学位論文要旨



No 126001
著者(漢字) 李,勇学
著者(英字) Li,Yongxue
著者(カナ) リ,ユウガク
標題(和) モチーフ解析で同定された小腸と肝臓に発現する新規エステラーゼの生理機能の解析 : 遺伝子欠損マウスの作製
標題(洋)
報告番号 126001
報告番号 甲26001
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3480号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 講師 原,一雄
 東京大学 講師 栗原,由紀子
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

ホルモン感受性リパーゼ(HSL)は、脂肪組織、筋肉、精巣、肝臓などさまざまな組織において、トリアシルグリセロール(TG)、ジアシルグリセロール(DG)、コレステロールエステル(CE)の水解に触媒として働くことが知られている。我々の研究室ではこれまでに、HSL欠損マウスを作成し、解析を進めてきた。HSL欠損マウスにはHSLとは異なる未知のTGリパーゼ活性が残存していることが判明した。当研究室では、既知のリパーゼに共通なモチーフ(α/βhydrolase fold,GXSXG active serine motif,HG dipeptide motif)をもつ遺伝子について、データベースによりスクリーニングを行い、53個の遺伝子が同定した。マウスカルボキシエステラーゼ5(Ces5)がその中の一つである。マウスCes5が559アミノ酸から成る蛋白(N_766347)であり、マウスの肝臓でピレスロイド(殺虫薬成分)を加水分解する蛋白として知られている。マウスCes5のヒト相同遺伝子はヒトカルボキシエステラーゼ2(hCES2)であり、主に小腸に発現してマウスCes5アミノ酸配列と70%の相同性が知られている。hCES2は分解基質として、イリノテカン(CPT-11)、PNPBなど短鎖エステル体の薬剤が知られている。

当研究室これまでに、HEK293細胞にマウスCes5をトランスフェクションして、TGリパーゼ酵素活性はないが、HSLと同等の酪酸p-ニトロフェニル(PNPB)酵素活性であることを確認した。マウスCes5蛋白は主に小腸、肝臓、腎臓に発現し、mRNAは主に小腸に発現し、肝臓、腎臓にも低レベルで発現していることが判明した。肝臓の免疫染色において、Ces5は中心静脈につながる周囲脈管に分布し、小腸の免疫染色においては、Ces5は空腸の絨毛組織に存在していた。また、空腸から回腸までを5つのセグメントに分け、ノーザンブロット解析を行うと、Ces5のmRNAは主に小腸上部に発現し、Ces5の蛋白は小腸上部において、ミクロソーム分画に多く認められることが判明した。マウスCes5が主に小腸、肝臓に存在すること、およびHSLと同等のPNPB活性を持つことから、糖脂質代謝に何らかの影響を与える可能性が想定される。本研究では、このCes5の生理的な意義を検討する目的で、ces5欠損マウスを作製することにした。

Ces5のlipid-binding domainのHG活性中心はエクソン4の第17塩基からであり、それを欠損させる目的により完成したターゲティングベクターをES細胞に導入し、マイクロインジェクションによりキメラマウスの作製に成功した。。組み換えES細胞を計308個の受精卵にマイクロインジェクションし、50%以上のキメラマウスは17匹生まれ、マイクロインジェクションの成功率は約5.5%であった。キメラマウスをC57B6/Jマウスと交配してF1ヘテロマウスを得た。F1ヘテロマウス同士の交配により得られたF2マウスのゲノムDNAを回収し、サザンブロット法により解析して、ヘテロマウスとホモ(ノックアウト)マウスが得られたことを確認した。ノーザンブロット解析によりmRNAレベル、ウエスタンブロット解析により蛋白レベルとも、F2欠損マウスの小腸、肝臓および腎臓組織でCes5の発現は消失していることと、小腸におけるPNPB酵素活性は40%まで低下したことにより、Ces5の生理的意義を検討できる欠損モデルの樹立に成功した。F2欠損マウスは外見的には正常で、妊娠能も保たれていた。戻し交配が終了していない段階でのpreliminaryな欠損マウスを使用して検討した。

12週齢から14週齢までの雄マウス(n=6)に対して、4時間絶食後に体重測定を行った。雄ces5欠損マウスの体重が有意(p=0.0014) に減少されたことが認められた。雄ces5欠損マウス(n=6)の解剖結果では肝臓、腎臓、精巣周囲白色脂肪組織いずれにおいても、野生型マウスと比較して重量減少が見られたが、体重で補正した結果で、変化はないことが判明した。雌マウス(n=6)の体重は遺伝子型による有意差を認めなかった。Ces5の欠損によって、雄マウスの体重は有意に15%減少する可能性が示された。

マウスの血清総コレステロール値は雄、雌ces5欠損マウス(雄n=5,雌n=6)とも野生型マウスと比較し、低下傾向を示した(p=0.12、p=0.17)。雄、雌ces5欠損マウス(雄n=3,雌n=6)血清HDL-コレステロール値も低下傾向を示した(p<0.01、p=0.13)。雄ces5欠損マウス(n=6)が野生型マウスと比較し、4時間絶食後に、血糖値が有意(p=0.014)に25%増加したことを示した。雌マウス(n=6)においては、有意差を認めなかったが、増加傾向を示した。雄と雌ces5欠損マウス(n=6ずつ)の血清中性脂肪(TG)値および血清遊離脂肪酸(FFA)値の有差が見られなかったが、ces5欠損マウスの血清遊離脂肪酸値が若干低下傾向を示した。

ces5欠損マウスの体重差については、Ces5欠損によって雄マウスの体が小さく、成長障害の可能性が考えられる。摂食量の比較では3匹ずつで2週間観察したところ、有意差を認めなかったが、戻し交配終了後、体重差と摂食量について再度確認する予定である。そのほか、エネルギー消費量、活動量、β酸化なども評価する予定である。また、高脂肪食などの食餌負荷による体重の変化も評価する予定である。

ces5欠損マウスの血清総コレステロール値およびHDL-コレステロール値が低下した原因については、戻し交配終了後に小腸においての脂肪代謝に関わる胆汁酸、膵液リパーゼ、アシルCoA・コレステロールアシルトランスフェラーゼ(ACAT)酵素、ATP結合輸送膜蛋白(ABCA1)、Niemann-Pick C1-Like 1(NPC1L1) 蛋白などについて検討する予定である。雄ces5欠損マウスの血糖値が有意に増加した原因には小腸上段にあるグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)、グリコキナーゼ(GK)および膵臓などについて検討する予定である。血清の中性脂肪値と血清遊離脂肪酸値については、高脂肪食や高コレステロール食による検討を行い、Ces5の欠損により、小腸における脂肪代謝に関わるHSLやミクロゾームトリグリセリド転送蛋白(MTP)活性などについて評価する予定である。また、糖代謝、脂質代謝と蛋白質代謝の重要な臓器である肝臓において、Ces5の欠損により脂肪代謝経路に関わる蛋白について検討する予定である。

今回使用したES細胞は129マウス系統由来のため、c57B6/Jマウスでの解析には9世代以上の戻し交配が必要となる。現段階では4世代目の戻し交配を行っている。ノーザンブロット解析によりmRNA発現量、ウエスタンブロット解析により蛋白発現量とも、Ces5の発現が消失していることから、Ces5の生理的意義を検討できる欠損モデルの樹立に成功した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、各種リパーゼに共通するモチーフを持つ遺伝子群の網羅的探索の過程で同定された遺伝子の一つで、小腸と肝臓に比較的限局して発現するカルボキシエステラーゼ5(Ces5)に着目し、その生理的な意義を検討する目的でCes5遺伝子欠損マウスの作成を試みたもので、下記の結果を得ている。

1. Ces5(NC-000074)のlipid-binding domainのHG活性中心(エクソン4の第17塩基から)を欠損させるデザインでターゲティングベクターを作成した。それをES細胞に導入し、サザンブロット法により相同組換え体を選択。さらに、マウス受精卵へのマイクロインジェクションによりキメラマウスの作製に成功した。

2. キメラマウスをC57B6/Jマウスと交配してF1ヘテロマウスを得た。F1ヘテロマウス同士の交配により得られたF2マウスのゲノムDNAを回収し、サザンブロット法により解析して、ヘテロマウスとホモ(ノックアウト)マウスが得られたことを確認した。さらに、ノーザンブロット解析によりmRNAレベルで、またウエスタンブロット解析により蛋白レベルでも、F2ホモマウスでは小腸、肝臓および腎臓においてCes5の発現が消失していることが確認された。ホモマウスは外見上正常で、妊娠能も保たれていた。

3. 雄野生型とホモマウスについて、小腸および肝臓におけるPNPB酵素活性、CEH活性、TGリパーゼ活性を測定した。Ces5ホモマウスの小腸におけるPNPB酵素活性は野生型の約40%まで低下しており、一方肝臓におけるPNPB酵素活性には差が認められなかった。小腸、肝臓でのCEH活性およびTGリパーゼ活性はいずれも両群で差が認められなかった。

4. 戻し交配が終了していない段階でのpreliminaryな検討ではあるが、普通食下でF2雄ホモマウスは野生型マウスに比べ、体重が有意に15%減少していた一方、血糖値が有意に25%増加していた。また、血清総コレステロール値とHDL-コレステロール値の低下傾向も認められた。

以上、本論文では、ジーンターゲティングの手法によりCes5の生理的意義を検証するための欠損モデルの樹立に成功している。また、Ces5欠損が雄マウスの体重、血糖値、血清コレステロールおよびHDL-コレステロールに影響を与える可能性が示唆された。戻し交配後の詳細な検討が必要ではあるが、糖および脂質代謝経路の解明に重要な貢献をなしうるマウスモデルであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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