学位論文要旨



No 125999
著者(漢字) 松本,拓
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,タク
標題(和) アレルギー性鼻炎におけるスタチンの抑制効果に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 125999
報告番号 甲25999
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3478号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 幸山,正
 東京大学 講師 飯島,勝矢
内容要旨 要旨を表示する

アレルギー性鼻炎は発作性反復性のくしゃみ・鼻閉・水性鼻漏を3主徴とする鼻粘膜のI型アレルギー性疾患であり、近年、増加傾向を認めている。また、最近ではアレルギー性鼻炎と気管支喘息との密接な関連が言われており、「Allergic Rhinitis and its Impact on Asthma(ARIA)」という国際的なガイドラインが発表され、広く認知されるようになった。

一方で、高脂血症もcommon diseaseとして知られており、増加傾向にある疾患である。シンバスタチンはコレステロール合成経路における3-ハイドロキシ-3-メチルグルタリル-コエンザイムA(3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A: HMG-CoA)還元酵素阻害剤であるスタチンの一種である。高脂血症の治療薬としてスタチンは臨床的に広く用いられ、また、血中コレステロール降下作用以外にも種々の免疫修飾作用をもつことが注目を集めている。スタチンの免疫修飾作用に注目し、様々な疾患モデルマウスを用いた研究がこれまでに行われており、Th1型免疫応答が関わる疾患モデルマウス(近年ではTh17型免疫応答と考えられている)での有効性が多く報告されている。しかし、その一方で、アレルギー性鼻炎モデルマウスと同様のTh2疾患モデルである喘息モデルマウスを用いた研究でも有効性が報告されている。本研究で用いたシンバスタチンによる喘息モデルマウスの研究では、抗原チャレンジ期にシンバスタチン40mg/kg/dayが腹腔内投与され、下気道における好酸球性気道炎症が抑制されたと報告されている。気管支喘息とアレルギー性鼻炎の共通性・類似性を考慮すると、スタチンの鼻腔・上気道におけるTh2型免疫応答に対する抑制効果が期待されるが、鼻腔・上気道における抗原誘発性免疫応答に対するスタチンの効果を調べた研究はこれまでに行われていない。そこで、本研究では鼻腔・上気道における抗原誘発性免疫応答に対するスタチンの効果を調べることとした。

一方、コラーゲン反応性関節炎モデルマウス(DBA/1マウス)において、シンバスタチン40mg/kg/dayの腹腔内投与により重篤な腹膜炎を来たし、死亡率も高値であったという報告がある。先述した喘息モデルマウスにおいては、同量のシンバスタチンを用いているが腹膜炎を来たしたという毒性に関する記載はない。しかし、下気道における好酸球性炎症抑制効果について、この毒性の影響がなかったとは言い切れない。そこで、本研究では腹膜炎を来たさない量でのシンバスタチンを用いて、その効果を検討することとした。

さらに本研究では、アレルギー性鼻炎モデルマウスにおける薬剤治療効果の生理学的評価法として、以前、我々の教室が耳鼻咽喉科学教室との共同研究で確立したEnhanced Pause(Penh)値を用いた急性期における鼻過敏性変化の評価法を採用した。先述したアレルギー性鼻炎の三主徴の一つである鼻閉症状に関して、これまでアレルギー性鼻炎モデルマウスにおける他覚的な評価法は確立していなかった。しかし、Penh値を用いることにより、鼻閉による鼻腔の気流制限を非侵襲的に非拘束下・自発呼吸下に測定することが可能となった。アレルギー性鼻炎モデルマウスにおいて、点鼻投与直後からのPenh値上昇が認められ、このPenh値上昇に関しては、下気道の好酸球性炎症によらず(気管支肺胞洗浄液中の好酸球数増加なし)、侵襲的に測定した下気道抵抗値(Raw)の上昇を伴わず、そして、従来のアレルギー性鼻炎モデルマウスにおける評価法による疾患活動性とPenh値の上昇が相関するということが明らかになっている。しかし、この新しい評価法をアレルギー性鼻炎モデルマウスに対する薬剤治療効果判定として用いた報告はまだない。そこで、本研究では、このPenh値を用いた鼻過敏性変化評価法が、アレルギー性鼻炎モデルマウスにおける薬剤治療効果の生理学的評価法として有用であるかどうかについても検討することとした。

本研究では、まず、脾細胞を用いたex vivoにおける検討を行った。BALB/cマウスを用い、day0に卵白アルブミン(ovalbumin: OVA) /水酸化アルミニウムゲル(alum)を腹腔内投与し、day12で脾細胞を採取した。培地中に脾細胞とOVAを混合し再刺激を行った。培養後、day3で細胞増殖反応を調べ、day4で培養上清中のIL-4、IL-5、IFN-γ濃度を測定した。治療群としてシンバスタチン20mg/kg/day腹腔内投与をday0~day11まで行い、治療対照群として溶媒のみのControl stockをday0~day11まで連日腹腔内投与した。結果として、シンバスタチン投与により、細胞増殖反応抑制を伴わないTh2サイトカインであるIL-4、IL-5の強い産生抑制とTh1サイトカインであるIFN-γの産生抑制を認めた。シンバスタチンは脾細胞における抗原誘発性Th2サイトカイン産生とTh1サイトカイン産生を共に抑制する効果があることが示された。さらには、これらのサイトカイン産生が抗原誘発性細胞増殖反応抑制によらないことが示された。

次に、アレルギー性鼻炎モデルマウスを用いたin vivoでの検討を行った。BALB/cマウスを用い、day0、11にOVA/alumを腹腔内投与し、day18~day25まで連日3%OVA片鼻2μlずつ点鼻投与を行うことで、アレルギー鼻炎モデルマウスを作製した。対照群にはday0、11に生理食塩水を腹腔内投与し、day18~day25まで連日生理食塩水片鼻2μlずつ点鼻投与を行った。治療群としてシンバスタチン20mg/kg/day腹腔内投与をday0~day17まで行い、治療対照群としてControl stockをday0~day17まで連日腹腔内投与した。治療効果判定として、day18、22、24における点鼻投与直後から10分間のくしゃみ回数・鼻かき回数、血清総IgE値、血清OVA特異的IgE値、組織学的変化(鼻中隔下部鼻粘膜固有層単位面積(2500μm2)当たりの炎症性細胞数)という従来のアレルギー性鼻炎モデルマウスに用いられている評価法に加え、先述したPenh値による新たな評価法を用いた。さらに、day25で頚部リンパ節を採取し、頚部リンパ節細胞を用いた局所における抗原誘発性免疫応答を検討した。

まず、シンバスタチン投与はくしゃみ回数・鼻かき回数を強く抑制した。また、血清OVA特異的IgE値は有意差を認めなかったが、血清総IgE値を強く抑制した。このことから、シンバスタチンはアレルギー性鼻炎における即時相の典型的な症状であるくしゃみ・鼻かきを抑制する効果があることが示された。また、IgE依存性の疾患であるアレルギー性鼻炎の基礎となるIgE産生を抑制する効果があることが示された。組織学的変化に関しては、鼻中隔下部鼻粘膜固有層単位面積当たりの炎症性細胞数を強く抑制した。

次に、day25のPenh値測定後において、気管支肺胞洗浄液中の好酸球数増加が無いことを確認した。この結果から、今回認められたPenh値の上昇に下気道の好酸球性炎症の影響がないこと、また、それに伴う下気道抵抗値の上昇の影響がないことを示すことができた。そして、day19、23、25において点鼻投与直前5分間の平均Penh値と点鼻投与直後から15分間における3分毎の平均Penh値を測定した。OVA点鼻投与を反復することにより点鼻投与直後から生じるPenh値上昇を15分間持続して認めた。そして、シンバスタチン投与は、この点鼻投与直後から持続するPenh上昇を著明に抑制した。このPenh値上昇は鼻腔における気流制限の影響を示していると考えられ、遅発相反応としての鼻閉+即時相反応としての鼻閉が混合した抗原誘発性鼻反応性変化を示しているものと考えられる。このことから、本研究はシンバスタチンが抗原誘発性鼻反応性変化を抑制する効果があることを示したものであると考えられた。また、先述した従来用いられているアレルギー性鼻炎モデルマウスの種々の評価法による抑制効果と矛盾しない結果が得られたことから、このPenh値を用いた鼻反応性変化を検出する評価法を新たなパラメーターとして、アレルギー性鼻炎モデルマウスに対する薬剤治療効果判定に用いることが可能であることを示すことができた。

さらに、day25で頚部リンパ節を採取後、培地中に頚部リンパ節細胞とOVAを混合し再刺激を行った。培養後、day2で細胞増殖反応を調べ、day3で培養上清中のIL-4、IL-5、IFN-γ濃度を測定した。ex vivoにおける脾細胞を用いた検討と同様に、アレルギー性鼻炎モデルマウスにおける頚部リンパ節細胞においても、シンバスタチン投与により、細胞増殖反応抑制を伴わない、Th2サイトカインであるIL-4、IL-5の強い産生抑制とTh1サイトカインであるIFN-γの産生抑制を認めた。

最後に、day25で血清総コレステロール値を測定したところ、シンバスタチン投与による血清総コレステロール値の低下を認めず、本研究における免疫修飾作用がシンバスタチンの血中コレステロール降下作用に関わらないものであることを示した。

以前報告されたシンバスタチンの毒性に関しては、本研究における20mg/kg/day腹腔内投与では、死亡例がなく、腹膜炎の症状である腹膜癒着や投与後の体重減少も認めなかった。

以上より、本研究は、高脂血症治療薬として臨床的に広く用いられているシンバスタチンが、腹膜炎を来たさない投与量で鼻腔・上気道における抗原誘発性免疫応答を抑制する効果があることを示し、シンバスタチンが高脂血症のみならず、アレルギー性鼻炎に対しても有効である可能性を初めて示した。また、Penh値を用いた鼻反応性変化を検出する評価法が、アレルギー性鼻炎モデルマウスにおける薬剤治療効果判定に有用であることを初めて示した。一方、本研究では、作用機序に関する検討ができておらず、さらなる研究が必要であると考えられる。本研究においては、ヒトとマウスにおけるシンバスタチン投与経路・投与量の違いがあることから、実際に今回の結果を臨床研究へと直接的に応用することは困難であると考えられる。しかし、本研究の結果は今後の臨床研究の可能性を示したものであり、今後、本研究におけるスタチンの作用機序に関する検討を加えていくことで、アレルギー性鼻炎に対する新たな治療ターゲットを示すことが可能となる結果であったと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

シンバスタチンはコレステロール合成経路における3-ハイドロキシ-3-メチルグルタリル-コエンザイムA(3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A: HMG-CoA)還元酵素阻害剤であるスタチンの一種であり、高脂血症の治療薬として臨床的に広く用いられ、また、種々の免疫修飾作用をもつことが注目を集めている。本研究では、鼻腔・上気道における抗原誘発性免疫応答に対するスタチンの効果を明らかにするため、BALB/cマウスを用い、卵白アルブミン(ovalbumin: OVA)を抗原として、脾細胞を用いたex vivoにおける検討とアレルギー性鼻炎モデルマウスを用いたin vivoにおける検討を行い、下記の結果を得ている。

1. ex vivoの検討として、day0にOVA/水酸化アルミニウムゲル(alum)を腹腔内投与し感作を成立させ、day12で脾細胞を採取。培地中にOVAを混合し脾細胞を培養することで、OVA誘発性の脾細胞増殖反応とサイトカイン産生能を調べた。治療群としてシンバスタチン20mg/kg/day腹腔内投与をday0~day11まで行い、治療対照群として溶媒のみのControl stockをday0~day11まで連日腹腔内投与した。結果として、シンバスタチン投与により、細胞増殖反応抑制を伴わないTh2サイトカインであるIL-4、IL-5の強い産生抑制とTh1サイトカインであるIFN-γの産生抑制を認めた。

2. in vivoの検討として、day0、11にOVA/alumを腹腔内投与し、day18~day25まで連日3%OVA片鼻2μlずつ点鼻投与を行うことで、アレルギー鼻炎モデルマウスを作製した。治療群としてシンバスタチン20mg/kg/day腹腔内投与をday0~day17まで行い、治療対照群として溶媒のみのControl stockをday0~day17まで連日腹腔内投与した。シンバスタチン投与は、OVA点鼻投与直後からのくしゃみ回数・鼻かき回数、血清総IgE値、組織学的変化(鼻中隔下部鼻粘膜固有層単位面積(2500μm2)当たりの炎症性細胞数)を強く抑制した。

3. in vivoの検討において、鼻腔の気流制限を示す新たな生理学的な評価法であるPenh値を用いた検討を行ったところ、シンバスタチン投与はOVA点鼻投与を反復することにより点鼻投与直後から生じるPenh値上昇を著明に抑制した。

4. in vivoの検討において、day25で頚部リンパ節を採取。培地中にOVAを混合し頚部リンパ節細胞を培養することで、OVA誘発性の頚部リンパ節細胞増殖反応とサイトカイン産生能を調べた。結果として、ex vivoにおける検討と同様にシンバスタチン投与により、細胞増殖反応抑制を伴わないTh2サイトカインであるIL-4、IL-5の強い産生抑制とTh1サイトカインであるIFN-γの産生抑制を認めた。

5. シンバスタチン投与による血清総コレステロール値の低下を認めず、これまでの報告と同様に、本研究における免疫修飾作用がシンバスタチンの血中コレステロール降下作用に関わらないものであることを示した。

6. 以前報告されたシンバスタチン腹腔内投与による腹膜炎発症の可能性に関しては、本研究における20mg/kg/day腹腔内投与では、死亡例がなく、腹膜炎の症状である腹膜癒着や投与後の体重減少も認めなかった。

以上、本論文は、マウス脾細胞を用いたex vivoでの検討と、アレルギー性鼻炎モデルマウスを用いたin vivoでの検討により、高脂血症治療薬として臨床的に広く用いられているシンバスタチンが、鼻腔・上気道における抗原誘発性免疫応答を抑制する効果があることを示し、シンバスタチンが高脂血症のみならず、アレルギー性鼻炎に対しても有効である可能性を初めて示した。アレルギー性鼻炎に対する新たな治療法と新たな治療ターゲットを解明するために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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