学位論文要旨



No 126014
著者(漢字) 山田,容子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨウコ
標題(和) 新たな脂肪細胞機能制御分子としての脂肪細胞内eNOSの役割の解明
標題(洋)
報告番号 126014
報告番号 甲26014
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3493号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 准教授 北中,幸子
 東京大学 特任准教授 眞鍋,一郎
 東京大学 講師 百枝,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

背景:

本研究では、脂肪細胞に発現するeNOS (endothelial nitric oxide synthase)の脂肪分解における作用をin vitroとin vivoの両方の観点から検討した。従来、単なるエネルギーの備蓄細胞であると考えられてきた脂肪細胞から、アディポネクチンやレプチンをはじめとする様々な生理活性物質をもつアディポサイトカインが分泌され、生体内のホメオスターシス維持において重要な役割を果たしていることが近年分かってきている。その中でも、メタボリックシンドロームのような内臓脂肪蓄積型肥満から過剰に分泌されることによって各臓器でのインスリン抵抗性、ひいては全身のインスリン抵抗性を惹起あるいは増悪させうるFFAに注目した。内臓脂肪より分泌される過剰なFFAは、門脈を介して大量に肝臓に流入し、肝臓での脂肪酸合成を亢進する。過剰なトリグリセライドの貯蓄はNAFLD (Non Alcohol Fatty Liver Disease)をきたし、肝臓でのインスリン抵抗性を誘導する。また、近年eNOS KO (knockout)マウスのフェノタイプが明らかになったが、予想されるような高血圧変化のみならず、驚くべきことに肥満や脂質異常症、高血糖などのメタボリックシンドローム様のフェノタイプを示すことが分かった。さらに、eNOSがその名の由来通りの内皮細胞だけではなく、腎臓や血球などにも異所性に発現していることも分かってきた。前述のeNOS KOマウスのメタボリックシンドローム様のフェノタイプが異所性のeNOS、とりわけメタボリックシンドロームとつながりの深い脂肪細胞に発現しているeNOSの作用と関連しているのではないかと仮説を立て、脂肪細胞内eNOS と脂肪分解との関係について研究を進めた。

方法と結果:

3T3-L1前駆脂肪細胞ではeNOS蛋白の発現は認められないが、分化誘導因子の添加による成熟脂肪細胞への分化に伴い、eNOS蛋白発現が著明に上昇し (8-10日目)、NO (nitric oxide)の分泌が認められた。このeNOSの発現は、ciglitazone やtroglitazone (PPARγアゴニスト)の添加や、siRNAによるKLF2 (Kruppel-like factor2)のノックダウンで抑制されることから、脂肪細胞内eNOSの発現制御にPPARγ/KLF2が関与していることが推察された。次に、この脂肪細胞内eNOSの作用について検討した。eNOSの特異的な阻害薬L-NIOの添加や、siRNAによるeNOSのノックダウンでは分化への影響は認めれなかった。成熟脂肪細胞へのイソプロテレノールの刺激で、hormone sensitive lipase (HSL)のリン酸化と培養上清中のglycerol濃度が有意に増加した。同時にAktやeNOSのリン酸化が増大 (30-60分)した。L-NIOやeNOS siRNAの前処理でイソプロテレノールによるglycerol分泌は有意に増強した (270% vs control, n=6, P<0.01, 400% vs control, n=6, P<0.01)ため、脂肪細胞内eNOSは脂肪分解を抑制的に作用することが確認された。N-ethylamaleimideやauranofinの前処理は脂肪分解を有意に抑制し、脂肪分解におけるNOの作用メカニズムはS-ニトロシル化経路を介していると推察された。

次に、3T3L1細胞の長期間培養 (30日間)を行った。3T3L1脂肪細胞の肥大化と脂肪滴の貯蓄量の増加を認め、それとともにeNOSの発現低下を認めた。長期培養した3T3L1細胞は肥満における大型脂肪細胞のin vitroモデルといわれているため、肥満モデルマウスを用いて、肥満におけるeNOSの発現をin vivoで検討した。c57Bl6Jマウスを4-16週までNC (Normal Chow)を投与した群と、HFD (High Fat Diet)を投与した群、4-12週までHFDを投与し12-16週までNCを投与した群の3群に分けた。HFD群ではNC群に比較して有意な体重増加 (29.92±1.74 vs 37.06±3.41, n=5, p<0.05)、総脂肪量の増加 (0.47±0.16 vs 6.51±0.53, n=5, p<0.05)、高TCH症 (81.09±9.07 vs 152.09±27.79, n=5, p<0.05)、高血糖 (101.50±19.97 vs 232.30±58.74, n=5, p<0.05)を認めた。また、HFD群では内臓脂肪におけるeNOS発現量の有意な低下を認めた。ヒトにおける食事療法と同様に、4週間HFDをNCに戻すことで、HFDによるeNOSの発現量の低下を回復させた。また、HFD群ではNC群に比較して肝臓のTG貯蓄量が増加しており、食事療法群ではHFD群に比較して肝臓の貯蓄TG量の改善を認めた。これは、内臓脂肪におけるeNOSの発現量と逆の関係を示しており、eNOSの低下による脂肪分解の亢進とNAFLDの程度が関連している可能性が推察された。

脂肪組織におけるeNOSと脂肪分解の関係を明確にするため、eNOS KOマウスを用いてこれを検討した。c57Bl6Jマウス(WT)とeNOS KOマウスを4-16週までNCを投与した群と、HFDを投与した群の2群に分けた。HFDの投与で、eNOS KOマウスではWTに比較して脂肪細胞のサイズ、体重 (37.06±3.41 vs 41.22±4.31, n=5, p<0.05)、皮下脂肪量 (2.49±0.45 vs 3.07±0.27, n=5, p<0.05)において著明に増加した状態が認められた。内臓脂肪量 (4.92±1.11 vs 3.38±0.26, n=5, p<0.05)についてはeNOS KOマウスではWTより有意に減少していた。また、eNOS KOマウスではWTに比較して有意な高血糖 (232.30±58.74 vs 272.00±166.81, n=5, p<0.05)、高トリグリセライド血症 (50.29±10.70 vs 80.50±45.38, n=5, p<0.05)、高コレステロール血症 (152.09±27.79 vs 209.60±33.33, n=5, p<0.05)を認めた。

次に、in vivoにおいてもeNOSの欠如が脂肪分解を増加させるか否かについて検討した。HFDを投与したWTとeNOS KOマウスの腹腔内にイソプロテレノールを注入 (10mg/kg)し脂肪分解を促進させたところ、投与後6時間の血清FFA値がeNOS KOマウスでは有意に増加した。また、投与前と6時間後の血清FFAの値の変化量、すなわち、脂肪分解によって放出されたFFAの絶対値がeNOS KOマウスでは有意に(115.80±35.94 vs 502.60±218.87, n=5, p<0.05)大きかった。以上から、in vitroで確認されたeNOSの脂肪分解抑制作用がin vivoにおいても確認された。

eNOS KOマウスはHFDの投与により、WTに比較して肝臓内脂肪組織の増加や約1.5倍の肝重量の増加 (1.28±0.20 vs 1.90±0.56、n=5, p<0.05)など、著明なNAFLDへの変化を認めた。また、eNOS KOマウスでは血中のASTの上昇 (141.60±16.01 vs 440.60±174.50, n=5, p<0.05)と肝臓内貯蓄TGの約2倍もの増加 (59.14±38.20 vs 121.80±36.41, n=5, p<0.05)が認められた。さらに、eNOS KOマウスでは著明な高インスリン血症 (3.08±1.63 vs 14.86±12.69, n=5, p<0.05)も認めた。

以上から、eNOSの欠如により脂肪分解が亢進し、その結果としてNAFLDが誘導され、高インスリン血症を来すことが考えられた。

結論:

脂肪細胞に発現するeNOSはS-ニトロシル化を介して脂肪分解を負に制御していることを明らかにした。また、肥満による脂肪細胞におけるeNOSの発現低下が脂肪分解を亢進させる結果、NAFLDを引き起こしてインスリン抵抗性を増悪させることが推察される。

したがって、脂肪内eNOSの発現増強または活性化がメタボリックシンドロームや心血管疾患の治療戦略となりうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では肥満を基礎的背景に持つメタボリックシンドロームに対して、脂肪細胞に異所性に発現するeNOSが果たす役割についてin vitroとin vivoの両方の観点から検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.3T3L1細胞において分化とともにeNOSの発現が認められ、NOが分泌されることを示した。このeNOSの発現は、ciglitazone やtroglitazone (PPARγアゴニスト)の添加や、siRNAによるKLF2 (Kruppel-like factor2)のノックダウンで抑制されることから、脂肪細胞内eNOSの発現制御にPPARγ/KLF2が関与していることが示された。

2.成熟脂肪細胞へのイソプロテレノールの刺激で、hormone sensitive lipase (HSL)のリン酸化と培養上清中のglycerol濃度が有意に増加した。同時にAktやeNOSのリン酸化が増大した。L-NIOやeNOS siRNAの前処理でイソプロテレノールによるglycerol分泌は有意に増強したため、脂肪細胞内eNOSは脂肪分解を抑制的に作用することが示された。N-ethylamaleimideやauranofinの前処理は脂肪分解を有意に抑制し、脂肪分解におけるNOの作用メカニズムはS-ニトロシル化経路を介していることが示された。

3.c57Bl6Jマウスを4-16週までNC (Normal Chow)を投与した群と、HFD (High Fat Diet)を投与した群、4-12週までHFDを投与し12-16週までNCを投与した群の3群に分けた。HFD群ではNC群に比較して有意な体重増加、総脂肪量の増加、高TCH症、高血糖を認めた。また、HFD群では内臓脂肪におけるeNOS発現量の有意な低下を認めた。4週間HFDをNCに戻すことで、HFDによるeNOSの発現量の低下を回復させた。また、HFD群ではNC群に比較して肝臓のTG貯蓄量が増加しており、食事療法群ではHFD群に比較して肝臓の貯蓄TG量の改善を認めた。これは、内臓脂肪におけるeNOSの発現量と逆の関係を示しており、eNOSの低下による脂肪分解の亢進とNAFLD (Non Alcohol Fatty Liver Disease)の程度との関連の可能性が示された。

4.c57Bl6Jマウス(WT)とeNOS KOマウスを4-16週までNCを投与した群と、HFDを投与した群の2群に分けた。HFDの投与で、eNOS KOマウスではWTに比較して脂肪細胞のサイズ、体重、皮下脂肪量において著明に増加した状態が認められた。内臓脂肪量についてはeNOS KOマウスではWTより有意に減少していた。また、eNOS KOマウスではWTに比較して有意な高血糖、高トリグリセライド血症、高コレステロール血症を認めた。

5.HFDを投与したWTとeNOS KOマウスの腹腔内にイソプロテレノールを注入し脂肪分解を促進させたところ、投与後6時間の血清FFA値がeNOS KOマウスでは有意に増加した。また、投与前と6時間後の血清FFAの値の変化量、すなわち、脂肪分解によって放出されたFFAの絶対値がeNOS KOマウスでは有意に大きかった。以上から、in vitroで確認されたeNOSの脂肪分解抑制作用がin vivoにおいても示された。

6.eNOS KOマウスはHFDの投与により、WTに比較して肝臓内脂肪組織の増加や約1.5倍の肝重量の増加など、著明なNAFLDへの変化を認めた。また、eNOS KOマウスでは血中のASTの上昇と肝臓内貯蓄TGの約2倍もの増加が認められた。さらに、eNOS KOマウスでは著明な高インスリン血症も認めた。

以上、本論文は脂肪細胞に異所性に発現するeNOSはS-ニトロシル化を介して脂肪分解を負に制御していることを明らかにした。また、肥満による脂肪細胞におけるeNOSの発現低下が脂肪分解を亢進させる結果、NAFLDを引き起こしてインスリン抵抗性を増悪させることが推察され、脂肪内eNOSの発現増強または活性化がメタボリックシンドロームや心血管疾患の新たな治療戦略となりうると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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