学位論文要旨



No 126005
著者(漢字) 今田,信哉
著者(英字)
著者(カナ) イマダ,シンヤ
標題(和) 低温条件下におけるオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の増殖機構の解析
標題(洋)
報告番号 126005
報告番号 甲26005
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3484号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 講師 渡辺,博
 東京大学 講師 小川,純人
 東京大学 准教授 北中,幸子
内容要旨 要旨を表示する

オリゴデンドロサイト(oligodendrocyte; OL)は中枢神経系(central nervous system; CNS)において神経細胞軸索にミエリンを形成するグリア細胞の一種である。その前駆細胞(oligodendrocyte precursor cell; OPC)はOLだけでなく神経細胞やアストロサイトに分化できる多分化能をもっており、中枢神経障害時の修復再生において中心的な役割を果たしている可能性が高い。

近年、新生児脳障害治療法として有効性が認められた脳低温療法におけるOPCの性質をマウスの初代培養系を用いて解析した結果、低温においてOPCは分化が抑制され増殖することが判明した。

一般的に低温条件は、直接的あるいは間接的なエネルギー供給の減少に関連してアポトーシス・ネクローシスを引き起こし、細胞周期停止を誘導することにより、細胞増殖を抑制すると信じられている。しかしながら、低温は低酸素性虚血性脳障害を受けた動物や人間に対して、神経学的予後を改善するという報告は数多く出ている。低温による神経保護効果のメカニズムは、依然としてよく分かっていないが、神経細胞のアポトーシスの抑制が関わっているのではないかとも言われている。

今回の実験では、まずマウスの胎児の大脳よりOPCを抽出し、各温度条件下で48時間培養した。軽度低温(31~34℃)によりOPCは常温(37℃)と比較して増殖を認め、31.5℃で増殖効果は最大となることが判明した。さらに低温下では分化の進んだ多数の長い突起を有する細胞の割合は減少していた。フローサイトメトリーによる細胞周期解析では、OPC培養48時間後にS期にある細胞が、31.5℃では5.96%、37℃では4.19%と低温でS期の細胞が有意に多くなっていることが判明した。またBrdU取り込み細胞数も低温で増加した

次に37℃と31.5℃でDNAマイクロアレイ解析をおこなったところ、発現が増加した遺伝子には、種々の細胞において低温で発現が上昇するCirbp(3.92)を始めとして、Gna13(4.11), Cyclin D1(1.55), Cyclin D2(1.63), Map3k10(1.67), Elk4(1.51)などの細胞増殖、細胞周期回転の亢進を示唆するものや、Gsta2(5.30)などの抗酸化作用をもつグルタチオン合成酵素などであった。一方、発現が大きく減少した遺伝子の多くを、成熟オリゴデンドロサイトのmarkerであるMOBP(0.03), MBP(0.29), MAG(0.33), PLP1(0.41), myelin sheathの主要構造物であるClaudin 11(0.31)などが占めた。他には、histone, G protein coupled receptor(178, 65, 177), Heat shock protein 110, Glutamate receptor, 細胞接着分子であるL1などの発現減少を認めた。これらのデータより低温でOPCの分化は抑制されており、増殖が刺激されている可能性が示唆された。

G蛋白質Gα13に関連して細胞内シグナル伝達を担っている分子を明らかにするために37℃および31.5℃で培養したOPCを用いてGα13に対する抗体で免疫沈降(IP)を行った。その結果、37℃でのみ31kDa付近にバンドが出現した。このことから、この31kDaの蛋白質は37℃ではGα13と会合しており、31.5℃では解離していると考えられた。またこのバンドは、還元剤である2-メルカプトエタノールを加えた際は出現しなかったため、これらの蛋白質はS-S結合(ジスルフィド結合)により会合していると考えられた。このバンドを切り出し、LC-MS/MS法で蛋白質分析したところ、ペプチドヒット率の第一位は、Voltage-dependent anion channel 1(VDAC1)であることが判明した。VDAC1はミトコンドリア外膜に存在する膜蛋白であり、バレル状の立体構造を持ち、アポトーシスに関連する分子として知られている。さらにOPCにおけるVDAC1の局在をみるために免疫染色を行った結果、細胞質内のミトコンドリア外膜のみならず、細胞膜上にも広く存在することが分かった。

これらの結果より、OPCにおいては、細胞膜上にVDAC1が存在し、常温ではGα13が会合しているが、低温刺激でVDAC1からGα13が解離し、細胞内にシグナルを伝達している可能性が示唆された。

薬剤添加実験では、VDAC1に対する抗体あるいはVDAC1を閉鎖するG3139を添加した場合、37℃においてのみOPCの増殖が有意に促進された。

プルダウンアッセイでは、small G proteinのうちCdc42が低温で活性化していた。さらにウエスタンブロット法では、低温ではMAPキナーゼ(ERK1/2, JNK/SAPK, p38MAPK)のうちERK1/2の活性化を認めた。さらに低温においては、G1期からS期への移行に関わるRb, Cyclin D, CDK4, Cyclin Eの活性化を認め、S期のCyclin Aの活性化も認められた。マイクロアレイでは転写活性因子であるKlf4(1.72)やTfdp2(2.12)の発現も上昇しており、これらの結果は、OPCの細胞周期回転の亢進を意味すると考えられ、低温でのOPC増殖を支持するものである。

また、Caspase 3, Caspase 9, Bax, Bcl-2, Bcl-xLなどのアポトーシス関連蛋白質に関しては、両者で大きな変化はなかったため、低温でアポトーシス経路が抑制され、見かけ上、細胞が増殖したわけではないと考えられる。

すなわち、OPCにおいて、VDAC1-Gα13-Cdc42-ERK1/2-Cyclin D/Eといった経路で低温増殖シグナルが伝達されている可能性が示唆された。

今回の実験でOPCは低温で分化が抑制され、増殖性を増すことが判明し、胎児・新生児脳障害における、脳低温療法の有効性が分子細胞生物学的観点からも証明された。またそれはOPCの細胞膜に存在するVDAC1が温度センサーとなって細胞内へシグナルを伝達することにより起こっていると思われ、VDAC1が脳障害の薬物治療のターゲットとなる可能性も示された。

OPCは、通常は中枢神経系で脇役として存在しているが、いったん中枢神経系が障害を受けた場合には、主役として障害の修復を担っている可能性が高い。このOPCの性質を十分に理解した上で、臨床において脳障害の治療に生かしていく必要があり、この研究は、今後の脳障害治療法開発における重要な情報を示していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、早産・低出生体重児の脳性麻痺の主たる病理所見である脳室周囲白質軟化症(periventricular leukomalacia; PVL)の予防・治療法を開発するため、PVLで特異的に壊死脱落しており、神経障害修復に貢献していると考えられているオリゴデンドロサイト前駆細胞(oligodendrocyte progenitor cell; OPC)の分化・増殖に関与する因子の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. OPCは低温培養で増殖し、分化は抑制される。増殖効果は31.5度で最大となった。

2. OPCの細胞膜上に存在するVDAC1(voltage-dependent anion channel 1)が低温を感知すると、VDAC1とGα13は解離し、Gα13 → Cdc42 → ERK1/2 → Cyclin D/Eと核内に細胞増殖シグナルを伝達する。

3. VDAC inhibitorであるG3139は、常温でのみOPC増殖作用を有することから、VDAC1の閉鎖が、低温増殖のスイッチになると考えられる。

4. VDAC1はOPCの温度センサーとして分化・増殖を制御している可能性が示唆された。

5. VDAC1はOPCの増殖にとって重要であり、PVL治療薬のターゲットとなり得る。

OPCは低温で分化が抑制され、増殖が促進されることが判明し、胎児・新生児脳障害における脳低温療法の有効性が細胞分子生物学的観点からも支持される結果となった。

またそれはOPCの細胞膜に存在するVDAC1が温度センサーとして機能し、Gα13によって細胞内へシグナルが伝達されることにより起こっていると考えられ、このVDAC1のカスケードが脳障害とくにPVLの薬物治療のターゲットとなる可能性も示唆された。

以上、本論文はOPCが低温で増殖する事実を明らかにし、胎児・新生児脳障害の予防・治療法の新規開発に向けた、OPC増殖メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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