を認めた。

3.発癌に寄与する因子の多変量解析では、肝弾性値は有意因子として残り、10 kPa以下を基準とした場合、10.1-15 kPaのレンジのハザード比は20.2(95%信頼区間[CI]:4.55-89.5、P<0.001)、15.1-20 kPaのレンジでは29.6(95%CI:6.50-134.6、P<0.001)、20.1-25 kPaのレンジでは42.2(95%CI:9.10-195.7、P<0.001)であり、肝弾性値が25 kPaをこえるとハザード比は76.6(95%CI:17.9-336.6、P<0.001)となった。このように、肝硬変の範疇内においても、肝発癌リスクは弾性値によってさらに層別化されることが確認された。多変量解析の最終モデルには他に、高齢、男性、アルブミン低値が有意な因子として残った。

4.弾性値測定の臨床的有用性を評価するために症例を臨床背景因子によってサブグループに分け、弾性値の肝発癌リスク識別能を検討したところ、特に発癌低リスクと思われる因子、血小板10万以上、65歳以下、ALT<40 IU/L、アルブミン>4 g/dL、女性において高いハザード比を認めた。

以上のことから、超音波エラストグラフィーによる弾性値の評価は肝発癌のリスク評価に有用と思われた。また、臨床上発癌リスクが低いと思われる患者においても、弾性値が高値の患者においては、発癌の可能性を考え慎重にフォローする必要があると思われた。これは慢性C型肝炎患者の高危険群の囲い込み関して重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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