学位論文要旨



No 126012
著者(漢字) 細川,有美
著者(英字)
著者(カナ) ホソカワ,ユミ
標題(和) 着床期子宮内膜におけるコレステロール硫酸の機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 126012
報告番号 甲26012
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3491号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 准教授 小川,利久
 東京大学 講師 江頭,正人
 東京大学 講師 井田,孔明
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

着床とは初期胚が脱落膜化した子宮内膜に進入する現象であり、胎生動物の生命の起点となる。子宮内で異なった生命体が排除されることなく発育し、最終的に別の個体として母体外へ娩出されるには、胚と子宮内膜との複雑な相互コミュニケーションが滞りなく行われる必要がある。胚と子宮内膜の細胞相関が複雑に絡み合って成立する、この複雑で精緻な着床機構は、生殖医学・医療のめざましい発展の中にあっていまだ十分に解明されておらず、着床障害が主要な不妊因子の一つであるといわれている。

子宮内膜には 'implantation window' と呼ばれる一定の胚受容期間が存在し、子宮はこの限られた時期にのみ胚を受け入れ着床が成立する。この胚受容期に誘導される多様な因子の 1 つとして、コレステロール硫酸 (cholesterol sulfate ; CS) がある。CSは妊娠ウサギの子宮内膜において着床期に一致して一過性に増加し、CS 合成酵素である cholesterol sultotransferase 2B1b (SULT2B1b) mRNA が妊娠ウサギの子宮内膜において、着床周辺部に局在すること、また、ヒト子宮内膜において SULT2B1b は着床期に特異的に発現するという報告に基づき、 CS が着床期の子宮内膜で何らかの役割の担っているのではないかと推測し、着床期子宮における CS の発現調節、機能について検討した。

【方法】

1. 雌ラット子宮におけるコレステロール硫酸合成酵素である SULT2B1b と分解酵素である STS の発現調節について

1-1.排卵期、着床期、妊娠期における CS の機能を検討するためラットを用いた。成熟雌ラットの卵巣摘出 (OVX) し、エストロゲン (E2)、プロゲステロン(P4) を投与した。子宮における SULT2B1b と STS mRNA の発現量変化を定量的 RT-PCR にて評価した。

1-2.過排卵周期 (未成熟ラットに PMSG を投与後 48 時間に hCG を投与した) の子宮におけるSULT2B1b と STS mRNA の発現量変化を定量的 RT-PCR にて評価した。

1-3.過排卵周期における血清中の CS 濃度を薄層クロマトグラフィーにて評価した。

1-4.妊娠初期の子宮における SULT2B1b と STS mRNA の発現量変化を定量的 RT-PCR にて評価した。

1-5.妊娠初期の子宮における SULT2B1b と STS の局在を in situ hybridization 法にて検討した。

2. ヒト子宮内膜間質細胞におけるコレステロール硫酸の機能について

2-1. ヒト子宮内膜組織から分離した間質細胞を E2、P4 の存在下で培養する脱落膜化モデルに、CS を同時添加し培養した。脱落膜化マーカーであるプロラクチン (PRL) mRNA の発現量変化を定量的 RT-PCR にて評価した。

2-2. ヒト子宮内膜間質細胞脱落膜化モデルに CS を投与、培養した。培養液中の PRL 濃度を Enzymed linked fluorescent assay により測定した。

2-3. ヒト子宮内膜間質細胞に CS を単独投与した。また、ヒト子宮内膜間質細胞脱落膜化モデルに CS を投与し、培養した。プロゲステロン受容体 (PR) mRNA の発現量変化を定量的 RT-PCR にて評価した。

2-4. 293 T 細胞にPR 応答配列を有したルシフェラーゼアッセイ用ベクターを遺伝子導入した。遺伝子導入 24 時間後に培養液中に CS と P4 を単独及び同時添加、培養し、12 時間後に培養液及び細胞を回収し、ルミノメーターにて測定した。

【結果】

1-1. OVX 後に E2 を投与した子宮における SULT2B1b mRNA 発現量は、 無添加群に比して投与後 12 時間で 13 % まで有意に減少した。E2 + P4 投与群では、無添加群に比して SULT2B1b mRNA 発現量が投与後 24 時間で 20 % まで有意に低下した後、48 時間で回復した。STS mRNA の発現量は、E2 投与後 12 時間で 35 % まで有意に低下した後、48 時間で回復した。E2 + P4 投与群では、投与後 12 時間で 54 % まで減少傾向を示した後に、48 時間で163 %まで有意に増加した。

1-2. SULT2B1b mRNA の発現量は、PMSG 投与で 30 % まで抑制された。PMSG+hCG 投与群で、hCG 投与後に一時的に増加した後 (248 %)、減少した (75%)。PMSG+OVX+hCG 投与群では、hCG 投与後に増加した (183%)。

STS mRNA の発現量変化は、OVX を施行していない子宮では増加し、OVX を施行した子宮では減少した。

1-3. CS 濃度は、SULT2B1b mRNA の発現量がSTS mRNA より下回るPMSG + hCG 投与群では、1.39 μg/ml ~ 1.6 μg/ml とコントロール群と比してと変化を認めなかった。一方、SULT2B1b mRNA の発現量がSTS mRNA より上回る PMSG + OVX + hCG 群では、CS の濃度が hCG 投与群 (24 時間 2.4 μg/ml, 48 時間 2.88μg/ml, 72 時間 2.96μg/ml, 96 時間 3.27μg/ml ) とコントロール群と比して分泌量が増加していることを確認した。

1-4. 妊娠初期ラットの子宮において、SULT2B1b mRNA の発現量は、妊娠 1 日目から妊娠 5 日目まで一定の発現量を示す中、妊娠 2 ~ 3 日目に発現のピークを認めた。着床が完全に成立する妊娠 6、7 日目以降は急激に SULT2B1b mRNA の発現量が低下した。STS mRNA の発現量は、着床の時期にかかわらず一定の発現を認めた。

1-5. 妊娠メスラット子宮における SULT2B1b mRNA と STS mRNAの局在は共に、妊娠 3 日目から 7 日目まで stromal cells に局在した。妊娠 3 日目には、子宮全体の stromal cells 全体に、子宮の形態から肉眼的に着床部を確認できる妊娠 5 日目には、胚の着床部の所在にかかわらず子宮全体の stromal cells に局在を示した。着床が成立した妊娠 7 日目には、着床部ではなく胚を取り囲む様に着床部周辺部の stromal cells へと限局した。非着床部では SULT2B1b mRNA の局在を認めなかった。

2-1. PRL mRNA の発現量の変化は、CS を同時に添加することで、E2 + P4 投与に対して 3 日目で 160 %、6 日目で 260 %、9 日目で 330 % と有意に増加を認めた。また、E2 と P4 を予め添加、培養した後にCS をE2 と P4 と同時に投与すると、CS 添加 48 時間で 155 % 、72 時間で 216 % と有意に増加した

2-2. 培養液中に分泌された PRL 濃度は、コントロール群に対してE2 と P4 に CS を投与した群は210 倍まで有意に増加した。

2-3. CS を単独添加した結果、PR の発現量は無添加群に比して 178 % まで有意に増加した。また、脱落膜化モデルの実験における PR の発現変化は、CS 添加 72 時間後に 241 % まで有意に増加した。

2-4. ルシフェラーゼアッセイ法を用い、CS 添加群と、未添加群を比較した。CS 添加の有無に関わらず、強制発現させた PR の転写活性の変化を認めなかった

【考察】

本研究では、着床期の子宮内膜に発現する CS の調節機序とその機能に関してラット及びヒト子宮内膜を用いて検討した。CS の合成酵素である SULT2B1b mRNA の発現制御は着床、妊娠の成立に不可欠な E2、P4、hCG によって制御されていることが明らかとなり、CS 合成も同ホルモンによって制御されていることが確認された。そして、SULT2B1b mRNA 発現のピークのタイミングが動物種において異なる点はあるものの、胚の受容前まで発現し、胚の着床の成立とともに減少していくこと、また妊娠ラットの着床成立後における SULT2B1b mRNA の局在がウサギ同様に着床周辺部に認めるといった類似点を確認した。そして、CS の機能として PR mRNA の発現量を増加させることで子宮内膜間質細胞の脱落膜化を促進することが明らかとなった。脱落膜化は様々な生理活性物質の産生や細胞間相互作用を通じて、着床および絨毛・胎盤の形成・発育・機能発現に重要な役割を果たしている。脱落膜化はトロフォブラストが母体血管あるいは母体血と接する動物種においてのみ認められる。特に霊長類ではトロフォブラストの浸潤性が高く、それと同時に脱落膜化も顕著である。このことは、脱落膜化がトロフォブラストの浸潤に対するバリアとしての役割も担っている可能性を示唆する。従って、着床までに分泌される CS が子宮内膜間質細胞の脱落膜化を促進し、子宮内膜が胚を受容する準備を促すと共に、胚の浸潤を制御することで、着床のタイミングやトロフォブラストの侵入範囲を規定する因子としての役割を担っていると推察される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、子宮における コレステロール硫酸 (cholesterol sulfate ; CS) の制御機構、機能について検討した。

まず、卵巣ホルモン影響下・排卵期・妊娠初期のラット子宮における CS 合成酵素である sulfotransferase 2B1b (SULT2B1b) とCS 分解酵素である steroid sulfates (STS) の遺伝子発現変化を検討し、過排卵刺激した血清における CS の濃度を薄層クロマトグラフィーで評価した。そして、妊娠初期における SULT2B1b mRNA、STS mRNA の局在を in situ hybridization の手法で検討した。また、CS の機能についてはヒト子宮内膜を用い、脱落膜化における CS の作用を in vitro で検討した。これらの実験により以下の結果を得た。

1-1 卵巣摘出後にエストロゲン、プロゲステロンを投与したラット子宮における、 SULT2B1b mRNA と STS mRNA の発現量変化を検討した。 SULT2B1b mRNA の発現はエストロゲンとプロゲステロンにより抑制された。一方 STS mRNA はエストロゲンにて抑制され、プロゲステロンにより誘導された。

1-2 過排卵誘発 (PMSG + hCG 群) したラット子宮での SULT2B1b mRNA と STS mRNA の発現量変化を検討した。SULT2B1b の発現量は PMSG 投与により減少し、hCG 投与により一時的に発現が誘導され後、抑制された。PMSG により分泌が亢進したエストロゲンにより SULT2B1b の発現が抑制され、hCG により SULT2B1b の発現が誘導され、そして hCG により分泌が亢進したプロゲステロンにより発現量が減少したと示唆された。hCG がSULT2B1b を誘導していることを確認するため、 PMSGと hCG による過排卵誘発の実験において hCG 投与前に卵巣を摘出した (PMSG +OVX + hCG) 群では、SULT2B1b mRNA の発現は hCG 刺激により誘導され、その後抑制をうけなかった。この結果より、SULT2B1b はhCG により発現が誘導されることが示唆された。一方 STS の発現は PMSG + hCG 群 PMSG 投与後に有意な変化を示さず、hCG 投与後に増加した。PMSG はエストロゲン分泌の促進と共に軽度のプロゲステロン分泌促進作用があるため、STS の発現は有意に変化を示なかったと示唆される。また hCG によりSTS の発現が増加した要因として、hCG かもしくは hCG によりプロゲステロン分泌が促進されたことによるものと考えられた。PMSG + OVX + hCG 群における STS の発現は誘導を認めなかったことから、STS の発現はプロゲステロンにより増加することが示唆された。

1-3 過排卵誘発したラット血清におけるCS 濃度は、SULT2B1b mRNA の発現量がSTS mRNA より下回るPMSG + hCG 投与群では、変化を認めなかった。一方、SULT2B1b mRNA の発現量がSTS mRNA より上回る PMSG + OVX + hCG 群では、CS の濃度が hCG 投与後に分泌量が増加していることを確認した。このことより、CS の分泌はエストロゲン、プロゲステロン、hCG により調節されていることが示唆された。

1-4 妊娠初期ラットの子宮において、SULT2B1b mRNA の発現量は、妊娠 1 日目から妊娠 5 日目まで一定の発現量を示す中、妊娠 2 ~ 3 日目に発現のピークを認めた。着床が完全に成立する妊娠 6、7 日目以降は急激に SULT2B1b mRNA の発現量が低下した。STS mRNA の発現量は、着床の時期にかかわらず一定の発現を認めた。過排卵誘発実験における hCG 投与は、下垂体からの黄体化ホルモン (Luteinizing hormone:LH) による LH サージに相当する。hCG 刺激で SULT2B1b が誘導されるタイミングと LH サージ後の妊娠 2 日目は同じ時期であること、そして LH と hCG が受容体を共有していることから、SULT2B1b は hCG、LH により誘導されることが示唆された。

1-5 妊娠メスラット子宮における SULT2B1b mRNA と STS mRNAの局在は共に、妊娠 3 日目から 7 日目まで stromal cells に局在した。妊娠 3 日目には、子宮全体の stromal cells 全体に、子宮の形態から肉眼的に着床部を確認できる妊娠 5 日目には、胚の着床部の所在にかかわらず子宮全体の stromal cells に局在を示した。着床が成立した妊娠 7 日目には、着床部ではなく胚を取り囲む様に着床部周辺部の stromal cells へと限局した。非着床部では SULT2B1b mRNA の局在を認めなかった。

2 ヒト子宮内膜間質細胞の培養系において、CS 添加により脱落膜化マーカーであるプロラクチン (PRL) mRNA の発現量と、培養液中に分泌された PRL 濃度が増加した。さらに、CS 添加によりプロゲステロン受容体の発現量は増加するが、プロゲステロン受容体の転写活性には影響を与えないことが明らかとなった。これらの結果より、CS はプロゲステロン受容体の発現量を増加させることで子宮内膜間質細胞の脱落膜化を促進させる因子であることが示唆された。

以上、本研究では、CS の合成酵素である SULT2B1b mRNA の発現制御は着床、妊娠の成立に不可欠な エストロゲン、プロゲステロン、hCG によって制御されていることが明らかとなり、CS 合成も同ホルモンによって制御されていることが確認された。そして、CS の機能として PR mRNA の発現量を増加させることで子宮内膜間質細胞の脱落膜化を促進することが明らかとなった。したがって、着床までに分泌される CS が子宮内膜間質細胞の脱落膜化を促進し、子宮内膜が胚を受容する準備を促すと共に、胚の浸潤を制御することで、着床のタイミングやトロフォブラストの侵入範囲を規定する因子としての役割を担っていると推察される。

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