学位論文要旨



No 126010
著者(漢字) 花岡,陽子
著者(英字)
著者(カナ) ハナオカ,ヨウコ
標題(和) human β-defenein-3の抗腫瘍効果の検討
標題(洋)
報告番号 126010
報告番号 甲26010
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3489号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 講師 幸山,正
内容要旨 要旨を表示する

緒言

抗菌ペプチドdefensinは約40のアミノ酸からなり、特異的な6つのシステイン配列と3つの分子内ジスルフィド結合をもつ、約4kDの小さなペプチドである。このシステイン配列の相違から、alpha-defensinとbeta-defensinに分類されている。また、現在までに3種類のbeta-defensinが単離・同定され、報告されている。defensinは、抗菌作用を示す一方で、それが高濃度になると細胞傷害性を有することが報告されており、最近では、腫瘍との関連報告も散見される。

human beta-defensin-3 (hBD-3) はヒト乾癬の鱗片抽出物から、2001年に初めて抽出され、他のbeta-defensinよりも広域抗菌スペクトラムを有するなどの特徴をもつことが知られている。hBD-3と腫瘍の関連性については、口腔内扁平上皮癌で強く発現していることや、単球と骨髄性樹状細胞のToll様受容体1,2を介して抗原提示細胞を活性化することが報告されており、hBD-3が生体内で抗腫瘍作用を有することが期待される。そこで、私はhBD-3の細胞傷害性と抗腫瘍作用について検討した。まず、hBD-3が癌細胞に対し細胞傷害性を有するか、他のdefensinとの相違はないか、検討した。さらにhBD-3のマウス相同体であるmouse beta-defensin-14(mBD-14)を欠損するホモ接合体ノックアウトマウスを作製し、これとその同腹子のそれぞれに対して、接種した腫瘍の生着、増殖の過程を観察した。最後に、mBD-14の抗腫瘍薬としての可能性を探るため、実際に腫瘍モデルマウスにmBD-14合成ペプチドを投与し、腫瘍増大への影響を検討した。

方法

1. hBD-3の細胞傷害性に関する検討

(1)トリパンブルー染色によるhBD-3の細胞傷害性の確認:hBD-3が癌細胞に対し細胞傷害性を示すか、ヒト肺癌細胞A549にhBD-3を添加し、トリパンブルー染色を施行した

(2)各beta-defensinの細胞障害性の比較:A549細胞に各defensinを200 μg/mlになるよう添加し、10分後にpropidium iodide (PI)染色、Hoechst 33342染色を行い、PI陽性の死細胞の割合を算出した。

(3)hBD-3の各濃度での細胞傷害性の検討: hBD-3の各濃度で10分間曝露した A549細胞にPI/Hoechst 33342染色を行い、PI陽性の死細胞の割合を算出した。

(4)hBD-3による細胞傷害性の経時的変化の検討:100 μg/mlのhBD-3に曝露したA549細胞に時間経過でPI/Hoechst 33342染色を行い、PI陽性の死細胞の割合を算出した。

(5)抗菌活性を示す濃度に近い濃度のhBD-3の細胞傷害性の検討:hBD-3を5 μg/mlまたは20 μg/mlの濃度の培地でA549細胞を48時間培養し、細胞数を測定した。また、XTTアッセイを用いて複数の細胞種についても検討した。細胞増殖能への影響の検討ではBrdUの取り込みを測定し検討した。アポトーシス誘導の検討ではA549細胞をhBD-3が100 μg/mlの濃度で9時間培養後にTUNEL染色を行った。

2.個体におけるmBD-14の抗腫瘍効果の検討

(1)mBD-14欠損マウスの作製・ノックアウトの確認:mBD-14 遺伝子全体を LacZ 遺伝子に置換するターゲティングベクターをmBD-14 遺伝子を含むBACクローンを用いて作製した。ES細胞としては、TT2細胞を利用した。線状化したターゲティングベクターを、エレクトロポレーションにより、ES細胞に導入し、G418とガンシクロビルによるセレクションを施行した。得られた約150個のクローンについて、ショートアームをはさむPCR法とサザンブロットにより相同組み換えのスクリーニングを施行した。変異導入ES細胞を、ICRマウスの8細胞胚に注入して、仮親マウスの子宮内に移植し、キメラマウスを作製した。C57BL/6 マウスへのバッククロスは5代まで行って遺伝的背景を均一化した。作製したmBD-14欠損マウスと同腹子の野生型マウスより皮膚を摘出しISOGENを用いてRNAを抽出した。RT-PCR法にてmBD-14遺伝子の欠損を確認した。また、皮膚の凍結切片を作成し、LacZ染色を行った。

(2)mBD-14欠損マウスと野生型マウスの腫瘍形成の観察:野生型マウス、mBD-14遺伝子欠損マウスそれぞれ対し、その背部皮下にLLC細胞を接種した。18日間の腫瘍の増大の経過観察をし、7日目、または18日目に腫瘍の摘出を行ってその重量を比較した。

(3)個体におけるmBD-14の抗腫瘍効果の検討:腫瘍モデルマウスを作製し、mBD-14を腫瘍近傍に持続的に投与し、10日目に腫瘍を摘出した。

結果

1. hBD-3の細胞傷害性に関する検討

(1)トリパンブルー染色によるhBD-3の細胞傷害性の確認:50 μg/ml以上の濃度ではトリパンブルーに染まるA549細胞が観察され、hBD-3による細胞膜破壊が惹起されていることを確認した。(2)各defensinの細胞障害性の比較:hBD-1やhBD-2では、200 μg/mlにおいて、PI陽性細胞はほとんど確認されなかった。PI陽性の死細胞の割合を算出すると、hBD-3では他のdefensinと比較して有意に多かった(p<0.01)。また、hBD-3のマウス相同体であるmBD-14ではhBD-3と同様にPI陽性細胞の割合が多かった(p<0.01)。(3)各濃度のhBD-3の細胞傷害性の検討:50 μg/ml以上の濃度のhBD-3でPI染色陽性の死細胞が確認された。PI/Hoechst 33342染色陽性細胞の割合を算出すると、その程度は濃度依存的であった。70 μg/mlの濃度で死細胞の割合が有意に(p<0.01)増加していた。(4)hBD-3による細胞傷害の経時変化の検討:100 μg/mlのhBD-3に曝露し、経時変化を観察したところ、30分後には、約20%の細胞が、PI陽性像を示し、その後90分、270分、540分後にはPI陽性細胞の割合は少しずつ増加した。(5)抗菌活性を示す濃度でのhBD-3の細胞傷害性の検討:hBD-3を5 μg/mlまたは20 μg/mlとなるように添加した培地でA549細胞を48時間培養したところ、細胞数は、20 μg/mlで有意に減少していた。XTTアッセイの検討では、癌細胞のみならず、正常細胞の細胞株もhBD-3 (20 μg/ml)群で有意に減少していた。また、hBD-3を20 μg/ml になるよう添加し、12時間後にPI/Hoechst33342染色を行ったところ、20 μg/ml添加群で有意にPI陽性の死細胞の割合が高かった。(6)BrdU測定によるhBD-3の細胞増殖能への影響を検討:hBD-3を添加した群はvehicle群とBrdUの取り込みに有意差は認めなかった。(7)hBD-3によるアポトーシス誘導の検討:hBD-3を添加した群ではTUNEL陽性細胞が増加していたが、同時に施行したPI染色でも同様にPI陽性細胞を多数認めた。

2.個体におけるmBD-14の抗腫瘍効果の検討

(1)mBD-14欠損マウスの作製・ノックアウトの確認:RT-PCR法にてmBD-14遺伝子の欠損を確認した。また、皮膚の凍結切片のLacZ染色で、KOマウスでLacZに置き換わっているのが確認された。同腹子の野生型と比較して体重、外観に有意な差は認めなかった。

(2)mBD-14欠損マウスと野生型マウスの腫瘍形成の観察:早期より、KOマウスでは腫瘍塊が外表から確認された。しかし、18日目に摘出した腫瘍の重量に有意差はみとめなかった。7日目の腫瘍を摘出したところ、その重量はWTマウスでは11.75±1.03 mg、KOマウスでは36.67±3.57 mgであり、KOマウスで有意に増大していた(p<0.01)。

(3)個体におけるmBD-14の抗腫瘍効果の検討:Lewis lung carcinoma cell(LLC) 接種後、9日目の時点で摘出した腫瘍の重量はvehicle投与群で396.75 ± 95.46 mgだったのに対し、mBD-14投与群では136.41 ± 24.77 mgと有意に減少していた(p = 0.015) 。

考察

今回、私は抗菌ペプチドとされているhBD-3が他のdefensinと比較して非常に強い細胞傷害性を有すること、そして生体においては腫瘍の増大を抑制する作用を有することを示した。これまで、hBD-3の抗腫瘍作用を直接示した報告はなされておらず、その機序を含めてきわめて興味深い結果と考えられる。まず、hBD-3が高濃度になるとトリパンブルーで染色され、高濃度のhBD-3が癌細胞の細胞膜を直接破壊することが示された。また、200 μg/mlという高濃度において、hBD-3が10分という極めて短時間で強力に細胞死を惹起したのに対し、hBD-1、hBD-2では細胞死がほとんど惹起されなかったことから、hBD-3が他のdefensinと比較して癌細胞に対する強い細胞傷害性を有することが示唆された。その細胞傷害性はBrdUの取り込み測定、Tunnel染色の結果から、細胞増殖能の抑制にはよらず、DNA傷害によるアポトーシスが誘導されるより前に、hBD-3が直接的に細胞膜を破壊し、細胞死を惹起する可能性が高いと考えた。生体内におけるhBD-3の抗腫瘍作用の検討のため、hBD-3のマウス相同体であるmBD-14遺伝子を欠損したKOマウスを作製し、腫瘍細胞を接種した。KOマウスでは、より早期から腫瘍の形成が確認でき、投与7日目に摘出した腫瘍の重量は有意差をもって増大していた。このことから、生理的なmBD-14は腫瘍の増大を抑制している可能性が示唆された。一方で、腫瘍モデルマウスにmBD-14を腫瘍近傍の皮下に持続投与したところ、mBD-14の投与によって腫瘍の増大を抑制しうることも直接証明できた。また、文献的考察から、hBD-3の腫瘍抑制効果の機序として、直接の細胞膜傷害に加えて、腫瘍細胞に対する免疫監視を賦活している可能性も示唆された。生理的なmBD-14が腫瘍形成の抑制に関与し、mBD-14の投与が腫瘍の増大を抑制するのを確認したことは、ヒト相同体であるhBD-3もヒト悪性腫瘍の増大を生体で抑制する可能性を示唆する重要な結果がえられたと考える。生体内において、hBD-3が抗菌作用のみならず、抗腫瘍作用という生理的機能も有していることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗菌ペプチドとして生体内で重要な役割を担っていると考えられているhuman β-defensin-3 (以下、hBD-3)が、抗腫瘍効果を有するかどうかについて、in vitro、およびin vivoで検討し、下記の結果を得ている。

1.ヒト肺癌細胞A549にhBD-3を添加し、トリパンブルー染色を施行し、hBD-3が癌細胞の細胞膜破壊が惹起することを確認した。

2.他のdefensinとの細胞傷害性の比較するためA549細胞に各defensin 200 μg/mlを添加した。hBD-1やhBD-2では細胞死がほとんど観察されなかったが、hBD-3では有意にPropidium iodide(PI)陽性の死細胞が多く観察され、他のdefensinと比較して強い細胞傷害性を有することが確認された。hBD-3に10分間曝露すると50 μg/ml以上の濃度で死細胞が観察され、70μg/ml以上の濃度では有意に増加することを確認した。100 μg/mlの hBD-3に曝露し、死細胞の割合を時間経過で観察したところ、30分後には約20%の死細胞が確認された。

3.hBD-3が抗菌活性を示すとされている濃度に近い濃度で、A549細胞を長時間曝露し、細胞傷害性を検討した。20 μg/mlで有意なPI陽性の死細胞の増加を確認した。他の細胞株についても、XTTアッセイを施行し、同様の細胞傷害性を示すことを確認した。hBD-3を添加した培地で培養した細胞ではBrdUの取り込みに有意差は認めず、細胞増殖能の抑制にはよらないことが示された。また、100 μg/ml のhBD-3に9時間曝露したA549細胞のTUNEL染色、PI染色の結果からアポトーシスより先に直接細胞膜破壊による細胞死が惹起していることが示唆された。

4.hBD-3の生体における生理的な抗腫瘍作用の検討するため、hBD-3のマウス相同体であるmouse β- defensin-14(mBD-14)遺伝子を欠損したホモ接合体ノックアウトマウス(KOマウス)を作製した。このKOマウスとその同腹子である野生型マウスにの背部にLewis Lung Carcinoma (LLC)細胞を接種し、腫瘍形成の経過を観察、比較した。その結果、早期からKOマウスで腫瘍の形成が確認され、7日目時点で摘出した腫瘍の重量はKOマウスで有意に増大していることを確認した。

5.hBD-3の抗腫瘍薬としての可能性を探るため、腫瘍モデルマウスに実際にmBD-14を腫瘍近傍に持続投与後、腫瘍を摘出した。mBD-14投与群は対照群と比較して有意に腫瘍の重量が小さく、mBD-14の生体における腫瘍の増大を抑制することが示された。

以上、本論文はhBD-3が他のdefensinと比べて強い細胞傷害性を有することを明らかにするとともに、そのマウス相同体であるmBD-14遺伝子欠損マウスでは、接種した腫瘍細胞が有意に増大することを明らかにした。さらに、腫瘍モデルマウスにmBD-14を投与することで腫瘍の増大が抑制されることを明らかにした。本研究はこれまで明らかにされていなかったhBD-3の抗腫瘍効果を証明した画期的な内容であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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