学位論文要旨



No 126002
著者(漢字) 西村,鉄也
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,テツヤ
標題(和) 腫瘍免疫療法の基礎的及び臨床的検討
標題(洋)
報告番号 126002
報告番号 甲26002
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3481号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 講師 渡辺,博
内容要旨 要旨を表示する

腫瘍免疫学は近年目覚ましい進歩を遂げている。免疫系が腫瘍のコントロールに重要な役割を果たしていることが示唆され、多種多様な腫瘍免疫療法が試みられて来た。しかし、その効果は悪性黒色腫、腎癌など一部の腫瘍において10~30%程度であり、未だ十分な成果が上がっていないのが実情である。樹状細胞(dendritic cells)はナイーブなT細胞を感作して抗原特異的免疫応答を誘導する最も強力な抗原提示細胞(APC)と考えられている。T細胞のみでなく、B細胞、NK細胞、NKT細胞の活性化も誘導出来、免疫システムを調節する中心的役割を担っている。その高い抗原提示能により、腫瘍ワクチン療法のアジュバントとして広く用いられてきた。現在、腫瘍免疫療法に用いられている樹状細胞には主に単球より誘導したもの(monocyte-derived DC: MoDC)、末梢血より分離したもの(peripheral blood DC: PBDC)、骨髄幹細胞(CD34陽性細胞)より誘導したもの、の3種類があるが、比較的容易に多くの細胞が得られることから、単球よりGM-CSF、IL-4を用いて誘導したMoDCが用いられることが殆どである。これに対し、PBDCは磁気ビーズ等を用いて分離され、機能的解析は進んでいるが、生理的に非常にわずかしか存在せず、臨床応用は少ない。本研究の第一部では腫瘍抗原特異的免疫誘導に際し、樹状細胞ワクチン療法として臨床応用されている樹状細胞の中で、MoDC、PBDCの2種類の樹状細胞の性状・機能について比較検討し、抗原感作の際にどちらの樹状細胞がより適しているかを検討した。これまでに、PBDCはMoDCと比較して、遊走能に優れていること、1型ヘルパーT細胞の誘導に優れていること、NK活性の増強に優れていることが示されている。しかし、樹状細胞ワクチン療法が奏功するために重要な機能である抗原特異的CTLの誘導能については未だ、PBDCがMoDCより優れているという報告は無い。当研究では、抗原特異的CTLの誘導能について、ウイルス抗原、腫瘍抗原を用いた比較検討を行った。また、サイトカイン産生能、増殖能に対する比較検討も行った。KLHに対する増殖反応を施行した結果PBDCがMoDCに比べ有意に高い増殖反応を誘導した。免役賦活剤biological response modifier (BRM)であるLPS、OK432に対しての反応は、LPS刺激に対してはPBDCがより高いIFN-γ産生を誘導し、OK-432刺激に対してはMoDCがより高いIFN-γ産生を誘導したことより、BRMの種類により反応性に違いがあると考えられた。ウイルス抗原に対する抗原特異的CTL誘導能について、日本人の90%に潜伏感染が見られ、二次抗原と考えられるCMV pp65抗原に対しては有意差を認めなかったが、一次抗原と考えられるHTLV-1抗原に対してはPBDCがMoDCと比較して高い誘導能を示した。腫瘍抗原特異的CTLの誘導能については、WT1抗原、gp100抗原共にPBDCがMoDCと比較して有意に高い誘導能を示した。さらに、腫瘍抗原特異的IFN-γ産生能についてもPBDCはMoDCと比較して有意に高い値を示した。これらの結果より、PBDCはMoDCと比較して、BRMに対する反応性は異なるが、1次免疫応答の誘導、腫瘍抗原特異的免疫応答の誘導に高い機能を持つと考えられた。今までに腫瘍抗原特異的免疫応答の誘導に対して、比重遠心法により分離したPBDCがMoDCと比較して有意に高い機能をもつことを示した報告は無く、これらの結果よりPBDCはMoDCと比較して腫瘍免疫療法に使用するための様々な利点を持つと考えられた。これまでに比重遠心法により分離したPBDCを用いた臨床試験はB細胞リンパ腫、多発性骨髄腫、前立腺癌などが報告されているが、DCワクチン療法において今後さらに症例を積み重ねていく必要があると考えられた。

近年、腫瘍細胞を標的とすることに加え、腫瘍に栄養や酸素を供給し、その増殖に関与している腫瘍新生血管を標的とした抗血管新生療法と呼ばれる治療法が開発された。血管新生とは1970年代に提唱された概念で、腫瘍細胞がある一定以上の大きさになるためには毛細血管を成長させる必要があり、このプロセスの阻害が腫瘍の増大・転移の抑制に重要であるとの仮説である。血管新生の機構については詳細な研究がおこなわれ、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor; VEGF)が腫瘍における血管新生に極めて重要であることが明らかとなり、抗VEGF抗体薬ベバシズマブが開発された。多くの臨床試験が行われたが、単独では無効で、化学療法剤との併用で大腸癌、非小細胞肺癌、乳癌において化学療法剤単独よりも若干の延命効果が認められている。一方、血管内皮の抗原を標的とした治療の開発も進められている。担癌マウスに対して異種の血管内皮細胞を免疫することにより、腫瘍の縮小と生存期間の延長を認めること、その後、同種の内皮細胞の免疫によってマウスの肺転移が抑制されることが示された。ヒト臍帯静脈内皮細胞(human umbilical vein endothelial cells; HUVEC)をVEGFやbasic fibroblast growth factorの存在下で培養すると新生血管の内皮細胞に認められる分子を強く発現することが確認され、HUVECをワクチンとして投与する治療が開発された。第I相臨床試験の段階ではあるが、大腸癌では有効例がなく、脳腫瘍で著効例が報告された。詳細な機序については不明であるが、血管内皮抗原に対する抗体またはCTLの誘導により腫瘍血管に炎症が惹起され新生血管の破壊または発生阻害により酸素、栄養の供給を途絶し腫瘍細胞の増殖を抑制すると考えられている。

本研究の第二部では膵芽腫患者、子宮未分化肉腫患者の2症例について、治療前に免疫機能検査を施行した後、HUVECワクチン療法を施行した。免疫療法が無効であった膵芽腫患者ではNK活性の低下を認めたが、有効であった子宮未分化肉腫患者では活性化したNKT細胞の増加を認め、他の値も全て基準値内であった。今後さらに症例を積み重ねていく必要があるが、治療前の免疫能と治療成績が相関する可能性が考えられた。

膵芽腫患者は小児では初めてのHUVECワクチン適用例である。判定は進行(PD)であり、免疫療法は無効と考えられた。掻痒症(CTCAE Grade1)以外の有害事象は認めなかった。免疫療法単独では無効であったが、化学療法単独で腫瘍マーカーが上昇した同一同量の抗癌剤投与(Etoposide、Irinotecan、Carboplatin)の間にHUVECワクチンを併用したところ、顕著な腫瘍マーカーの低下が観察された。

子宮未分化肉腫患者は婦人科腫瘍に対する初めてのHUVECワクチン有効例である。判定は部分奏功(PR)であり、掻痒症(CTCAE Grade1)以外の有害事象は認めなかった。今後標準治療の確立していない子宮未分化肉腫治療の新たな選択肢となる可能性もあり、さらなる症例の積み重ねが必要と考えられた。

HUVECワクチン療法を施行した2症例において、重篤な有害事象は認めなかった。HUVECワクチンが有効と思われた子宮未分化肉腫の症例は脳腫瘍での報告に続くものであり、今後、症例の積み重ねと疾患の拡大が必要と考えられた。また、HUVECワクチンは大腸癌でも示されているように単独では効果がない場合もあることから、免疫療法以外の治療との併用も考慮しつつ適応の拡大をしていく必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の第一部では腫瘍免疫療法の基礎的検討として、腫瘍ワクチン療法に用いられている樹状細胞の中で、単球より誘導した樹状細胞(MoDC)と末梢血より分離した樹状細胞(PBDC)の機能について比較検討を行い、また、第二部では腫瘍免疫療法の臨床的検討として、ヒト臍帯静脈内皮細胞(human umbilical vein endothelial cells; HUVEC)を用いたHUVECワクチン療法を2症例に施行し、下記の結果を得ている。

1. 抗原特異的CTLの誘導能について、ウイルス抗原、腫瘍抗原を用いた比較検討を行った結果、ウイルス抗原に対する抗原特異的CTL誘導能について、二次抗原と考えられるCMV抗原に対しては有意差を認めなかったが、一次抗原と考えられるHTLV-1抗原に対してはPBDCがMoDCと比較して高い誘導能を示した。腫瘍抗原特異的CTLの誘導能については、WT1抗原、gp100抗原共にPBDCがMoDCと比較して有意に高い誘導能を示した。さらに、腫瘍抗原特異的IFN-γ産生能についてもPBDCはMoDCと比較して有意に高い値を示した。これらの結果より、PBDCはMoDCと比較して、一時免疫応答の誘導、腫瘍抗原特異的免疫応答の誘導に高い機能を持つと考えられた。

2. 免疫療法の対象となった患者は進行性の悪性腫瘍を有する患者2人で、12歳膵芽腫患者1例、48歳子宮未分化肉腫患者1例であった。治療前に免疫機能検査を施行した後、HUVECワクチン療法を施行した結果、免疫療法が無効であった膵芽腫患者ではNK活性の低下を認めたが、有効であった子宮未分化肉腫患者では活性化したNKT細胞の増加を認め、他の値も全て基準値内であった。今後さらに症例を積み重ねていく必要があるが、治療前の免疫能と治療成績が相関する可能性が考えられた。

膵芽腫患者は小児では初めてのHUVECワクチン適用例である。判定は進行(PD)であり、免疫療法は無効と考えられた。掻痒症(CTCAE Grade1)以外の有害事象は認めなかった。免疫療法単独では無効であったが、化学療法単独で腫瘍マーカーが上昇した同一同量の抗癌剤投与の間にHUVECワクチンを併用したところ、顕著な腫瘍マーカーの低下が観察された。

子宮未分化肉腫患者は婦人科腫瘍に対する初めてのHUVECワクチン有効例である。判定は部分奏功(PR)であり、掻痒症(CTCAE Grade1)以外の有害事象は認めなかった。

以上、本論文は腫瘍抗原特異的免疫応答の誘導に対して、比重遠心法により分離したPBDCがMoDCと比較して有意に高い機能をもつこと、また、婦人科腫瘍に対する初めてのHUVECワクチン有効例を示した。本研究は腫瘍免疫療法に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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