学位論文要旨



No 126013
著者(漢字) 望月,諭
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,サトル
標題(和) マウス酸化ストレス障害におけるアンジオテンシンIIType1受容体拮抗薬の役割と作用機序に対する検討
標題(洋)
報告番号 126013
報告番号 甲26013
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3492号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 特任教授 井上,聡
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 講師 長野,宏一朗
 東京大学 講師 大須賀,穣
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

アンジオテンシンType1(AT1)受容体拮抗薬であるARBは降圧剤としての作用だけでなく心臓、腎臓をはじめとする臓器保護などの多面的作用が報告されているが、老化や寿命への影響を検討した報告は少なく、その効果は明らかとなっていない。

本研究では、降圧薬として広く用いられているARBが老化や寿命に及ぼす影響を調べるために、老化研究で広く用いられているマウスの酸化ストレス障害モデルに対するARBの効果を調べ、ARBの抗老化作用としての可能性について検討を行なった。

【方法】

C57/BL6系統の野生型マウス(13週齢オス、n=20)にパラコート 50 mg/kg の単回腹腔内投与を行い酸化ストレス障害モデルを作製した。ARBの1種であるオルメサルタン(~2 mg/kg/day)経口投与群と対照群の薬剤投与は、酸化ストレス障害モデル作製24時間前より行い、実験終了まで24時間毎に毎日強制投与を行った。これらの実験系において酸化ストレス障害モデル作製2日後における、酸化ストレスマーカーの尿中8-Hydroxydeoxyguanosine(8-OHdG)、肺のHE染色、気管支肺胞洗浄液(BALF)中の白血球数、総タンパク量の測定、Evans blueの血管外露出量を指標とした肺血管透過性測定を行い、臓器障害の変化を比較検討した。次に肺よりRNAを抽出しリアルタイムPCRによる、炎症関連遺伝子群(サイトカイン等)、酸化ストレス関連遺伝子群(グルタチオン等)、アポトーシス遺伝子群の発現解析を行った。さらに、12時間毎に7日間生存期間を調べ薬剤投与による生存率の変化を比較検討した。またARBの作用がAT1受容体を介した作用か、AT1受容体非依存的な作用か検討するため、野生型マウスと同様手法を用いてAT1受容体欠損マウスで酸化ストレス障害モデルを作製し、作製2日の尿中8-OHdG 、肺のHE染色、肺の炎症関連遺伝子群(サイトカイン等)の発現解析、生存期間のARB投与による変化の比較検討を行った。

【結果】

野生型マウスでは、酸化ストレス障害モデルにより尿中8-OHdGの排泄量の有意な増加(P<0.05)、肺組織像による細胞浸潤の増加(P<0.05)、気管支洗浄液中の白血球数と総蛋白量の増加(P<0.01)、Evans blueの血管外露出量を指標とした肺血管透過性の亢進(P<0.05)などの肺障害を認め、ARB投与によりこれらの変化はすべて有意に抑制された。肺の遺伝子発現解析では、酸化ストレス障害モデルにより、炎症関連遺伝子(IL6、Ccl2、Vcam1、Il1a、Il1b)、グルタチオン関連遺伝子(Gpx2、Gsr)の有意な発現亢進(P<0.01)がみとめられ、オルメサルタン投与により、これらの遺伝子発現の抑制がみとめられた。生存期間の検討では、ARB投与群では、対照群と比較して、用量依存的な生存率の改善を認めた(生存率 15% vs 50%、 Log-rank P<0.01)。AT1受容体欠損マウスを用いた検討では、オルメサルタンの投与群と対照群の間に、尿中8-OHdG、肺組織像の細胞浸潤、肺の炎症関連遺伝子の発現、生存率に有意差は認められなかった。

これらのことからARBは、AT1受容体を介してマウスの酸化ストレス障害を抑制し、さらに肺においては、炎症関連遺伝子の発現を抑制し、酸化ストレス障害に伴う炎症、肺血管透過性亢進を軽減し、生存率を向上させることが示唆された。

【結論】

ARBが老化研究で広く用いられているマウス酸化ストレス障害に対し抗酸化作用、抗炎症作用を有し、生存率を改善する点、またこれらの一部はAT1受容体を介する作用である点を明らかにした。これらの知見は、降圧薬として広く用いられているARBが抗老化作用や長寿につながる可能性を示すものであり、今後の健康長寿に向けた新たな創薬、治療法の開発応用につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、老化研究で寿命の指標の一つとして用いられているパラコートによる酸化ストレス障害モデルをマウスに導入し、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)及びアンジオテンシンType1(AT1)受容体欠損マウスを用いて、レニン・アンジオテンシン系の受容体であるAT1受容体の老化・寿命に対する影響を検討した学位論文で以下の結果を得ている。

1.パラコートを用いた酸化ストレス障害により、全身の酸化ストレスマーカーである尿中8-OHdGの増加、肺の細胞浸潤、肺血管透過性の亢進、炎症・酸化ストレス関連遺伝子群の発現亢進を認めた。

2.AT1受容体拮抗薬(ARB)投与及びAT1受容体欠損マウスを用いた検討により、AT1受容体の働きを抑制することで、パラコートを用いた酸化ストレス障害により誘導される尿中8-OHdGの増加、肺の細胞浸潤、肺血管透過性の亢進、炎症・酸化ストレス関連遺伝子群の発現亢進を有意に抑制した。

3.AT1受容体拮抗薬(ARB)は、パラコートを用いた酸化ストレス障害による生存率を有意に改善した。

以上、本論文では、これらの結果より、ARBが抗酸化作用、抗炎症作用を介する臓器保護作用を持ち、ARBが生存寿命延長作用を有する可能性を呈示している。

本論文は、老化・寿命に対する酸化ストレスの意義・影響、老化・寿命に対するARBの可能性に関する新知見を示し、今後のさらなる老化・寿命研究の展開に寄与するものであり、学位授与にふさわしいと内容と判断する。

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