No | 126011 | |
著者(漢字) | 上原,ゆり子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウエハラ,ユリコ | |
標題(和) | 卵巣癌各組織型における網羅的な染色体異常及び遺伝子発現異常の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126011 | |
報告番号 | 甲26011 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3490号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 悪性腫瘍は発生および進展の過程でさまざまな遺伝子に発現異常が生じ、これが蓄積していくことで浸潤、転移などの悪性形質を獲得していくとされているが、この背景には、個々の遺伝子変異に加えて、染色体コピー数異常による染色体不安定(Chromosomal instability:CIN)が重要な因子であることが明らかとされている。悪性腫瘍におけるゲノムワイドな染色体変異についてのこれまでの報告はCGH(comparative genome hybridization)法によるものがほとんどであった。当初のCGH法は解像度が低かったため、その後CGHマイクロアレイ法が開発され、数百kbの染色体変化の領域が同定可能となったが、CGHでは相対的なゲノムの増減としてしか変化を捉えることができないという問題点があった。近年、SNP タイピングアレイが開発され、CGHマイクロアレイ法に比べさらに高解像度で、かつアレル別コピー数解析により絶対的なゲノムコピー数の推定による染色体変異の解析が可能となってきた。その結果、染色体不安定性と発癌との関連についてより詳細に解析できるようになった。 卵巣癌は発症率に比して致死率が高く、婦人科癌において最も死亡率の高い悪性腫瘍である。同じ卵巣上皮由来でありながら、多数の組織型が存在し、分子生物学的にも多様であるため、その発癌過程の相違には未知の部分も多い。また、従来報告されている卵巣癌の解析の多くは卵巣癌で最も高頻度である漿液性腺癌が中心であり、欧米では症例の少ない明細胞腺癌や類内膜腺癌についての網羅的な解析は少ない。しかし、各組織型により発癌の背景、遺伝子異常の特徴が異なり、今後、個々の組織型により適した治療法を選択するためには、組織型毎の遺伝子異常についての解析が重要である。 本研究では高解像度SNPタイピングアレイと発現マイクロアレイ技術を用いて染色体コピー数異常及び遺伝子発現異常を網羅的に解析することにより、いまだ遺伝子背景の不明な部分の多い明細胞腺癌や類内膜腺癌を中心に各組織型に特徴的な発癌のメカニズムを探り、個別の治療戦略を検討することを目的とした。 対象は卵巣癌の主な組織型である漿液性腺癌、明細胞腺癌、類内膜腺癌を中心とした65例の卵巣癌臨床検体とし、SNPタイピングアレイを用いて網羅的かつ高解像度にアレル別の染色体コピー数異常を解析するとともに、発現アレイを用いて遺伝子発現異常を網羅的に解析した。 SNP タイピングアレイによるゲノムコピー数解析の結果、コピー数解析を行った56症例のうち、12%の症例にはコピー数異常を認めず、それ以外の88%の症例には少なくとも1ヶ所以上のコピー数異常を認めた(CIN陽性)。これらのコピー数異常の程度と部位とについて、各組織型における特徴を比較解析した。 コピー数異常を示す程度による特徴を比較するため、コピー数異常が10腕領域以上で生じている症例をCIN-high、1-9腕領域で生じている症例をCIN-low、コピー数変化がないものをCIN-negativeと分類したところ、漿液性腺癌ではCIN-highの症例が85%を占めており、臨床進行期に関わらずコピー数異常が高頻度に生じていることが明らかになった。一方、明細胞腺癌ではCIN-low 、CIN-negativeの両者で78%を占め、臨床進行期に関わらず、コピー数異常の頻度は低くかった。類内膜腺癌については、臨床進行期が進むにつれ、コピー数異常が高頻度になる傾向にあった。 次にCIN陽性例のコピー数異常の領域について解析をしたところ、明細胞腺癌では、漿液性腺癌に比べて有意に染色体腕単位でのコピー数異常の比率が高く、特に全長が長い染色体に多く腕単位での異常が見られた。漿液性腺癌ではその領域は狭いものから腕単位のものまで多岐にわたっていた。また、明細胞腺癌では約30%に8番染色体の特徴的なコピー数異常を認めた。すなわち、8p12-11を境界とし、短腕側は染色体欠失、長腕側は染色体増加を示していた。また、片アレルのコピー数増加し、他方のアレルが欠失した片親性ダイソミー(UPD)を短腕に認める症例もあり、短腕が欠失した後、長腕が結合した同腕染色体を生じている可能性も考えられた。 実際にコピー数異常を認めた部位として、コピー数増加では3つの組織型に共通して、癌遺伝子cyclin E2、MYCを含む8q22.1-q24.13、8q24.21-24.3、20q13.13-13.33で高頻度に認めた。漿液性腺癌、類内膜腺癌に共通した領域として6p25.3-p12.3、 漿液性腺癌に特徴的な部位として、3q26.1-28で高頻度にコピー数増加を認めた。また、明細胞腺癌に特徴的な部位としては、今回新たに8p11.21-q11.23 を同定した。 ヘテロ接合性の消失(LOH)領域については、全ての組織型に共通して高頻度に認めたのは、8p23.3-12であった。漿液性腺癌、類内膜腺癌に共通して最も高頻度にLOHを認めたのは、癌抑制遺伝子TP53、BRCA1、NF1を含む17p13.3-q21.2であった。この領域はCGHでは検出不可能であったUPDも含めると、漿液性腺癌での染色体欠失頻度は92%に上ることが明らかとなった。一方で明細胞腺癌では20%以下であり、17qには全くLOHを認めなかった。その他、漿液性腺癌では4q、13qなど様々な染色体で高頻度にLOHを認めた。 また、アレル別のコピー数解析により同定可能となったホモ欠失(HD)領域は6例9ヵ所、片親性ポリソミー/ダイソミー(UPP/UPD)領域は34例141ヶ所であった。正常DNAのコントロールを用いたSNPタイピングアレイがこれらの異常の同定に極めて有効であり、卵巣癌においてHD、UPDを含むコピー数異常を高頻度に認めていることが明らかとなった。実際、本研究で同定されたHDの9箇所のうち、2箇所には10q23.3-23.31; PTEN、13q14.2; RB1の既知の癌抑制遺伝子を含んでいた。また、その他のHD領域でも癌抑制遺伝子の可能性が指摘されている4q35.2に含まれるFATや13q13.3に含まれるNBEAが含まれており、これらの遺伝子を含む領域ではLOHを高頻度に認め、卵巣癌の発癌に重要な遺伝子である可能性が考えられた。 UPP/UPDについては全組織型に共通して高頻度に認めた領域はなかった。漿液性腺癌、類内膜腺癌で共に高頻度にUPP/UPDを認めたのは、TP53を含む17p13.1であった。明細胞腺癌では癌遺伝子PIK3CA を含む3q26.31-q29で高頻度にUPDを認めた。漿液性腺癌ではこの領域に含まれる3q26.1-28のコピー数増加が多く、UPDは1例と少ない。類内膜腺癌でもUPDを認めず、明細胞腺癌に特徴的な変化を示していた。 さらに、各組織型におけるコピー数異常発現に関与する主要なシグナル経路毎に比較することにより、各組織型の発癌過程の探索を行った。漿液性腺癌では発癌に関与する主要なシグナル経路のほとんどにコピー数異常を認め、その中でも各経路の中心的なTP53、RB1、PIK3CA、APC遺伝子に高頻度にコピー数異常をきたしていた。特にTP53はUPDを同定することにより、TP53の異常がより多くの漿液性腺癌の発癌に関わっていることが明らかになった。一方、明細胞腺癌ではRTK/RAS/PI3Kシグナル経路で高頻度にコピー数異常が生じ、特にPIK3CA領域に UPDを高頻度に認めた。PIK3CA領域のUPDは報告がなく、本研究のアレル別解析によって初めて明らかになった。類内膜腺癌では、CIN(H)の症例に漿液性腺癌と同様、TP53のコピー数異常を高頻度にコピー数異常を認めた。 現解析では、解析を行った臨床検体33症例の発現アレイの結果を元に階層的クラスタリング解析を施行したところ、明細胞腺癌、漿液性腺癌の各々を中心とした2つのクラスター(I型・II型)に分類され、両者は遺伝子発現の特徴が異なることが明らかになった。類内膜腺癌は特異的な遺伝子発現プロファイルは示さず、早期癌でコピー数異常が少ない症例はI型に、進行癌でコピー数異常が高頻度の症例はII型のクラスターに分類された。これらの2群で特徴的な遺伝子セットについて解析すると、漿液性腺癌を中心としたI型ではp53の経路、明細胞腺癌を中心としたII型ではRTK/RAS/PI3Kの下流でもあるhypoxia / HIF-1の経路の異常を高頻度に認めた。 以上より、上皮性卵巣癌は同じ卵巣上皮由来でありながら、組織型毎に染色体コピー数異常や遺伝子発現プロファイルが大きく異なることが明らかになった。漿液性腺癌では、進行期によらずコピー数異常の程度が強く、p53経路の遺伝子群の発現異常が多いことから、p53をはじめとする主要な癌抑制遺伝子の機能を正常化させる治療の開発が望まれる。一方、明細胞腺癌ではコピー数異常の頻度は少ないものの、RTK/RAS/PI3K経路の癌遺伝子にUPDを高頻度に認め、HIF-1経路の遺伝子発現異常を認めることから、RTK/RAS/PI3K経路は有力な標的経路と思われた。類内膜腺癌においては、早期癌では明細胞腺癌に、進行癌では漿液性腺癌に類似した染色体コピー数異常の程度や遺伝子発現プロファイルを呈しており、今後この分類に即した治療法の検討は有用と考えられた。本研究をもとに個々の遺伝子発現異常の意義をさらに明確にしていくことで、分子生物学的背景を踏まえた治療法の開発など、臨床応用への発展性が期待される | |
審査要旨 | 本研究は、卵巣癌各組織型に特徴的な発癌のメカニズムを探り、個別の治療戦略を検討するために、高解像度SNPタイピングアレイと発現マイクロアレイ技術を用いて染色体コピー数異常及び遺伝子発現異常の網羅的な解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.56例の卵巣癌臨床検体について、SNPタイピングアレイを用いてアレル別コピー数解析を施行したところ、新規の片親性ダイソミー領域(UPD)やホモ欠失(HD)を含む多くのコピー数異常を88%の症例認めた。 2.33例の卵巣癌臨床検体について、発現マイクロアレイを用いて発現解析を施行したところ、明細胞腺癌、漿液性腺癌の各々を中心とした2つのサブグループに分類され、両者は遺伝子発現の特徴が異なることが明らかになった。 3.コピー数解析と発現解析の結果を総合すると、漿液性腺癌では染色体コピー数異常の程度が強く、UPDやHDの部位も多いこと、p53経路の遺伝子群の発現異常が多いことが明らかとなった。 4.明細胞腺癌では染色体コピー数異常を示す領域は少ないが、腕単位での異常が多いこと、RTK / RAS / PI3K経路、HIF-1経路の遺伝子群の発現異常が多いことを見出した。 5.類内膜腺癌では早期癌では明細胞腺癌、進行癌では漿液性腺癌に類似した、染色体コピー数異常の程度や遺伝子発現プロファイルを呈することを示した。 以上、本論文は上皮性卵巣癌が各組織型によって遺伝子背景が異なることを明らかにし、今後の各組織型個別の治療戦略を検討していく上で有用であると思われる。また新規のUPDやHD同定により、新規の癌関連遺伝子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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