学位論文要旨



No 126009
著者(漢字) 曾根,献文
著者(英字)
著者(カナ) ソネ,ケンブン
標題(和) 癌抑制蛋白hScribのアポトーシスへの関与とその機能解析
標題(洋)
報告番号 126009
報告番号 甲26009
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3488号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 准教授 菊地,陽
 東京大学 講師 亀井,良政
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
 東京大学 准教授 久米,春喜
内容要旨 要旨を表示する

細胞はDNAダメージ等を受けた際に内在的に自己破壊するメカニズムが備わっており、それは細胞のプログラム死-アポトーシスと呼ばれる。アポトーシスを引き起こすシグナルは大きく2つに分けられる。1つは細胞膜に存在するデスレセプターを介するextrinsic pathway と呼ばれる経路で、もう1つはミトコンドリアを介するintrinsic pathwayと呼ばれる経路である。この2つの経路は蛋白分解酵素である実行カスパーゼ(カスパーゼ3、6、7)を活性化させ、特定の蛋白質(デスサブストレイト)を分解することによってアポトーシスに至る。今回我々は癌抑制蛋白hScribのアポトーシスへの関与とその機能解析を行った。

ショウジョウバエにおいては細胞極性の崩壊によって組織が異常に増大する遺伝子が広く研究されており、異形成性癌抑制遺伝子と呼ばれる。現在報告されている遺伝子はlethal giant larvae (lgl), discs large (dlg), scribble (scrib) が同定されている。ScribのヒトホモログであるhScribは細胞膜のアドヘレンスジャンクションに局在し、細胞の極性保持に関わっていることがわかっている。本研究にてhScribが、カスパーゼによって分解されるデスサブストレイトであるかを検討した。

Hela細胞等の細胞株に抗Fas抗体やUV照射等にてアポトーシス誘導し、hScribの発現の変化をウェスタンブロット法で解析した。アポトーシス誘導時のhScribの細胞膜における局在の変化については蛍光免疫染色、アポトーシスの判定はHoechst染色、TUNEL法を用いて検討した。またIn vitro translation法により発現させたhScribを実行カスパーゼと反応させ、その切断の有無を検討した。また細胞内においてもhScribがカスパーゼ依存性に分解されるかを検討するために、細胞内にカスパーゼ阻害剤を添加した状態にてUV照射しウェスタンブロット法で解析した。カスパーゼはアミノ酸配列の中でアスパラギン酸のC末側を切断する特徴がある。次にhScribのカスパーゼ3における切断部位を検討するために内部ドメイン欠失変異体、アミノ酸置換体(アスパラギン酸をアラニンに置換)をそれぞれ作成し検討した。またhScribのアポトーシスへの関与を検討するために遺伝子導入法にて検討を行った。pEGFP-Wild type hScrib及び、カスパーゼにより切断を受けないpEGFP-mutant hScrib(pEGFP-504DA hScrib)をMDCK細胞に遺伝子導入し細胞内に発現させ、アポトーシスの判定としてHoechst染色を用い、細胞離解の判定としてE-cadehrinの発現の変化を蛍光抗体法により解析した。またHPV-E6によるアポトーシス誘導時のhScribへの影響を検討するために、293T細胞株にpCMV-16E6ベクター(HPV 16型 E6ベクター)、及びコントロールベクターを遺伝子導入した。遺伝子導入後、抗Fas抗体/サイクロヘキシミドにてアポトーシス誘導し、抗Scrib抗体を用いてウェスタンブロット法にて検討を行った。

アポトーシス誘導するとウェスタンブロット解析にて、hScribは発現の減少が認められた。In vitro translation法により発現させたhScribは実行カスパーゼにおける分解が認められた。またカスパーゼ阻害剤を用いたウェスタンブロット解析においては、アポトーシス誘導時におけるhScribの分解の阻害が認められた。特にカスパーゼ3阻害剤によって分解の阻害が認められた事から、hScribは主にカスパーゼ3により分解を受けていることが考えられる。蛍光免疫染色においてアポトーシス細胞では、hScribの細胞膜における発現は消失もしくは減弱していた。これによりhScribはアポトーシス誘導時に実行カスパーゼにより分解され、細胞膜での発現が減少することが推測される。またhScribのアミノ酸置換体を用いた実験において、hScribは504番目のアミノ酸のC末側でカスパーゼ3により切断を受けることがわかった。504DA hScrib(カスパーゼ3により分解されないhScrib)を発現させた細胞では、wild-type hScribを発現させた細胞と比べアポトーシス誘導によるE-cadherinの発現の消失、すなわち細胞接着の消失が抑えられた。pCMV-16E6ベクターを遺伝子導入した検討においてはアポトーシス誘導後では、コントロールベクターを遺伝子導入した細胞よりもpCMV-16E6ベクターを遺伝子導入した細胞の方がp170 hScribすなわち、hScribのカスパーゼ依存性cleavageの生成が抑えられた。

アポトーシスにおいて、カスパーゼによる細胞接着因子の分解が重要な役割をもつ。hScribはアポトーシスが進行する過程で実行カスパーゼ、特にカスパーゼ3によって分解され、その発現が消失するとアドヘレンスジャンクションの崩壊が進行し細胞接着の消失に大きく関わることが示された。またHPV E6ベクターを用いた検討により癌蛋白であるHPV E6によって抑制されるhScribのカスパーゼ依存性cleavage自体がアポトーシス進行過程にて重要な因子である可能性が考えられる。すなわちカスパーゼ3によってhScribが分解され、アドヘレンスジャンクションにおけるhScribの発現が減少する事だけではなく、それによって生成されるhScribのカスパーゼ3依存性cleavageが、細胞接着関連蛋白を崩壊させ細胞離解を進行させる必要不可欠なシグナルである仮説が考えられる。今後この仮説について更なる検討を進めることは、組織の癌化及び化学療法や放射線耐性の癌のメカニズムの解明につながる可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞極性保持を担う異形成性癌抑制蛋白ScribのヒトホモログであるhScribのアポトーシスへの関与を明らかにするため、hScribがアポトーシスシグナル伝達経路の中で実行カスパーゼによって分解されるデスサブストレイトであるかに注目し、分子細胞生物学的な手法を用いてhScribの機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ウェスタンブロット解析、in vitro translation法による検討によりhScribはアポトーシスシグナル伝達経路において実行カスパーゼ、特にカスパーゼ3によって分解されるデスサブストレイトであることが示された。

2.hScribのアミノ酸置換体を用いた実験においてhScribは504番目のアミノ酸のC末側でカスパーゼ3により切断を受けることが示された。

3.遺伝子導入法を用いた実験によりカスパーゼ3によって分解されないhScribすなわち504DA hScribを強発現した細胞では、細胞内においてはアポトーシスが進行していたが、hScrib、E-cadherinの細胞膜での発現は保たれていた。すなわちアポトーシス誘導時にカスパーゼ‐3によってhScribが分解されることにより、細胞離解が進行すると考えられる。

4.pCMV-16E6ベクターを遺伝子導入した検討においてはアポトーシス誘導後では、コントロールベクターを遺伝子導入した細胞よりもpCMV-16E6ベクターを遺伝子導入した細胞の方がp170 hScribすなわち、hScribのカスパーゼ依存性cleavageの生成が抑えられた。HPV E6によるユビキチン‐プロテアソーム系を介したhScribの分解によってアポトーシス進行時におけるカスパーゼ依存性cleavageの生成が抑制されることが示された。

以上、本論文においてhScribはアポトーシスが進行する過程で、実行カスパーゼ、特にカスパーゼ3によって分解されるデスサブストレイトであり、その発現が消失するとアドヘレンスジャンクションの崩壊が進行し細胞接着の消失に大きく関わることが示された。またHPV E6ベクターを遺伝子導入した検討によりhScribのカスパーゼ3依存性cleavageが細胞接着関連蛋白を崩壊させ、細胞離解を進行させる必要不可欠なシグナルである可能性が示されたことから、本研究は組織の癌化及び化学療法や放射線耐性の癌のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものである。

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